第三十四話
アニィとプリスはゆっくりと降下してきて、パルとパッフの横に並んだ。
兵士達は半ば呆然と4人を見ているが、列の中から隊長らしき壮年の男が前に出て、アニィ達に握手を求めた。
「助かったよ、我々だけでは対処しきれなかった。本当にありがとう!」
握手に答えて手を握り返しつつ、アニィは尋ねる。
「いえ…それより、皆さんはヴァン=グァドの兵隊さんですか?」
「うむ、ヴァン=グァド専属騎士団だ。もしかして、我らが街に御用かな?」
「はい、必要なものがあるのですけど…こちらでないと手に入らないと聞いて」
なるほど、と隊長と彼が騎乗するドラゴンが顔を見合わせ、鷹揚にうなずいた。
ちなみに彼が乗っているドラゴンは、他の隊員達のドラゴンと比べて顔のしわが目立ち、もだいぶ高齢であることがわかった。
パルとパッフのような関係であろうか、隊長が手綱など引かなくともドラゴンは応え、羽ばたいた。
「わかった。では城門までご案内しよう。ついてきたまえ」
隊長とドラゴンがアニィ達を先導する。ついていく4人。
「ありがとうございます…!」
「そうだ。あたし達、厄介事引受人協会の会員なんだけど。協会支部ってここにある?」
「うむ、あるよ。話はそこで通しておくと良い」
パルの質問に、隊長はやはり鷹揚に答えた。
ふとプリスが振り向くと、さらに後を付いてくる隊員の反応は様々だった。
年若い少女達に対して物珍し気な視線を送る者、疑いの目を向ける者。
怪物を見るような眼差し、明らかに馬鹿にしている者までいた。何しろ人類初の光の魔術の使い手を見たのである、ある意味当然の反応だ。。
アニィ達の活躍を素直に賞賛しているのは、隊長だけのようだ。やれやれ、とプリスは内心でため息を吐いた。
都市全体をぐるりと囲む外壁は、ドラゴンすら小さく見えるほどの高さで聳え立っている。
プリスの目測では高さ9ドラフラプ(450m)ほどあるように見えた。
城門は、そのおよそ半分ほどの高さにあった。
広場の上は海上より風が強く、黒雲が強風に押し流されていくのが見えた。
門の前の巨大な広場…城壁との間に斜めに突っ張った柱で支えられている広場に着地、隊長が門番に事情を説明する。
だが隊長は門番の返答を聞いた瞬間、顔をしかめた。すぐアニィ達の前に戻り説明する。
「どうやら他の隊がまだ戻っていないらしくてね。すまないが、すぐに門を開けることは出来ない」
「他の隊って、さっきの隊長さん達みたいに防衛に出たの?」
パルに問われ、うむ、と隊長はうなずいた。
と言うことは、邪星獣は他の方角からも襲ってきたということだ。
アニィ達は顔を見合わせ、広場の縁から周囲を見回した。
巨大な翼が羽ばたく音が聞こえてきた。しかも広場に接近してくる。
「来るぞ! 総員構えろ!!」
隊長の声で兵隊、そしてアニィ達が身構えると、その上空に邪星獣の巨体が表れた。
邪星獣は広場を揺るがして着地し、身構えたアニィ達と向き合う。
指揮官を担当しているのではなく、ただ1体のみで行動しているらしい。
『VWOOAAAHH!!』
威嚇の咆哮。全長は1と4分の3ドラゼン(26メートル強)、協会のリストにあった大型と同程度のサイズだ。
これまでの邪星獣とは顔が異なり、左右に伸びた頭部の中心に1本の角が生えていた。目元には斬られたと思しき傷跡がある。
また全身が筋肉質で、四肢の指先の爪は硬く短い。体格と爪、そして角から、高い格闘能力を持つことがわかる。
単独での戦闘に特化した個体だ。これもまた新種であった。
「隊長さん、他の隊が相手してたのってこいつ!?」
「そうだ。我らが騎士団長の隊が迎え撃っていた筈だ…まさか…!」
