第三十六話
彼らの姿が見えなくなったところで、アニィは手刀を、パルは短剣にかけた手を下ろした。
大きく息を吐き、アニィはカウンターにもたれかかる。
「……こ、こわかった…」
自らの肩を掴む手は、未だに震えていた。その頭をパルが撫でた。
ふと気づくと、周りの会員らしき者たちは、アニィらを冷たく陰湿な目で見ていた。
事を荒立てたと思われたらしい。パルは視線に抗議すべく、ややわざとらしい大声で言った。
「アニィの言う通り。あんな奴らに馬鹿にされる憶えなんてないもんね」
「…うん」
「隊長さん、あいつら何なの? 何であたし達…っていうか、アニィに突っかかってくるのさ」
尋ねたパルに、ダディフは深い溜息を吐いてから答えた。
その苦々しい顔から、彼らとは険悪な関係であることが判る。
「実力が低いと見たから、かな。あと、我々騎士団と一緒にいたからだろう」
「騎士団と協会、仲が良くないの?」
「拙者と隊長殿はともかく、団体同士は良くないのでゴザルよ」
代わって答えたのはモフミノーラだった。ダディフは同意を示してうなずく。
「うむ。主に騎士団のせいなんだがなあ。どうしたものだか…」
「…それなら、わたし達に絡まなくても…?」
パルに支えられ、どうにか息を整えたアニィが尋ねると、ダディフは深くうなだれた。
「…邪星獣との闘いに負けて、騎士団を脱退し協会に入った者達だ。
敗北を引きずっているらしくてな、今しがたのように、騎士団や君たちのような新人の会員に絡んで憂さ晴らしをしている。
騎士団は力づくで取り締まらざるを得なくて、ああもなろうということは、判らんでもないんだ…」
「でもって彼らだけでなく、この街の協会の会員の半分近くがああでゴザルよ…」
受付テーブルに肘をつき、モフミノーラがダディフと揃ってうなだれた。
「騎士団は高圧的、立ち直れない者たちがチンピラになる。
そして両者が仲違いを起こし、街の防衛体勢は崩壊しつつある。どうにかできんものかなあ…」
「なかなかならんでゴザルなあ…」
ダディフとモフミノーラが、顔を見合わせて揃ってため息をついた。
ともあれ、ある程度資金を得たところで、さてどうするかとアニィ達は外を見た。
夕刻でだいぶ日も傾いたらしく、外は既に暗くなっていた。黒い雲が渦巻き、真夜中かと錯覚するほどだ。
アニィはカウンターに詰まれていた街の地図を一枚手に取り、パルと共に商店街の店を確認した。
「………隊長さん、これ商店街っていうか…」
そこには雑貨店の店名がいくつか、そしてその列の端にアムニット服飾店の名前が書かれているだけだった。
合わせて4か5店舗。雑貨店は店舗自体はどうやら大きいようだが、具体的に何を売っているか地図では判らない。
「軍事施設に金をかけた結果だ。武具に食料に衣服といろいろ揃うが、買い物の楽しみは無いだろうね。
いわば兵隊が生活必需品を購入するための、一種の売店のようなものだ」
「シーベイみたいなお店は無いだろうって思ってたけどさ。宿も無いってどういうこと!?」
「そりゃあ、ここ自体が一種の防衛拠点だからね。観光の楽しみは無いよ」
そう言うダディフ自身も、表情を曇らせていた。
ここには若い兵士達、またはその家族…当然子供達もいる。日々退屈でもしてはいまいかと、彼なりに悩んではいるのである。
「ところで、これから君たちはどうする気だね? 必要なものを買ったらすぐに行くのか?」
「そのつもり、ですけど……」
突如話題を変えたダディフに答えようとして、アニィは窓から空を見上げた。
夜空に黒い雲が浮かんでいる。雨も降りそうだ。視界のよろしくない中、プリス達に無理をさせるわけにはいかない。
といって、そもそも宿が無い…つまり、シーベイのようなドラゴンが宿泊できる場所が無い。
外に放り出すわけにもいかず、夜中に飛んでもらうわけにもいかず。アニィとパルは頭を悩ませた。
そこに助け舟を出したのは、受付担当のモフミノーラであった。
「よろしければ、協会の寮の空き部屋をお貸しするでゴザルよ」
「え…良いんですか? ドラゴン2頭入るスペース、ありますか?」
「ゴザルよ。お二方は事実上の賓客にゴザルからな。
指揮官個体を2体も斃したお方に野宿など、無礼千万ハラキリ死罪にゴザル」
「お、お願いしまっす!」
ハラキリなる言葉の意味は分からないが、モフミノーラの意外な申し出を、アニィとパルは受けることにした。
「承ったでゴザル。では案内させるでゴザル―――ポコマツ!」
モフミノーラが背後にいる誰かを呼んだ。
だがそれに答えて動く姿は無い。にもかかわらず、小さな足音がカウンターに近づいてきた。
そしてカウンターの向こう側から小柄な何かが飛び上がり、モフミノーラの頭の上に乗った。
丸々とした体躯はシーベイのチャウネンに似ているが、焦げ茶色の体毛の中で目の周りだけ毛色が特に濃い。
尻尾は太く、そして何故か頭に木の葉を乗せていた。
「ポンポコ!」
丸い生き物が鳴いた。何かを叩いたような音だが、鳴き声らしい。
「ポン…? あの、この子は…?」
