第三十五話
アニィとパルが受付カウンターの前に立つと、書類を書いていた係員が顔を上げた。
その顔を見て、アニィ達は目を丸くした。既に旅立った筈の街で見た、覚えのある顔であった。
「モフミーヌさん…!?」
「む! 姉上にお会いになったでゴザルか!」
「姉上? じゃ、あなたはモフミーヌさんの妹さん?」
アニィとパルに問われ、モフミーヌそっくりの顔で、独特な口調の係員が答える。
東方の皇国なまりであろうか、フェデルガイア連邦では聞いたことのない言葉遣いだった。
「然様にゴザル。拙者、モフミーヌ姉上の妹。
モフミノーラ・ビッグワンハウスにゴザル」
「双子…なんですか…?」
「5つ子でゴザルよ」
「5つ子…!」
双子すらヘクティ村やシーベイ街でも見なかったのに、ここにきて5つ子と聞き、二人はまたも目を丸くした。
モフミノーラは身を乗り出し、2人の顔、そして外で待っているプリスとパッフの顔を見比べる。
そしてアニィ達の正体に気づいたのか、突如両目を輝かせた。
「もしやっ! そなたたち、姉上が言っていたアニィ殿とパル殿であらせられるか!」
一体どんな話を聞いたのか、モフミノーラはふんすふんすと鼻息荒く尋ねる。
適当な偽名でごまかすべきか…と一瞬パルは考えたが、定期依頼の報酬を受け取る必要があるため、正直に答えることにした。
「ああ、はい。そうです。こっちがアニィ・リム、あたしがパル・ネイヴァ。
表で待ってるのがプリスとパッフです」
「クルル?」
自分が呼ばれたらしいと知り、パッフはモフミノーラに手を振った。ご機嫌な笑顔で振り返すモフミノーラ。
「やはりか! 各々方のことは姉上に聞いたでゴザル。
とても愛らしくて強い新規会員がいらっしゃると!」
「どうやって聞いたの? あたし達、今朝がたシーベイから出たばかりなんだけど」
「これにゴザル」
モフミノーラが見せたのは、掌より少し大きいサイズの、透き通った鉱石の小さな板だった。
カドの一か所に触れると、いかな原理か、その板の表面にモフミーヌの顔、そしてシーベイの協会が映ったのである。
『モフミノーラ? どうしたの、急に』
「姉上! 話に聞いたお二方がいらしたでゴザル!」
モフミノーラはモフミーヌが映り込んだ面をアニィとパルに向けた。
『あら、アニィ様にパル様! 無事にヴァン=グァドに到着されたんですね!』
「はい…あの、これも魔術工学博士の方の発明なんですか?」
『そうです! 遠く離れた場所でも、こんな風にお話しができるのです!』
「はぁー。天才もいたもんだなぁ」
半ば呆然としつつ、発明品に感心する二人であった。
モフミノーラが画面に向かって別れの挨拶とばかり手を振り、もう一度角に触れると、元の透き通る板に戻った。
そんな光景にアニィとパルはまたも驚く。二人の手を握り、モフミノーラは目を輝かせている。
「そんなわけで我らビッグワンハウス5姉妹、お二方を誠心誠意サポートさせていただくでゴザル!」
若干反応には困るものの、モフミノーラ自身は善意の人である。
それが判ったからこそ、アニィ達は握手に応じた。
が、そこに割り込む声が一つ。列の後ろに並んでいる、協会の会員らしい青年二人のうちの一人だ。
「おーい受付さんよぉ、早くしてくんねえかな」
カウンターを向いているアニィには顔立ちは判らなかったが、声からするとゲイスより一回りほど年上であろうか。
ハッと気づき、モフミノーラは手を放して作業に戻った。
「これは失礼つかまつった。それでアニィ殿たちはいかな御用にゴザル?」
「え、えっと…定期依頼の報酬を受け取りに」
モフミノーラはアニィの後ろで待つ青年たちを無視し、アニィとパルの応対を始めた。
青年は舌打ちをしてにらみつける。彼らはアニィ達を押しのけて、自分達が報酬を受け取る気だったらしい。
が、モフミノーラは一向に気にしていなかった。
「うけたまわったでゴザル。では、会員証の提示と魔力押印をお願いいたすぞな」
「は、はい…」
モフミノーラはカウンターに印刷用紙を置くと、その上に押印用の台を置いた。
重みこそあるが、縦横1ドラクロー(15cm)四方、厚みはその4分の1程度と、サイズは掌より少し大きい程度。
まずはパルが台の押印スペースに魔力押印を施し、その隣に会員証を乗せる。
押印台と会員証が光り、口座に振り込まれた金額が紙に印刷された。これで本人確認と報酬の受け取りが完了した。
