第九十九話
一方のアニィ達は、ゾ=ディーゴンの背後を見ている。
都市の空を覆う雷雲、そこから覗く無数のつららを。
余程大規模な魔術を行使しなければ、落下を止めることは出来ない。
大規模な魔術―――
「アニィ殿、あの技だ。アグリミノルでの」
「あっ…あれを……でも……!」
「これだけ広範囲に雲が広がっているなら、あの技で払うしかあるまい。
ただ出すだけでは駄目だ、クラウ殿の魔術で拡張してもらうしかない…」
そう言って、ヒナはクラウの方を振り向く。既に承知しているのか、一言「ばうっ」と咆えただけだ。
フリーダがアグリミノルでの戦闘の事を話したのだろう。
だがアニィ自身は、怒りのままに放った"結晶砲"とプリズム線の合わせ技に、恐怖すら抱いていた。
コントロールこそ冷静に行っていたが、あの瞬間の冷酷な殺意が脳裏によみがえり、アニィをためらわせる。
その肩をパルが軽く叩いた。
「大丈夫。フリーダに魔法をかけてもらったんだし」
「パル……」
「ヒナだって、それが判ってるから言ったんでしょ?」
「無論。今のアニィ殿なら、大丈夫」
明るく笑うパル、力強くうなずくヒナ。そして、アニィの魔力を整えたフリーダの魔法。
それでいてなおもためらうアニィに、今度はプリスが声をかける。
《アニィ。私はアニィを信じます》
愛を知り愛を抱いたが故の、誠意に満ちた一言であった。
いつもの高慢さを捨て、全幅の信頼を寄せるプリスに、驚きつつもアニィの顔のこわばりがゆるむ。
「プリス……」
《あなたのドラゴンたる私が、あなたを信じています。それでも撃てませんか?》
信頼が、振り向いた視線に現れている。初めて見るプリスの目であった。
だが、プリスが信じるというのなら―――それは、アニィにとって絶対の約束、保証だった。
それと知らずに恋した相手の、何より自身を見初めてくれたプリスの信頼。
アニィはついに意を決した。
「……やる。わたし、やる!」
「よし! じゃあヒナ、あたし達は奴の相手を!」
「うむ!」
パッフとクロガネが飛び、ゾ=ディーゴンに迫る。
飛び道具をものともしない膂力と殺傷力を持つ二人だ。アニィ達よりはるかに相性が良いだろう。
「フリーダさん、わたしに『魔法合成魔法』を。
魔術を出したら、クラウは最大限拡張して!」
「まかせてください!」
「ばうばうっ!!」
一方、プリスとクラウは上空へと向かう。雷雲を"結晶砲"の射程圏内に収めるためだ。
その最中、フリーダは右手のセントラルクォーツに赤い石の指輪を触れさせた。
「『魔法合成魔法』、焔魔法!」
フリーダの魔力が炎の魔法を伴って転移。アニィのペンダントを経由し、体内の魔力と合成される。
アニィの首から下がるペンダントの石が赤く光った。合成は瞬時に完了した。
下方ではゾ=ディーゴンを相手にパル達が闘っていた。
吐き出された鉄塊をパッフの水のクッションが受け止め、クッション越しにパルが蹴り返す。
その隙にクロガネが急接近し、ヒナが6個並ぶ眼球の1個を切り裂いた。
どちらも決定打にはならない。しかし、注意を逸らすには充分すぎるほどだ。
至近距離での戦闘に長けた、パル達ならではの動きだった。
「…いくよ。みんな、見てて!!」
アニィが両手をかざすと、掌に球状の結晶が出現した。
突き出した手と手の間で結晶が重なり、融合。結晶はプリスの目の前に転移し、オレンジ色の火花を散らす。
巨大化した球体は赤く輝いていた。フリーダが合成した炎魔法の色だ。
アニィの両目から真紅のスパークが飛び散る。合成された魔力の光である。
しかし、フリーダの『魔力整流』により、アグリミノルの時のような感情の爆発は無かった。
アニィの心は静かであった。
(街を守る。みんなを守る。わたしはっ―――!)
