第百話
100話!
広い空の冷えた空気が、汗に濡れたアニィ達の額や頬を撫でて吹いていく。
全員が相棒のドラゴンの背に座り込み、深呼吸をした。澄んだ空気が肺に満ち、心地よかった。
一方、地上では学生たちが歓喜の声を上げていた。
彼らと同年代の少女達が、見事なチームワークで巨大な邪星獣を斃したのだ。
その衝撃、そして感動はひとしおであった。
「やっ…た……」
汗をぬぐうのも忘れ、アニィがつぶやいた。
その一言で、巨大な独立型邪星獣、ゾ=ディーゴンを斃した事実に全員が気付く。
傷は決して多くないが、一撃でも受ければ即死するであろう攻撃の数々をしのいだ。
そして、アニィの必殺の剣で打ち破った。
この中で誰か1人でも欠ければ、確実に街は壊滅していただろう。
何より、全員の魔術を強化させたフリーダとクラウの存在が大きい。
「……ボクの…魔法が、実現、できた…」
そのフリーダは、自身の『魔法合成魔法』がついに実現できたことに、半ば呆然としていた。
両目から一筋の涙がこぼれる。フリーダは胸の前で両手を合わせ、うつむく。
「ボクの魔法…使えた…アニィさん達が、ボクの魔法で…邪星獣を…やっつけてくれた…!」
歓喜にあふれる涙を、フリーダ自身拭いもせず、アニィ達も止めようとはしなかった。
ドラゴン達が身を寄せ合い、その背の上でアニィ達はフリーダを抱きしめた。
「フリーダさん―――ありがとう」
「ぼっ、ボク、ぼぐごそっ、えっ、うぇ、んぶぇへ~~~~~~…」
ついに決壊し、フリーダは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら泣きだした。
叫びにも似た鳴き声が空に響く。アニィ達はただただ、感謝を込めてフリーダを抱きしめ続けた。
地上に降りると、破壊された建物や石畳などの撤去作業が始まっていた。
ドラゴン達が運搬したり、大きな瓦礫は学生や教師が魔法で破壊したりと、皆それぞれに忙しそうだ。
フリーダとザヴェスト達が旧交を温める機会は無さそうだと、アニィ達は残念に思った。
そこで学園長が気を利かせた。
アニィ達とザヴェスト達を「ステイン・ロジィ宿泊所」に招き、ロジィ氏に了承を取って貸し切りとしたのである。
しばらくぶりの再会に、フリーダもザヴェスト達も喜び、クラウとウィスティは抱擁を交わした。
ロジィ氏がカーミラフルーツティーを入れ、パウンドケーキを人数分持ってくると、ちょっとしたティータイムが始まった。
ティータイムの前に聞いてみた所、魔力防壁を操作していたのは園長だったという。
都市のほぼ全体を覆う防壁を、彼は一人で操っていたのだ。
凄まじい魔力、そしてコントロールの持ち主であった。
フリーダはこれまでの事をザヴェスト達に話した。
図書館に連れていかれる前のクラウとの出会いや両親との関係、連れ出されてからの鬱屈した日々。
アニィ達との邂逅で取り戻し、共に闘って実現した、夢の魔法。
そして父と図書館からの解放。
ザヴェストとドゥリオが、気づかなかったことを詫びた。
「すまなかった、ハイライズ…本当にすまなかった、気づかなくて」
「学友として、僕ら失格だよ…」
「ううん、そう思ってくれるだけでもうれしい。それに、父さんはもう吹っ飛ばしたんだし」
「「なぬ?」」
そう言えばケイジェルの姿が見当たらない…と思っていたザヴェスト達に、フリーダは事情を説明した。
これを聞いてまっさきに笑い出したのが、シュティエとウィスティであった。
「あはは、当然の報いだよ。フリーダさんをずっとひどい目に遭わせてたんだからサ!」
「みぎゃぎゃぎゃっ!」
《あーうんまあはい、当然ですけどね。全く心配しないんですね》
半ば呆れるプリスに、こちらも平然とした顔でザヴェストとドゥリオが答える。
「ハイライズの『魔法合成魔法』なら、まあ助かってるでしょうしね」
「それより蔵書を集めないと。今後役に立つ資料が、あそこにはまだあるはずだ。
園長先生にも話を通しておかなくちゃ」
アニィの推測であるが、もともとケイジェルは彼らによく思われていなかったのではないか…
何かにつけてフリーダに絡む、過保護あるいは無神経な父親だ。学園でも同様だったのかもしれない。
共同の研究を邪魔するケイジェルの事を良く思う理由など、冷静に考えれば全く無い。
「それでハイライズ、これからどうするんだ?」
ザヴェストが話題を変え、フルーツティーを1口飲む。
彼も、そしてドゥリオもシュティエもウィスティも、既に答えは理解している。
それでもあえてフリーダに尋ねたのは、明確に意思を確認しておきたかったからだ。
しばし考え、アニィ達の方をちらちら見てから、フリーダは答えた。
「―――アニィさん達と、一緒に行くよ」
その回答は、ザヴェストたちが予想し、期待していた答えであった。
「そうか」
答えたザヴェスト達は、ただ納得するだけであった。
学友との別れを特に惜しまない姿は、一見冷たい関係にも見える。
