第百六話
作業員たちの列の最後尾につき、全員が採掘坑から出たのを確かめ、アニィ達は地上に降り立った。
町からは作業員たちの家族、友人ら親しい者たちが駆け寄り、抱き合って無事を喜んでいる。
そんな光景を眺めるアニィ達…その中で、プリスとヒナだけは浮かない顔をしていた。
アニィがプリスの険しい表情に気付き、覗き込みながら尋ねる。
「プリス、どうかしたの…?」
《ええ…ちょっと妙だと思いまして。ヒナも気づいてるみたいなんですが》
振り向いたアニィ達に、ヒナもうなずいて見せた。
「邪星獣は危険物の排除のために動いている…少なくとも、我々はそう認識しているはずだな」
「そうだね。あたしとアニィが村で初めて出くわした時も、何か探してる感じで」
《しかし、この採掘坑には危険物が無いんです。
輝ける鋼と顕現石だけで…あと、古い地層》
プリスの発言で全員が気づき、顔を見合わせた。
危険物の無い場所に、わざわざ出現する理由は無い。しかも数も決して多くはなかった。
敢えて言うならば合体型という新種は出現したが、それも大した脅威ではない。
行動方針を変えたのが知能の低い怪物なら、気まぐれや突発的行動の範囲内である。
しかし邪星獣は高い知能を持ち、邪星皇を長としてある程度統制が取れている。
であれば、この方針転換には理由がある筈だ。
「……合体型の実験とか、でしょうか? でも結構あっさりやっつけちゃったし…」
「確かに。我ら相手に検証するにはいささか不十分な能力だったな…
うぅん…いや、ここで議論していても仕方あるまい」
邪星皇が自身に対しての危険を排除することから、狙いを変えた可能性はある。
しかしその狙いとなる物が無い以上、何を言っても憶測の域は出ない。
ヒナの一言が出たことで、全員が黙考を止めた。
《ですね。ただ、奴らが何か…新しいことをしようとしている。これは留意しておいてください》
プリスに言われ、全員がうなずいた。邪星獣相手に、考えすぎて考えすぎるということは無いのである。
そこへ一人の男が駆け寄ってきた。このマインホルズに到着した時、アニィ達に声をかけた男だ。
彼は先頭にいるアニィの手を握り、何度も何度も頭を下げて礼を言った。
採掘業によるものか、大きくごつごつと硬く、それでいて暖かかった。
「ありがとう! ありがとう、お嬢さん達。
オイラの町の野郎どもを助けてくれて、本当にありがとう…!」
余程嬉しかったのであろう、彼の声は半ば涙声になっていた。
その勢いにアニィは戸惑い、どう答えていいかわからずに黙り込む。
構わずに頭を下げる男の背中を、一人の恰幅の良い女性がひっぱたいた。
あいとわ、と声を上げて男が顔を上げた。
「あんた、こんなちっちゃな子に何してんだい! 怖がっちゃってるじゃないの!」
「なにをぅっ!? こんな気のいいおっさんの何が怖いってんでぇ!」
どうやら男の妻であるらしい。男は半ば怒りながら顔を上げたが、本気ではないのはすぐに判った。
彼はすぐアニィに向き直り、戸惑う彼女に気付くと、またしても必死で謝る。
「あ、おう! こ、こいつぁすまねえ!」
「いえ、あの…」
「ごめんよお嬢ちゃん、うちの旦那ったらぶっ壊れた岩みたいな顔で、怖がらせちゃったね」
「おめぇはなんなんだよ、さっきから! そりゃオイラの顔面は岩石みてぇだけどよ!」
口喧嘩ではあるが、夫妻のどちらも決して険悪にはならない。
これがこの夫妻なりの仲の良さの証明なのだろうか。二人とも楽しそうだった。
夫妻の口喧嘩に笑いだすパル、ヒナ、フリーダ、そして作業員たちの様子に気付き、アニィも小さく微笑んだ。
打てば響くような楽し気な口喧嘩を繰り広げていた夫妻は、そんなアニィ達の様子に気付くと、揃ってアニィ達の方に向き直った。
夫妻は揃って照れて頭をかいて見せる。仲良し夫妻だけに、癖なども似ているのだろう。
「悪い悪い、みっともねぇ所を見せちまったな、せっかく助けてもらったのに。