「モフルラクーンのポコマツにゴザル。申し訳ないが、拙者仕事で離れられぬゆえ。
寮まではポコマツにご案内させるでゴザル」
「こっちもフータに似てるな。かわいいな…」
モフモフとポコマツを撫でまわすアニィとパル。その横でダディフが自分も手を出そうとして引っ込めた。
彼も毛玉のような生き物が好きなのかもしれない。と、そのダディフが何かを思い出したようだ。
「そうだ、アニィ君にパル君。明日、少し頼みたいことがあるのだ。時間を作ってもらえるかな?」
「明日…ですか?」
突然のダディフの頼みに、アニィとパルは困惑して顔を見合わせた。
アニィの手袋をアムニット服飾店で購入してから、二人ともすぐに街を出るつもりだったのだ。
それを理解してか、ダディフは申し訳なさそうに説明する。
「依頼をしようかと思っていてね、君たちを指名で。
無理なら引き留めはしないよ。ただ、邪星獣との闘いに必要な事と思うのでね。
これから騎士団長殿と話し合い、報酬額等が決まったら正式に依頼するつもりなのだが」
「依頼かぁ……アニィ、どうする?」
パルにも問われ、アニィは考えた。
むやみに時間を潰されることをプリスは嫌がる筈だ。
しかし邪星獣との闘いに必要と言うのであれば、騎士団や街の防衛体勢の強化につながるものだろう。
邪星獣に対抗するのに必要ならば、多少の労力を割く価値はある…
「…わかりました。じゃあ明日、アムニットの前でお待ちしてます」
アニィはプリス、パッフ、そしてパルと顔を見合わせてから確認を取り、ダディフの頼みを受け入れた。
プリスだけは予想通り嫌そうな顔をしていたが、しぶしぶうなずいたことで了承は取れたのが判った。
「心得た。それじゃあビッグワンハウス君、依頼が決まったらよろしく頼む」
「承ったでゴザル!」
「ポンポコ!」
モフミノーラとポコマツがビシッと敬礼すると、ダディフもそれに答えて敬礼。
アニィとパルにも軽く手を振り、協会を出た。すれ違ったプリスとパッフに軽く礼をするのも忘れない。
それを見送ると、モフミノーラ受付席に戻った。
「お二方とも、晩御飯はまだでゴザル?」
「はい…でも食堂とかは無いんですよね…」
「雑貨店で買ってくるしか無いかなぁ。けど雨降りそうだし…」
アニィとパルは逡巡する。
外は暗く、時折雷らしき音も聞こえる。不幸にして、二人とも雨具は持っていなかった。
しかも最前線を守る軍事施設ということもあり、街の雰囲気自体よろしいものではなさそうだ。
夜中に出かけて、雨に紛れて不測の事態にでもなってはたまらない。
「ここで注文していただければ、寮に持っていくでゴザルよ」
「ホント?」
しばし迷っていると、モフミノーラがカウンターにメニュー表を出した。
どうやら協会職員の注文用らしい。身を乗り出して覗き込む二人。
サンドイッチやバーガーなどパン類の他、バルカンボアの肉の串焼き、大きな葉で包んで蒸した魚、野菜サラダなどがある。
アニィは小さなサンドイッチのセット、パルはバーガーと串焼きに野菜サラダ。
そして果汁を水で割った飲料2人分を頼んだ。
「じゃ、この注文で。お願いします」
「では後で届けさせるでゴザル。ポコマツ、お二方を寮にご案内して差し上げるでゴザル」
「ポンポコ!」
アニィ達は注文を書いたメモと料金を手渡すと、モフミノーラがポコマツをアニィに手渡した。
アニィが受け取ると、2人そろってモフミノーラに頭を下げる。
「それじゃあ、お世話になります…」
「なります!」
「うむ。こちらこそ、よろしくお願いするでゴザル」
そう言葉を交わし、アニィとパルは協会を出た。外では既に小雨が降り始めている。
胸に案内役のポコマツを抱えたアニィを乗せ、プリスが先に立って寮へと向かう。
《予想はしてましたけど、アニィ。判ってます? 我々には余裕が無いんですよ》
「うん…」
苦々しい顔で愚痴をこぼすプリス。頼みがあるというダディフとの会話は、彼女にもしっかり聞こえていたらしい。
プリスにしてみれば、詳細も判らずに人の頼みを受けるという、理解しがたい行為ではある。
ただアニィなら受けるのではないかと、そんな予感がしていたのだ。
マルシェ夫人が言っていた、今まで以上に命を大事にすること。
ダディフの依頼はそれにつながるとアニィは考え、プリスはそれを予想した。見事に大当たりだ。
「駄目だったかな…」
《今更言っても仕方ないでしょ。ただ、こちらに全く利益が無いか、時間がかかることなら断ってください。
例え成功報酬があってもです。これに関しちゃあ譲りませんからね》
「判ってる。…ごめんね、プリス」
内心のため息をわざわざ思念の通信で吐き出すプリスであった。
ただ、プリスはアニィに願いを託された身である。アニィが望むなら、尊重すべきだとも考えてはいる。
そして、それがアニィをドラゴンラヴァーに選んだからではないことを、彼女自身理解していた。
つまるところ、プリスは高慢ちきで口が悪いものの、口調ほど意地の悪いドラゴンではないのだ。
自身の意外なお人好し…もしくは、妙な言葉だがお竜好し具合に、プリスは若干げんなりするのであった。




