第九十六話
地上では、パルとパッフ、ヒナとクロガネのペア2組が活躍していた。
魔力防壁に穴が空いて迎え入れられたことから、どうやら誰かが防壁を操作しているらしいことが判った。
パッフとクロガネは着地してすぐに地上を走る。
襲い掛かる邪星獣の群れの前でパッフが一旦足を止め、水平に回転した。
「グルァアアア!!」
尻尾の先端が触れるか触れないかの距離で、群れの頭部が突然上下に両断された。
尻尾の先から凄まじい風圧の風が起こした、瞬間的な真空状態。
現代日本でいうカマイタチ現象だが、その規模は尋常ではない。
一回転したパッフは、続けて目の前の邪星獣の頭部を蹴りつぶした。
一方のクロガネは邪星獣の群れの中に突っ込むと、高熱を帯びた爪で邪星獣を引き裂く。
吐き出した鉄弾は目の前の小型邪星獣を貫通し、背後に並ぶ数頭の全身を粉々にする。
爪のみならず、吐き出した鉄弾もまた凄まじい熱を発していた。
高速で飛ぶ鉄の塊によって、邪星獣の肉体を溶かしながら破壊しているのだ。
「パル殿、あそこにいる!」
ヒナが気配を感じて発見したのは、邪星獣の群れに囲まれておののく少年たちだった。
恐らく避難の途中だったのだろうが、どうやら追い詰められたらしい。
他の住民たちは学園の教師や生徒達が協力し、既に大半が学園内に避難している。
彼らは逃げ遅れたようだ。救助すべく、クロガネが群れの中に突っ込む。
ヒナはクロガネの頭の上で、呵責なく刀を振るった。
ヒナ自身の加速の魔術にフリーダの炎魔法が合成され、刀まで伝わり刀身が超高熱を帯びている。
薄紙を斬るのと同等の凄まじい切れ味を発揮し、戦闘どころか最早芝刈りと言って差し支えないほどだった。
少年たちの周囲に次々と群がる邪星獣を、正に芝刈りの如く退ける。
続けて、パッフの背からパルが跳ぶ。
着地地点でうずくまる少年たちを抱え、ヒナが切り捨てている間にパッフの背に戻った。
抱えた少年たちを地面に下ろすと、パッフの背に再び乗る。
少年たちは安堵のため息をついたが、周りに邪星獣が群れていることは変わらない。
「ひ、ひぃぇええ! たたたた助けてくれよぉぉ!」
大柄な少年が、うずくまったままパッフの脚にしがみついた。
振り払おうとして見下ろした顔に、見覚えがあることに気付く。
「あんた…確か、ゴリアテだっけ? で、そっちの2人が」
アニィに絡んだゴリアテの手下。そしてもう一人は、昨日街中でパルに絡んだ不良少年だ。
フリーダの魔法で魔力を消され、それなりの魔法使いだった筈が、今では無力なチンピラだ。
「あぁぁぁ、あんた達かよ…ヘッ、なんだ、やっぱりハイライズから逃げてきたのか。
そりゃそうだよな、あんな頭がお花畑な奴…」
「へえ、そんなこと言うんだ、お前」
にっこり笑い、冷たい声でパルが言う。少年は怯え、ウヒッと悲鳴を上げた。
直後、背後から飛び掛かってきた邪星獣に、パルはパッフの背から跳び、宙返り蹴りを叩き込んだ。
蹴り足の周囲につむじ風が生まれ、小さな竜巻と化す。
竜巻を伴った宙返り蹴りは、邪星獣の頭部を直撃。
超高速で回転する空気により、頭から首までをねじり、引きちぎり、消し飛ばした。
「あたしの友達を悪く言うな。死にたくなけりゃね!」
次いで、周囲から無数の鉄弾が飛来する。ゴリアテたちはみっともない悲鳴を上げ、頭を抱えてうずくまる。
パルはパッフの背に再び着地。同時に、パッフが水の球体を真上に吐き出した。
「どりゃぁっ!!」
パルが回し蹴りで水の球を破壊する。爆散した水の粒は、一つ一つが竜巻の如く回転していた。
猛烈な回転により、鉄弾を弾き飛ばしつつ、水の粒が邪星獣たちの頭部を直撃・破壊する。
竜巻の回転のみを付与された、フリーダの風魔法を合成してこその技だ。
