第二十九話
パルの技によって、大きく離れて隊列を広げる兵隊たち。
だが、今度は上空に逃れていたアニィとプリスが反転し、隊列の中心に割り込んだ。
入れ替わりにパルとパッフが列の中から抜け出す。
邪星獣は一斉にアニィに向けて魔力の弾丸を吐きだした。
視界一杯から襲い掛かる、どす黒い魔力の弾丸に、しかしアニィは冷静に対処した。
「プリス!」
《まかせなさい!!》
アニィが左腕のブレスレットを再びかざす。
円形の盾が二枚出現したところで、プリスが翼を輝かせ、光の糸を出現させた。
糸が二枚の盾をつなぐ。糸の中間部分がアニィの体と重なると、アニィは両手を大きく広げた。
アニィの体を中心として、二枚の円形の盾が縦横無尽に回転し、次々と魔力の弾丸を跳ね返す。
超高速で回転する盾に返された弾丸は、放った邪星獣たち自身を粉々に爆砕した。
昨夜の訓練で試したところ、この円形の盾は2枚以上を同時に出せることが判明した。
これを何かに応用できないかと考えていたアニィは、武具専門店で見たある武器を思い出したのである。
ヒントになったのは、短めの棍棒2本を鎖でつないだ、異国の打撃武器だ。拳法を得意とする者がよく使う武器らしい。
これの使い方から、光の糸でつないだ盾を振り回し、あらゆる方向からの攻撃を防ぐ技を着想したのである。
逃げようとする邪星獣たちは、しかし殺意を込めた自らの弾丸をそのまま跳ね返され、あえなく砕け散った。
指揮官が不気味な咆哮で兵隊たちをけしかける。飛び掛かる兵隊の群れに、アニィは連結した盾を投げつけた。
兵隊は突撃の勢いを返され、何頭かが頭から首までつぶれ、落下しながら消滅する。
《―――アニィ、後ろ!》
直後、補充された邪星獣がアニィとプリスの背後から襲い掛かってきた。
振り向いたアニィの眼前でプリスの翼が光り、邪星獣たちが動きを止める。突き出した前足の爪が、アニィの顔面を引き裂く寸前で阻まれた。
そこを狙ってパルが矢を、パッフが水の弾丸を放つ。飛び散っていく兵隊たち。
振り向いた勢いで、アニィは右の手を大きく払った。光の線が巨大な弧を描き、邪星獣たちをバラバラに引き裂いた。
「ふぅ……ぁあッ!!」
アニィは体を回転させ、真正面に向き直ると、左右の手を水平に大きく振る。
白い閃光は円を描き、周囲に集まろうとしている邪星獣を瞬く間に真っ二つにした。
執拗な程、アニィは邪星獣たちを攻撃している。それも極めて冷静に。
パルの目には、今回指揮官を担当している個体に対する、アニィの信じられぬほどの怒りが見て取れた。
ヘクティ村の人々に対してのそれと似ている。
普段は控えめなアニィだが、一度怒ると感情の抑制がままならなくなる。
これは旅に出る直前、初めて知ったアニィの性情であった。
10ネブリスと少しの間、アニィの胸の内では怒りと悲しみと苦しみがずっとずっと押しつぶされ、混ざり、煮えたぎっていた。
きっかけさえあれば、自身を否定され続けた彼女の激烈で無軌道な怒りは、このように容易く爆発してしまうのだ。
どれだけ耐え続けてきたことか。パルは時折それを思い出し、無性に辛くなる。
その辛さの中には、親友を救えなかった後悔も混ざっていた。
その一方、今回アニィが抱いているのはそんな無軌道な怒りだけではなかった。
幸福に生きていた幼い命を、自分への当てつけのためだけに殺した者達への、まっすぐな憤怒。
彼女が泣きもせず、あくまでも冷徹に邪星獣を屠っているのは、それ故に心が平静になっているからであった。
アニィは心身を傷つけられることの辛さを、誰よりもよく知っている。
まして、相手は子供を殺害した邪悪な怪物である。