改めてお礼がしたい。もし良かったら、まあむさくるしい町だが、寄ってってくれよ」
「…はい。お邪魔します」
作業員たちが口々に礼を言いつつ街に帰るのを見送ると、アニィ達は夫妻についていき、マインホルズの町に踏み込んだ。
特に守衛などは配置せず、門は開けっ放しになっている。誰でも歓迎ということか。
若干埃臭い町には様々な店が並んでおり、特に武具、革を用いた衣類、輝ける鋼や顕現石を使った装飾品の店が多い。
また、町の奥からは肉を焼く匂いも漂ってきた。目当てのベルトや食料、防寒着は揃っていそうだ。
町の役場に辿り着くと、アニィ達は受付の女性から町内のマップをもらう。
町内には武具の店、武具を整備する店、食料品の店、衣類の店、インテリアの店がずらりと並んでいた。
目的である食料、防寒着、そしてドラゴン用のペンダント固定ベルトはここだけで揃いそうだ。
そう思いつつ受付カウンター前でマップを見ていると、男はアニィの手を取り、改めて感謝の言葉を告げた。
「改めて、ウチの町の作業員たちを助けてくれて、本当にありがとう。
あの採掘坑と作業員は町の生命線でな。危うく、稼ぎどころか何人もの命を失うところだった」
「え…え? あの、ウチの町って…?」
男の口調は、まるで町の代表者のようであった。目を丸くして驚くアニィ。
妻がそれに気づき、男の肩を軽く叩いた。
「アンタ、あたしたちの事はまだ話してないだろ。ワケわからんて顔してるじゃないの、この子」
「おっとそうだった、すまねえ! オイラぁ、町長のカーター・ド・ヤヴンってんだ。
こっちがカカァのカティアン・ヤヴン。町立病院の院長だ!」
突如として明示された目の前の夫妻の肩書に、今度は全員が目を丸くした。
よく見ると、夫妻はそれぞれの身分証らしき薄い金属プレートを首から下げている。
確かにカーターの方は町長、カティアンの方は町立病院長と書かれていた。
「町長さんだったんですか!? 現場の親方だと思ってました!」
「おうよ! まあ実際、本業は採掘現場の監督だけどな!」
「で、おばさんの方は病院の院長? 夫婦そろって大変じゃない?」
「なんてこたないのよぉ。あたしたちゃ夫婦そろってタフだからね!」
役職に驚くフリーダとパルに、ヤヴン夫妻は鷹揚に答えた。
町長兼現場監督と町立病院長という、働く現場こそ異なるが、夫妻で揃って町を守る仕事である。
アグリミノル町長のメグにも劣らぬ忙しい職業ではあるまいか。アニィ達は、彼らにいたく感心した。
「だから尚更、助けてもらったことには感謝しているんだよ。
お礼なら何でもするからよ、何でも言っておくれよ」
「で、でも…ええと……」
カーターの熱烈な感謝に、アニィはどう答えて良いのかわからず、戸惑いながら仲間達に助けを求めた。
アニィに替わって答えたのはパルであった。
「あたし達、アイゴール大雪原を渡る準備をしに来たの。
防寒着とか、食料品とかの買い物」
「アイゴールをか!? エクスマじゃなくか!? あそこを渡って何するってんだ…」
エクスマとは、アイゴール大雪原の手前にある町である。
アイゴールと同様、常に雪に包まれた町だ。
この日は一旦そこに泊まり、夜が明けてから雪原を渡る予定である。
しかし、アニィ達が大雪原を渡るようには見えなかったのか、カーターは大層驚いていた。
目的を問われたアニィ達は、それは…と答えあぐね、視線を交わした。
邪星皇を斃しに…などと言ったら、夫婦は仰天するだろう。
善意から阻まれることも考えると、どうしても説明はためらわれる。
だが間違いなく善人であり夫婦に事情を隠すのも、アニィ達には申し訳なく思えた。
アニィは仲間達に確認を取り、ヤヴン夫妻には事情を説明することに決めた。
内緒にするようにと、ヤヴン夫妻に小声で説明するアニィ達。
「…わたし達、邪星皇を斃しにいく所なんです」
「広報で見たぞ、確か邪星獣の親玉だな―――なに斃しに行くだと!?」
「はい」
「何とまあ…」
真剣にうなずいたアニィに、ヤヴン夫妻は驚愕で目を丸くした。
