第五十話
ヒナの元に歩み寄ると、絵を手に触れさせた。色鉛筆の手ごたえを確かめてもらうためだ。
鋭敏な指先でさらさらと絵を撫でるヒナ。その背後からパルとパッフが覗き込んだ。
「やっぱり、アニィは絵がうまいなぁ!」
「クルっ!」
朗らかに笑うパル達に対し、ヒナは口ごもりつつアニィに尋ねる。
「む…そなたには、私達がこう見えるのか…美化しすぎではないか?」
「ゴゥゥ~…」
ヒナの頬にわずかに朱が差す。どうやらクロガネともども照れているらしい。
ヒナが指先を引くと、アニィは手紙と共に絵を封筒にしまい込んだ。
ちなみに他にはモフミノーラとオーサー、ダディフ、アムニットの男3人の似顔絵を描いた。
要塞も描かせてほしいとオーサーに頼んでみたものの、軍事施設だから外部に漏洩するようなことはやめるようにと諫められた。
ダディフはむしろ描いて欲しいと訴えたのだが、断固としてオーサーに断られ、少ししょげた。
「ううん、そんなこと無い…と、思うよ」
《アニィがこう言うんだから、素直に感謝なさいよ》
「いや、…照れているだけで、別に嫌ではないのだ」
そんなやり取りを済ませた所で、アニィは手紙をパルに手渡した。
パルは荷物の革袋中に、折り曲げないように手紙を入れる。チャム達に送る新たな荷物だった。
袋の中には様々な物が詰まっていた。
ボルビアスに持っていった、大きな水筒7本の内5本。ダディフから譲り受けたものだ。
携帯食を入れていた保存容器も入れた。弁当箱として使ってもらうつもりだった。
また、携帯食も日持ちするためにいくつか詰めた。作り方を書いた説明図付き、無論味付けの肉汁込みの説明である。
テントと寝袋は、残念ながら置いていくこととなった。
ドラゴン用の屋根がある分、持っていくにもヘクティ村に送るにも大きすぎるのである。
野宿の時はマントにくるまって眠ろうということになった。
代わりに持っていくのは、水筒を大2本、小3本。今の所、全て満杯にしてある。そして火起こし用の金属棒、数ディブリス分の携帯食、ヒナの調理用の鉄板、そして少量の薪だ。
大きな水筒はパルが背中のバッグに入れ、小さい水筒は各自で持つことにした。
パルはヘクティ村に送る荷物をモフミノーラに預けると、水筒2本を入れたバッグを背負う。更に大きな矢筒…バリスタ用の矢をまとめる矢筒を5本買い、1本を自分が背負って、残りはパッフの腰にドラゴン用のベルトで括り付け、落下防止用にがっちりと蓋で封をした。カッコイイだろうとばかり、パッフが自慢げに仲間達に見せつける。
ヒナは、植物と金属を組み合わせたヤマト皇国風のガントレットとレガース(「コテ」「キャハン」というらしい)を身に着け、マントを羽織った。長大な刀も研いである。
アニィもポケットに入れていた手袋をはめ直し、色鉛筆と画板をバッグにしまい込んだ。
そしてアムニットの店で買った全員分の予備の服を一式、大きめのバッグに入れてクロガネが背負った。
街を出る手続きは既に済ませてある。港が損壊してしまったため、協会前からの出発となった。
出立の準備ができた。それを見送るべく、モフミノーラと中年3兄弟(プリスが勝手にこう呼び始めた)が揃った。
「カゲサキ、やはり騎士団に入ってはくれぬか?」
ヒナを入隊させようと考えていたオーサーは、どうやらぎりぎりまで粘るつもりらしい。
だが、ヒナはきっぱりと拒否した。
「断る。私達はアニィ殿達と行く」
「ゴゥ」
ヒナとクロガネは、アニィ達と共に邪星皇を討つたびに行くと決めたのである。
魔術防壁を両断する必殺剣が、邪星獣相手には絶大な戦力となること。そして何より、アニィ達への恩を返すため。
ヒナは目元を覆っていた鉄の面を外すと、クロガネから受け取った新たな面を着けた。
四足獣型モンスターの一種、牙と刃物状の角を持つ巨大な狼…キャリバーウルフの顔を模した造形の覆面だった。
邪星獣に対しての威嚇効果を狙った物でもあり、何よりヒナ自身がこの造形を気に入ったのである。
「ううむ、残念だ…お前ならさぞ腕利きの騎士になるだろうに」
「騎士は好かんのさ」
爽やかに断るヒナの姿に、オーサーは項垂れ、深くため息をついた。