彼女の心を折ろうとして挑発し、逆に怒りを爆発させてしまった…
子供たちの命まで奪ったことで、逆にアニィは特定の敵に対し、冷徹に怒りを向けることとなった。
激烈にして冷徹な殺意を向けられた形となり、邪星獣にとっては余りにも皮肉と言えた。
「ぃやァァァッ!!」
裂帛の気合と共に、突き出されたアニィの拳から、光の砲弾が放たれた。
指揮官を護るべく集まった兵隊たちを蹴散らし、貫き、粉々に砕いて、指揮官の顔面に直撃した。
昨日光の剣を止めた時のように魔力防御を施しているのだろう、大した傷にはならない。
しかしそれでもなお、指揮官の体は10ドラゼンほど吹き飛ばされた。
『VSHEEEAAA!!!』
指揮官の号令のような叫びと共に、兵隊がさらに補充される。同時に指揮官は上空へと逃れた。
兵隊は指揮官の元へと直進するアニィとプリスに群がった。
アニィが取りこぼした兵隊を始末していたパルとパッフは、群がる怪物に向けて矢と水の弾丸を放つ。
砕ける邪星獣の体は、しかし数の暴力を以ってその穴を埋めていく。
アニィは開いた左手を突き出した。掌の前に光の薄い幕が生まれる。
正方形の幕を邪星獣の群れの先頭にぶつけると、指先を揃えて伸ばし、前方に向けた。
幕は回転円錐に変化し、螺旋の先端が兵隊の群れを粉々に破壊しながら直進していく。
その真横、真上、真下から別の邪星獣の群れが襲い掛かる。アニィは気づいていない。
「パッフ!!」
「グルゥゥアアッ!!」
パルの合図とともに、パッフが水の弾丸を吐きだした。同時にパルは跳躍し、追いついて水の弾丸を蹴飛ばす。
弾丸は爆砕して無数の水の球体となり、アニィの周囲に群がる邪星獣の頭を砕いた。
「パル…!」
「あいつらを後悔させてやりな。あたし達と―――アニィと会ったことを、死ぬまで後悔させてやるんだ!」
パルは連続で矢を放ち、群がる邪星獣を貫いていく。落下する前にパッフが瞬時に急降下し、背で受け止めた。
その視線に答え、アニィはうなずく。
「うん…!」
《奴は逃げようとしています。追いかけますよ!》
「お願い、プリス!」
プリスは翼を輝かせ、群がる邪星獣たちを一斉に光の糸で縛り上げた。
周囲の兵隊はパルとパッフが次々に片づけている。
友が後ろを支え、プリスが共に闘ってくれる―――隙は無い。その事実が、怒りを爆発させてなお、アニィの冷静さを保った。
「―――おぉぉぉあああああっ!!」
腹の底からの叫びと共に、アニィは光の回転円錐で群がる群れをぶち抜いた。
粉々に砕けた邪星獣たちが落下し、海に沈む前に塵と消える。
何頭か取りこぼしたが、あとはパル達に任せておけば大丈夫だろう。
アニィは指揮官に追いついた。
指揮官は振り返り、邪悪な3対の目…うち一つつぶれたので、2対と1個の目で睨み返す。
村の上空で敵意の視線を集めたアニィには、一目でわかった。
(こいつ―――わたしが怖いんだ)
邪星獣は、敵意や殺意などの感情を持っている。敵意とは、裏返せば、警戒、恐怖の現れでもある。
そう―――目の前の怪物は顔にこそ表さないものの、恐怖していた。
理解した途端、アニィの脳裏に新たな怒りが沸いた。
邪星獣は邪星皇に、そして新たな邪星獣に知識を受け継ぐ。ならば、徹底的に恐怖を叩き込んでやる。
拳を振りかぶったアニィの横に、一際強烈に輝く光の球体が生まれた。
「やあああっ!!」
アニィが拳を振り抜く。動きに合わせ、光球が邪星獣の顔面を直撃し、驚愕にゆがんだ顔面をへし曲げた。
『GOVHAAA!?』
海上に邪星獣の絶叫が響く。邪星獣にとって、真正面から自分をぶん殴る相手は、完全に想定外であったようだ。




