第二十一話
アニィ達は店主に一礼し、店を出た。
再び相棒のドラゴン達の背に乗り、どこへともなく歩き出す。プリスの背の上で、アニィがつぶやいた。
「辛い話を聞いちゃったね…」
《何かして気を紛らわすのも恐ろしい、って事ですからね。
まだこの街は襲われていないようですが…それだけに、色々恐ろしいことを考えてしまうんでしょう》
プリスに言われ、アニィとパルは改めて街を行く人々の表情を見た。
皆確かに楽しそうに笑っている。だが、この街へ訪れた時のごく小さな暗さは、どうやら気のせいではなかったらしい。
未知の外敵、邪星獣への恐怖。
実在するにも関わらず、この街の誰もが実物を見たことが無いため、得体の知れない怪物への恐怖が際限なく膨れ上がっている。
《ま、ドラゴンもいますし。追い払うくらいはできるでしょ》
「そんで解決するってもんでもないでしょうよ。といって、あたし達はここに住むわけじゃないしなあ」
「クル~…」
この中で楽観的に考えているのはプリスくらいだ。
邪星獣の恐ろしさを知っているパルとパッフ、そしてアニィも、街の住人につられたかのように暗い表情になる。
しばし黙り込む4人。その沈黙を打破したのは、パルだった。
「…よし、気を取り直して! じゃあ少し時間潰しに、街の中見て回ろ!」
「クル!」
努めて明るく振舞うパルに、パッフも乗る。アニィもプリスと顔を見合わせ、小さく笑った。
「そうだね。どこに行くの、パル?」
「うーん…あ、じゃあお土産のお店にいかない? チャム達に届けるやつ、買おうよ。
昨日飲んだお茶の葉とかさ!」
パルが言うのは、昨夜飲んだワイルドローズベリーティーのことであった。
ごく一般的なはずの飲料さえ無いヘクティ村の子供達に送ったら、さぞ大喜びするだろう。
「そうだね。あと…日持ちのするお菓子も」
「お風呂の事も書いておこうよ」
《手紙、すぐに出します? ヴァン=グァドにも協会はありますけど》
アニィはしばし考える。
ヴァン=グァドの街並みも見て、手紙と共に送れるものがあればそちらを購入したいと考えていた。
その一方、チャム達にはできるだけ早く道中の事を教えたいとも思っている。
シーベイでの滞在許可期間も1ディブリスだけなので、長居はできない。
慌ただしい中で、そこそこの大きさがある荷物を持ち歩くのはためらわれた。
「ヴァン=グァドに行く前に出そう。…で、良い…かな?」
「うん。あたしは賛成」
「クルル!」
《私も同じく。じゃあ土産物屋、それから昼食の後で協会の会員証ですか。
受け取ったら宿で荷物をまとめて、郵便に出すのは店主にでもお願いしましょう》
プリスが出した結論に、全員が賛成した。まずは土産物屋に向かい、茶葉と菓子類を購入する。
ワイルドローズベリーティー含め、あらゆる茶葉50杯分のパックが、この店ではわずかドラスク貨幣1枚(100円相当)分の価格。
別の茶葉だが、行商が売りに来ていたものはドラスク貨幣7枚分である。
本当にごく普通の飲料なのだと、プリスを除く全員がその値段に驚愕した。
「異文化だ…! パル、異文化がここにあるよ…」
「クッ、クルルぅぅ…」
アニィは、行商の売る物が高い高いと、母が愚痴をこぼしていたことを憶えている。
そして、パルとチャムが行商と取引をする時にそばにいるパッフも、茶葉の値段は知っていた。
ドラゴンが茶葉の値段に驚愕するという、非常に珍しい光景である。
「つまり、6ドラスク分の交通費やら何やら上乗せした値段ってわけだ。いくら何でもぼったくってない?」
「で、でもパル、行商さんだって苦労してるんだよ…そのくらい仕方ないよ…」
田舎者特有の、猜疑心丸出しな会話であった。店員にクスクス笑われ、アニィ達は顔を赤くした。
