第百七話
ヘクティ村での嫌な過去をシーベイで思い出して以降、今でも視線を向けられると思い出すことがある。
仲間達、特にプリスとパルはそれをよく知っているので、アニィが視線に晒されないよう隠した。
…のだが、フリーダだけはそれを知らないこともあり、アニィのことは気にせずカーターに尋ねていた。
「あの、そこの服屋さんって、ドラゴン用の装身具も作ってくれますか?」
「ドラゴン用かぁ。人間用のは作ってるけどなぁ…特別料金でなら、作ってくれるかもよ」
カーターが振り向き、アニィ達の後ろに続くプリスの上腕を見た。
フリーダが開発したツール、ターミナルクォーツのペンダントは、紐でドラゴン達の上腕に括り付けられている。
紐自体はあまり頑丈とは言えず、戦闘中に千切れたりずり落ちたりする可能性もあった。
仲間の証か何かと思ったのか、カーターは快く宣言した。
「よし、そいつもオイラが掛け合ってやろう」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
「ばうばう!」
「任しときな。オイラは何たって町長だからな!」
喜ぶフリーダとクラウに、カーターも機嫌をよくする。
その間、プリスはカーターがどのような人物か、見定めようとしていた。
一見すると気のいい中年男だが、言動の端々からは、町長を務めるにふさわしい寛容さや町民への善意が垣間見える。
先刻の打算丸出しとも思える発言も、アニィ達に要らぬ圧力がかからぬようにするための物だろう。
信用していい人間だ、とプリスは見定めた。これまで出会った者たちと同様だ。
「ここだ! オイラの親友が店長でな、娘もここで働いてるんだ!
さっきカァちゃんが言ってたショーラな。おう、邪魔するぜフック!」
到着した店の看板には、『フック・ヌーノ衣料品店』と書かれていた。
頑丈なドアを開け、カーターは遠慮なく店に入る。アニィ達もそれに続いた。
プリス達は外で待ち、大きな窓から首を突っ込んで中を覗く。
出迎えたのはカーターと同じ年ごろの中年男、そしてアニィ達より少し年上らしい青年と女性だ。
「何しに来やがったカーター、現場の方はもういいのか?
それになんだ、こんなに女とドラゴンを連れて」
支払いカウンターに座った男が怪訝な視線を向ける。顔にいくつか傷跡がある、一見強面の男だ。
口調もどことなく喧嘩腰だ…だが、荒くれ者と言うほど危険な雰囲気は無かった。
その隣、どこかヤヴン夫妻に似た面差しの女性が、呆れた顔でカーターに尋ねた。
「そうだよ父ちゃん! 現場にバケモノが出て、危ないところで助けてもらったって、皆騒いでる時に!」
「それならこの子達だぜ、ショーラ。オイラが見てきた、間違い無ェよ」
「助けてもらったって、その子達にっスか?」
信じられないと言いたげに尋ねたのは青年で、こちらは店長らしき男に似ている。
店長はカーターが言う親友フック・ヌーノ、青年の方はその息子だろう。
父親と比べ、息子の方は少しとぼけた雰囲気がある。
「ウェアか。おお、おかげでみんな無事よォ。今はそのお礼に、良い品を半額で提供してやろうってんだ」
「お前…いきなり来て何かと思えば、商売を妨害する気か?」
「この子らは旅の途中でな、これからアイゴールを渡り、あー…大事な用事があるんだ。
頼む、この子達の買い物は半額にしてやってくれ。な! あと、ドラゴン用にベルトも欲しいんだ!」
邪星獣を斃しに行くというアニィ達の目的を、カーターは周囲に聞かれないよう敢えてぼかした。
