第百四話
マインホルズの町は、上空から見れば巨大な採掘坑ですぐに判る。
フリーダの説明によれば町とのことだが、露店や営業事務所が多く、常時住む居住者は少ないらしい。
自治体としての町ではなく、工事現場の詰め所の横に市場や商店街が開かれているような物だろう。
「見えてきた。あのでっかい穴だよね!」
「クルル!」
パルとパッフの声で、目的地が近付いたのが見えた。
なるほど、巨大な採掘坑…直径5ドラゼン以上(およそ50メートル)はあろうかという大きな穴だ。
そこから穴のすぐ隣にある町まで、石で作った階段と通路が伸びている。
採掘した輝ける鋼や顕現石を運ぶための通路だろう。
幅が広く階段の一段一段が大きいのは、歩行型ドラゴンによる運搬を前提としているからだ。
その通路から、穴の底まで金属製の階段と足場が組まれている。
こちらもドラゴンの歩行を前提として、幅広く分厚い板や鉄骨を作って組んだ物だった。
自分達が常用している武具の材料を採掘する現場に、アニィ達はこの時初めて訪れたのであった。
パルが身を乗り出して穴を覗き込み、目測で深さを推測する。
「かなり深い…確か、ドラゴニア=エイジ4700年代には採掘業が行われていたんだよね」
「はい。今現在はその層まで掘り進めている途中、みたいですね。ですけど…」
採掘坑の横の看板に、この日の作業の内容が書かれていた。
日中と言うことで、恐らく採掘作業が行われている筈なのだが、しかしそれらしい音は聞こえない。
音が聞こえない程深く潜って作業しているのかと思い、アニィ達は高度を下げて穴に近付く。
と、その途中でヒナが何かに気付いた。鋭い聴覚が何かを捉えたようだ。
「―――声だ。作業員と、邪星獣!」
「ゴゥ!」
「邪星獣があの中にいるってこと!?」
パルが再び採掘坑を覗き込む。確かに、いくら深い穴とはいえ、何の音も聞こえないのは異常であった。
実際、かなり深い穴だ。また、中には音を立てずに移動する邪星獣もいる。
作業員の悲鳴や邪星獣の咆哮が聞こえないからと言って、何も起こっていないと言い切れなかった。
アニィ達が穴の中に飛び込もうとしていると、穴の縁で一人の男が中を覗き込んでいる。
いかにも作業員らしく、屈強な体躯に髪と髭が伸びた中年の男だ。
男はアニィ達に気付くと、声を上げて手を振った。
「そこのお嬢さん達! あんたら、悪いがちょっと中を見てきてくれんか!」
男は穴を指して叫んだ。ドラゴンと一緒であることや武器を持っていることから、アニィ達が怪物相手に闘えるものと思ったようだ。
「さっきから、中の奴らが一向に出てこんのだ! 頼む、あのバケモノが出てるかもしれん!」
「判りました! ―――みんな、いこう!」
《すぐお仕事仲間は助けます。待っていなさい!》
「お、おう! すまねえ、頼む!」
作業員の男が言う『あの化物』とは、間違いなく邪星獣だろう。
プリスらは急降下し、組まれた足場の間をすり抜けて穴の底へと向かった。
足場が組まれていたのは、地下6ドラフラプ(300メートル)ほどまでだった。
そこを過ぎると足場や階段は崩れ、破壊されていた。
爪らしき鋭利な傷跡、何かの塊が激突したような破損…明らかに邪星獣による破壊の跡だ。
「来た!」
鋭敏な聴覚で邪星獣の声を捉えたヒナが警告する。
直後、穴の奥の暗がりから、羽ばたきの音がいくつも聞こえた。
『GXHAAAA!!』
『VHEEEWW!!』
『RROWAAA!!』
『KHEEEAA!!』
不快感を催す醜い叫び声もまた聞こえた。中型の邪星獣だ。
直後、最後尾のフリーダが叫ぶ。
「洞窟が崩壊しないように、規模が大きい魔術は避けてください!」
迂闊に大規模の魔術を行使して、流れ弾で洞窟が崩壊したら、作業員が助けられなくなる。
フリーダが言う通り、強力な魔術は控えた方が賢明である。
「わかった!」
《じゃあ一体一体を確実に、一撃で!》
「―――うん!」
アニィは手袋で包まれた右手を突き出し、魔力を指先に集中した。
プリスも光線の準備を整え、パル達もそれぞれ武具や魔術の用意をする。
そのまま数ブリス―――途端、暗がりから無数に邪星獣の顔が飛び出した。
「『魔法合成魔法』、焔魔法! 撃って!!」
フリーダの叫びとともに、アニィ達は魔術を行使した。
アニィの結晶の楔が、プリスの光線が、真っ先に隊列中心の邪星獣の頭部を破壊する。
両者の魔術には、炎の魔法から抽出されて超高温のみが付与され、一撃で頭部を蒸発させる。
穴に熱された空気が籠らないよう、フリーダは時折風の魔法で上方へと吹き飛ばした。
爆発を起こさず、内部の壁にも熱や衝撃は届かない。洞窟の崩壊を防ぎつつ邪星獣を斃す、フリーダの最適解だ。
アニィとプリスから逃れた邪星獣は、パルの矢とパッフの水の弾丸に貫かれた。
