第百五話
邪星獣の死骸が消滅したところで、アニィ達は再び穴の奥底へと向かった。
光が届かなくなり、プリスが翼の光で穴の中を照らす。
合体型の後は特に1体も出ることなく、阻む者なく穴の底に到着した。
だが到着した直後、再び邪悪で冷酷な視線を感じ、一端着地して動きを止める。
視線はプリスが照らした横穴から注がれていた。再び飛び立ち、アニィ達は横穴の最奥へと向かった。
列の後方のフリーダが、先頭のプリスに声をかける。
「プリスさん、明かり出します」
《明かり?》
「はい。ずっと使ってると魔力を消費するでしょ、それ」
そう言うと、フリーダは赤と黄色の指輪を右手のセントラルクォーツに触れさせ、光る球体を数個出した。
赤と黄色の鉱石の指輪、つまり炎と雷の魔法を合成させたものだ。
球体は全員の周囲に位置し、飛行に追随する。
プリスが翼の発光を止めても、その球体によってアニィ達の周囲は明るく照らされている。
《フリーダ、これは何です?》
「炎と雷の魔法を合成させて、電気で炎を球体型に集めました!」
静電気で毛糸がけば立つのと似たような原理、とフリーダはシンプルに説明した。
「こーいうこともできるんだ。フリーダの魔法、すごいね…」
《助かりましたよ。穴の中は暗くて、魔術でずっと照らすのは面倒でしたから》
「えへへ、研究と努力の成果です! 維持に魔力は必要ないですから、ボクの方は心配ないです!
あっ、でも熱いので、触らないでくださいね!」
アニィ達に当たらないよう、球体の列は内壁に激突しない程度に広がった。
やがて横穴の最奥に到達。そこに邪星獣の姿は無い。が、ヒナが何かに気付いたように顔を上げる。
「グゴゥ……」
「クロガネ、わかるか。奴は―――上だな」
ヒナは天井を見上げた。穴などはなく、一見すると、土の天井とそれを支える柱があるだけだ。
だが、ヒナとクロガネは敵の気配に勘付いていた。敵は、その天井の中に潜り込んでいる。
同時に、アニィは周囲を見回した。逃げ遅れたものや死骸などは、目立つ所には特に無い…
その一方、人の気配らしい気配がしないのが気になった。
引きちぎられた遺体を目にするくらいの覚悟はあったのだが、作業員は無事に逃げたのだろうか。
《逃げたのだとしたら、むしろ邪星獣に見つかっているでしょうね…》
「そうだよね………まさか、みんなここで…」
最悪の想像に、アニィの顔がわずかに青ざめた。その肩をヒナが軽く叩く。
「まず奴を斃すのが先だ、アニィ殿。被害を増やさぬように」
「ヒナさん…」
「人の気配はしないが、血やの臭いや痛みを訴える声も無い。作業員が助かっている可能性はある。
今も人を襲っている様子は無い。諦めるな」
ヒナが見えぬ目で天井を見上げる。
聴覚、嗅覚、そして感覚から情報を得る能力がずば抜けたヒナの言葉に、アニィはうなずいた。
「うん…!」
邪星獣が出現してからの時間経過を考えれば、各地域に情報がいきわたっている可能性は十分にあった。
作業員がそれらを元に避難していると、今は祈るしかない。
アニィが気持ちを切り替えたのを確認すると、プリスが仲間達に指示を出す。
《奴は恐らく、我々が潜り込んだことにはとうに気付いているでしょう。
音、温度、音声はわかるでしょうから―――フリーダ、パル》
「はい」
「まかせて。ヒナ、方向指示おねがい」
「承った」
パルが弓に矢をつがえ、ヒナが指示した方向に鏃を向けた。
同時にフリーダが黄色の鉱石の指輪を右手の指輪に当てる。
パルの身体強化魔術とフリーダの雷魔法が合成され、鏃に電光が走る。