両隣のダディフとアムニットがその肩を叩く。
「だそうだ、諦めろオーサー。若者を規律で縛り付けるのは良くないぞ」
「俺が現役の時から口うるさかったくせに、この上こんな小娘にまで口を出す気か。
そう言うのを老害と言うんだ」
「むぅ…仕方あるまい」
親友兼部下のダディフ、かつての部下らしいアムニットに諭され、オーサーはやむなく諦めたのであった。
それにしても、と中年3兄弟がプリスを見上げる。
「しゃべるドラゴンがいるとはなあ。
だが、あの時の指示は実に的確であった。礼を言うよ、プリス君」
ダディフが言うのは、要塞前広場での戦闘の時のことだ。
親し気な物言いのダディフに苛立ったのか、プリスはグッと顔を近づけて怒りをあらわにした。
《あのですね、ドラゴンというのは人間より格上の存在なのですよ。
それを言うに事欠いて、なぁ~にが礼を言うよですか! 若造みたいなイキイキした年寄りが!》
「おとと、これは失礼いたした。さすがのお手並みでございました、プリス殿!」
《うむ、よろしい。赦して差し上げましょう》
周辺の者達が一触即発と思いきや、プリスはあっさりと赦してしまった。
そんなやり取りに、アニィ達はつい笑いだしてしまった。
プリスの方もそれほど怒っているわけではないらしく、すぐにいつもの高慢ちきな笑顔に戻った。
「やっぱり、プリスは優しいね…」
穏やかな笑みを浮かべたアニィの言葉に、プリスはふんぞり返る。
《彼らとて懸命に闘いましたもの。つまらんことで怒っちゃ、それも台無しでしょう》
「…うん」
アニィの首肯に、プリスは今回の出来事を思い返した。
アニィの意志をできる限り尊重したことで、結果的にヒナを仲間に迎えるという、大きな成果を得た。
自身のお人好し…あるいはお竜好し…が後押しとなったのは間違いない、とプリスは悟っている。
なんだかんだでアニィには甘いのだ。それが全て良い方向に転がったのは、偶然か必然か…
ともあれ、相方としてアニィの意志を尊重する以上、彼女の望まぬことは極力避けようと考えていた。
そしてアニィ達が相棒のドラゴンに乗り、いざ行かんとした時、ヒナが足を止めた。
何かがしがみついたらしい…と足元を見ると、ヒナの脚にポコマツがしがみついているのであった。
どうやら昨日のうちに仲良くなったらしい。必死にしがみつき、ポコマツはヒナを止めようとしていた。
「ポンポコ~~」
苦笑し、ヒナはかがみこんでポコマツを抱えると、モフミノーラに手渡した。項垂れるポコマツ。
「すまぬでゴザル…すっかり懐いてしまったようで」
「ポンポコ…」
「構わない。また1人、友が出来た」
そう言って、優しい笑みと共にヒナはポコマツを撫でた。
「また来るよ。それまで元気でいろよ」
「ポンポコ~」
ヒナの手を取り、モフモフと頬ずりするポコマツ。
困ったような、しかし優しい笑顔で撫でまわすヒナ。
そしてそんな光景を見て、姉のモフミーヌと同様、突如鼻息荒く興奮し出すモフミノーラ。
「ぬっほォ゛…ふとぅくしかヒッ…人類の尊厳にゴザルっふひ……!」
ものすごいダミ声と過呼吸でつぶやいていた。ヒナに聞こえぬよう、必死に声量を押さえたのだろう。よく頑張った方だ。
その甲斐あってヒナは何も疑問に思わず、ポコマツから離れた。
アニィ達は今度こそ相棒の背に乗る。ドラゴン達の翼が羽ばたき、巨体が浮かび上がった。
「帰りにまた寄ります…皆さん、お元気で!」
手を振るアニィにダディフとモフミノーラが答えた。
「うむ。今後、もう少し面白い街にしておく。是非寄っていってくれ!」
「報酬は、次の目的地の協会で受け取ってくだされ!」
「ポンポコ~!」
ポコマツを含む全員に答え、アニィ達は手を振って旅立った。
海を渡って次に目指すのは、峻険な山々が連なるマウハイランド山脈。
村どころか集落一つ無い山の上空を、天候によっては山の中を行かねばならない。
しかし、迂回すれば大きく遠回りする羽目になってしまう。
邪星皇がいつ来るか判らない以上、最短距離での移動が理想であった。
見慣れぬ地への旅―――緊張と不安、そしてわずかな高揚を胸に、アニィ達は次なる地へ向かう。