「うぉああああああああああっ!!!」
絶叫と共に"結晶砲"を放った。
「バオオオオオオオオオオオオッ!!!」
同時にクラウが咆える。ただでさえ凄まじい規模で放たれた閃光は、クラウの拡張魔術で更に肥大化した。
それこそ星一つを容易く破壊できるほどだ。その超巨大光線が、雷雲に届く直前。
『オノレェェェ!!』
ゾ=ディーゴンも怒りの咆哮を上げ、巨大な魔力弾を雷雲に撃ち込んだ。
魔力弾は雲の中で爆発を起こし、つららに衝撃を与える。
無数のつららの落下が同時に始まった。一つ一つがドラゴンにも勝るかという大きさだ。
だが灼熱の結晶砲の直撃を受け、見る間に蒸発していく。
元来のアニィの魔術が持つ規模と破壊力に、フリーダのこれも膨大な魔力で行使した魔法が合成。クラウが拡張する。
それに加え、渦巻く光線の間から、あらゆる方向にプリズム線が放たれた。
超高熱の光線が落下するつららを貫き、蒸発させる。
「ぅぅぁああああああああっ!!」
アニィは結晶砲を放つ手を動かして、つららと雷雲を一気に薙ぎ払った。
莫大な規模で放たれた必殺の魔術に、ゾ=ディーゴンの雷雲はたちどころに消えていった。
『バカナッ…! コノ魔術……!!』
驚愕に、ゾ=ディーゴンは思わず動きを止めてしまった。
警戒すべき相手と判っていたが、それでもここまでの規模の魔術を使うとは、完全に予想外だったようだ。
対するパル達は晴れていく空を見上げ、快哉を上げていた。
「うっわぁ、ヒナわかる!? 気持ちいいくらいにカミナリ雲が消えてる!」
「判るとも! やはりアニィ殿はやってくれた!」
どす黒い雷雲は全て消え去り、真っ青な空と太陽が再び現れた。
結晶砲を撃ち終えたアニィは息を切らし、空を見上げ、自身の行いに半ば呆然とする。
ゾ=ディーゴンが作り出した大規模な雷雲は、アニィの眼前で全てが消え去った。
「やった………!」
《アニィ!》
不意に自分を呼ぶ声に、アニィは我に返った。振り向いたプリスと目が合う。
《アニィ、流石です! あなたのおかげで、街は壊滅を逃れました》
「わたし…の……でも、フリーダさんとクラウだって…」
《ええ。でもあなたがいなければ、成しえなかったんですよ》
「アニィさぁん!!」
そこへクラウが飛来し、背に乗っていたフリーダが抱き着いてきた。
「やったやった、やりました!! アニィさんの魔術、やっぱりすごいや!!」
「ばうばう!」
手放しで絶賛するフリーダとクラウ。その手をアニィは握り締めた。
「フリーダさんとクラウが、力を貸してくれたから…2人とも、ありがとう!」
「えっ… …うふふ、どういたしまして!」
「ばうばう!」
逆に礼を言われ、すっかり照れるフリーダ。クラウも同様に笑顔を浮かべていた。
そしてすぐに気持ちを切り替え、ゾ=ディーゴンの方に向き直る。
今はパル達が闘っている。動きはアニィ達よりも適格で、敵の攻撃は全て回避し、自分達の攻撃は全て当てている。
それでいて街に被害を及ぼさぬよう、ゾ=ディーゴンが吐く鉄弾や魔力弾は空中で破壊していた。
パルもヒナも、鍛えていただけのことはある見事な戦闘技能だ。
しかし、決定打となる攻撃は当てられていない。
ゾ=ディーゴンは攻撃を全て回避され、パル達はゾ=ディーゴンの巨体と再生能力に手間取っている。
このままでは長期戦になる。その場合、攻撃を事実上無効にでき、且つ強力な技を持つるゾ=ディーゴンの方が有利だ。
