第二十四話
「こンの野郎ぉぉっ!!」
「グルォアァアア!!」
パルが身体強化魔術を自身に掛け、パッフと共に邪星獣たちに飛び掛かった。
魔力を通した短剣が頭部を貫き、鋭利な爪と牙が怪物の体を引き裂く。
一方、アニィは地上に降りて避難する人々を護っていた。
左腕をかざし、反射機能のある盾で怪物を跳ね飛ばす。
「―――行けっ!」
かざした掌の上に、輝く三日月形の刃が数本生まれた。アニィはそれを投げ飛ばし、手を動かして操作する。
刃が目の前に迫った怪物の首を刎ねると、死骸は地上に落下し、すぐさま溶けて消え去った。
プリスが翼を発光させ、輝く糸で縛り上げて、邪星獣の動きを止める。
その間にアニィは光の盾を出しつつ、避難する村人たちを促した。
(魔術がちゃんと使えれば、もっと早くやっつけられるのに…!)
市街地の中心部だけあって、ここには住民が多数いる。
迂闊に大規模な魔術を使えば巻き込みかねないのだ。
だからこそ、パルは新調した弓矢を使えず、パッフも水の弾丸を吐き出せないでいる。
その一方、邪星獣は好き勝手に暴れていた。地面に倒れ伏した人々を蹴飛ばし、投げ飛ばし、踏みつぶしている。
そのたびにプリスとパッフが邪星獣を押さえ込み、パルが避難を促す。
「あっち、アニィのトコに行って!!」
逃れた人々はパルに礼を言い、すぐにアニィの後方へと走っていった。
逃げる人々の背に向け、邪星獣たちが無数の鉄の弾丸を吐きだす。
アニィは左腕をかざし、光の盾を発生させて弾丸を跳ね返した。
だが飛んできた弾丸をそのまま跳ね返し、危うく逃げようとする人々を巻き込みかける。
(だめだ、このままの盾じゃ使えない…なんとか、何とかしなくちゃ…)
飛んできた弾丸を跳ね返すのではなく、少なくともこの場にいる住民に害を及ぼさずに片づけるには…。
そう考えていると、光の盾が突如丸みを帯びた。当たった弾丸は回転を加えられて弾かれ、速度を失って地上に落下する。
顕現石がアニィの意志を反映し、光の盾が弾丸を「捌く」形に変形したのだ。
周辺への被害が大幅に減る。その間にプリス達が邪星獣を片づけていく。
『VSSHHAAAA!!』
だが、邪星獣の一頭が光の盾を跳び越え、逃げ行く人々に飛び掛かった。
「しまった…みんな、逃げて!!」
だがアニィの叫びもむなしく、何人かが邪悪な爪に引き裂かれ、路上に倒れ伏した。
絶望の叫び、恐怖の悲鳴がアニィの耳に突き刺さる。
牙で噛みつぶし、拳で殴りつけ、鉄の弾丸で粉砕し、強靭な両脚で踏みつぶし、邪星獣たちは人々を肉塊へと変えていった。
「ぎゃあああああ!!」
「いやああ! 来ないでぇ!! うぎゃああああ!!」
「痛い、いだぁあいいだぁあい!!」
裂かれた体から血しぶきが飛び、千切れた手足が路上に散らばった。
その光景にアニィはすくみ上り―――同時に、激烈な怒りが沸き上がった。
「…お前らぁああっ!!」
平和に暮らしていた人々を、一瞬で恐怖と惨劇の真っただ中に叩き込む邪星獣を、許しては置けない…
怒りのままに盾を解除して駆け出そうとした時、パルの叫びが聞こえた。
「だめ、アニィ! 逃げてる人に当たる!!」
我に返る。アニィの後ろには、邪星獣の爪や牙から逃れ、避難している人々がまだいるのだ。
それを狙った鉄の弾丸も止まない。仮に盾を解かないとしても、アニィが迂闊な行動に出れば彼らが危機に陥る。
せめて少しでも人々をこの場から遠ざけねば…だが、周囲では逃げ損ねた人々が殺害されている。
《アニィ―――今助けます!!》
プリスの翼が輝き、アニィの盾を跳び越えようとする邪星獣たちを光の糸が拘束した。
さらに、空中に跳んだ邪星獣をプリスが小さめの光弾で撃ち抜き、着地する前に消滅させた。
だが、それでもすべてを屠れるわけではなかった。何頭かはプリスの光弾を逃れ、避難民に襲い掛かる。
膨れ上がる怒りと無力感が、アニィの精神を苛み始めた。かき回されたように頭の中が混乱し始める。
「どうしよう、どうしようどうしようどうしよう…!」
呟きは、幸いにも周りの物には聞こえない。と、周囲から足音が聞こえた。
新手かと思われた時、崩れかけた店を跳び越えてやってきたのは、数体のドラゴンとそれに乗る屈強な男女。
厄介事引受人協会の中でも荒事に長けた者たちが、自らの相棒のドラゴンに乗ってやってきたのだ。
「ふゥゥンッ!!」
二本足で軽快に走るドラゴンの背に乗って、男が巨大な金棒を振り回す。不定型の凹凸は土の魔術で金棒に付着させた岩石だろう。質量を増しつつ、尖った部分で打撃の破壊力を上昇させるためのものだ。
邪星獣はまとめて数体吹き飛ばされ、他のドラゴンと乗り手たちが、地に倒れ伏した邪星獣の頭を砕く。
身体強化魔術を行使したパルにも劣らぬ剛力、そして見事な連携だった。
他の荒くれ者たちも同様に邪星獣を吹き飛ばし、頭を砕いていった。
二本足の竜に乗った男がアニィの横に立った。
山賊のような顔の男、先ほど似顔絵のモデルになってもらったバンダルだった。
「すまん嬢ちゃん達、遅くなった! ケガは無いか!?」
その声にどれほど安堵したことか。一瞬、光の盾を支えるアニィの腕の力が緩みかけた。
「バンダルさん―――わたし、わたしは大丈夫! 街の人たちを逃がして!!」
「わぁってらぁ、まずあいつらを少しでも遠ざけねえとな!