これもまた、協会に協力したという魔術工学博士の発明である。
会員証に記録した撃破数と、押印台に記録してある報酬額を利用し、金額計算を魔術化、しかも文字にしてこの台に刻んだらしい。
そして計算結果の数字を、高熱の魔術で紙に焼き付けたのだ。
現代日本で言うと、銀行の窓口での引き出しと、入出金明細の印刷だ。
印刷された明細を取り出し、パルは金額を見て驚愕の声を上げた。
「うぉわ、何この額!?」
マルシェ夫人の依頼の報酬をアニィと折半した分も含め、振り込み額はドライズ貨幣(1枚につき1万円相当)が29350枚だった。
中型邪星獣を55頭撃破、新種を魚類型と角付きの2種発見、魚類型を25頭撃破。
それぞれ170枚×55頭で9350枚、250枚を2種で500枚、750枚を25頭で18750枚の計算だ。
そこに口座開設時に振り込んだ165枚を足し、29515枚となった。
通帳にまとめるため、パルはモフミノーラに明細を手渡した。
彼女達は未成年のため、通帳は書面上の保護者である協会が預かることになっている。
「新種の発見と討伐の報酬にゴザル。騎士団からも報告がゴザったが、魚みたいなのが出たとな。
何しろ情報が必要でゴザルから、お国も新種討伐に躍起になっているのでゴザルよ」
「なるほど。じゃあ、新種の情報は協会や国家保安維持機構に送られるんだ?」
「そういうことにゴザル。文字情報が転送される…らしいでゴザルが、拙者は仕組みはよく判らぬ」
「魔術工学博士の発明ねェ。天才の頭の中身ってのはわかんないよねェ。
そうだ、予備の矢は届いてる?」
「ござりまするぞ」
モフミノーラは受付テーブルの下から大量の矢を取り出した。
鏃は輝ける鋼製、長さも太さも通常の矢の3倍ある、対邪星獣専用の矢だ。
一方、矢の数を数えるパルの隣で、アニィが指先にゆっくりと魔力を集中していた。
最初に押印した時の感触を思い出しつつ、ゆっくり台に指先を置こうとした、が…
「プッ、押印もまともにできねえって。ガキかよ」
先刻の若者の相棒が、聞えよがしに嘲笑した。
直後にアニィの手が止まり、押印台と指先の間で魔力の火花が発生した。
陰口に動揺し、集中が途切れてしまったのだ。
「あ…っ!」
咄嗟にアニィは手を引くが、小さな爆発を起こした魔力は光線と化し、床やカウンター、天井に直撃。
どうにかアニィが魔力を押さえ込み、光線は収まったものの、数か所に穴をあけてしまった。
他の係員や利用客が何事かと覗き込む中、アニィはうずくまって誰にともなく謝罪した。
「す、すみません…ごめんなさいっ…」
「怒らせちゃったよ。ハハハ」
それを見てなお、青年たちは嘲笑した。
恐るべきこの破壊力を、彼らはただの魔術制御失敗としか思っていないようだ。
伏せたアニィの顔が、羞恥と罪悪感と青年たちへの怒りでゆがんだことに、外にいるプリスとパッフ、そして隣のパルだけが気づいた。
怒りに燃えるパルが背中の短剣に手をかけ、青年二人に詰め寄ろうとする。
「あんた達―――」
「アニィ殿、お気になさるでないでゴザルよ!」
それをややわざとらしい大声で止めたのが、モフミノーラであった。
彼女は青年たちに嘲りの視線を向けて、ことさら大きな声で言ってのけた。
「そいつら、邪星獣の討伐失敗ばかりを繰り返しておってな。
要するに使えない奴のヒガミでゴザル」
怖いもの知らずなのか、それとも本気で彼らを馬鹿にしているのか。
モフミノーラはニヤニヤ笑いながら言ってのけた。怒りに醜く顔をゆがめた青年たちが、カウンターに迫る。
が、モフミノーラにつかみかかろうとした手は、また別の何者かに掴まれた。
先ほど要塞に戻ったはずのダディフ小隊長だった。
「た………隊長…!? あの、これは」
「まったく、気がかりになって来てみれば…!」
ダディフは青年たちの襟首をつかみ、壁際まで放り投げた。
年配ながらなかなかの剛力だ。倒れ込む二人に視線が集まる。
アニィとパルが呆然として見ていると、隊長はアニィの肩に手を置き、立ち上がらせた。
「さ、続きを」
「は…はい」
アニィは立ち上がり、もう一度魔力を指先に集中し、押印台に触れた。今度は成功し、魔力の印が台に残る。
その横に会員証を置くと、報酬額が印刷される。
その額、ドライズ貨幣30750枚。
「…………… はっ」
見たことも無い金額に、アニィは思わず眼玉が飛びださないように手で覆った。