一撃で決定力となる技が必要だ。フリーダの協力が絶対に必要である。
「フリーダさん、あの大きさの邪星獣を一発でやっつけられる魔法、ある?」
アニィには見当もつかない闘い方を、フリーダは既に頭の中で組み立てている…そう信じての質問だ。
「はい! アニィさんの結晶の剣と、雷魔法の『魔法合成魔法』で!」
《よし、合成お願いします。それと、あのデカブツをアニィの方に引き寄せて!》
「判りました! じゃあアニィさんとプリスさん、できるだけ上空に飛んでください!」
そう言ってフリーダとクラウがゾ=ディーゴンの方に向かうと、アニィとプリスは高度を上げた。
自らの背に乗るアニィの嬉しそうな雰囲気に、プリスは振り向く。
危機的な状況にもかかわらず、雰囲気で感じた通り、アニィは嬉しそうにほほ笑んでいた。
「ねえプリス、何だかいいね。フリーダさんが、夢を叶えられる…すごく、素敵」
《これから一緒に旅をするわけですし、たくさん叶えてもらいましょ》
「うん。まず、あいつをやっつけないと」
ゾ=ディーゴンの方に向き直るアニィの視線は、あくまでも真剣であった。
学園都市が遥か眼下に小さく見える高度まで達した所で、プリスは停止して地上を見下ろした。
落下すればアニィの即死は免れない。だが、恐らくこの高度でなければ、街まで巻き込む。
雷魔法と結晶の剣の合成と、フリーダは発案した。
空から一瞬にして地上を撃つ雷の速度と飛距離は、ただの魔術や魔法では達成しえない。
《よし。アニィ、準備を》
「うん…!」
アニィは胸の前で両手を合わせ、真上に掲げた。
頭上には結晶の巨大な刃が出現する。その大きさは更に伸び、17ドラゼン半(262.5メートル)。
フリーダが施した魔力整流の魔法により、澄んだ心で作り出せた。
天を照らして輝く巨大な剣に、マナスタディアの学生たちが感嘆の声を上げる。
パル達も同様、アニィの剣の発生に気付き、一度戦闘を中断。ゾ=ディーゴンから距離を取る。
「ヒナ、クロガネ、アニィの方に引っ張ってくよ!」
「応!」
全員で高高度へと上昇していく。そんじょそこらのドラゴン乗りなら風圧で吹き飛ばされる速度だった。
ゾ=ディーゴンも、恐るべき敵を仕留めるべく、彼女たちを追った。
彼はガ=ヴェイジとくらべ、だいぶ冷静であった。アニィ達の魔術の記憶は、先発から引き継いでいる。
決して油断は無い。アニィ達が攻撃の動きを見せれば、すぐに魔力弾や鉄塊・氷塊を放つつもりでいた。
だが、ここにフリーダとクラウというイレギュラーが混ざった。
アニィ達のあらゆる行動に、様々な魔法を合成、強化するフリーダ。
放たれた魔術・魔法を『拡張』すなわち強化するクラウ。
街の壊滅を妨げられたのは、直接にせよ間接にせよ、フリーダとクラウによるところが大きい。
『オノレ…死ネェェィ!!』
今更ながら危機感を抱き、ゾ=ディーゴンはフリーダに向けて魔力弾を放った。
だが、フリーダは左の拳を向けて叫ぶ。
「そんなの、ボクに届くもんか!」
赤い鉱石が輝き、巨大な火炎弾が放たれた。ドラゴン1頭と同サイズの、人類としては規格外の大きさと温度だ。
しかもただの球体ではなく、風魔法で起こした竜巻と合成し、螺旋状の刃に覆われて高速で回転している。
回転円錐火炎弾は魔力弾を一方的に蒸発させた上、ゾ=ディーゴンの背中を大きく抉った。