邪星獣に伝わることをさけ、今回は何も言わずに『魔法合成魔法』を施した。
鏃が天井の一点、ごく小さな穴らしい暗い箇所に狙いを定め、ぴたりと止まる。
土の中の気配は動かない。少なくとも、すぐに攻撃する意思は無いらしい。
逆に、パルが矢を放つ音に反応し、一瞬で飛びだし襲い掛かってくる可能性もある。
声を出さぬよう、全員に目配せするパル。全員が息をひそめてパルの周辺に並び、魔術行使の準備を整えた。
それを視線のみで確認し、パルは弓を引くと、矢を放った。
『VWXAAAA!!』
直後、形容しがたい声を上げ、地中型邪星獣が土の天井から飛び出した。
全員の推測通り、矢の音に反応して飛び出てきたのだ。
パルが放った矢は地中型の胴体に刺さり、貫通して壁に張り付けた。
更に雷魔法で感電させ、地中型の体内を焼き尽くす。
しかし、飛びだしたのは地中型の全身の半分ほどであった。
残り半分はまだ土の天井の中に埋もれている。頭部を破壊すれば全身が消滅するはずだが―――
アニィは不穏な予感を覚え、天井を指しながらパルに言う。
「パル、あの辺!」
「―――半分か!」
すぐさまパルはもう1本の矢をつがえ、間髪入れずに放った。
同時に土の天井に隠れていた残りの半身が飛び出し、矢を前脚で払う。
人体のパーツを用いて表現すると、2つの上半身が上下逆になってつながっている状態だ。
地中型特有の長く伸びた胴体が、半分ほどで組織そのものが融合し、完全に一つの肉体になっている。
それでいて両端に頭部、四肢及び副腕がある、極めてグロテスクな外観であった。
土中から飛び出した側の頭部がアニィに迫る。
《アニィ!!》
「バオオオンッ!」
乱杭歯だらけの口がアニィの顔面を捉える直前、プリスが光の糸で編んだ網を叩きつけた。
同時にクラウが咆えると、網が強度を増し、もがく邪星獣を強固に拘束する。
その間に、矢で磔にされた側の傷が塞がりつつあった。
フリーダが両者の魔力の流れを感知し、瞬時に対策を練る。
結合部分を介し、両者の全身に魔力を循環させ、治癒の魔術に変えて肉体を復元していたのである。
「つながってるせいで、両者が生命力を共有しています!
片方の頭を潰してもすぐ復活しますから、切り離してください!」
「心得た! クロガネ!!」
「ゴウッ!!」
ヒナを頭に乗せたクロガネが、高速走行魔術で踏み出す。
クロガネの頭部からヒナが跳躍し、2体の邪星獣をつないだ胴体に刀を振り下ろす。
ヒナの加速の魔術にフリーダの炎の魔法が合成され、瞬時に2体をつなぐ胴体を両断した。
『『GHEEEAAA!!』』
耳障りな悲鳴が土の壁に反響する。ビリビリと空気が震え、全員の聴覚が強烈に刺激された。
治癒の魔術で再度接合される前に、パッフとフリーダが動いた。
「『魔法合成魔法』! 風魔法、焔魔法!」
「グルァアアア!!」
超高熱の竜巻が磔側の頭を切り刻み、巨大な水の球体が拘束された方の頭部を押しつぶした。
断末魔の叫びが響くと、邪星獣は消滅。周辺には沈黙が満ちた。
ヒナが周囲の気配を探るが、邪星獣らしき気配は一切無い。
仲間達もそれを聞かされ、安堵の息を吐いた。
そしてアニィは先刻の心配を思い出し、周囲を見回す。
「作業員の人たち、ちゃんと避難できたかな…ヒナさん、何か聞こえたりしない?」
「ちょっと待ってろ、どれ…」
ヒナは腰に下げた鈴を鳴らす。反響定位で周囲の状況を把握するためだ。
鈴の音が止むと、ヒナは洞窟最奥の隅の、積み重なった岩石を指した。
「その下に穴がある。人が通れて、奥が広がっている。200人は入れるな。
