第四十七話
それを見て取ったオーサーが、銀の鱗で全身を包む愛竜シルバーを駆り、ガ=ヴェイジに立ち向かう。
「ぬぅっ…ゆくぞ、シルバー!!」
「ギシャアアアアッ!!」
『フン…貴様ラ、程度……!』
翼から発した黒い微粒子がオーサーとシルバーの全身を包む。
たちまちのうちに2人の全身が硬化し、黒い金属に変質し始めた。
それをガ=ヴェイジが平手打ちで横に吹き飛ばす。
広場の硬い地面や城壁に激突したら、間違いなくオーサーとシルバーの全身は粉々になるだろう。
「プリス!」
《お任せ!》
プリスの翼が輝き、光の糸の網が空中に出現、オーサーとシルバーを受け止めた。
ここで一旦アニィはプリスの背から飛び降り、ヒナのそばに着地。
プリスは翼の光でオーサー達の肉体を元に戻す方に取り掛かった。
クロガネを起こすのを諦め、その身一つでガ=ヴェイジと闘わんとするヒナを、アニィの手が止めた。
「アニィ殿! …どけ、クロガネが動けぬなら私だけでも」
「―――ヒナさん!!」
アニィは全身の力を両手に籠め、ヒナを無理やり座らせる。
自身も座り込んで、ヒナの覆面に覆われた両目を真正面から見つめた。
気配に鋭敏なヒナは、見えぬ目でもアニィの強い視線を感じたらしく、僅かに身をすくませた。
戦場で座り込む二人を、騎士団の兵たちは冷たい目で見つつ、しかし手を出す暇も無い。
その中で重傷を負ったクロガネだけが、アニィの意図を明確に理解していた。
アニィもクロガネに向けて、意思を理解しているという確認のためにうなずいた。
「何をする気だ、こんな場所で座り込むなど!」
「ヒナさん! ヒナさんは、復讐したらその先は無いって、思ってるんじゃない!?」
無意識の捨て鉢を指摘され、愕然として、ヒナはアニィに顔を向けた。
「……当然だ。奴を討ち、里の者達の恨みを晴らすためだけに鍛え、ここに来たのだ。それがどうした」
「じゃあ勝てない。復讐に囚われたままじゃ、絶対に勝てない!」
「何だと…! 仇討ちを捨てろとでも!!」
怒り抗おうとするヒナの肩を、アニィはどうにか押さえ込もうとしたが、アニィの腕力ではヒナに太刀打ちできない。
が、そこにもう一人着地し、ヒナを背後から押さえ込んだ。
海上の指揮官個体を斃したパルであった。パッフが3人を周囲の邪星獣から守る。
更にオーサーの治療を終えたプリスが、今度はクロガネのそばにかがみ込み、傷を翼の光で癒していく。
「2人とも放せ! このままでは、奴は…」
「アニィの話を聞きなさいっての! そんな怒り狂って、だからクロガネがケガしたんでしょうに!」
パルに指摘され、ヒナは抵抗をやめた。悔し気に食いしばられた歯が、彼女の本心を現わしていた。
どうにか落ち着いたヒナに、アニィは優しく言い聞かせる。
「復讐はきちんとしなくては駄目、だと思う…あなたと里の人たちのためにも。
―――復讐をきちんと終えて、その先へ、自分で進まないといけない…んじゃ、ないかな」
先へ。すなわち、復讐を終えたら自らの意志で生きる。
自暴自棄でさまよって生きるのではなく、世界中を渡って人助けを行うのなら、自らがやり抜くと決めて。
即ち仇を討つだけではなく、その先を生き続ける意思を持て、ということだ。
「怒りも怨みも捨ててはだめ。けど、それだけに囚われてもだめ。
きちんと怨みを晴らして、つらい過去を全部捨てて、あんなのに囚われずに生きるの」
「復讐の、先…」
「うん。あいつをやっつけた、その先」
「わたしはまだ、村にいたときのことを引きずって、捨てられないけど…
でもヒナさんなら、絶対に、できる…!」
ここで怒りは納めてはならぬと、怨みを晴らして心を浄めて生きろと、アニィは言う。
それはヒナが考えてもいない事だった。
「……アニィ殿…」
「ヒナはクロガネの『ドラゴンラヴァー』で、一生の友達でしょ?」
パルが背後から問う。丁度プリスによる治療を終え、クロガネが身を起こしたところだった。
ヒナは見えぬ目でクロガネの顔を見る。返された眼差しの優しさは、怒りの暴発を鎮める最後の一押しとなった。
クロガネの手がヒナの頭を優しく撫でた。
「ゴウゥ……」
「お互いに、一番大事な友達。こんな所で捨てられないはずだよ」
「クロガネ………
………そうだ。そうだクロガネ、お前は私の生涯の友なのに。
