第百八話
荷物は全員分を一つにまとめ、エクスマの手前までクロガネが担いでいくことになった。
高級ではなかったが、どれも実用的…つまり防寒性能が非常に高い。
会計を終えた後、アニィは不安になってフックに尋ねた。
「…あの、今更ですけど、こんなにお安く売っていただいて、本当に良いんですか?」
何しろ4人分の防寒用衣類を、全て半額で買ったのである。
それなりの値段の商品を全て半額で売るとなれば、店にも大きな損失が出るとアニィは心配になった。
が、フックは仏頂面でそれを受け流した。
「他で売り上げを伸ばせば何とかなる」
「ちゃんと売り上げを伸ばす目途は立ってんの、店長…?」
たやすく言ってのけるフックを前に、恐らく実作業を担当するだろうショーラとウェアがげんなりする。
カーターはそれを見て苦笑しつつ、しっかり働け我が友よとフックに忠告した。
ともあれ、防寒着は揃った。
続けてドラゴン用のベルトを作るため、フックが外に出てプリス達を見上げた。
プリス達の体に紐で括り付けられたターミナルクォーツを、彼は目ざとく発見した。
「このペンダントを固定するためか」
「は、はい…」
「確かに、この紐だけでは落ちるな…どれ」
フックはまずプリスの左前脚の肩付近に触れ、ぐるりと外周に沿って手を這わせる。
何をしているのかと見ているアニィ達に、腕の外周の長さを計っているとショーラとウェアが説明した。
計り終えたフックは、手持ちの紙に長さなどを書いていった。
定規や巻き尺も無しに、彼はベルトに必要な長さを割り出したのである。
ヴァン=グァドの服飾店店長、アムニットでも為しえなかった、恐るべき技術だ。
驚愕するアニィ達を前に、彼はまたも仏頂面で言ってのけた。
「慣れているだけだ」
「いやいやいや、すごいですよ店長さん!」
フリーダの絶賛に、しかし彼は背を向け、残るパッフらの上腕の外周を計り始めた。
そっけない反応にフリーダが落ち込んでいると、照れているだけだとウェアが横から言う。
そしてウェアは、アニィの手袋を目ざとく見つけた。
「それ、いい手袋っスね。どこ製っス?」
「あ…これですか? ヴァン=グァドで、アムニットさんという方に作ってもらいました…」
その回答を聞き、フックの手がピタリと止まった。
振り向いた彼の顔は、先刻の仏頂面とはやや異なる、鬼気迫る表情を浮かべていた。
「アムニットだと?」
「は、はい…」
「……良いだろう。最高のベルトを作ってやる」
「…アムニットさんとお知り合いですか…?」
アニィが背後から尋ねるが、フックは答えなかった。
代わりに答えたのは、彼の親友ことカーターであった。
「修行時代に会ったらしくてなあ、全く気が合わなくてケンカが絶えなかったらしいぜ。
あの計測も、負けまいとして編み出した技なんだ。それだけに絶対の自信が」
「黙れカーター」
ギロリと睨むフックに、しかしカーターらは楽しそうに笑うだけであった。
カーターが言うに、対抗心から編み出したという両手の計測は、どうやら極めて精緻なものであるらしい。
プリス達の上腕の外周を計り終えると、彼は材料を見繕い、頑丈な革を手に取った。
ブーツにも使われている、スノーホエールの革だ。これだけでも頑丈だが、他にも色々な材料を使うようだ。
手作業での採寸を終えると、フックは材料をカウンターに揃えた。
ドラゴン達のターミナルクォーツも外し、しばし預かると言ってカウンターに置いた。
「2ジブリスほどかかる。それまでドラゴン達も連れて買い物でもしていろ、完成したら役場に持って行ってやる。
ショーラ、ウェア、手伝え。―――会計は渡すときだ」
それだけ言うと、彼はカウンターに座り込み、黙々と作業を始めた。
その間に、カーターはマップを見せながらパルに問いかけた。
「じゃあ、他の店にでも行くかい?」
「うん。エクスマだっけ、次の町までのご飯と…
みんなはどこか寄ってみたい所とか、ある?」