恐らくドラゴンもいるから、実際の人数はもう少し少ない筈だ。探ってみてくれ」
パルがパッフの背から降り、洞窟奥のさらに隅に積もった岩石をいくつか動かすと、その奥に横穴が見えた。
フリーダがクラウから降りて、パルの隣に並んで雷と炎の球体で横穴を照らす。
ヒナが言う通り、横穴の奥はそこそこの人数が入れるほどに広がっていた。
避難していた作業員たちの姿も見えた。パルが入り込むと、従業員やドラゴンが気づき、顔を出した。
フリーダの電熱球体が空中を移動し、従業員たちの顔を照らす。全員が恐怖に青ざめていた。
「もう大丈夫だよ! 怪物はあたし達がやっつけたから!」
「……へ? お嬢さん達が、かい?」
逃げていったのの間違いではないのかと、代表者らしき年長の男が尋ねる。
パルは首を振り、きちんと殲滅したことを伝えた。
「さっき叫び声が聞こえたでしょ。怪物の叫び声」
「…本当に? 本当にお嬢さんたちが、あの化物…邪星獣だったかな、やっつけたのか?」
「うん。皆出てきて、見てごらん」
パルに引き連れられ、作業員たちとドラゴンが横穴から出た。
パルの言葉通りの状況に、ややむさくるしい男たちは感嘆の声を上げた。
一頭の邪星獣もいない作業坑の最奥部、そこには4人の少女と4頭のドラゴンがいるだけであった。
アニィとプリスが作業員たちの列に寄って尋ねる。
「あの、逃げ遅れた人とか、いませんか? 皆さん、ちゃんと無事ですか?」
代表者の男が全員を見回し、人数を数えて名簿と確認する。
数え終わるまで、代表者の表情に不安は無かった。アニィは不安が的中していないことを祈りつつ、回答を待つ。
確認を終えた代表者が答えた。
「全員おるよ。作業員、ドラゴン、それと護衛に来てくれた協会員、ちゃんと全員だ。
広報で邪星獣については読んだからな。出てすぐに判ったから、皆逃げることができたんだ」
「ぜん…いん……」
隣でクロガネの背に座ったヒナが、アニィの肩を軽く叩いた。
言った通りだろうと、言外に言いつつほほ笑む。
うなずくと、緊張でこわばっていたアニィの表情が、安堵に弛んだ。
「よ…ょ……よかったあ………」
「お、お嬢さん? そんなに安心したのかい?」
「うぅぅ…よかったぁ…」
プリスの首筋に縋りつき、アニィはひたすら安堵に浸っていた。
作業員の男たち、そしてフリーダとクラウはまだ知らない、アニィの心の傷の一つ…
シーベイで少年とドラゴンを守り切れずに殺害されたことは、未だアニィの心に深い傷として残っている。
取り返すことのできない過去だが、せめて同じことを繰り返さないようにと、アニィは意を決していた。
その背を、同じ場所で見ていたパルが優しく撫でて宥める。
「ほら、アニィ。大丈夫だって判ったんだし、早くみんな連れて上に行こう」
「う、うん… それじゃあみなさん、上に戻りましょう」
作業員たちはドラゴンに乗ると、アニィとプリスを先頭に、地上へと戻っていった。
穴の入り口の横では、アニィ達に声をかけた男が待っていた。
次々に顔を出す作業員たちを、彼は喜びの声を上げて出迎えた。
その光景を見て、アニィは安堵と共に、自身が旅に出たことが無駄ではないと、感じていた。
作業員の男たち、そしてドラゴン達は、全員が邪星獣を知っていた。
自分達が邪星皇討伐の旅に出て、『厄介事引受人協会』に知らせなければ、だれも知らなかった知識だ。
10ディブリスと少々の間に、邪星獣の知識は世界に広まっている。
彼らもまた、作業にあたって広報や協会の告知を読んでいたのである。
甲斐があったと、アニィは胸に充足感を抱いた。