渋い顔で当然のように断られた。しかしカーターは悪びれず、頼むよォ、と何度も頭を下げていた。
フックもフックで、怒るよりどちらかと言えば呆れているようだ。
一方、信じられないと疑っているのが、ヤヴン夫妻の娘のショーラだった。
「父ちゃん、さすがに信じられないよ、いくらドラゴンを連れてるったってさ。
とくにこの子なんて、どう見たってあんなのと喧嘩できそうに…
…ん? …ドラゴンを連れて、バケモノ退治をする女の子達…?」
アニィを見下ろすショーラ。アニィ達と年は近いようだが、かなり背が高い。
そしてアニィ達への悪意があるわけではないことは、心配そうな彼女の視線でよく判った。
そのショーラは言いかけた言葉を途中で呑み込み、ポケットから出した紙とアニィ達を見比べる。
ショーラが持っているのは『厄介事引受人協会』の広報の号外であった。アニィ達のことが掲載された号である。
何事かと気になったらしく、店長フックと息子ウェア、そしてカーターも揃って広報を覗き込んだ。
「……あんた達、もしかしてこの…」
「あっ………は、はい。そう…です……」
旅の目的から、ショーラは気づいたようだ。ウェアも半分呆然としている。
見た目や名前こそ伏せられているものの、他にこんなことをする団体などいない。特定は容易である。
何頭もの邪星獣を斃した少女達が、自分たちの目の前にいるのだ。それは驚くであろう。
ちなみにこの時の記事は、フリーダが加入する前の物だ。
邪星獣の情報を集めていたフリーダも、この記事には既に目を通していた。
「ちなみにボクとクラウは新メンバーですっ」
「ばうばう!」
「ああ、広報か。我々の事が載っている号外だな?」
「らしいよ。何だろ、まさかファン?」
自己主張するフリーダとクラウ、状況を察したヒナと妙な期待をするパル。
カーターとフックも広報とアニィ達を見比べ、納得したようだ。
「これ! 見てこれ! この子達だよ、店長!」
「この子達が…うむ………」
「そうか。シーベイやヴァン=グァドの邪星獣をやっつけたというのは、お前さん達か!」
得心がいったというカーターの言葉に、アニィはおもむろにうなずいた。
事情を理解した彼らは、額を寄せて話し始めた。
宣伝になるから広めようというショーラとウェア、お礼だけにとどめようというカーターとフックの2派に分かれている。
漏れ聞こえたところによると、若い二人は町内以外にも広めようと考えているようだ。
既にアニィ達から話を聞いていたカーターは、それを止めようとしていた。フックはそちらに同意している。
「説明の手間が省けるし、町のみんなだって悪い顔はしないと思うよ、父ちゃん。
ちゃんと言うべきだよ。それに連邦に少しでも広がれば、皆希望が持てる」
「だがなあ、あの子は広めてほしくなさそうな感じなんだよ。
本人の意思を無視するわけにはいかんだろう」
他人の名声の事で真剣に会議するのか…とアニィは呆れたが、何しろ商売に絡むことである。
邪星獣を何頭も討ち果たした少女達がいる…その事実が連邦に知れれば、大きな希望になる。
そんな少女達が訪れ、商品を買っていった町。これ以上ない程の宣伝だ。
だがその当人達…特にリーダーであろう少女は、自分の名が周知されることを好まない様子だ。
広報の記事に関してはすっかり照れてしまっているようだが、それだけでもなさそうにカーターには見えた。
当人抜きで話し合っていても埒が明かないと、カーターはアニィに尋ねた。
「アニィちゃんよ、あんたはどうなんだ?
邪星獣退治のこと、もっとたくさんの人に知って欲しいかい?
