第二十話
「いい人達で良かったね、パル」
「うん! やっぱり商業や貿易で成り立ってる街だから、真面目な職人が集まってるんだろうね」
《兄の方は優れた勘を持っているようですね。アニィの魔術にも気づいたようですし》
「そうだね…魔術を使う人の武器も、多分作ったことがあるんだろうね…」
プリスに言われ、アニィは渡されたメモを見た。カギになるのは顕現石だろう。
魔術をイメージした通りの形に発現する鉱石。
アニィのまだ不安定な魔術には、その鉱石による補助が必要と、ランスは気づいたのだろう。
アニィ達は工房向かいの武具専門店に入った。店内には見渡す限り様々な武具が並んでいた。
刀剣類、棍棒などの打突武器、投げナイフ、胴体や肩を保護する鎧、兜…
また武器や防具だけでなく、剣を差すベルト、鞍、隊列の先頭を示すための旗など、戦闘時に必要な道具も置いている。
殆どの武器がドラゴン乗りに合わせたもので、つまり大きく頑丈なものが揃っている。
店内を見渡したアニィ達は、すっかり感心していた。
「すごい…こんなお店、初めて」
《やっぱりドラゴンに乗っての戦闘が主流なんですね。大型の騎兵槍や盾、巨獣用の鞍…》
「クルル」
「あたし、ちょっと弓見てくる!」
プリスとパッフが店舗入り口から顔を突っ込み、店内の品ぞろえを見回した。
パルは早速弓の棚に駆け寄り、店主の話を聞きつつ、次々と手にとっては頑丈さや持ちやすさを確かめる。
アニィは入り口近くで待ち、壁にかかっている巨大な棍棒を見上げ、プリスに問う。
「プリス、わたしも武器使う方が良い? その方がラクなら、使うけど…」
《いや、必要ありません》
即答であった。
《邪星獣との戦闘であれば、あなたの魔術だけで間に合います》
「でも魔力切れになったら…」
《コントロールにさえ成功すれば、長時間の戦闘も可能です。だから練習と補助器具が必要なのです。
それより慣れぬ武器の使い方を習得する時間がもったいない。荷物も増えますしね。
そもそもあなたは体力が足りてないんです。その分の訓練までしたとして、体力もちます?》
「そ、そっか…」
《ついでに言えば、邪星獣にそんじょそこらの武器なぞ通じんでしょう。
パルが普通の矢で頭をぶち抜けたそうですが、彼女の馬鹿力で使える弓矢だからでしょうね。
あるいはあなたの魔術を武器に付与するとして、今度はその練習も必要になる。
そして何より…一番大事なことです、慣れない武器での戦闘に振り回される私がね、一番しんどいんですよ》
「あ…うん、そうだよね……ごめん」
正論をごりごり押し付けられ、アニィは若干委縮してしまう。
自分の都合を最優先に上げたのはドラゴンの価値観ゆえか、それとも単にプリスが傲慢なだけか。
いずれにしろ単純な話、練習の時間があるかもわからない。
邪星皇がいつこの星に到達するかもわからないのだから、非効率的な武器の練習で、旅の時間を無駄にするわけにもいかない。
パルが今新しい弓を選んでいるのは、単に自分が得意な武器だからであり、そして邪星獣に通じる矢が手に入るからだ。
プリスは落ち込んだアニィの横で苦笑した。
《考えは分かりますよ。けど、あなたは魔術を使えるんです。恐らく世界で一番強力な魔術を。
私のためなどと言って、自分の技能を無碍にしないでください》
「うん…」
その意外と優しい物言いに、アニィは僅かにほほ笑む。
「…プリスは態度が大きいのか優しいのか、よくわからないね。昨日の夜は優しかったのに」
《これでもあなたのことを気遣っちゃあいるんですよ。ドラゴンと人類の価値観が合わんというだけです》
「そっか。ありがとう」
そうアニィが言うと、プリスも小さく微笑んだ。
そしてふたりがそんな会話をしている間に、パルは新しい弓を購入したらしい。
柔軟な金属と木材を重ね、大きくしなりつつ破損しづらい頑強さも備えた大弓だ。
矢のサンプルは店主に預け、後程スミス兄妹に返してもらうことになったようだ。