直撃さえすれば、彼女の魔法は独立型の邪星獣など相手にならぬ威力を誇るのだ。
『GOVOHOOAAAA!!』
激痛にゾ=ディーゴンが絶叫を上げる。再生できるのであって、痛みそのものはあるようだった。
肉体を再生することに気を取られ、ゾ=ディーゴンは一瞬失念してしまった。
頭上には、結晶の剣を構えたアニィがいることを。その一撃を決めるため、パル達が準備していることを。
プリスが眼下のパル達に叫ぶ。
《翼を斬り落として!!》
プリスの指示に、パルは弓に矢をつがえた。
パッフの魔術で鏃に水滴が集まり、巨大な円錐となる。
更にフリーダの『魔法合成魔法』で、こちらの水の鏃も、竜巻の如く超高速で回転している。
ヒナは刀を一旦鞘に納め、腰を低くして構えた。
ヒナ自身の加速魔術、クロガネの高速移動魔術で最大の威力を発揮できるよう、適度に距離を取る。
加熱した刃は、鞘に納められた直後から、爆発的に温度を上げ始めた。
「ぶち抜けぇぇぇっ!!」
「グルァアアッ!!」
パルとパッフが叫び、矢を放つ。鏃は身体強化魔術により、20ドラストム(秒速3240キロメートル)を越える速度で飛ぶ。
「行くぞ、クロガネ!!」
「ゴォォォッ!!」
ヒナとクロガネの姿が消えた。クロガネの高速移動魔術による不可視の突進だ。
こちらも『魔法合成魔法』で合成された炎を応用し、背後に火を噴いて爆発的に加速した。
水の鏃は突き刺さった瞬間に爆裂し、銀の閃光が巨体と交差して迸った。
果たして、ゾ=ディーゴンの両翼は、付け根からもぎ取られた。
超高速かつ回転するパルの矢、桁外れの速度で放たれたヒナの居合い。
二つの技が同時に直撃し、巨大な翼を一撃のもとに破壊したのであった。
『UGYYYAVAAAHAAA!!』
背中への火炎弾直撃に続く絶叫。上昇を続けた巨体は、僅かに上方へと飛び、アニィの真下に投げ出された。
そこでフリーダが、黄色の鉱石の指輪をセントラルクォーツに当て、叫ぶ。
「『魔法合成魔法』! 雷魔法っ!!」
ここまでできるだけ魔力を蓄積し、体内で少しずつ強化していった雷魔法だ。
それがアニィの魔力に合成された。結晶の剣が黄金の雷光を放つ。
パルとパッフ、ヒナとクロガネが離れた。激痛で我を忘れたゾ=ディーゴンは、アニィの目の前まで迫ったことで、やっと剣に気付いた。
これまでと違い、アニィの両目は勇気と決意に輝いている。
友のサポート、そして愛するプリスの信頼に、アニィは全力で答えようとしていた。
そして、叫ぶ。
「みんな、見ていて…!
―――でぇぇやああああああっ!!」
「バオオオオオオオオンッ!!!」
クラウの咆哮と同時に、アニィは両腕を振り下ろした。直後、巨大な結晶の剣が、大きく伸びた。
落雷の如く空気を割る轟音が響き、黄金の刃がゾ=ディーゴンの巨体を真っ二つにする。
まさしく一瞬のできごとであった。
己が両断されたことに、ゾ=ディーゴンはすぐには気づかず、上下にズレた視界で初めて理解した。
さらに断面が閃光を放ち、残された巨体を一気に消滅させる。
フリーダの『魔法合成魔法』とクラウの拡張魔術で、雷の速度と射程距離を付与された、アニィの必殺の剣。
それが初めて、ゾ=ディーゴンの巨体に致命傷を与えたのであった。
『GGG…GVEEEEAAAAGHEEE!!!』
断末魔の叫びが響く。しかし巨体の消滅と共に、その叫びも消えた。