ちゃんとあんた自身とお友達の名前も出して、知らせたいかい?」
「そっ……… それは…」
広報に載った自身のことが、連邦、あるいは諸外国に知られるのは、アニィにも判ることだった。
広報の記事では戦闘中のことは詳細に書かれていたが、名前や顔を伏せられ、彼女たち自身の事は判らないようになっている。
あくまでも「こんな人物がいる」という程度の事しか書かれていない。
それだけ書かれていれば充分であった。自分たちの名前や顔の事まで、広く知らせたくはない。
名を広めることが誰かの希望になるのならと、アニィも考えないではなかった。だが―――
アニィは仲間達の顔を見た。人間に興味の無いドラゴン達はともかく、パルは、ヒナは、フリーダはどうなのか。
確認しておきたかったのだが…しかし、振り向いたアニィの顔を見て、パルは苦笑いした。
「やめた方がいいんじゃない?」
「え…いい、の?」
「うん。アニィ、すごく嫌そうな顔してるもの」
アニィは自分の顔に触れ、表情を確かめようとした。無論、判るわけが無かった。
だが親友のパルは一目で見抜いた。アニィは、自分の名が広く知れることを拒んでいると。
誰かの希望になるのなら耐えられると、アニィ自身は今しがた、確かに考えた。
だが逆に言えば、自身の気持ちはそれに反しているということだ。
―――知られたくはない。照れでも恥じらいでもなく、それは純然たる拒否感であった。
アニィはパル達にうなずくと、答えた。
「……ごめんなさい。まわりには、言わないでください。名前とか顔とか、知られたく…ない、です」
「判った。じゃ、助けてもらったお礼だけにしとくぜ」
アニィはこくりとうなずいた。後ろでパル達も安堵の笑みを浮かべる。
アニィがまた無理をせずに済んだ。プリス達も、アニィが我慢して名を広めようとするのではと、案じていたのである。
一方、宣伝になると息巻いていたショーラたちは不満そうだった。
「もったいないなあ…アニィちゃんだっけ、考え直さない?」
「こらショーラ。お客様は大事にするもんだぜ」
でも、と言いかけるショーラの肩に手を置き、カーターは優しく諭した。
「商売は大事だが、そのためにお客様に少しでも辛い目に遭わせちゃいけねぇんだ。
カァちゃんも言ってるだろう」
「―――そう……だね。うん、そうだ。忘れるところだった」
「じゃあ仕方ないっスね」
ショーラとウェアも考え直し、この場は収まることとなった。
「てなわけでフック、一番良いのを頼むぜ!」
「なら案内はそいつらにさせろ。俺は詳しい在庫など知らん」
「お前は仕事しろよ…じゃあショーラにウェア、任せた!」
「任せてよ!」
フックの発言は店長として問題があるのだが、アニィ達が疑問に思ううちに流されてしまった。
ショーラとウェアに促され、アニィ達は防寒着を選ぶこととなった。
極寒の地に住むモンスターの毛皮や皮膚を使ったものが殆どだった。
あれが良いこれが良いと選ぶ4人、そして試着するのを眺めるドラゴン4頭、カーター達。
…の筈だったのだが、特に体の弱さを心配されたアニィにばかり試着させられている。
雪原を渡るグレイシャーブルの毛皮のコート、深い雪の中で狩りをするブリザードフォックスの毛皮の手袋とマフラー。
猛吹雪の中を飛ぶブリザードスワンの羽根の帽子に、雪の中を泳ぐというスノーホエールの革のブーツ。
重ねられたコートは首から下の動きを封じ、巻かれたマフラーが口元を押さえ込む。
主にパルの手で散々に着こまされたアニィは、ぬいぐるみのような体形になり、すっかり動けなくなっていた。
何とか動く手をじたばたさせ、ほんの少しだけ抗議の姿勢を見せた。
「むう!」
「ごめんごめん、あったかくしようと思ってつい。わはは」
《何故に微塵の反省も感じさせませんのかねオノレは》
勿論、本気で怒っていないために全く怖さが無かった。
笑いながら謝るパルに、ついプリスは突っ込みを入れる。
なおプリスの会話については、カーターらが広報の事を見て知っているため、隠す必要は無かった。
じたばたと両腕を振り回すアニィを、ヒナが宥める。
「ふふ…これはこれでいいのではないか、なあプリス殿?」
ヒナは「このもこもこが良いのだ…さあ着るのだほら着るのだ」と毛皮のコート5着を重ね着させた張本人である。
目は見えずとも指先の感触、そしてエコーロケーションによってアニィに着せた後のことはすぐ判ったようだ。
パルもフリーダもそれを止めなかっただけに、確かにアニィによく似合うコートではあったが。
《1着だけで良いでしょう。それではいざという時に動けなくなります》
「そうか…ううむ、良いと思ったのだが」
プリスに言われ、やむなく4着のコートはハンガーにかけた。
多少体積が減衰したところでアニィはマフラーを下ろし、ようやく抗議の声を上げた。
「…ちゃんとみんなも選んでほしい」
「ボクもそう思いますっ!」
きわめて真っ当に抗議したアニィに賛成するフリーダ。
だがフリーダもアニィをぬいぐるみと化した1人であるため、全く説得力が無かった。
「ほらあったかくしましょうほらほらカワイイああカワイイ人類の尊厳」と、マフラーをぐるぐるに巻いたのがフリーダである。
ともあれ、パル達も自分の防寒着を選び、カーターの進言により半額で購入できたのであった。




