第三十話
続けてプリスが邪星獣の首に噛みついた。そして噛みついたまま、口から白い光線を吐き出す。
邪星獣の首が抉れ、黒くどろどろした断面がむき出しになった。
《アニィ、見てください。奴の体の中》
断面には骨どころか、筋肉や脂肪なども無かった。生物ではありえない体組織だ。
ドラゴンとは少し異なる物の、邪星獣もまたある種の『超生物』なのだろう。
邪星皇の手駒という時点でアニィにもある程度わかっていたが、それを目の前で証明する形となった。
星が生んだ超生物がドラゴンなら、邪星皇が生んだ超生物が邪星獣…奇妙な共通点だ。
そして目の前の邪星獣は、魔術を行使して首の傷を急速に埋めていった。
「調べるのは後にしよう。プリス、今はあいつを仕留める!」
《賛成です! ―――フゥンッ!!》
プリスは急激に接近し、前脚で邪星獣の顔面を思い切り殴った。
爪が頬を引き裂き、裂けた口から折れた乱杭歯が飛び散る。
だがそのお返しとばかり、邪星獣は体を回転させ、尻尾でプリスの顔面を叩いた。
《ぐぅっ…!》
『GSHEEE!!』
わずかにできた隙に、邪星獣はアニィに顔を近づけ、口を大きく開いた。
咄嗟にアニィは左腕のブレスレットをかざし、円形の盾を発生させる。
だが乱杭歯に込められた強力な魔力が、盾を粉々に破壊した。
ばくりと食らいつかれ、鋭利な歯がアニィの腕や肩に突き刺さる。
「うぐあああああっ!!」
《アニィ!!》
飛び散った大量の血が、邪星獣の口の周りを赤く濡らした。
そして邪星獣はアニィに噛みついたまま、意趣返しとばかりに口から魔力弾を吐き出し、アニィに直撃させた。
アニィは吹き飛び、海面へと落下していく。
「がはっ……ぁ!!」
『VHOOAAAAHAHAHA!!』
邪星獣が嗤った。落下するアニィに、醜い哄笑が浴びせられる。
《アニィ!!》
追いかけようとしたプリスに、さらに補充された兵隊の邪星獣が群がる。
プリスは光線を吐き出し、群がる兵隊を蹴散らす。
その隙に指揮官の邪星獣は鋼鉄の散弾を吐き出した。鉄の弾丸はプリスを避け、アニィへと向かう。
《アニィっ!!》
プリスが叫ぶ。パルとパッフからもその状況は見えていた。
プリスの飛行速度なら、間違いなくアニィを救出できる。だが兵隊の群れがそれを阻んでいた。
パル達もまた、居残る兵隊たちを相手にしている。すぐには助けに行けない。
アニィが海に落下すれば、邪星獣たちを取り逃し、街への侵略を許してしまう―――
全員がそう思った時だった。
「プリス―――おねがい!!」
鉄の弾丸が空中で飛び散り、海面に落下した。光の盾で散らされたのだ。
そして落下していた筈のアニィが、突如空中で止まった。
アニィの両手は白い布…マルシェ夫人から受け取った、試作品の手袋をいつの間にか嵌めていた。
上空に向けて突き出した手、左手からプリスに向けて何かが放たれた。
同時にプリスの翼が輝いた。両者の間に、一瞬だけ直線状の輝きが見えた。
プリスの翼とアニィの左手の薬指の間に、魔術の光の糸が生まれ、二人を結んでいた。
しかも糸は極めて強固らしく、アニィは振り回されもせずに空中に固定されている。恐るべき強度だ。
プリスが翼を羽ばたかせると、アニィの体は空中で跳ね、瞬時にプリスの背に着地した。
二人を結んだ糸を凝視したとて、100人中せいぜい1人か2人しか、その糸の正体は分からぬであろう。
それはただの魔力の糸ではなかった。上り始めた太陽の光を浴び、七色に輝く―――
魔力でできた結晶体の、極細の糸だったのである。
《アニィ、それが例の?》
「うん、マルシェ夫人がくれた手袋。これでわたしの魔術が、魔力の光を固めた―――結晶になる!」
傷だらけに血まみれの体のアニィは、しかしその痛みにひるむことなく、プリスの背に座り直して左手を構えた。
確かに『ドラゴンラヴァー』は頑強な肉体を持つ。
