第百三話
【2024/05/22】本編の進行に伴い、冒頭部分を修正。
《―――ふうむ―――》
『それ』がどす黒い空間で動いた。
送り出した『子供達』が悉く消えていったことは、『それ』にとって少々意外な出来事だった。
最大の危険物である『やつ』を探しながら周辺を探らせていたのだが、それが頻繁に中断している。
『やつ』が動いた様子はないにもかかわらず、何かが起こったのかもしれない。
『それ』は伝わってきた子供達の最後の記憶を読み取る。
《―――どうしたのかな…》
普段なら感情の一つも動くことは無いが、この時だけは頭の中で何かが反応した。
子供達が最後に抱いた情動。警戒、敵意、否―――恐怖。ゾワゾワと内心を蝕む恐怖。
心の中で、子供達はいつも叫びを上げていた。何度も何度も叫びを聞いた。
それで可哀相などと思う心を、『それ』は持ち合わせてなどいない。
そもそもこのような情動の存在を、『それ』は認知できない。
その一方、恐怖は確実に『それ』の内心を蝕んでいる。ただ気づかぬだけであった。
《―――『あいつ』のいる場所で…》
絶対に許せぬ存在がいる場所。探していたのは『やつ』、そして自分にとっての危険物だった。
だが『やつ』を探しにやった子達に始まり、一番大きな子までが消えた。
危険物の発生を感じた子供達が排除に向かい、逆に消滅してしまったようだ
よく見てみようと、『それ』は目を開き様子を探った。
見つけたのは、自身が到着する予定の場所に向かっている何体かの生命体。
『葬星の竜』がいる。同伴する他の生命体も、強い魔力を持っている。
その中で1体、飛び抜けて強大な魔力を持った個体を見つけた。
《おお、これは…》
集まった生命体の中のみならず、調査先のあらゆる生命体の中でも飛び抜けた魔力を持っていた。
調査の目的があったはずが完全に忘却し、『それ』は発見した個体を調べた。
調べるうち、強大な魔力以外にもいくつかの特徴が見つかった。
いずれも『それ』にとって都合のいい物だ。
僥倖どころではない、最適の中の最適な材料であった。
すぐさま『それ』は動くことにした。でなければ目的を果たせぬからだ。
油断してはならない。あの時のようなことが二度とあってはならない。
目的のためにはあの個体が最適だ。何としても手に入れたかった。
『それ』はこれまでにない程強烈に思った―――欲しい、と。
アニィ達が行き先に決めたのは、大平原に空いた巨大な採掘坑の付近の町だった。
この採掘坑からは、輝ける鋼と顕現石が採掘される。
それらを資材や商材とするため、かつては連邦各地から、金属加工業者や魔術ツール開発業者が訪れた。
訪れた人たちが、長距離の移動をせず、現地での加工や取引ができるよう、少しずつ町を形成していったという。
なお、一般的にこれらの採掘坑は人間の手で掘り進めるものだが、ここの穴はいつの間にか空いていた。
地質学者によると、約3500ネブリス程前に掘った採掘坑の影響で、地盤沈下が起こって出来たもの…ということだった。
つまり当時、ここでも採掘業が行われていたのである。
それを証明するかの如く、ドラゴニア=エイジ4700年代の採掘道具も発掘され、役所に置かれている。
「…というのが、その町『マインホルズ』の成り立ちだそうです」
フリーダが『天空図書館』自室から持ち出した書籍の一冊を読みながら説明した。
「てことは、顕現石や輝ける鋼の加工品が売ってるってこと?」
「はい。それに武器・ツール製造や加工業者の工房もあるそうです」
ほうほう、とパルがうなずく。そこにプリスも加わった。
《それもいいですが、これのベルトも何とかしないと。このままでは飛んでいる最中に落下しかねませんから》
プリスが指すのは、フリーダから受け取ったペンダントだ。
彼女達ドラゴン4頭は、ペンダントトップを紐で上腕に括り付けている。
しかし頑丈とは言えないもので、戦闘中どころか、プリスが言う通り飛びながら落としてしまうかもしれない。
「シーベイみたいに、色んな道具も作ってるかも…」
「鞘やベルトなどか? そうだな、武器を身に着ける道具か…武具の店があるなら、あるかも知れんな」