二人は急いで茶葉のセットを3つ、そして日持ちのする焼き菓子を買い、郵送用として頑丈な箱に包んでもらった。
次いで金物屋へと向かう。邪星獣に破壊された村に、湯を沸かす道具が残っていると思えなかったからだ。
金物屋での鍋の値段に、またしてもアニィ達は驚愕した。行商から買ったものがドラスク38枚、ここでは12枚。
《…よく考えるとあの村、ホントに僻地なんですよね。
あそこからここまで来られる道路なんて、確か無かったですよね?》
「うん…森とか荒れ地とかばっかり」
プリスの背から見下ろした地上の光景を、アニィはよく憶えていた。
街道などという気の利いた物は無く、せいぜい草や木が切り払われ、土がむき出しになった道があったくらいだ。
後は岩だらけの荒れ地がある程度。獣道の方がまだましだ。行商人の苦労がしのばれる。
店員曰く、行商もヘクティなる村に行くのは辛いということだった。
倍以上の値段になるのもやむなし、といったところか。
が、それと目の前の鍋の安さに感謝するのとは、また別のことだ。
二人は鍋と薪、そして火起こし棒も買い、茶葉と一緒に包んでもらった。
「あと、お風呂道具…湯船は無理だけど、石鹸くらいは送ってあげようよ」
「元々お風呂らしいお風呂が無かったからね、あの村。
非文化的な地域だ、子供らが汚くなっちゃうなあ…よし買おう!」
続いてアニィ達は雑貨店に来ていた。ここでは乾燥させた植物の実のスポンジと石鹸を買う。
ついでに、簡単でも湯船を作れる方法が無いかと聞いてみた所、木の板での組み立て方を教えてもらった。
4人は感謝し、湯船とかまどの組み立て方を書いた紙と共に、先ほど買った茶葉や鍋と合わせて包んでもらった。
4人は買い集めた物と明細表を確認する。
かかった金額の半分を、いずれ稼ぐアニィの報酬から支払うため、取っておく必要があった。
「このくらいかな…時間もそろそろお昼かな?」
アニィが空を見上げると、太陽は真上近くに差し掛かっていた。食堂の客も増え始めている。
アニィとパルの腹の虫も鳴いていた。
「そだね。あたし、お昼買ってくる! アニィの分は飲み物だけでいい?」
「うん。お願いね、パル」
街の地図によると、商店街の外れに小さな公園がある。場所も協会に近い。
パルは近くの店に立ち寄り、自身の昼食と、果汁を水で割った飲料2人分を買った。
飲料は薄い木製のカップに入っており、飲み終わったらごみ箱に捨てて構わないとのことだった。
定期的に専門の業者が回収し、破砕して着火剤に加工して、他の店に売っているらしい。
公園には母と少年の親子連れ、そして小さなドラゴンが先に来ていた。
少年と仔ドラゴンが、物珍し気にプリスの威容を見上げる。
「注目の的だね、プリス!」
パルに言われ、プリスはフンと鼻を鳴らした。あまりいい気持ではないらしい。
一方、パッフは少年や仔ドラゴンと遊んでやっていた。母親はベンチに座り、その光景を見て楽しそうに笑っている。
ベンチに座る母親の傍らには杖が立てかけられている。―――彼女の右脚の膝から下が無かった。
何かに襲われた傷だろうか…と思ってアニィ達が見ていると、目が合った。
母親はアニィ達に小さく礼をした。アニィ達も礼を返す。
ベンチに座ってアニィは昨日のサーモンサンド、パルは先ほど買ったミックスバーグロールを食べ始める。
様々な種類の肉を混ぜて焼いて円盤型のパンではさんだ、いわゆるハンバーガーに似たロールパンだ。
「何だか、もう疲れた…」
サーモンサンドを一口食べ、飲料を飲み込み、アニィがつぶやいた。
時間が経過するほどに街に人が溢れ、慣れぬ熱気にアニィはすっかり疲れてしまっていた。
「お疲れ。会員証もらったらあとはすぐだから、もうちょっと我慢だよ」
