第十六話
「さて、じゃあ明日の予定を決めよう。疲れてるからあくまで大まかに」
二階の部屋のベッドにアニィとパルが座り、プリスとパッフが窓から顔を突っ込む。
シーベイ街全体のマップを眺め、二人と二頭は計画を練り始めた。
「まず武器とか、身に着けるものを揃えようと思う。
先生がくれた短剣、アニィのブレスレットは確かにすごいけど…」
「うん…これだけじゃ、ちょっと心許ないね。
プリス、村に出たあの怪物。あれが下っ端だとすると、もっと格上のとかもいるの?」
《恐らく。人間で言えば騎士団長みたいなものです…多分。
邪星獣といって、邪星皇に遣わされた尖兵です。
あの村のような辺境に送られるのは雑魚も良いところでしょう》
恐らく、という部分に当のプリス以外が首をかしげた。窓から身を乗り出し、パルがプリスに問う。
「煮え切らない言い方だね。あんた、あの怪物の事知ってるんじゃないの?」
《残念ながら知識でしか知らないんですよ、邪星皇の事は。
代々の『葬星の竜』から知識を受け継がれただけなんです。
だから、邪星皇がどこにいてどんな姿かも知らないんです》
「クルル~」
《睨まんでくださいよ…仕方ないでしょ? 邪星皇が動き出すまで、何千億ネブリス(何千億年)もかかったんですから》
じっとりした目でプリスを睨むパッフを、パルがまあまあ…と宥めた。
そしてなるほど、と全員がうなずいた。あくまでもプリス自身は現代のドラゴンであり、背負わされたのは宿命だけなのだ。
一方の邪星皇は、活動開始までの時間が途方もなく長い。正しい知識が無いのも無理はない。
「となると、邪星皇や邪星獣の情報も必要だね…知ってるとしたら誰だろう」
アニィも唇に手を当て、考える。
《厄介事引受人協会、ですかねえ。会員の中に会った人もいるかもしれません》
「じゃあ、会員証受け取るついでに訊いてみようよ」
「クル!」
「よし、決まり。決まった所で話を戻そう。武器だけど」
パルはカバンから、金銭とはまた別の袋を出した。
中に大量に詰まっていたのは、細かい金属の欠片だ。重量にベッドがきしむ。
「あたしはこれを鏃に加工してもらうのと、あと弓を買おうと思う」
「パル、これは何の金属?」
「あたしの短剣と、アニィのブレスの材質。先生と子供らが貯めてくれてて、それをもらったの」
《魔力を通す金属、輝ける鋼ですね》
パル曰く、センティによれば村の近くの鉱山跡で大量に採掘できたらしい。
しかしドラゴンに乗れることを良しとする文化を村は推し通し、この鉱石を収入源とする案を蹴った結果、50ネブリス前には存在を忘れられたということだった。
当然加工の方法も文献でしか残っていない。
二人に贈った武器は、センティと子供達が文献をよく読み、試作を重ねた末に完成したのだろう。
ぶっつけ本番で使っても、ブレスも短剣も全く破損の気配が無かった。センティらの真剣さと誠意の賜物だ。
《問題はアニィの武器ですね》
「わたしの…?」
《ええ。あの魔術の光、あれは確かに強力ですが、まだコントロールが不十分でしょう。
半ば不定形なのはそのせいです。極めれば、恐らく明確な形を持つはずです》
「そういえば…」
数ジブリス(数時間)前、村で邪星獣を屠った時のことを、アニィは思い出す。
掌から出現した魔力の光は、頭の中で思い浮かべた通りに形を変え、自由自在の武器と化した。
恐るべき殺傷能力を誇る必殺の魔術だ。が、コントロールのために凄まじい集中力と体力が必要であった。
加えて一度に放出する魔力量も凄まじく大きく、当然疲労も大きい。
《アニィ、今のあなたの体は圧倒的に不健康です。これまでの生活のせいですね。
集中力はともかく、それを維持するための体力が必要なんです》
「だね。真面目な話、体力がもたないかもしれない」
《戦闘が長引けば相当疲れるでしょうね。それに出力調整の練習もしないと。
魔力押印の時は何とかできましたけど、相当苦労してましたよね》
「あー……うん…」
プリスとパルが言うには、まず魔術を扱うために…というより健康のために、体を頑丈にすべきということ。
そして、魔術の更に精密なコントロールを学ばなければいけないということ。
家族からの虐待によって、食事も筋肉量も、アニィは年齢に比して明らかに不足している。
強力極まる魔術を行使するうち、今のままでは体が耐えきれなくなる可能性がある。
そして幼少期から身体強化魔術を使いつつ体を鍛えていたパルと違い、数ジブリス前に初めて行使したばかりだ。
《で。練習も必要ですけど、その体力を今すぐどうにかできるわけではありません。
なので、まずコントロールのための補助器具からでしょう》
「う、うん…でも、何を使えばいいのかな…」
「それねえ。多分アニィの魔術って、今まで誰も使ったことの無い奴だから…」
全員が眉間にしわを寄せ、首をひねって考え込む。
この世界における一般的な魔術は、端的に言えば『手から何か出す』だけの行為だ。
だがアニィの場合、手から出した莫大な光を自由自在に操り、質量と殺傷力を持たせるという、類を見ない技である。
パルのように自身の肉体でコントロールできるものでは無い。
「ん゛~~~……いや。それは後で考えよう」