後方ではヒナとクロガネが待ち構え、こちらも逃れた邪星獣を斬り伏せ、あるいは砕く。
同時にフリーダも、超高熱の火炎弾で残りを焼き尽くす。
この隊列と動きにより、地の底から這い出た邪星獣を、アニィ達は1頭残らず殲滅していく。
次々に飛び出してくる邪星獣を、際限なく焼き尽くしていくアニィ達。
壁にへばりついて逃れようとした1頭の頭部を、パルがパッフの背から跳び、灼熱の拳打で貫く。
そのまま三角跳びでパルはパッフの背に戻り、誰にともなく尋ねた。
「この穴、顕現石や輝ける鋼が採れるだけだよね!?」
答えたのは、邪星獣の群れの気配を感知したヒナだった。
「そうだ!」
「他に何か採れる!?」
「その記録は無い!」
「てことは邪星獣、鉱物の横取りにでも来たのかね!」
パルが言う通りではあったが、この採掘坑の底に何があるか、確かめてみない限りは敵の目的も判然としない。
飛びだしてくる邪星獣を、アニィ達は次々焼き尽くしていった。
光が届かぬほどの深さに到達したところで、その群れが途切れた。
僅か数ブリスの間、全員の視界が闇で閉ざされる。
その奥底から重苦しい音…足音らしき音がいくつも聞こえた。
壁を走って上ってくるのかと、アニィ達は待ち構えた。
その予想は、予想以上におぞましい形で裏切られることになった。
「来るぞ、アニィ殿、プリス殿!」
《ええ…―――何ですかあれは!?》
「……!!」
闇の奥底から這い出たおぞましい姿に、アニィもプリスも戦慄した。
12本の腕をあらゆる方向に伸ばした、巨大な邪星獣であった―――
否。四肢と翼の全てを腕に変化させた邪星獣が2頭、腹と腹を合わせて合体している。
腹は融合しており、1枚の皮膚で覆われていた。
2頭の邪星獣が、別々の体組織を持ちながら、完全に1つの肉体と化していた。
それがそれぞれ6本の長い腕を背中側に伸ばし、壁に手を突いて上ってきたのであった。
一卵性双生児の肉体が出生前に分離せず、結合双生児として生まれる事は、このドラゴニア=エイジにもある。
この合体型邪星獣は、一見すると結合双生児の如く分離せずに生まれた双生児にも見えた。
だが明らかに異なるのは、両者の腹から飛び出した肋骨状の組織が互いの腹に突き刺さり、皮膚にその形が浮き上がっていることだ。
一見して融合しているようで、両者は明確に別個体であることが見て取れた。
つまり、合体能力を後天的に獲得した個体である。
『『GHEEEXHAAXAXAXA!!』』
2頭が全く同時に笑った。アニィ達の一瞬の恐怖を見抜き、嘲笑したのだ。
悍ましい発想に、確かにアニィ達は恐怖、あるいは嫌悪を感じた…だが、嫌悪はすぐさま消え去った。
既に邪星獣との闘いには慣れたが故、この程度の嫌悪や恐怖にも馴染んでいた。
素早く思考を切り替えたところで、プリスが合体型に真上から組み付いた。
合体型が真上に上げた1対の腕で、プリスの体当たりを受け止める。
突っ張った腕を伝って震動に内壁が震え、舞い上がった砂埃が穴の底へと落ちていく。
長い両腕には見た目以上に筋肉量があるらしく、プリスの体当たりは受け止められた。
アニィは結晶の布を頭上に浮かべ、掌をひるがえして回転円錐に変えると、拳を振り下ろした。
「てぇやぁっ!!」
拳の動きに合わせ、回転円錐が合体型の片方の顔面を直撃する。
『魔法合成魔法』による炎魔法の高温で、顔面の組織が焼け、溶解しながら飛び散る。
合体型はのけ反り、その拍子にプリスの体を掴んでいた腕が離れた。
だがその直後、合体型のもう1体の腕が、アニィとプリスの背後から迫る。
「アニィ!」
迫る腕を、真横からパルとパッフが押さえ込む。
パルの方は身体強化魔術を全身と手甲に通したことにより、生身で行使した時の2倍以上の腕力を発揮した。
パッフの剛力と合わせ、合体型の腕は完全に押さえこまれた。
同時に、合体型の真上にクロガネとヒナが躍り出る。
ヒナは腰の刀の柄に手をかけ、クロガネがヒナを乗せたまま真下を向いていた。
「そいつらを切り離す! 空中で両方討て!!」
「ゴオォッ!!」
アニィとプリス、パルとパッフが進路上から離れ、壁際に移動した。
空中から真下に向け、クロガネが高速飛行の魔術に加え、合成された炎の魔法が背後で爆発を起こし、さらに加速。
直後、オレンジ色の閃光が地の底へ向けて走る。
合体型は腹、そして突き刺さった肋骨状組織が両断され、切り離された。
『『GXHEEEAAAA!!』』
切り離されてなお、両者は同時に叫び声を上げた。
「パル!」
「うん!」
アニィとパルは、それぞれに魔術の剣、水の刃の鞭を作り出し、分離された合体型に斬りかかった。
2人の刃は合体型の頭部を同時に真っ二つに両断。
合成された炎魔法の超高熱によって、一瞬のうちに溶断したのであった。




