第九十七話
再び空を見上げたザヴェスト達。ザヴェストの表情が、泣き笑いに変わった。
「そうか…僕達がいなくとも、完成させたんだ……!」
フリーダを庇えなかったこと、結局彼女を支えられなかったことの後悔と無力感。
そして独学で研究を完成、しかも成功させたことへの賞賛。その両方だ。
ザヴェストは目頭を押さえ、うずくまって震える声でつぶやいた。
「ハイライズ。やっぱり天才だ…ハイライズは、天才なんだっ…!!」
どれだけフリーダのことを心配していたのか、ザヴェストは人目もはばからず涙を流した。
そんな彼をウィスティ、そしてドゥリオとシュティエがなだめる。彼らも目に涙を浮かべていた。
だがそんな雰囲気を破壊するかのごとく、地響きの音が聞こえた。
立ち上がったザヴェスト達、そしてパルたちは音の発生源の方向に目を向ける。
「…強い魔力を持っている。恐らく指揮官だ」
「ゴウゥ…!」
「ザヴェスト君達は下がって。奴はあたし達がやる!」
「グルルルッッ!!」
ヒナの分析を、パッフとクロガネの警戒が裏付けた。
指揮官ともなれば、『ドラゴンラヴァー』でもない学生には荷が重すぎる。
実戦経験のあるザヴェスト達にもそれはわかるらしく、すぐに後退した。
果たしてやってきたのは、何本もの棘の生えた甲羅を背負う、4本腕の邪星獣であった。
前足と翼を合計4本の剛腕に変え、その腕と背中に棘付きの甲羅を備えた、頑強さと腕力を両立した形態だ。
森の怪物シルバーコングに似た、猿獣型とでも言うべき形態。
現実世界の生物で言えば、体形はゴリラに酷似している。
『GHORRRRRYYYRAAAA!!』
猿獣型が左右の剛腕4本を振りかぶり、パル達に叩きつけようとする。
パッフとクロガネは真上に跳んで拳を避ける。
巨大な拳は石畳を砕き、その下の土に深くめり込んで、大穴を空けた。
めり込んだ拳をパッフとクロガネが踏みつけ、体重をかけて押さえつける。
その間にパルが頭にしがみつく。頭部だけでも、しがみついたパルの身長の2倍近くある。
猿獣型と書いたが、その巨体はドラゴン並み。しかも体躯に比して筋肉量が異常に多い。
まともに格闘戦をするなら、それこそ平均的なドラゴン以上の体の大きさが必要になる。
「ヒナ!」
しがみついた頭部にまたがり、パルが叫ぶ。ヒナは剣を構え、長い剛腕を駆け上がった。
「応ッ!!」
パルが短剣を振りかぶり、ヒナは刀を顎に向けて突き出す。
だが猿獣型はすぐ反応し、パッフとクロガネが乗った左右2対の腕を大きく振り上げた。
片方だけで剛腕が2本。2頭のドラゴンは容易く振り払われた。
駆け上がるヒナ、頭部にしがみついたパルもバランスを崩す。
猿獣型は空中のパッフを掴み、持ち上げて地面に叩きつけた。
「グルァァッ!」
続けてクロガネの首と胴体に、左の1対の剛腕を叩き付けた。
「ゴァッ…!」
そのままクロガネを吹き飛ばすと、続けて頭に乗ったパルの体を掴み、地面にたたきつけた。
「げふっっ!!」
決して重くないパルの体が、分厚い石畳を粉々にしてめり込んだ。
更にヒナの脚を空いた手で払う。ヒナは跳んで手を避け、猿獣型の頭上から斬りかかる。
だが猿獣型の姿がその瞬間に消えた。上空に気配が出現したことで、猿獣型が跳んだことを悟る。
直後、真横から叩きつける衝撃に吹き飛ばされる。
「がはぁっ!!」
刀で防ぐが、防御を容易く押し切られ、巨大な後ろ足の蹴りがヒナを吹き飛ばした。
吹き飛ばされたヒナをクロガネが空中でキャッチするが、直後に着地した猿獣型が走り出す。