「試しに思いっきり引いてみたんだけどさ、全然壊れる気配が無いの。
弦もメガオストロの腱を使ってるから、千切れる感じが無いし。
他のもいい弓が揃ってるよ。スミスさんがここオススメするのわかるわ」
「へえ…」
メガオストロとは、脚が4本生えた地上歩行型鳥類の怪物である。
1つの大陸を1日で横断するほどの健脚を持ち、その四肢の腱は様々な道具の材料に使われる。
反面、肉は硬く食用には適さない。
《試しに使ってみたらどうです?》
「協会から帰ったらでいいよ」
「…いいの? パッフと合わせてみた方がよくない?」
遠慮がちにアニィは言うが、パルはそれを断った。
「クルルっ!」
「パッフも後で良いってさ。で、スミスさん達の教えてくれた店ってどこ?」
「うん…」
店を出て、アニィはもう一度メモを開いて読んだ。全員がそれを覗き込む。
その店は、このシーベイ街ではなく城塞都市ヴァン=グァドにあるらしい。パル達が地図に書き込んだルートの一つだ。
どうやら先に協会に立ち寄り、会員証を受け取るのと合わせて定期依頼を受けてからの方が良さそうだ。
「普通なら船で行くんだね…大きな要塞があって、兵隊さんたちも沢山いるって」
《邪星獣のことも結構知ってるかも知れませんね》
「じゃあ用事済ませたら、すぐにでもヴァン・グァドに行こうか。受け取りが昼頃だから、まだ少し時間はあるな…」
パルは空を見上げた。まだ太陽は真上に差し掛かっておらず、付近の食堂なども客が少ない。
「アニィはどうしたい? 何ならプリスと二人で見て回ってきてもいいよ」
「ん~…あ、えっと…じゃあ…いいかな」
数秒考え、アニィは昨日の出立前のことを思い出した。
アニィの控えめな申し出に、パルは鷹揚にうなずいた。
「文具屋さんに行きたい。便箋と封筒、それから色鉛筆。チャム達にお手紙書かなくちゃ」
全員で街の地図を覗き込む。現在位置は工房と武具専門店の間の幅広い道路で、そこから少し離れた場所に文房具の店はある。
郵便物を取り扱う店舗は無かったが、その代わりに厄介事引受人協会が配達を請け負っている…と、地図に書いてあった。
「よし。じゃあ文具屋さん行くか」
「うん」
《手紙、何を書くんです?》
アニィはプリスに、パルはパッフの背に乗り、文房具店へと向かう。
その間、プリスへの問いにアニィはしばし考えた。
空を見上げる。頭の中では、すでに何を書くかが決まっていた。
「会った人のこととか、わたし達が思ったこととか…そういうの」
《色鉛筆で? ああ、絵ですね》
「うん。旅の事を絵にして、チャム達に教えたいな、って」
協会のモフミーヌやバンダル、宿の主人、スミス兄妹など、村にいた頃には想像もできなかった出会いがある。
そして目の前には美しく整えられた、非常に文化的な街が広がっている。
住民たちはドラゴンと友好的に生活しており、単に足代わりというだけではなく、とても仲が良い。
アニィはこれをチャム達に伝えたいと思ったのである。
「チャムがうらやましがるなあ。アタイもいきたいーって」
「連れていけなかったのは残念だったね…。
準備が必要って言ってたけど、何だったの? プリスは聞いてたんでしょ?」
《それがねえ…》
言いよどむプリスに、アニィは首をかしげた。
「どうしたの?」
《あの毛玉、あんまり詳しくは教えてくれなかったんですよ》
「教えてくれなかった?」
《準備するってこと以外ね。ただ、その間にあのちびっ子にいて欲しいらしいんです》
「…そっか。なんだろう、ね」
アニィとパルは顔を見合わせた。モフルタイガーという動物であり、チャムの親友。
そんなフータに何の準備が必要なのか…プリスにはそれが伝えられたが、あくまでも詳細は不明。
言語を介さなかったということは、フータからプリスへのテレパシーがあったということだ。
そしてドラゴンであるプリスが、格下の存在たる人類相手に嘘を吐く理由など無い。