そっと開いた指の隙間から見ると、やはりドライズ貨幣30750枚であった。
明細によると、中型を170枚×80頭で13600枚。指揮官個体を450枚×2頭で900枚。
新種を2種発見、250枚×2頭で500枚。合わせて15000枚。
更に指揮官個体を2頭斃し、15000枚×2で30000枚。
そしてマルシェ夫人の依頼の報酬で750枚。
口座開設のためにパルから借りた分を返し、更にシーベイでの買い物分も返済したが、振込額は報酬ほぼそのまま。
目を白黒させながらパルに縋ったものの、パルも驚愕に青ざめていた。
思わずモフミノーラに詰め寄る二人。
「……あわわわわわ…こ、この額はどういうことでしょうか…」
「せ、正当な報酬額、だよね!? これ!!」
「うむ、指揮官個体を2体撃破した結果にゴザルな。報酬の説明の時、姉上に聞いたでゴザろ?」
各種類ごとの報酬だけならパルより低い額であったが、指揮官を2体斃したことでそれが倍額になったのである。
さらにマルシェ夫人の依頼報酬半分が含まれている。
「そ、そういえば…そうでした…!」
「なに、指揮官を2頭もか!? あの1頭だけではなかったのか! これは凄い…」
横で見守っていたダディフが驚きの声を上げた。
アニィ達の実力を素直に賞賛できる度量の広さを持つ彼も、流石に2体撃破と聞いて驚いたようだ。
対照的に、吹っ飛ばされた若者二人は面白くなさそうであった。舌打ちをして彼らの一人がつぶやく。
「ドラゴンにやってもらったんだろ」
陰口を聞いた途端、アニィは黙り込んでしまった。
確かにプリスに、そしてパルとパッフには助けられた。指揮官を討てたのは、仲間の助力あってのことだ。
撃破した指揮官個体も、片方をプリスが斃したのは事実だった。
村で刻み込まれた自己否定の思考が、結局自分は何もしていないじゃないかと、事実に全く反することまで考えてしまう。
だが、会員証に記録された撃破数もまた事実である。それは、アニィが邪星獣と闘い撃破した証明。
そしてプリスに出会ってからの日々が、嘘ではないということの証明であった。
それを自ら反故にすることなど、アニィにはできなかった。
協会の外からプリスがその様子を見ている。目が合うと、自信を持て、とばかりにプリスはうなずいた。
アニィは意を決して口にする。
「っ…これは……これは、わたしの報酬、です…!」
「…あ?」
若者たちは立ち上がり、アニィを睨みつけた。どこまでもアニィを見下した視線だ。
アニィはその視線に負けまいと、声を張り上げた。
「わたしとプリスが闘って、邪星獣をやっつけた、その証です…!
馬鹿にしないでください…何もしてない人が、わたし達を馬鹿にしないで…!!」
「……何言ってんだお前。ジャセイジュウ? なんだよそれは」
二人が大股で歩み寄り、アニィの襟首をつかもうと手を差し出した。
だが、その手はすぐさま止まった。アニィが白く光る手に光の剣をまとい、彼らの首に突き付けたためだ。
「…邪星獣の体を貫く剣です。これ以上、何かするのなら…」
「………ガキが」
震える手刀にまとった光の短剣は、確かにまかり間違えば、青年たちの首を瞬時に刎ねただろう。
一方、アニィの両目は罵られた怒りで、ぎらぎらと凶暴な光を放っていた。
本能的な恐怖からか、二人とも思いとどまり、逃げるように背を向けて協会から立ち去った。
バカ者ども…と、ダディフの愚痴が聞こえた。だがその表情は、怒りよりも呆れと落胆に満ちていた。
邪星獣撃破に伴う口座振り込み報酬(2章ラスト―3章冒頭)
単位:ドライズ貨幣
アニィ
小(50×):0
中(170×):80=13600
大(300×):0
指揮官(450×):2=900
新種発見(250×):2=500
新種撃破(750×):0
ボーナス:指揮官担当の撃破数×2により上記金額を2倍
(13600+900+500)×2=30000
その他依頼:750ドライズ(マルシェ夫人依頼)
開設時金額:0(パルに返金するため事実上の0金額)
口座所持金額:30750
パル
小(50×):0
中(170×):55=9350
大(300×):0
指揮官(450×):0
新種発見(250×):2=500
新種撃破(750×):25=18750
その他依頼:750(マルシェ夫人依頼)
開設時金額:215(アニィからの返却までは165)
口座所持金額:29565