パルに答えた隊長の額に汗が流れた。
海中からの集団、そして単独で襲撃してきた大型。それぞれが別々の方面からヴァン=グァドを襲撃したわけだ。
そしてこの角付きの大型は、迎え撃った騎士団長の隊を撃破したのであろう。
『VSSHHHH……』
角付きが息を吐く。体内の温度が高いのか、息は湯気の如く白くなった。
アニィ達が構え、角付きが姿勢を低くする。あわや激突かと思われたその時、また新たに足音が聞こえた。
四肢が走る足音…だがここは、高度220ドラゼンに作られた広場である。
振り向くと、何と壁を走るドラゴン、そして大きな騎兵槍を持ってその背に乗る騎士の姿があった。
「ハイヨーッ、シルバァーーーッ!!」
「ギシャアアアアッ!!」
騎士がドラゴンの手綱を引くと、銀の鱗を持つドラゴン…シルバーが壁から跳躍し、身をひるがえして角付きの前に着地した。
角付きはシルバーと対峙するように足を止めた。シルバーも険しい表情で角付きを睨んでいる。
隊長を乗せたドラゴンがシルバーの横に駆け寄る。
「騎士団長どの! ご無事でしたか!」
「すまぬ、途中で空から怪物が現れてな。そ奴らの対処をしているうちに、こ奴を取り逃がしてしまった」
そこまで言うと、騎士団長はアニィ達の方を振り向く。
「隊長、あの娘たちは?」
「我々を助けてくれた娘たちです」
「ほう…」
騎士団長はアニィ達を横目で見る。アニィ達はわずかに警戒の意志を感じた。
一方、角付きは流石にドラゴンラヴァーとドラゴンのペアが2組も現れては不利と見たか、それともただの様子見だったのか…
少しずつ後ろに下がり、翼を広げ、空へと飛んでどこかに姿を消した。
プリスが前肢を一歩踏み出したところで、騎士団長は
「……とりあえず、危機は回避できたか…」
騎士団長が騎兵槍を下ろす。
シルバーがプリスとパッフの前に歩み寄ると、騎士団長は槍をシルバーの鞍にかけ、兜を脱いだ。
隊長より幾分か若い。恐らくアニィの父、オンリと同年代であろう。
精悍で、しかし落ち着きのある眼差しがアニィ達を見つめる。
「私はヴァン=グァド騎士団長、ダナイト・オーサーだ。こいつは我が友、シルバー。
先ほど君たちと話したのが、第一小隊長のダディフ・キャップ。
我が騎士団を救ってくれて、本当にありがとう」
「キシャア」
アニィとパルは、順にオーサー、そしてキャップと握手を交わした。
「パル・ネイヴァです。こっちはあたしの相棒のパッフ」
「クルル!」
「アニィ・リムです…と、プリスです」
「君たちも、ドラゴンとは仲が良いようだな」
オーサーは穏やかな笑みを浮かべている。
アニィとプリス、パルとパッフのそれぞれの距離感に、一種のシンパシーを感じたようだ。
そこへ遅れて騎士団がやってきた。恐らくオーサーが率いていた方の部隊だろう。
アニィ達が助けた方の部隊より人数が少ない…先ほどの角付きとの戦闘で負傷したか、命を落としたか。
オーサーは騎士団全員に被害状況を聞き、沈痛な面持ちでうつむく。
アニィ達には詳細は判らないが、どうやら決して被害は小さくなかったらしい。
報告を聞き終えたオーサーは、シルバーの手綱を引き、再びアニィ達に歩み寄った。
「ダディフに聞いたよ。どうやら、我が街に用事があるそうだね」
「はっ、はい。魔術の補助器具が必要で」
アニィがそう言うと、騎士団の何人かが首をかしげた。
隊長が率いていた方の兵たちは、アニィの魔術を素手に見ている。あれで補助器具が必要かという懐疑的な視線だ。
一方でオーサーの隊からは、何だ何だという疑問の声だけが聞こえてきた。
