第九十八話
同時に、街中にいる邪星獣たちは全て消え去った。
闘っていた学生たちは、目の前の敵の消滅に戸惑ったが、すぐに喜びの声を上げた。
そして疲れ切ったパル達に、ザヴェスト達が駆け寄った。
「大丈夫!?」
「た、たすかった…ありがと! 君らすごいね、流石フリーダの友達だ!」
差し出されたシュティエの手を取り、パルは立ち上がった。
「あれを使えたのは、ハイライズの研究のおかげです」
「それより皆さん、怪我を治さないと。
ネイヴァさんのドラゴンさんは骨が折れてる…ウィスティ、頼む!」
ドゥリオが言うと、ウィスティがうずくまるパッフとクロガネのそばに駆け寄ってきた。
何をする物と思っていると、パルとヒナもウィスティの前に連れてこられた。
パル達を前にしたウィスティの両手に魔法陣が輝き、紫色の温かな輝きが浴びせられる。
信じられないことに、ドラゴンが治癒の魔法を行使しているのだ。
ザヴェスト達は『ドラゴンラヴァー』ではないので、本来ならウィスティも魔術や魔法は使えない筈である。
「おおお…体の痛みが引いていく。傷も治っていくぞ」
驚愕し、ヒナは癒えていく自らの体に触れた。パッフの折れた骨、パルとクロガネの傷も同様だ。
「これもハイライズさんのおかげです。
魔力の操作方法を発見して、僕達とウィスティに教えてくれたんです」
「すごいでしょ! あたしたちもウィスティも、がんばって憶えたんですよ!」
「みぎゃっ!」
ドゥリオとシュティエが誇らしげに言うと、ウィスティも偉そうにふんぞり返る。
その間にパル達の傷は完全に癒え、疲労も回復した。自慢するだけのことはある。見事な治癒の魔法であった。
「完璧だ! ありがと、助かった!」
「クルルっ!」
「グオゴゴゴ!」
感謝の意を示し、パッフとクロガネがウィスティと握手した。
「お力になれたようで、良かったです。
…僕達はここまでです。さっきの一発で、魔力が切れてしまった」
脱力し、ザヴェスト達はへなへなと座り込んでしまった。
どうやら彼らの切り札『合体閃光』は、著しく魔力を消費するらしい。
簡単に出せるようなものでは無いが、それ故に凄まじい破壊力を誇る。
彼らの技が無ければ、恐らく自分達は今頃斃れていたことだろう…そう思い、パルとヒナはザヴェストらに感謝した。
「本っ当に助かった。皆ありがとう!」
「後はゆっくり休んでくれ」
そしてパル達は上空のアニィ達、そしてゾ=ディーゴンの方に向き直る。
途端、ヒナは空気の変化を感知した。
「パル殿、上空に巨大な魔力を感じる。あれは―――」
ゴロゴロという雷の音、そして異様に冷たくなる上空の空気…
マウハイランドの時と同じく、雨が降る直前に似た、急激な天候の変化だった。
山脈の時と同様…つまり、ゾ=ディーゴンが何かを仕掛けようとしている。
「冷たい空気?」
「うむ。奴は何を狙っている?」
パルもそれに気づき、弓に取り付けた小型の望遠鏡で上空の雷雲を見た。
異様な光景が目に映った―――天を覆う無数のつらら、そしてその周囲に閃く電光。
「つららと雷……まずい。あいつ、あれを街に降らせる気だ!」
ゾ=ディーゴンの目的は、すなわちこの都市の破壊であった。
魔力防壁は物理攻撃でも破壊が可能だ。絶え間なく衝撃を与え続ければ、物の数フブリスで破壊できる。
上空のつららと稲妻は、魔力防壁を破壊した後、そのさま都市への攻撃を行うための物だろう。
そしてアニィとフリーダはと言えば、巨大な邪星獣を相手取っている。
上空の変化に対応する暇は無いか、気づいてもいないか…パルは大声でアニィに叫んだ。
「―――アニィ、空!!」
しかし、アニィもフリーダも振り向く暇も無く、ゾ=ディーゴンが吐く鉄弾を防御していた。
アニィの魔術でなければ雷雲は消せないが、そのアニィが動けないでいる。
ゾ=ディーゴンの相手は自分達が引き受けるしかないと、パルもヒナも決断した。
上空へ向かうゾ=ディーゴンの巨体を、アニィ達も追って上空へと向かった。
吐き出された巨大な鉄弾を、アニィは結晶のシールドで撥ね返す。
撥ね返された物と吐き出された物、鉄弾同士が激突し、空中で砕け散った。
その合間をフリーダの魔法の弾丸がすり抜け、何百発もゾ=ディーゴンに直撃していた。
フリーダの魔力で放つ炎の弾丸は、通常でも一般の民家程度なら蒸発させる破壊力がある。
しかもクラウの咆哮によって拡張し、1発の威力は街一つ爆破するほどになっている。
だが、いずれも決定打になるほどの威力は無い…というより、ゾ=ディーゴンが頑丈すぎるのだ。
「ダメです、ボクの魔術では…!」