拳と後ろ足によるいわゆるナックルウォークの動きだが、4つの拳による前身の速度は、一般的なドラゴンの四足走行より遥かに速い。
クロガネが着地するより早く着地点に到達し、2つの右拳でヒナごと殴り飛ばした。
「ゴグゥゥアアアッ!!」
「ぐぁあっ!!」
ヒナとクロガネをまとめて地面にたたきつけ、猿獣型は乗せた拳に体重をかける。
凄まじい重量が2人を押しつぶし、みしみしと骨のきしむ音が鳴る。
起き上がったパッフがその背に飛び掛かり、爪で斬りかかる。
だが、背中の頑強な甲殻には一筋の傷もつかず、爪との間に摩擦で火花が飛び散るだけであった。
「グルゥゥゥ!!」
「ヒナ、クロガネ!」
続けてパッフが至近距離で水の散弾を吐き、背中の甲殻の破壊を試みた。
同時にパルは全身に身体強化魔術をかけ、前方に跳躍。猿獣型の後頭部に膝蹴りを叩き込む。
だが、どちらを受けても甲殻にはわずかなひびも入らなかった。
逆に猿獣型はパッフに左の肘を叩き込んで押しのける。
肘撃ちは呼吸器のあたりを直撃し、一瞬だけパッフの呼吸が詰まった。
続けて猿獣型は、パルを掴んで地面に投げつけた。
顔面から地面にめり込んだパルの背中に、猿獣型は右の拳を2つとも叩きつけた。
更に深くパルがめり込む。背負った弓は無事であったが、骨が砕けたかのごとき痛みにパルは叫ぶ。
「うぐぅぅっ!!」
目の前で親友を踏まれ、怒りにパッフが叫んで飛び掛かった。
「グォルォアアア!!」
風の魔法の合成で高速化した拳の一撃は、しかし反対に突き出された左の拳に殴り返された。
骨が砕けたかと思う硬い音。さらに猿獣型は、右の2つの手でパッフの首と翼を掴み、左の拳で腹を殴った。
拳が肉にめり込む重々しい音が響く。ごぼりとパッフは血を吐いた。今度こそ、骨が砕けたのだ。
『GRYYRAAAA!!』
猿獣型はもう片方の翼を掴み、引きちぎろうとした。表皮が裂け、血が噴き出る。
その背にパルがしがみつき、背と首の甲殻の隙間に短剣を突き刺そうとする。
「パッフを離せ、この野郎ォ!!」
身体強化魔術と風の魔法の加速で、突き出した短剣は防御の暇も無く、甲殻と甲殻の間に突き刺さった。
しかし頭部そのものの破壊には至らない。分厚い筋肉で覆われた太く短い首には、短剣を刺した程度では傷が浅い。
それでも猿獣型は激痛に叫びをあげ、背後のパルを叩き落し、パッフを投げ捨てた。
落下したパルに、真上からパッフの巨体が落下してきた。
「ぐへぇっ!」
「グルぅっ!」
折り重なる二人。パッフはすぐに転がって起き上がるが、折れた脇腹の痛みで上手く立てずにいた。
猿獣型は首筋の傷を押さえて後退し、パル達と距離を取った。ヒナとクロガネも起き上がり、パルとパッフに並んで構えた。
「パル殿、こいつ強いぞ!」
「判ってる! 隙が無い…甲殻の無い部分にさえ叩き込めれば…」
反射神経、膂力、頑強な甲殻と分厚い筋肉。単独で戦闘するのに適した形態だ。
独立型にはわずかに劣るが、それでもパル達を苦戦させるほどである。
いかに隙を作り、必殺の一撃を叩き込むべきか、パル達は考えあぐねていた。
そこで猿獣型が大きく息を吸った。魔力が呼吸器に流れ込んでいくのを、ヒナが感知する。
「避けろ!」
『GHHWOOOAAAA!!』
猿獣型が咆えた。直後、パル達は横に大きく飛ぶ。空気が猛烈に震え、石畳が砕け、砂粒と化して爆散した。
指向性の超音波である。直撃すればドラゴンであろうと肉も骨も砕け、原型も残さぬ残骸と化す必殺の技だった。
射程距離が長くない事だけが幸いだ。無論、近接戦闘においては恐るべき武器となる。
これを見ていたのがザヴェスト達であった。