町のマップを見ながら、アニィ達は相談を始めた。
ヒナには歩きながらどんな店があるかを説明してある。
ただ、どの店もにぎやかで人が多いため、なるべく誰かと一緒に歩くようにも言ってあった。
しばしマップを見ていると、フリーダが手を挙げた。
「武具の工房、見てみたいです! どんな武器を作ってるか気になります!」
衣料品店から少し離れた場所に、フリーダが言う武具の工房があった。
シーベイで言うとランス兄妹が経営する工房のような物だろう…と、アニィは思った。
「私とクロガネもそっちに行っていいかな、フリーダ殿」
「いいですね、一緒に行きましょう!」
「ばうばう!」
「ゴゥッ」
ヒナ達は、カーターの引率の元、工房に向かうことにした。
アニィとプリス、パルとパッフはマップを見て、食料品店の場所を確かめる。
区画一つ分離れた場所にあるが、徒歩でも迷うことはなさそうな、わかりやすい場所だ。
「じゃ、あたし達はお昼ごはんを買いに行こう。アニィ、プリス、いい?」
「うん…」
《いいですよ。じゃ、買い物済ませたら一旦工房に集合で》
「オイラは行かなくていいかい?」
カーターが尋ねるが、パルが断った。
「ご飯くらいはいつものお値段でいいよ。ヒナ達の方がお高い買い物になるかも知れないし」
工房となれば、武具や装身具の加工を依頼する可能性もあり、場合によっては高額になりそうだった。
「それもそうだな。じゃ行こうか、お嬢さん達」
「はい! アニィさんパルさん、また後で!」
「行ってくる」
ヒナ達は相棒のドラゴンの背に乗り、カーターに連れられて衣料品店を出た。
アニィとパルも相棒の背に乗り、店を一度出る。
「じゃ、よろしくお願いします…」
「うむ」
若い二人と共に作業を始めたフックが、不愛想に答えた。
アムニットといい、何か作る人は不愛想と相場が決まっているのだろうか…と、アニィは疑問に思ったが、尋ねるのはやめておいた。
アニィ達は別の区画にある食料品店へと向かう。
その最中、先を歩くパッフの背の上で、パルが振り向いた。
「何か久しぶりだね、あたし達だけって」
パルが言うのは、旅に出た頃の最初のメンバーである、アニィとプリス、パルとパッフの4人だけになったことだ。
「そういえば、そうだね…」
《たった10ディブリスとちょっとなんですが、色々ありましたしねェ》
「もう村からもだいぶ離れちゃったし…すごく時間が経ってる気がする」
パルと共にマインホルズの町を眺めながら、アニィもふと、これまでの道のりを思い返した。
初めて訪れる地、そこで出会った新しい仲間達。
村を襲った邪星獣を皆殺しにした瞬間、シーベイで守り切れなかった少年たち。
町で出会った人々との短い交流、現地での初めての料理。
邪星獣と闘う者たち、静かに幸福に生きようとする人々…
ヘクティ村から出た短い日々、村にいた頃には想像もつかない出来事ばかりがあった。
激動の日々の中、アニィの記憶の中では、村の事は少しずつ薄れてきている。
自身を受け止めてくれている仲間達の存在もあり、内心に渦巻く憎悪と向き合うこともできている。
時々村にいた頃のことを思い出し、息もできぬほど苦しくなってしまう時がある。
それでもプリスを始めとする仲間達がいることで、すぐ収まるようになった。
そして、目の前のプリスに抱く、暖かく幸福な想い。
村で初めて遭遇した時から抱くそれこそ、ある意味ではアニィが旅に出る切っ掛けであった。
生まれて初めて正面から触れたドラゴンの鱗の艶やかさ、滑らかさ、体温。
涼やかな吐息、そして視線…共に行ければと、初めて思った相手だった。
―――もし、彼女に会えなかったら。ふと、そんな不安がよぎる。
「…ねえパル、一緒に村を出ようって、出る前に誘ってくれたよね」
「うん。それがどうかした?」
「わたしがプリスに会えなくて、魔術が使えなかったら、どうする気だったの?