だがそれを加味してなお、傷の痛みにも怪物の脅威にも恐れることなく立ち向かうアニィに、邪星獣は恐怖していた。
指揮官が混乱し、指令を待っていた隊列は動きを止めた。
アニィが左の貫手を突き出す。凝縮した魔力の光が、確かな形を持った結晶体へと変化し、巨大な騎兵槍を生み出した。
「やああああああっ!!」
裂帛の気合と共に、結晶の騎兵槍を突き出すアニィ。
指揮官の邪星獣は魔力の盾を生み出して身を守ろうとするが、槍はたやすく魔力の盾を突き破り、首元に半ばまで突き刺さった。
『YYYVHAAAAAA!!!』
指揮官は激痛に絶叫を上げ、空中でのたうち回った。
同時にその真下、高度差4ドラフラプ(180m)ほど下に、アニィとプリスはパルとパッフの姿を見た。
矢をつがえたパルが軽く跳躍し、空中で仰向けになりながら弓を引く。
パッフもまた仰向けになり、狙いを定めるかの如く上空の邪星獣を見上げた。
そして矢の先端に、真下の海水が渦を巻きながら集まっていく。
たちまちのうちに、先刻のアニィの騎兵槍に劣らない、巨大な水の矢が生まれた。
パッフが魔術で海水を操作し、パルの身体強化魔術を通した矢の先端へと集めている。
高密度で集められた海水が、長大・強固にして鋭利な鏃と化した。
長年の友である二人の魔力は相性抜群でもあり、パルの身体強化魔術は水の鏃にも浸透した。
「ぶち抜けぇぇぇ!!」
「グルァアアアアア!!」
叫び、パルとパッフは矢を放った。真下から突如飛来した超高圧海水の矢を、指揮官の邪星獣は回避することができず、直撃。
矢は胴体を貫通し、巨体のどてっ腹に大穴を空けた。
『GYEEEAAAA!!』
邪星獣が悲鳴を上げた。結晶の槍と水の矢の傷はあまりに大きく、もはや悲痛ですらあった。
同時にアニィは両手を頭上にかざした。村で発動した魔術と同様、アニィの頭上には巨大な光の剣が生まれた。
そのサイズは前回より大きく、3ドラゼン超(約50m)の長さがある。
しかしそれ以上の決定的な違いは、剣が透き通った結晶と化していることだ。
それでいて輪郭はどこかぼやけている…あまりに鋭く薄いため、刃が空中に溶け込んで見えるのである。
邪星獣は悪あがきとばかりに口に魔力を集中させ、魔力の弾丸を吐き出そうとしていた。
「わたしが怖いか!」
アニィが邪星獣に問う。その言葉の意味が伝わったのか、それとも必殺の剣への恐怖からか。
アニィの視線に邪星獣は怯み、魔力の弾丸は吐き出されることなく消失してしまった。
そしてアニィは、命を奪われる恐怖を知らしめるかの如く、剣を袈裟懸けに振り下ろした。
「その恐怖を忘れるなっ! 邪星皇おおおっ!!」
必殺の一撃が、邪星獣の体を頭から尾の先まで真っ二つになる。
直後、振り下ろしたばかりの剣を追随して、新たに光の剣が生まれ、同じ軌道を描いた。
そしてそれを更に追って、いくつもの刃が生まれる。
光の剣を無数に生み出し、同一の軌道で振り下ろして、敵一体を幾度も真っ二つにする技。昨夜の特訓で身に着けた、アニィの新たな技だ。
全ての刃はほぼ同一の弧を描き、真っ二つにした邪星獣の体を更に断ち割った。
振り下ろされる無数の光剣が、邪星獣の巨体を消滅させていった。
『BAAAOOHHHAAAAA!! ―――……』
邪星獣の断末魔の叫びが空中に響いた。だが、それも閃光に呑まれて消失する。
残っていた兵隊の邪星獣たちも同じく悲鳴を上げて苦しみ、塵と化して消え去った。
後に残されたのは、アニィ達4人だけ。そして波の音が静かに響き渡るくらいの音しか残らなかった。
静かになった海を見回し、アニィはプリスの背にぺたりと座り込んだ。
試作品の手袋は煙を上げ、焼け焦げてボロボロになっていた。
うつむき荒く息を吐き、アニィはプリスの首筋にもたれかかった。額からは大量の汗が流れ落ちている。
その汗に紛れ、アニィの両目から一筋の涙が流れた。




