第二十七話
全員の顔を見回し、マルシェ夫人は杖を突いて立ち上がると、モフミーヌに告げた。
「では、わたくしが正式に依頼いたします。この街の商工会会長として、こちらのお二人を指名します。
邪星獣をこの街の海辺か海上で撃破すること。報酬は合計でドライズ硬貨1500枚」
マルシェ夫人の突然の宣言に、モフミーヌのみならずアニィ達も驚愕に目を見開いた。
アニィは慌ててそれを断ろうとする。
「そ、そんな…そんなにしていただくこと、ないですから…!」
「このシーベイ街は、他の都市や諸外国との交易でも成り立っています。
平和にならないと、この街どころか世界の経済も破綻します。
それを回避できたのなら、報酬として妥当ではなくて?」
「そりゃいい! 世界経済を死守すれば、協会随一のビッグネームじゃん!」
「クルルっ!」
はやし立てるパルとパッフに対し、あわあわしながらアニィは反論しようとするが。
「わ、わたし、そんな栄誉とかが欲しいんじゃなくて、あの…」
《いいじゃないですか、まっとうな評価だと言うんですから。
それに我々の目的の邪魔になるどころか、却ってことを進めやすくなるんですし》
このように言われては引き下がらざるを得ない。そしてそれより重大な問題がある。
《武器を用意しないと。ヴァン=グァドのアムニット服飾店でしたっけ、今から私が行ってきますか?》
プリスに言われた思い出したが、アニィにとってはそれが一番の問題であった。
魔術の光剣を、邪星獣は魔力を込めた牙で噛んで止めたのである。
今のままでは通じない可能性が大きい。だが、訓練の時間はせいぜい半ディブリス程度。
ならば武器で補正するしかないのだが…
「この街の武具店には無かったの? アムニットにあると言われたの?」
「はい…でも今から編んでもらうには、少し時間がかかるでしょうし…」
そこで訪ねてきたのは、シーベイの商工会会長であるマルシェ夫人だ。
アニィ達も見たが、この街の武具店はかなり品ぞろえが良いように見えた。
協会の会員たちの中にも武器を持つ者は多く、この日見ただけでもかなりの種類があった…
が、アニィに必要とランス・スミスに言われた武器は、ヴァン=グアドの、しかも服飾店にしか無いという。
「編む?」
「あっ、はい。手袋だそうです、スミスさんのお兄さんによると」
「……材料はわかる?」
思案した夫人に、アニィはランスから貰ったメモを手渡した。
受け取って読み上げ、夫人はすぐにメモを返す。そしてロビーの方に顔をだし、声をかける。
「どなたか手の空いた方はいらっしゃらない? わたくし、家に取りに行きたいものがあるの、手伝ってくださいな!」
「おお、それなら!」
手を挙げたのは、ちょうど患者への手当てを終えて手の空いたバンダルであった。
何事かと首をかしげるアニィに、マルシェ夫人が説明する。
「アムニットから受け取った試作の手袋が家にあるの。今回はそれを使ってちょうだい」
「……!」
「あたしも一緒に行っていいですか!? スミスさんに鏃を作ってもらってて!」
同行しようとしたパルを、しかしマルシェ夫人は止めた。
「いえ、スミスさんご兄弟やヤードさんをお連れします。お二人はここで待っていて、何かあってはいけないわ」
確かに、言うことはもっともだ。時間は惜しいが、それ以上に無事でなければ依頼は完了できない。
パルはやむなく引き下がり、夫人とバンダルに任せることにした。そこにバンダルが顔を出す。
「マルシェ会長、準備できたぜ」
「お願いしますね、バンダルさん。―――アニィさん達、必要な者は急いで届けるわ。
明日までは何ジブリスかしか残されてないけど、準備はそれからにして」
「わかりました…」
夫人とバンダルが協会を出て、二足歩行のドラゴンに乗って夜の道を走っていった。
見送ったアニィとパルは奥のスペースに戻る。と、パルとパッフは受付に置かれた紙とペンを取り、何か書き始めた。
「アニィ、待ってる間に何かしよう。新しい技を考えるくらいはできるはず」
「う、うん…!」
アニィも同じく紙とペンを取り、プリスに相談しながら新しい技のアイデアを練ろうとする。
パルは既に考えをまとめ、パッフに見せて相談していた。
「…確実に仕留められる技が欲しい。プリス、どういうのが良いと思う?」
《今までのアニィの技は、集団戦向けの広範囲のか、単独の敵に当てた剣、あとは飛び道具くらいですね》
「それ以外。……そうか」
すぐに思いついたらしく、アニィは紙にアイディアを描きだした。
ドラゴンに乗って魔術を行使する自身を思い描いた想像力は、たちまちのうちに新たな魔術を編み出した。
《……なるほど!》
「これなら確実にやれる。手袋がどう作用するか判らない…だから、確実にやらないと」
《これなら一発だ。よし、後で練習しましょう》
「うん」
パルの方もパッフとの話し合いをまとめたらしい。
既にパッフの出した水と手持ちの矢で軽く練習を始めている。
ほどなくして、そこへマルシェ夫人とバンダル、そしてスミス兄妹と宿の主人ヤード・パックがやってきた。
ヤードはアニィ達の食事を作りに来たらしく、食材をかかえていた。早速受付奥の簡易キッチンへ向かう。
スミス兄妹は幾つかの軽装鎧を持っていた。気休めではあろうが、それでも防護のことを考えればありがたい。
「アニィさん、これを。スミスさんに手甲を付けてもらったわ」
マルシェ夫人が、左右両手分の白い指ぬき手袋をアニィに手渡した。
スミス兄妹が縫い付けたという手甲は、硬く艶やかな金属でできている。
触れた瞬間、手袋が輝いた。
「これは…」
「顕現石を繊維状にして編み込んだものよ。
試作品だから、強力な魔術は多分1度か2度しか使えないわ。使いどころに気を付けて」
「………はい!」
アニィは手甲付きの手袋を胸に抱いた。今はまだ、使ってはならない。邪星獣を打倒する時まで。
命を奪われた少年とドラゴンが、数奇な運命をつなぎ、アニィにこの武具をもたらした。
アニィの胸の内には、自責の念、罪悪感、感謝、邪星獣への怒りが渦巻いている。
自分が旅に出なければ、きっと巡り合わなかったであろう運命…
物思いにふけっていると、スミス兄妹の妹のシィルが、アニィにプロテクターを差し出した。
「これ、着けていきな。心臓と腕くらいしか守れないけど」
「ありがとうございます…!」
プロテクターを身に着けるアニィ。その横では、兄のランスがパルに矢を手渡していた。
「おお、すごい数! これならいけそう! お兄さん、ありがとう!」
「ん」
アニィとパルが邪星獣に立ち向かった話を聞き、兄弟は昼間の襲撃の後もずっと鏃を作っていたようだ。
テーブルの上には数え切れぬほどの矢が置かれていた。パルは200本ほどを矢筒に入れる。
矢の一本一本は、一般的な矢の3倍ほどの太さと長さを誇る。槍のごときそれは、対邪星獣戦向けのサイズだ。
先端にはドラゴンの後ろ足の爪ほどもある、大きく鋭利な鏃が取り付けられていた。
二人ともプロテクターと武具を身に着け、準備は終わった。
「じゃああたしとパッフは海で練習してくる。アニィ達も頑張って」
「うん。みんな、頑張ろう…そして、ちゃんと生きて帰ろう!」
《当然です》
「クルっ!」
アニィ達、全員が決意を固めた。
翌日までのわずかな時間、4人は全てを懸けて、今ある技、そして新たな技を鍛える。