頑丈な奴らは避難民を先導しろ、力自慢の奴らは嬢ちゃん達を助けろ!!」
バンダルの指示により、荒くれ者たちは二手に分かれた。
本人もドラゴンも大柄な者達、あるいは頑強な鎧に身を包んだ者達は、避難民を左右から守って誘導した。魔術を使える者は水の防壁を作り、邪星獣の攻撃を防いでいる。
行先は協会の建物だ。強固な地下室もあるらしく、住民たちが逃げ込んでいく。
残った者達、特に戦闘能力が高い者達は、先ほどのように連携して邪星獣を斃していった。
パルやドラゴンのような一撃必殺の破壊力こそ無いが、数に任せてかかることで確実に撃破していく。
「おじさん、たすかった! ありがと!」
「クルル!」
避難民の大半がいなくなった所で、パルは着地して弓に矢5本をつがえ、一気に放った。
拡散した矢が邪星獣数体の頭部をまとめて貫通し、消滅させる。
パッフも空中から水の散弾をまき散らし、邪星獣の頭を吹き飛ばしていった。
「モフミちゃんに聞いてきたぜ。こいつらが『邪星獣』だな!」
彼と仲間達は、どうやらモフミーヌから説明を受けたようだ。
通りすがりの小娘の、真実味のまるでない話を信じ、荒くれ者たちは駆けつけてくれたのだ。
そして彼らは初めて実物の邪星獣を見たはずなのだが、恐怖も油断もせず、極めて冷静に対処している。
バンダルに迫る一頭の頭部が、岩石を纏った金棒の一振りで逸らされ、牙が砕け散った。
直後に他の荒くれ者たちが集まり、動きを止めた瞬間を狙って頭部を攻撃。突き刺され切り刻まれ、消滅した。
「野郎ども、残ってる奴はいるか!?」
荒くれ者たちはいない旨を答えた。彼らが駆け付けたことで、生き残った住民は全員が避難したようだ。
残る邪星獣を心置きなく片づけられる。アニィが安堵した、その瞬間。
崩れた店舗の下に、一人の子供と小さなドラゴンがいた。
先ほど通りがかりに挨拶をした親子連れの、子供とそのペットのドラゴンだった。
アニィは駆け出し、彼らの体に積み重なる瓦礫を軽々と投げ捨てる。
パルほどではないにしろ、『ドラゴンラヴァー』の腕力で、その程度のことは軽々とできた。
「き、きみたち、しっかりして…!」
「いたた……あ…お姉さん」
「ぷぎゅぅ…」
少年とドラゴンを助け起こすアニィ。それを察し、プリスが着地して彼らを護る。
《アニィ、その子達を連れて行きなさい。急いで》
「うん!」
アニィは少年を背負いドラゴンに肩を貸し、走り出した。
協会に母親がいるはず―――そう予想して、急ぐ。
だが、少年の母はすぐ近くに倒れていた。片足ゆえか転倒し、逃げ遅れてしまったらしい。
アニィが駆け寄って母を起こし、子供達の手を取らせた。
住民が殆どいなくなったことで、プリス達が遠慮なく地上で空中で邪星獣を蹴散らし始める。
その間を縫って、アニィは親子3人をバンダルの仲間の元に届けた。
「お母さん!」
「ぷぎゅぎゅ!」
「良かった…! ふたりとも大丈夫ね、怪我は無いわね!?」
少年と仔ドラゴンが母親に抱き着く。母も2人を強く抱きしめた。
わずかに羨望を感じるアニィ。母親と子供達の仲睦まじい姿…親とは本来このように、我が子のことを想う存在なのだ。
「はやく、協会に行ってください…ここは危ないです」
「わかりました。ありがとうございます!」
礼を言う母に軽く頭を下げ、アニィは戦場に戻ろうとした。その瞬間。
真上に黒い影が差した。
「おかあさ」
ぼっ、と重く生々しい音で、少年の声がかき消された。
びしゃ、びしゃり、とアニィの足元に赤い何かが飛び散った。
プリスが自身の名を呼ぶのに気づかず、アニィは背後を振りむいた―――
少年の頭部が消し飛び、ドラゴンは胴体を真っ二つに両断されていた。
赤い肉片はアニィの足元に、そして地に倒れた母親の顔に、いくつも付着していた。
両者の間に邪星獣…恐らく指揮を担当する大型個体…の姿があった。
巨大で扁平な顔が、アニィの方をゆっくりと振り向く。邪悪な3対の目がアニィを見た。
口元と片方の前脚が血にまみれている。少年を噛みつぶし、ドラゴンは爪で斬ったのだろう。
そして血にまみれた口元が歪み、笑いの形を作った。
「あ」
アニィの声が震える。状況を理解し、その脳裏では先ほどの無力感、そして憎悪とない交ぜになった怒りが沸き出した。
「あ―――あ―――」
対する邪星獣は、果たしてそれが心底からの笑みなのか、それともアニィを挑発するための動作なのか。
明らかに、嘲りの笑みを浮かべている。
乱杭歯だらけの口が開閉され、醜くたどたどしい声で、言葉が紡がれた。
ザ マ ア ミ ロ