「うん…」
疲労にため息をつきつつも、アニィはサーモンサンドを味わうのを忘れない。
肉汁がパン生地にしみ込み、また一段とうまさが深みを増していた。
一方、親子連れは昼食の時間になったため、3人で連れ立って帰っていった。
母親は風の魔術で体を浮かせてドラゴンの背に乗り、息子が杖を持つ。
「ドラゴンさん、バイバーイ!」
「ぷぎゅ~」
「クックル~♪」
手を振って親子と仔ドラゴンに別れを告げるパッフ。短い時間ですっかり仲良くなってしまったようだ。
アニィ達もそれを見送ると、昼食を終えて包み紙やカップを隅のごみ箱に捨て、手を洗った。
「よし、じゃ行くか!」
「うん」
それぞれプリスとパッフの背に乗り、公園を出て厄介事引受人協会に向かう。
昼の憩いの場ということもあってか、ロビーは客でごった返していた。
しかし昨日初めて訪れた時の剣呑な雰囲気はそこに無く、誰も彼もが楽しそうに団欒している。
アニィとパルは一礼してロビーに踏み込み、受付前の客の列の最後尾に並んだ。
先に並んでいる客の殆どは会員登録済みらしく、手には退治の証明であろう怪物の体の一部を持っている。
少々グロテスクな光景に、アニィは思わず目を逸らした。
「うぅ…」
「…よその支部に行く時は時間調整しよっか」
「うん…」
そんな会話を聞き届けたか、何人かは手に持った物を布袋にしまい込んだ。気遣いが有難い。
アニィ達の順番が回ってくると、受付の担当者が奥で作業しているモフミーヌを呼んだ。
モフミーヌはアニィ達の顔を見て一礼し、手に持っていた書類を置いてから、昨日と同じく奥の受付席まで案内した。
昨日と同じく窓からプリスとパッフが覗き込み、モフミーヌの足元にはモフルドッグのチャウネンが座っている。
「お待ちしておりました。会員証が出来ましたので、お渡ししますね」
「わふっ」
手のひらサイズの銀色のプレートが二人の前に置かれた。
表面には二人の名前、魔力押印による紋章、そして協会のマークが彫り込まれていた。
「こちらは身分証明書にもなりまして、他の街に入る際にもご利用いただけます。
それと定期依頼を完了する際にも必要で、退治した怪物の数なども記録されるので、必ずお持ちください」
「記録ですか? このプレートに?」
パルが会員証の表裏を眺める。原理が良く判らない話だ。
「はい。このプレートを開発されたのは、他国にお住いの魔術工学博士でして。
その方が独自に作られた記録・記憶の魔術が、これの雛型に入力されているんです」
「へぇーっ、そんな事できるんだ! 天才じゃん、ねえアニィ」
「うん…」
アニィも素直に感心していた。それを見て、モフミーヌが話を続ける。
「これを持ちまして、お二人は当協会の会員となります。
お二人は定期依頼をご希望とのことでしたが、このまま依頼を受理なさいますか?」
「は、はい…」
「では、こちらからお選びください。リストの上の方は危険度が高めになっています」
モフミーヌが一枚の紙を差し出した。定期依頼のリストだ。
下の方は家の掃除、庭の草むしり、失せ物探し、結婚式のスピーチの代読…と、特に命の危険が無い依頼ばかりだ。
危険度はドラゴンの目のマークの数で示されているらしく、一番下はマークが一つだけ。
「いや人様の結婚式でスピーチの代読って。人の人生左右する大役じゃない!」
「クルルぅ~…」
パルとパッフが揃って苦々しい顔をする。モフミーヌも呆れ顔で説明した。
「ええ。ですからそこそこ危険度高めにしてあるんです」
「もうちょっと上げてもいいんじゃないかなー」
「ですよねえ」
二人とパッフが楽しそうに話すのを横目に、アニィはリストを下から順に読み上げていった。