「フータがねえ。まあちょっと妙なところはあるけど、フツーのモフルタイガーだしなあ…」
妹の親友のことを、パルもどこか不思議に思っていた節はあるらしい。
《手紙で訊いてみますか?》
「そうだね…チャムとか、先生なら何か気づくかもしれない」
プリスに勧められ、アニィは手紙に書く内容に追加することに決めた。
そうこうと話しているうちに、アニィ達は文房具店の前に到着した。
プリスの背から降り、扉にはめ込まれた透明な鉱石の窓から、店内を少しだけ覗き込む。
初めて見る道具がずらりと並ぶ。その中には絵筆や画用紙の束もあった。
店の奥のテーブルの前には、銀髪にひげを蓄えた細身の老紳士…店主が書籍を読んでいる。
アニィはそっと扉を開け、店内に踏み込んだ。パルがそれに続く。先刻買った弓はパッフに預けている。
「クルルぅ~」
人類が使う道具に、どうやらパッフも興味があるようで、店内に頭を突っ込んで楽し気に見回していた。
アニィは色鉛筆が並ぶ棚の前に立ち、何本か…とりあえず必要そうな何色か、そして鉛筆を削る小さなナイフを手に取った。
続いて便箋と封筒と画用紙。村では行商からしか手に入らなかった紙類が、この街ではごく普通に手に入るらしい。
他の棚には、定規に文鎮に鋏、コンパスやきらきら光る不思議な画用紙など、初めて見る文具ばかり並んでいる。
心惹かれるのをこらえ、アニィは店主の前に便箋セットと筆記用具持って行って会計を頼んだ。
会計の途中で店主がアニィに尋ねる。
「絵を描くのかね?」
「あっ…はい。手紙で出そうかと」
「そうか」
一見そっけない反応だったが、店主がかすかに笑うのをアニィは見た。
パルが袋から出した料金を受け取り、店主は掌の上で貨幣を数え、お釣りと買い物をアニィに手渡した。
そして背後の棚から長方形の板を取り出し、これもアニィに手渡した。
一辺に紙をはさみこむためのクリップ、角を2か所をつなぐように長い紐が取り付けられている。
所謂画板だ。これに紙を固定し、肩や首から下げてスケッチに使うようにということだろう。
「これも差し上げよう」
「あ、ありがとうございます! えっと…」
「余ってるし、自由に持っていきたまえよ。毎度」
画板の料金を尋ねようと思ったところで、店主は座り直し、背を向けてしまった。
どうやらサービスらしいと判り、パルは素直に貰って置けと身振りで伝える。アニィは店主と画板を何度か見比べ、うなずいた。
そして店から出ようとした時、アニィは店内を見回し、客が彼女達以外いないことに気付いた。
スミス兄妹の工房のような、一般人の立ち入りに向かない場所ではない。
先ほどパルが弓を買った店にもそれなりに客はいた。食堂の客が少ないのは、まだ朝方だからだ。
だが、この文房具店は…
「…あの怪物が出てからだな」
アニィの考えを読み取るように、店主がつぶやいた。いつのまにかアニィ達の方に向き直っている。
だが彼の視線は、どこか遠くを見るように、誰にも向けられていない…アニィとパルどころか、店の外のプリスとパッフにも。
彼が言う怪物が邪星獣であると、アニィ達はすぐに気づいた。
「普通に生活しているように見えるが、本当は皆恐ろしいのだろう。
こういう…趣味で使うような物を買う人は、少しずつ減ってきている。
いつあの怪物に襲われるか。この街にいることが安全を保証しないのを、本能的に皆気づいている」
邪星獣への恐怖から、自分のしたいことを諦めてしまう者が少しずつ増えているのだ。
今でこそこの街には現れていないが、協会の定期依頼に上がるくらいなら、目撃例は決して少なくないはずだ。
アニィにとって、自分の望みが外的要因から叶わないことの辛さは、他人事ではなかった。
「嫌ですね…そういうの」
「うむ。早いところ、何とかならないものか…」
そしてそれきり、店主はまた黙ってしまった。できる物なら自分が何とかしたい、そんな考えがにじみ出た苦渋の表情だった。