アニィにもそれはわかっていた。が、鉄弾を防御する魔術はアニィしか持ち合わせていない。
ゾ=ディーゴンの攻撃を防ぎながら闘うには、アニィが防御を請け負うしかないのだ。
接近さえできれば、アニィの魔術を叩き込むことも不可能ではない…
だがその接近が難しい。巨体から吐き出される鉄弾の大きさ、そして桁外れに頑強な肉体が接近も攻撃も阻む。
鉄弾も1つ1つが大きいうえ、アニィ達に集中して一気に吐き出してくる。
《防御に集中しても、こっちが魔力切れを起こせば―――》
「―――アニィ、空!!」
プリスが愚痴を吐きかけた直後、地上で叫ぶパルの声が聞こえた。
何事かと思い、アニィ達は鉄弾を回避してさらに上空へと飛ぶ。
そしてその上空を見上げ、愕然とした。
黒雲の隙間から無数に覗く巨大なつらら、その周囲に迸る稲妻。それが比喩抜きに、満天に広がっている。
ゾ=ディーゴンの魔術は、極低温を操る物だ。その応用で、巨大な積乱雲を発生させたのである。
大気中の水分の温度を極限まで下げて、水滴の粒へと凝固させ、雲とする。
雲の内部も温度を下げ、氷の粒を作り出し、ぶつけ合うことで電荷が発生する。
そして雲の上方にプラス、下方にマイナスの電荷が帯電。これが積乱雲になる。
更に雲の中で氷の粒を集積・凝結することで、巨大で鋭利な氷塊を作る。
同時に雲の下方のマイナスの電荷に対し、地上にはプラスの電荷が生まれ、落雷が発生する。
本来なら湿った空気を上昇させる必要があるのだが、ゾ=ディーゴンは魔術の応用で無理やり雲を作り出した。
しかも短時間で、マナスタディア上空ほぼ全域に広がるほどの雲を作り出したのだ。
恐るべき魔力量と繊細なコントロールだ。
「こんなの、街に落とされたら…!」
「ええ…潰される!」
その光景を想像し、アニィとフリーダは戦慄した。
魔力防壁があるとはいえ、ゾ=ディーゴンは魔術で作り出した氷の手甲、そして膂力のみでそれを破ったのだ。
無数のつららと落雷で間断なく衝撃を与え続ければ、物の数ブリスで防壁を破壊できる。
ゾ=ディーゴンはあらかじめそれを知った上で、この積乱雲を作り上げたのだ。
『今更止メヨウトモ、間ニ合ワンゾ!!
コノ都市全テ、貴様ラダケデハ護レヌ!!』
空を見上げているアニィ達の眼前に、ゾ=ディーゴンが迫り、長大な腕を振るう。
上腕から前腕までをプリスとクラウにたたきつける、いわゆるラリアットだ。
しかしそのスケールが巨大すぎる。そのうえ速度もプリス達、一般的な体格のドラゴンの移動速度と変わらない。
不意をつかれたこともあり、巨大な腕のラリアットはプリス達を直撃、吹き飛ばした。
《どぁあああっ!!》
「ばぅおおっ!!」
その衝撃は凄まじく、アニィとフリーダはプリスとクラウの背から吹き飛ばされる。
空中放り出されたアニィは、同じく吹き飛ばされたフリーダに向け、プリズムの線を放った。
「フリーダさん、掴まって!」
「は、はいっ!」
「プリス!」
《お任せ!!》
フリーダがプリズム線を掴むと、プリスが光の糸を出し、アニィの体に巻き付けた。
アニィが引き寄せたフリーダを、クラウがその背でキャッチする。
すぐにプリスが光の糸でアニィを引き寄せ、自らの背中に乗せた。
どうにか体勢を立て直したアニィ達だが、そこにゾ=ディーゴンが吐いた巨大な鉄弾が迫った。
すぐにアニィは左腕のブレスをかざしてシールドを張るも、鉄弾は弾かれず、シールドにめり込んだ。
(破られる―――)
瞬時にそう思った、その瞬間だった。
「ハァッ!!」
鉄弾がバラバラに砕けた。否、切り刻まれた。ヒナの超高速連続斬りだ。
続けて破片が水の球体に包まれると、パルが空中に跳びだし、水球ごと破片を蹴り飛ばした。
「おっりゃあああ!!」
身体強化魔術を以って蹴り返された破片は、ゾ=ディーゴンの顔面に次々めり込み、血を吹き出させた。
パルはパッフの背中に着地し、ヒナはクロガネの頭の上で剣を構えている。
4人の『ドラゴンラヴァー』、そして4頭のドラゴンが揃った。
ザヴェストを始めとした学生たちが、地上から固唾をのんで見守っている。
既に地上に邪星獣の姿は無く、避難も完了していた。
絶対的な体格差があるとはいえ、油断はできない。
ゾ=ディーゴンは、先発であるガ=ヴェイジらの知識や記憶を継承している。
アニィとプリス、パルとパッフ、ヒナとクロガネ。
これまでヘクティ村に始まり、ここまで何頭もの邪星獣を葬ってきた者達。
そこに、邪星獣…そして邪星皇すら見たことのない魔法を使う、フリーダとクラウが加わった。
恐るべき敵であった。ここで初めて、ゾ=ディーゴンはアニィ達に警戒の姿勢を見せた。
『貴様ラ…』