下がれと言われはしたが、他の邪星獣の相手を続けている間も、猿獣型の動きを観察していたのである。
フリーダを救ってくれた恩人の危機を見過ごす意志は、3人とも、そしてウィスティも持ち合わせていなかった。
「あのままではネイヴァさん達が殺される…ドゥリオ、シュティエ、ウィスティ、やるぞ!」
ザヴェスト、そしてドゥリオとシュティエがそれに続き、魔力を杖に流し込む。
3人の杖の顕現石が輝く。幸い、猿獣型はパル達の相手に集中していた。
一方のパル達は、ザヴェスト達が何かを仕掛けようとしていることを悟っている。
「ああ! チャージ開始!」
ドゥリオの号令で、3人が寄り集まり、杖の先端を重ね合わせる。
3人の魔力が全く同時に顕現石に集まり、増幅した。
「ウィスティ、支えお願い!」
「みぎゃっ!」
そしてシュティエに指示されたウィスティは、彼らの背後に並び、両前脚で3人の背を支えた。
顕現石が激しく輝くと、3人は杖の先端を猿獣型の背に向けた。
ザヴェストが叫ぶ。
「こっちに向けさせてください!」
パルはザヴェストの叫びに合わせ、猿獣型の背後に回り込んだ。その動きを追い、猿獣型も振り向く。
その瞬間、3人の杖の先端は、猿獣型の腹…唯一甲殻の無い部分に狙いを定めた。
「頼む!」
3人の動きを悟ったパルは、すぐに真上に跳躍する。
「はい! ―――いくぞ、合体閃光!!」
「みぎゃぎゃぁっ!!」
重なった杖の先端の顕現石から炎、稲妻、竜巻の魔法が発射される。
3種の魔法は射出の直後に合体し、回転円錐状の光線に変化した。
雷魔法の速度と電撃、焔魔法の超高温、風魔法の高圧の空気の回転が合体たのだ。
光線の凄まじい威力に、放ったザヴェスト達自身が後ろに押されそうになるが、ウィスティが力いっぱいそれを支える。
切り札の一撃であり、フリーダの研究を応用したものであった。
3つの魔法を合体させた光線は、一瞬にして猿獣型の腹を直撃し、深く抉った。『ドラゴンラヴァー』でも容易には為しえぬ技だ。
『GRRRHHOOO!!』
猿獣型は絶叫を上げ、大きくのけ反った。その隙をパル達は見逃さなかった。
「グルォアアアアア!!」
「ゴゥオオオオッ!!」
パッフとヒナが咆え、巨大な水の球体と鉄の塊を吐き出し、猿獣型の腹に空いた穴にねじ込んだ。
竜巻の回転力と超高熱により、腹の穴が完全に背中へと抜け、大きな風穴と化す。
「ヒナ!!」
「応!!」
パルが頭部に三度しがみつき、身体強化魔術と風の魔法を合成させ、握った短剣を振り下ろした。
アグリミノルで新たに装備した手甲、そして短剣に魔術と魔法の魔法合成魔法が伝達。
すさまじい破壊力と化し、頭部を縦に真っ二つにした。
シルバーコングどころではない、邪星獣の頑強な頭部を容易く潰す破壊力だった。
直後、パルは跳躍する。
続けてヒナが、加速の魔術を用いて跳躍した。
加速した動きで大きく跳躍すると同時に、魔法合成魔法で合成された炎の魔法が背後に一瞬だけ爆発を起こし、通常の加速の10倍以上の速度で突っ込む。
猿獣型の眼前に迫った瞬間、銀色の閃光が走り、空間が震動した。
加速魔術での突進と居合いに焔魔法を合成、太く分厚い猿獣型の首を一撃で溶断する居合い。
「手応え、ありッ…!!」
ヒナは猿獣型の背後に、パルはその反対の位置に着地した。
猿獣型は動きを止めている…そしてすぐ、首元を押さえて咆えた。
『G、GHOO、GHEEEAAWAAA!!』
真っ二つになった口でなお咆えつつ、首のずれは止められなかった。
断たれた首が地に落ちると、猿獣型は絶叫を上げて消滅した。