あんな傷を負わせたまま、放り出そうとして…」
ヒナはゆっくり立ち上がった。
既に独りで闘う気は失せ、傷ついた友を放置しようとした後悔に打ちひしがれている。
対するクロガネは、自分は大丈夫だと言わんばかりにヒナを抱き寄せた。
「…すまぬ、クロガネ。赦してくれ…
共に生きてくれ、お前がいなくては、私は生きられない。
奴を討ったあとも、ずっと、ずっと共に…!」
「グゴゥゥゥ…」
ヒナの願いはごく単純なもの…クロガネと共に在ること、それだけだった。
クロガネもまたヒナと過ごすうちに、彼女をかけがえのない友と認めていた。
だからこそクロガネは今ヒナの隣にいて、ヒナもクロガネが傷ついたまま放り出すのを悔いていた。
お互いの絆を、ヒナとクロガネは言葉にして改めて確かめていた。
復讐心よりも大切な、互いを大切にする心を、2人は取り戻した。
「…クロガネ。私と、そしてアニィ殿達と、共に闘ってくれ」
「ゴウゥ!」
傷の癒えたクロガネが立ち上がり、再び頭部にヒナを乗せ、ガ=ヴェイジを前に身構えた。
同時にアニィを乗せたプリス、パルを乗せたパッフが、ガ=ヴェイジの前に立ちはだかる。
ここで初めて、ガ=ヴェイジは警戒した。
目の前にはドラゴンとドラゴンラヴァーのペアが3組。
しかも実力者のパルとパッフ、ヒナとクロガネ。そして邪星獣を一撃で葬る技を持つ、アニィとプリスがいる。
これまでの戦闘から、邪星皇を通じて彼女達の知識はすでに得ている。
だが、実際に闘えばその知識が当てにならないことも理解していた。
『フ…仇討チヲ…捨テ…他人ニ、頼ッタカ……』
ガ=ヴェイジは警戒を隠し、ヒナを挑発する。
だがヒナは、不敵に笑って刀の切っ先を向けた。その表情に、既に怒りは無い。
「捨ててなどいないさ。私達は貴様を討つ。そして明日を迎える。そのために―――」
ここまで言うと、ヒナはアニィ達の方に顔を向ける。
「友の力を借りる。それだけの事だよ」
『泣キツイテ…オイテ…ヨク言ウ…』
「言いたいことはそれだけ?」
そこにアニィが割り込んだ。睨みつけるガ=ヴェイジ。
静かで苛烈な怒りに満ちた声は、ガ=ヴェイジの注意を引くに充分だったようだ。
アニィの言葉にパルが続く。
「そうやって口ばかり。他の邪星獣より強いくせに。
あんた、本当はヒナが怖いんでしょ。そりゃそうだ、斬られたら一発で死ぬもんね」
《なまじ知恵があるだけに、ヒナに復讐されるって内心奥歯ガタガタなんじゃないですか?
本当は泳がせてたんじゃなく、必死こいて探し回ってたんじゃないですか?》
続いてプリスが、むやみに豊富な語彙で挑発を返す。
ガ=ヴェイジの顔が怒りにゆがんだ。
警戒を見透かされている…それが、彼にとっては屈辱でもあった。
『ナン…ダト……』
《お、白を切るんじゃなくお怒りになるんですか?
こいつは図星でいらっしゃる。ヒナ、こいつやっぱりあなたを恐れていますよ》
「うむ。皆のおかげでよくわかった」
挑発を続けるプリスに、ガ=ヴェイジはすっかり怒り心頭らしく、鼻息を荒々しく吹いている。
対照的に、ヒナとクロガネはすっかり余裕を取り戻していた。
「ちょいとした技、腕力、知恵があるだけか。怒る理由はあれど、恐れる理由は無い」
『キィィ…キサ…マ……!』
「そういうことだね。―――みんな、行くよ」
アニィが両手に魔力を集中した。顕現石の手袋を纏った手が輝く。
これが戦闘開始の合図となった。予告なく、ガ=ヴェイジはアニィ達に飛び掛かった。
クロガネが前に飛び出し、プリスはガ=ヴェイジの左側に回り込む。
そしてパッフは後方に跳躍。その背で弓を構えたパルは、レンズ越しにガ=ヴェイジの右の翼の付け根を狙う。
身体強化魔術を通した鏃に、パッフが魔術で水を集めた。鏃には鋭利な尖端に加え、周辺に向けて放射状の小さなトゲが生えている。
レンズの中に翼の付け根の関節が映った一瞬、パルは矢を放った。
そして同時に、ガ=ヴェイジの左側から、アニィが結晶体のリングを放った。
三重四重になったリングは互い違いに回転し、内部に強烈な風圧を伴っている。
多重回転リングが左の翼を捕らえ、不規則な風圧でねじり上げた。
激痛に上がったガ=ヴェイジの悲鳴は、名も無き邪星獣のそれと全く同じであった。