懐疑と困惑という、今までに経験の無い視線を向けられ、アニィは戸惑っていた。
それを察したオーサーが尋ねる。
「判った。なら、入城許可証はもうお持ちかな?」
「えっと…会員証が」
アニィとパルが『厄介事引受人協会』の会員証を見せた。
オーサーと隊長はそれを確認し、門番の兵士に伝える。その顔がわずかに不機嫌そうになった。
協会に対してあまりいい感情を抱いてはいないようだが、アニィ達が善良故に信用した、というところか。
両者が確認を取ったことで、ヴァン=グァドへの入場許可が採れたようだ。
「では行こうか。ようこそ、城塞都市ヴァン=グァドへ」
オーサーがアニィ達に道を譲った。4人は門をくぐり、城塞都市を見下ろす。
堅固な要塞、防壁、地対空の設置型大弓、一般市民向けの避難所…その間に、決して大きくない商店街があった。
アニィ達は高い位置にある門の前から街を見下ろし、無機質な建築物の数々に目を見開いた。
その横でオーサーが説明する。
「ここには軍事施設が多数ある。城門がこの高さにあるのも、敵軍を容易に侵入を許さぬためだ…
…だったのだが、邪星獣には全くの無意味だ」
オーサーを乗せたシルバーが羽ばたいた。説明していたオーサーが言いよどむ。
彼は邪星獣の名を知っているらしい…つまり、協会は既にその名を発表したのである。
海のど真ん中にある都市の、全方位を囲む城壁の半ばにある小さな門。
確かに侵入は容易ではない。しかし、あくまでそれは人間相手に限った話だ。
邪星獣はドラゴンとよく似た身体機能を持つ―――すなわち空を飛び、膂力は地上のあらゆる生物を凌駕する。
上空から容易く襲撃できる上、その気になれば防壁さえも破壊できる。
さらに、海中に適した形態を持つ一群まで出現した。対処が遅れれば、この都市は崩壊する可能性がある。
それを示唆するように、都市内部の施設は幾つか破壊されていた。邪星獣の攻撃によるものだろう。
「他の大陸への避難は……?」
「既に始まっている。だが、この都市の機能を移転するとなると、困難か…あるいは不可能か」
アニィの問に、オーサーは苦々しい顔で答えた。
これだけの都市を維持する労力は、並大抵のものでは無かったのであろう。
それを他の大陸に移転するなど、容易にできることではない。
オーサーと同じく、この状況を憂えているダディフがアニィ達に尋ねた。
「もし長期滞在するのであれば、君たちにも避難者を助けてほしい。どうだろう?」
「悪いけど無理。あたしたち、行かなきゃいけないところがあるから」
「だと思った。すまない、今の話は忘れてくれたまえ」
パルの即答に、しかしダディフは不満も言わず、穏やかな顔で答えた。
その一方、背後の兵士達は苛立ちながらつぶやいていた。
「…子供に任せられるものかよ…」
「…だな…」
アニィ達の耳にもそのつぶやきは届いていた。
彼女達を見る視線と言い、どうもここの兵士の雰囲気は刺々しい。
アニィは特にその刺々しさを感じていた―――街全体が、どこか息苦しい。
常に誰かに監視されているような息苦しさだ。
必要なものを手に入れたら即刻出るべきだろう、とアニィ達は考えていた。
騎士団に案内され、アニィ達は『厄介事引受人協会』のヴァン=グァド支部の前に降り立った。
「ここだ。街の地図も置いているから、必要なら持ってゆくと良い」
「ありがとうございます…」
アニィが礼を言うと、オーサーを始めとする騎士団は要塞へと戻っていった。
ドラゴン達ともども、恐らくは次の襲撃に備えるためだろう。
それを見送ると、アニィとパルはプリスとパッフの背から降り、協会の入り口をくぐる。
プリスとパッフは外で待機することにした。