続けてアニィの肩にパルが手を置く。
「で、この子…アニィは正直、体が強くない。
だからちゃんと、安全にアイゴールを渡らなくちゃいけない」
「およしよ、あんたたち。危なすぎるよ!」
カティアンの方は、予想通り止めにかかろうとした。
だがカーターは、アニィ達を見て何かを考えている。
熟考するカーターに、カティアンはアニィ達を止めるように掴みかかる。
しかしカーターは、その手を優しくどけ、カティアンの目を見て諭した。
「カァちゃん、止めんでやりな」
「でも…でもアンタ! こんな小さい子達が」
「アニィちゃんと言ったかね。確かにやせっぽちで、顔色も良いたぁ言えねえ。気も弱いみてぇだ。
けど、そんな子が決めたことなんだよ。どんなワケがあるかは判らんが、それでも決めたんだ」
真剣そのもののカーターの言葉に、何か言い返そうとしたカティアンは、言い返せずに黙り込む。
「服の感じからするに、もう何回も邪星獣と闘ったんだろう。
さっきは野郎どもを助けてもらった。ありゃまぐれで奴らを斃せたんじゃない、実力だ。
…なあカァちゃん。そんな子たちの決意を、オイラ達なんかが覆せるかい?」
うつむき黙り込むカティアン。先刻の豪放磊落さを思わせる声音から一転し、カーターは優しく諭している。
カティアンも思う所はあるのだろう、唇を噛んでしばし逡巡した後、ため息とともに手を下ろした。
どうやら説得は諦めたようだ。
「…………―――ええ。そうね、そうだね…」
「それによ!」
と、今度はさらに一転し、先刻と同様にカーターは明るい口調に切り替えた。
ややわざとらしい程だ。明らかに、場を明るくするためであった。
「世界を救ってくれた英雄サマが寄った町、なんてよ。縁起がいいじゃァねぇか!」
「……それもそうだね! 商売するにも良い宣伝になるしね!」
「え、英雄ですか…!?」
「おうよ! だからそうだな…うん、決めた」
アニィ達が邪星皇を斃す物と、カーターは完全に決めてかかっているらしい。
当のアニィがためらっている間に、どうやら先刻の作業員救助の礼をどうするか決めたようだ。
「よし! じゃ、商品を半額売ってくれるよう、オイラが掛け合ってやろう。
あそこを渡るのは大変だからな、半端な装備じゃだめだ」
「え、え!? それ、お商売にならないんじゃ…」
断ろうとするアニィに、しかしヤヴン夫妻はにこやかに言う。
「さっきも言ったが、あの採掘坑はこの町の生命線だ。本当なら、礼にはそれでも足りないくらいだ」
「だからね、受け取って欲しいんだよ。お嬢ちゃん達」
「…でも……」
アニィは迷い、仲間達の顔を見渡した。全員が同じ表情…受け取れ、と無言で言っている。
既にほかの誰かが買ったかもしれない商品を、横取りするように買い取ってしまって良い物か。
アニィの心配が伝わったのか、カーターが宥める。
「心配すんなよ、きちんと新しく用意してもらうからよ。
お店にはオイラが頼む、あんたは気にしないでおくれよ」
「そ、それはそれで、お店が大変…」
むむぅ…とうなり、アニィはまたも迷う。パル達はその肩を叩き、受け取るべきだと視線で諭した。
流石にそこまで言われればと、アニィもカーターの謝礼を受け入れることにした。
「じゃあ…お願いします」
「よっし、ついてきな! まず最初は服屋だ。アイゴールを渡るなら、分厚い防寒着を揃えんとな!
ンじゃカァちゃん、行ってくらぁ!」
「ヌーノさんとこに行きな、ショーラもいるし話は通じやすいだろ。
晩飯までには帰ってくるんだよ!」
カティアンに見送られつつ、カーターに率いられて一同は町を歩いた。
少女4人のみならず、ドラゴン4頭まで町長が引き連れて歩く光景を、住人は不思議そうに見ていた。
自分に視線が向かない事に安堵しつつ、アニィは目立たないように仲間達の列の中に紛れ込む。
まだ大勢の視線に慣れないアニィに、住人たちの好奇の視線は心の傷を思い出させるものであった。