ベッドに仰向けに転がり、天井を見上げながらパルが言う。
その表情が疲れ切っているのは、数ジブリス前の邪星獣との戦闘による疲労だった。
幸い、今の時点でこのシーベイに邪星獣の形跡は見られない。
この港町が襲われ、壊滅でもしたら武器も揃えられない。
「今日はもう休もう。あたし疲れた…」
《それが良いでしょうね、私も賛成。アニィとパルはそろそろ夕食の時間でしょ》
「う、うん…わたし、あんまり、お腹空いてないけど…」
言ったアニィのみならず、パルの腹もグゥゥと鳴った。
何しろ昼は邪星獣の退治で忙しく、二人とも昼食を採っていないのだ。
パルが部屋の隅を見ると、壁に伝声管の蓋があり、開けた途端に来客と宿の主人の声が聞こえた。一階の受付につながっているようだ。
すぐ横には使い方の説明書がかかっている。食事の注文などはこれで受け付けているらしい。
壁には説明書とともに食事のメニュー表もかかっていた。
アニィに手渡すが、受け取った当の本人はどうしたものかと戸惑っている。
「え、えっと…パル、注文取らないの?」
「アニィが決めていいよ。入会するまでのご飯代はあたしが奢ったる」
「そんなの、悪いよ…」
「じゃあアニィ、自分のお金あんの?」
ぐむ、とアニィは口をつぐんだ。先刻も宣言した通り、アニィは自分の金銭を持っていない。
窓から覗くプリスとパッフも、パルの善意を受けるように勧める。
《腹が減った、金がない、金を持った親友が奢ってくれるという。
じゃあ奢ってもらうしかないじゃないですか》
「クルル!」
「う~~~…」
悩んだ末にアニィはメニュー表を開き、『マッスルサーモンの照り焼きステーキサンド』を指した。
近海で捕れる魚介型モンスターのステーキを、厚手のパンで挟んだサンドイッチだ。
力強い遊泳で鍛え上げられた肉が美味いシーベイ街名物…と、説明に書いてあった。疲労回復にも効くらしい。
簡単な絵もかいてある。パルも食欲をそそられ、同じメニューに決めた。
「あ、でも…わたし、あまりいっぱいは食べられないから」
「じゃあ一人半前でいい? 足りなかったら後で注文すればいいし」
「うん」
アニィの了承を取り、パルが伝声管で注文した。が、返ってきた返答は。
『すまんが、一人半前みたいな半端な量はムリだねえ』
「えー、そこを何とか…」
『じゃ、その友達の分を半分に切っておこう。それで、残した分は明日にでも食べればいい。
ちゃんと加熱してあるから、明日の昼くらいまでは持つはずだよ』
「いいんですか? 助かります!」
どうやら店主のヤード氏が、善意で食べやすいようにしてくれるらしい。
そんなやり取りの間、アニィはふと部屋の奥のドアが気になった。
部屋はベッドを二台並べても余裕があるほどには広いので、物置などは必要ないように思える。
何の部屋なのかとしばし考えを巡らせる。その間にドアをノックする足音が聞こえた。
パルが返事をしてドアを開けると、ヤードが『マッスルサーモンの照り焼きステーキサンド』の皿を二つ持って立っていた。
「はい、お待ちどお。こっちが半人前の方ね」
ヤードが差し出した半分のサンドをアニィが受け取った。もう片方の半分は油紙でつつんである。
続けてヤードは一人分のサンドをパルに、そして二人に飲料のグラスを手渡した。
「どうも!」
「空いた食器は1階に持っておいで。それと、奥はお風呂になってるからね」
なるほど、とアニィは再び奥のドアの方を振り向いた。
こういった宿は、部屋と浴室がドア一枚で隔てられているのが普通のようだ。
料金を受け取ったヤードが部屋を出たところで、二人はベッドに座ってサンドを食べ始めた。
「おいしい…!」
一口食べ、アニィは思わず声を上げた。直後に恥じらい、口元を押さえる。思わず笑いだすプリス達。
《美味しいなら美味しいって、きちんと言うのが一番でしょうよ。ねえパル、パッフ?》
「クルっ!」
「そ、そうなの…?」
「そりゃそーよ。もうあんたは自由なんだよ、もっと自分の気持ちに素直になりなって」
靴を脱ぎ、パルはごろりとベッドに寝転がりながらサンドをかじる。
行儀が悪いと言わんばかり、パッフが苦笑しながらたしなめるが、どこ吹く風であった。
そこまで自由なことはできないが、アニィも靴を脱ぎ、ベッドの上に両足を投げ出して座り直す。
村でまともに食事を採れたのは、パルの家にいる時くらいだった。
実家では物置に寝具を持ち込んで籠っていたため、足を伸ばして座ることすら無かった。
ただそれだけのことで、気持ちも自由になった気がする。
《まあお店とかで食べるときはともかく、このくらいなら良いでしょう》
「うん……」
窓からのぞき込むプリスの言葉にうなずき、サンドをまた一口かじった。
程よく焼けたジューシーな魚肉から肉汁が染み出し、具を挟んだパン生地にしみ込む。
一緒に挟まれた葉物野菜も、適度な歯ごたえと苦みが魚肉のうま味を引き立てていた。
料理と言えば山中の獣や自家栽培の野菜ばかりだったアニィとパルにとって、魚介料理は新鮮であった。
特にアニィは日々の食事にすら苦労していたのである。
「…ん。おいしい」
味わって食べながら、アニィは静かにつぶやいた。それを見て全員が笑顔になった。