一緒に村を出ても、それだとわたしは何もできないんだし…」
旅に出る前、村からの出奔を持ちかけられた時にも、アニィは考えた。
魔術を使えず生活力も無い自分が、果たしてパルとチャム姉妹のために何ができるか。
出奔を誘う前に、パルは自らの魔術とパッフの真の身体能力を披露してみせた。
そしてドラゴンとの出会いも魔術の行使も、まだできていないだけだとアニィを励ました。
アニィがドラゴンに出会うことを、パルは微塵も疑っていなかったのだろう。
「別にどうもしないよ」
アニィのそんな推測を肯定するように、パルはあっけらかんと答えた。
「友達と一緒に出ていくのに、役に立つとかどうとか考えないって。
一緒に来て欲しいからってだけ。チャムも望んでたしね」
「パル…」
「それに、アニィはプリスに会えたんだから。その事実を大事にしてあげな。
でないとプリスが泣くよ、私はアニィを元気にしてあげられないって」
《いやいや。泣きませんよ》
渋い顔で答えるプリスに、パルはまたしてもワハハと笑った。
「泣いてくれるくらいの方がいいんだけどな、あたしは。
―――あたし、プリスがアニィを連れ出してくれたの、本当に感謝してるんだよ」
「そう、なの…?」
「うん。プリスに会ってから、アニィは時々でも幸せそうな顔になったからね。
あたしもチャムも嬉しかったよ、本当に。長年の友達として、気持ちが届かないのは悔しかったけど」
悔しかったと言いつつ、パルは微塵もそれを感じさせぬ笑顔で言ってのけた。
アニィは少しだけ申し訳ない気持ちになる。
大丈夫だからと、迷惑がかかるといけないからと、自身がパルの善意を拒絶していたことを、今になって実感した。
「…ごめん」
ほとんど癖のように、謝罪の言葉が口から漏れ出た。
毎度聞かされる身として若干苛立っているのか、プリスの口調が若干刺々しくなる。
《アニィが謝ることじゃないでしょうよ…》
「でも…」
「―――クルルっ!」
落ち込むアニィに喝を入れるかの如く、パッフが突如声を上げた。
呆気に取られていたパルは、パッフと目が合うと、その意図をすぐ理解した。
「『全部あいつらが悪い、アニィは何にも悪くない、謝ることなんか何も無い!』ってさ。
あたしもそう思う。プリスはどう?」
《同意します。アニィがこうまで卑屈になったのは、村のクソ虫どもとしなびた因習のせいです。
馬鹿げてますよ、ドラゴンに乗れないとか魔術が使えないとか、そんなので差別するなど》
ドラゴンに乗り、魔術を使えるのが一般常識であるこの世界。
閉鎖的だったヘクティ村では、特にその常識を絶対視する傾向があった。
おかげでゲイスのように優秀なドラゴン乗りが、過度に賛美されるようになった。
ただ一人魔術も使えずドラゴンに乗れぬアニィは、村の因習故に虐待の標的にされてしまった。
父オンリがドラゴン乗りの教導を生業としていることも、余計にアニィの肩身を狭くしていた。
それを馬鹿げていると嗤うのが、祀り上げられている当のドラゴンなのだから、世話は無い。
そう思うと、アニィの気持ちは幾分か楽になった。
《アニィ、あなたはそんなものに縛られる必要は無いんです。
あんな干からびた肥溜めみたいな村の連中より、よっぽど強い魔力を持っているんですし。
パルに対しての罪悪感だって、本当は抱く必要などありません》
「プリス…」
《急に言われても無理だとは思いますが…少しずつで良いです。判って欲しい》
振り向いたプリスの優しい視線が、アニィの目を捉えた。
自身を愛しているというプリスの優しい言葉に、アニィはうなずいた。
少しばかり頬が赤く染まっていることに、アニィ以外の3人が気づいたかどうか。
「じゃあ美味しい物でも買って、気分を切り替えますか!」
肉が焼ける香ばしい匂いが漂う。パルに言われて顔を上げ、アニィは目的の店に辿り着いたことを知った。