アニィの発言にヒナもうなずく。フリーダも書籍を見つつ、特産品を調べている。
実際にシーベイと同じく、武器のみならず装具の類の店もあるようだ。
「なるほど、じゃあ武具のお店があるか聞いてみましょう。
あと、料理も良さそうですね。労働者向けの美味しいサンドが名物なんですって!」
「じゃあ、そこでお昼ごはんも買わない?」
「いいね、お腹も空いてきたし…もうお昼か。パッフ達もそろそろ休んだ方がいいしね」
アニィの提案に真っ先に乗ったのがパルであった。
同時に、ぐうとアニィ達の腹の虫が鳴いた。
朝にマナスタディアを出てから、およそ6ジブリス程飛んでいる。
肉体的な疲労こそ無いが、ドラゴン達も飛ぶことに飽きた所である。
ヒナもクロガネの様子を伺い、飛行への飽きが来ていると悟って尋ねた。
「頃合いだな。食事と買い物をしたらすぐ出るのか?」
《そうしましょう。天候にもよりますが、アイゴールは我々にとって未知の場所です。
少し急いで渡り、早めに抜けるのが良いと思います》
答えたプリスの言葉に、全員が納得した。
アイゴール大雪原…雪と氷に覆われた、常に真冬の平原。
アニィ達のかつての居住地でも、冬には雪が積もることはあった。
だが、建物どころか山や岩石すら無い広い平地となると、初めての場所だ。
最低でも低温に備え、防寒着などを買っていかねばならない…
ということで、そちらも当てにしてマインホルズに立ち寄るのである。
「んー…じゃあ、何か持って行けるのを買って、食べながら行くのがいいかな…?」
「うん、あたしもそれでいいと思う。先にドラゴン用ベルト注文して、それから買い物しよう」
「さんせーですっ!」
「ばうっ!」
フリーダとクラウが元気に手を挙げる。ヒナもうなずき、同意を示した。
マナスタディアを出てから、フリーダは本当に楽しそうにしている。
父から解放された喜び、自由に魔法を使える喜びが、彼女をそうさせている。
彼女の父ケイジェルは『天空図書館』の破片と共に吹き飛ばされたが、フリーダがそれを案じる様子は無かった。
父の死を望んでいるわけではないが、生きていて欲しいわけでもない。
要するに、最早興味がないのだ。
既に血縁者すら思考の範疇から捨てたフリーダを、アニィは羨ましく思った。
自分にできることがある。力としてくれる友がいる。
自信と確信を取り戻したフリーダに、図書館にいた時のような影はもう無かった。
自分はどうだろう―――アニィは自分に問いかける。
プリスと出会い、旅に出た。魔法も使えるようになった。
パルとパッフ以外の友達もできた。村で虐げられていたことを話した。
沢山のことがあった。たくさんの闘いがあった。村で苦しめられた記憶も、少しずつ薄らいできている。
だが、村でのことを振り切るには、もっと確かな何かが欲しい。
プリスの背に乗って、どこまでも高く遠く空を飛ぶ。
プリスにだけ明かした願い。一見すると、それ自体は確かに今現在叶っている。
だが、その根底にあるのは、ただ飛びたいという願いだけであろうか。
ここ何ディブリスか…否。出会った時から感じる、プリスへの正体不明の感情。
プリスとふたりきりになった時、その感情が胸を満たすと、怒りも恐怖も、何もかもを忘れられる。
胸の内を満たす、どこまでも暖かな心。プリスへ向けられた、強烈で不明瞭な感情。
プリスと共に飛びたいと思ったのは、それゆえだ。
自分でもわからぬその感情を、プリスに対してどう抱くべきか、アニィには判らなかった。
伝えたいのか。伝えたくないのか。身勝手な気持ちではないか。
正体も判らぬ感情を伝えたところで、プリスに迷惑がかかるのではないか。
ならばこの感情は誰にも伝えず、押し込めておくべきなのか。
だがそのままで、本当に『プリスと共に飛びたい』という願いは、叶うのか?
(―――プリスの背に乗って飛びたい。プリスと一緒に飛びたい。プリスと、一緒に。
この気持ちは何だろう。わたしは、プリスをどう思っているんだろう…)
自問を繰り返すアニィ。すぐに答えが出るものでは無い。
この感情の正体を知らねば、自分が何を悩んでいるのかも掴めない。
一度この問題は棚に上げることとして、アニィは気持ちを切り替えた。