『EEGHVAAAA!!』
右の翼の付け根に刺さった矢が体内で爆発を起こし、水のトゲが翼の付け根と被膜をズタズタに引き裂く。
左の翼は多重リング内の風圧に巻き込まれ、ねじり上げられて引きちぎれ、はじけ飛んだ。
両翼を引きちぎられたことで、飛行、そして金属化粒子は使えなくなった。
「ヒナ!!」
「おうさッ!!」
更に、激痛にもだえるガ=ヴェイジの真正面から、クロガネが鼻面に頭突きを叩き込む。
凄まじく硬い頭でヘッドバットを食らい、ガ=ヴェイジの鼻から大量の血が噴き出した。
そして同時に跳躍したヒナが、ガ=ヴェイジの角に刀を振り下ろした。
甲高い金属音が周囲に響く。角にはわずかなひびも入らない。
渾身の一撃が不発に終わったとみて、ガ=ヴェイジは余裕を取り戻し、後退して体勢を立て直した。
その口が大きく開く。鉄の散弾と気づいたアニィが叫んだ。
「―――みんなよけて!!」
『GAVOOAAAAGH!!』
咆哮と共に、ガ=ヴェイジは周辺に向けて鉄弾を吐き散らした。
パッフとクロガネが跳んで回避すると同時に、アニィはブレスを嵌めた左手をかざし、光の盾を3枚出現させた。
結晶体の盾が鉄弾を跳ね返し、吐き散らされた散弾に激突、相殺する。
だがすべてが相殺できたわけではなく、盾で防ぎ損ねた周囲の兵隊やドラゴン達に当たる。
アニィが防御したことで、命を奪うほどの威力は失われた物の、何人かは立ち上がれずにいた。
「おのれっ…成敗してくれる!」
鉄の散弾をどうにか防御しきったオーサーが、騎兵槍を持ってシルバーと共に飛び掛かろうとした。
だがその目の前にパルとパッフが背を向けて立ちふさがる。
急停止したオーサーは、パル達を払いのけようとするが、逆にパルが彼を追い払った。
「騎士団長さん、周りの奴お願いね!」
「ぬっ…何を!?」
「あんたの戦い方じゃ勝てないよ。あたし達だけでやった方が良い」
それだけ言って、パルとパッフはガ=ヴェイジに向かっていった。
残されたオーサーは愛竜シルバーに諭され、周辺の邪星獣と闘う戦列に戻った。
アニィが光の盾を解いた直後、ガ=ヴェイジは回転し、真横にいたプリスに尾を叩き付けて吹き飛ばした。
プリスはアニィを乗せたまま空中で回転し、着地して体勢を整えるが、ガ=ヴェイジはその間にパルとパッフの方に向かった。
「グルァアアッ!!」
『GWHOOOO!!』
パッフが水の散弾を放つと、同時にガ=ヴェイジが咆えた。
直後、ガ=ヴェイジの周囲の光景が突然波打ち、同時に水の弾丸が消滅した。
予想外の光景に一瞬気を取られたパルとパッフは、ガ=ヴェイジの頭突きで吹き飛び、広場を囲む壁にたたきつけられた。
「グルゥッ!!」
「何、空中で消えた!? 散らされたんじゃなく!?」
パルの驚愕も最もであった。水の弾丸は飛び散ったのではなく、消滅したのである。
ガ=ヴェイジは、今度はヒナとクロガネに向かって突進した。今度は角の周辺のみ、周囲の光景がゆがんで見えた。
咄嗟にクロガネは跳び、空中から大きめの鉄の塊を吐き出した。が、鉄塊はやはり消滅する。
壁の付近に着地したクロガネに、角が突き刺さるかと思われた瞬間。
「クロガネ!」
「ゴウゥッ!!」
クロガネが魔術で加速し、回避しつつ背後に回りこんだ。
ガ=ヴェイジが激突した外壁は砂と化し、ドラゴン1頭は容易く通れそうな大穴が空いた。
次いで起き上がったパッフの上で、パルが弓を引き絞り矢を放つ。
またもガ=ヴェイジの周囲が歪み、矢は粒子となって飛び散った。
パル達の隣に並んだプリスが、その現象の真相に気付いた。
《あれは物質を分解しているんです。恐らく、背中や角の周辺の物質を滅茶苦茶に振動させる魔術》
「てことは、ヒナの刀も通じないんじゃないの!?」
一瞬の隙に当てねばヒナの必殺の居合いは通じない。
だが、あの魔術を使われるとあってはそもそも当てられない。刀も分解されてしまうだろう。
空間の震動に関係なく当てるには、非物質型であるアニィの魔術以外、手段は無い筈だが。
「……構わぬ。空間ごと斬る!」
「ゴウゥ…!」
あくまでも、ヒナは自らの手でガ=ヴェイジを斬るという。
非現実的な発言だが、アニィもパルも一瞬呆気にとられただけで、その発言を信じた。