だが注意して表情を見れば、学友であるフリーダの選択に納得し、快く送り出そうとしているのが判る。
フリーダも、友人たちに会えぬ悲しさは微塵も抱いていない。
「すぐ行くか?」
「うん。学校に退学届けを出して、何か買い物してからかな。
アニィさん達はどうします? 何か買っていく?」
「え? ええと……」
フリーダに話を振られ、アニィは少しだけ逡巡する。
いつもなら送り物を買い、旅先の住人の似顔絵と手紙を書いて、協会で送ってもらう所だ。
しかしここは学生たちが勉強するための街…子供達やセンティのためになるような品物はあるのか。
そう考えていたところ、ふと思いついたのは。
「そうだ…教科書って売ってないかな、フリーダさん? 子供向けの、魔法の教科書とか…」
「ありますけど…アニィさんが使うんですか?」
「ううん、村の子供達に送ろうと思って。良かったら、何か食料品も一緒に」
アニィ達は、まだヘクティ村に残して来た子供達のことを話していないことに気付いた。
アニィとパルが説明すると、フリーダもザヴェスト達も興味深げに話を聞いた。
「…というわけで、送り物をしようかな、と」
「いいですね! じゃあ古書店に行きましょう!」
「あっ、それと…」
フリーダが街に連れ出そうとした所で、アニィがうつむきつつ話を続ける。
「………よければ、だけど…村に送る手紙に、皆さんの似顔絵も添えたいな、って…」
恥じらいうつむく姿に、その場にいる全員…店主のロジィ氏も含む…がほんわりほほ笑んだ。
是非にと促され、アニィはロジィ氏に許可を取って、店内で描き始める。
ロジィ氏もモデルにどうかとアニィは誘ってみたが、中年が若者の間に入るわけにも…と、遠慮された。
仲間達と店主が見守る中、アニィはフリーダとザヴェスト達の似顔絵を描き始める。
精緻にして活き活きとした筆致に、覗き込む店主も感嘆の声を上げた。
出来上がった絵をフリーダ達に見せると、フリーダ達が照れる中、ドゥリオは強い興味を示した。
「…ウチの美術科講師になりませんか? 旅が終わってからで、あと非常勤で良いので!」
聞けば、美術科は近頃生徒の人数が減ってきているということだ。
魔法と比べて芸術は人気が無いらしく、絵など描いている暇があったら…と、魔法学科を選ぶ生徒が多いそうだ。
だが、決して魔法を習得するだけが魔法学園の楽しみではないと、生徒達が気付いてくれれば。
少しずつでも生徒は増えるだろうと、美術科を選んだドゥリオは言う。
しかもアニィは生徒達と年代が近い。親しみやすさに寄ってくる生徒も多いだろう。
「客寄せのような扱いで申し訳ないんですが、どうかお考えください!」
「だ、だ、だ、だ、だめです! ……わ、わたし、そんな、先生なんて…」
結局断られ、ドゥリオは落ち込みつつも納得。アニィに謝罪し、この話は終わった。
終わったところでアニィが手紙を書くと、全員が連れ立って街に出た。
ロジィ氏にお茶と茶菓子の礼を言うのも忘れない。
邪星獣の攻撃にさらされながら、街は意外にも少々建物が破損しただけで、殆ど無事だった。
どうやら学生たちや教師、守衛が街を守ったらしい。
彼らの横を通り過ぎるたび、アニィ達は注目された。どうやらすっかり英雄扱いのようだ。
照れて隠れようとすると、プリスが笑いながら言う。
《賞賛は受け取っておきなさい。あなたの闘いに対する、正しい評価なんですから》
「で、でも…うぅ…ほんとうに、いいのかな…」
《良いも何も、あなた達があれを斃したのは事実でしょ?》
そう言われても照れるアニィを見て、街の住人もプリス達も暖かく微笑む。
目的の古書店に着き、アニィ達は早速払下げの教科書を探した。
小柄なアニィすら通るのに苦労するほど、棚と棚の間の通路は狭い。
ヒナも反響定位で内部の状況を確認したが、入れるものではないと諦める。
そんな狭さなので当然ドラゴンが入れるわけも無く、プリス達は店の前からのぞき込んでいた。
魔法の初等教育の教科書を何冊か見比べ、最新の版を購入し、店を出た。
古書と言うには割と新しく、紙の傷みも無い。最近まで使われていた物だろう。
「でも、先生と子供達だけで生活するのも大変じゃないですか?」
ドゥリオの質問に、パルも困った顔で答える。
「そうなんだよねえ。何しろ大人は先生だけだからなあ」
「…きちんと、動けないように……してきた方、良かったかな…」
アニィの発言に、内気そうなアニィが、村人を叩きのめしたのか…と驚愕し、ザヴェスト達は思わず顔をしかめた。
パルが軽く事情を説明したことで、アニィが辛い日々を送ってきたと知り、沈痛な表情に変わる。
アニィは自身の口から、魔術を使えずドラゴンに乗れなかった過去を説明したが、彼らが気にする様子は無かった。
「ひどい人たち。アニィさん、そんな奴らボコボコにして正解だよ!」
とは、シュティエの怒りの言葉だ。ザヴェスト達も同意した。
全く無関係な若者たちの心優しい怒りに、それだけでアニィは救われた気持ちになった。