不良少年はそれを見て、すぐにフリーダの警告を思い出した。
―――『魔力量に差がありすぎる』『未完成だ』『今やったら君たちの魔力が消えてしまう』―――
自身の魔力こそ消失したが、まだ他者の魔力を感知する能力は残っていた。
そしてこれがフリーダの『魔法合成魔法』の完成形だと、彼はパル以外の魔力の存在からすぐ理解した。
かつて彼らがフリーダに要請し、そして実行させた結果、魔力を消滅した魔法。
エリート学生を自負していた自分達にはまともに施せず、出会って数ディブリスの他人にできた事実。
それがパルとヒナ、彼女達の相棒のドラゴンの魔力容量から成功したことも、すぐには理解できた。
瞬時に彼は痛感し、嫉妬した。自分に彼女達ほどの魔力、実力は無いのは判った。
フリーダにはそれを見透かされ見下されていたのかと、理不尽に怒る。
「……フン。天才サマは普通人の俺達のことなんざ見えちゃいねえ、ってか。
こんな時まで偉そうでいらっしゃるよなあ」
不良少年はヒナ達を睨み、負け惜しみの悪口を言うが。
「良く判っているじゃないか」
座り込んだ不良少年の頭部の真上を、ヒナの刀が高速で通り過ぎた。
彼の背後にいた邪星獣が、煙を上げて真っ二つになる。ヒィッと彼の口から甲高い悲鳴が漏れた。
自分の頭部を両断されるかと恐怖し、少年は震えあがっていた。幸い、頭頂部の髪が焼け落ちただけで済んだ。
目の見えぬ筈のヒナ視線が、少年たちに突き刺さる。
「フリーダ殿の研究に縋っておきながらけなす、その言いざまと虫の良さ。
お前自身の言うとおりだ。手を貸してやる価値も、差し伸べてやる価値も無い。
だいたい、今そう言うくらいなら、もっと役立つ魔法を自分で開発していれば良かったのに」
「ぐ、ぐ、う、ううぐっ…」
全くの正論であった。悔しがる少年達に、さらにパルが追い打ちをかける。
「助かりたきゃ自分で何とかしな。フリーダをバカにしてたくらいだ、できるよね?
…助けてやるのはここまでだ。じゃあね」
「クルル!」
それだけ言い捨て、パル達は去っていった。
助けるのはここまでと言った通り、彼らが置き去りにされたのは学校入り口前…
この町でもっとも安全な、広域避難場所の眼前であった。
そしてその学校の敷地周辺こそ、最大の戦場となっていた。
校内に逃げ込んだゴリアテたちを見ようともせず、学生たちと教師が邪星獣を相手に闘っていた。
学生たちの中でも特に戦闘用の魔法に秀でた者達が前に出て、強力な魔法で邪星獣と闘っている。
数人でかかれば瞬く間に一頭を撃破できるほどの実力だ。
当初推測した通り、下手な協会員より彼らの方が遥かに強い。
とはいえ、シーベイ街のバンダル一派やヴァン=グァドの騎士団ほど動きは洗練されていない。
例えば防御から攻撃に切り替わる場合、それぞれの担当者がもたもた歩くため、全員が隙をさらしている。
やはり実戦に慣れていないところは大きいようだ。
そんな学生たちの中で、恐らくそれなりに実戦経験を積んだのであろう、3人組とドラゴン1頭のチームがあった。
先端に顕現石を埋め込んだ杖を3人が持ち、魔法を行使して邪星獣を斃していっている。
超高圧の空気の弾丸を叩き付け、よろめいたところに炎を浴びせて表皮を焼き、防御が手薄になった頭部を放電で破壊する。
時折、ドラゴンが間に入って徒手空拳の攻撃、噛みつきを行う。防御よりも攻撃を重点的に行う、息つく暇の無い連続攻撃だ。
他の学生チームと比べ、格段に速く邪星獣を斃していた。
だが、3人が同時に攻撃し、目の前の邪星獣を斃した瞬間。
その真横の地面から、蟲型の邪星獣が数体飛び出し、遅い掛かってきた。
折悪しく、3人とも魔力切れを起こしたようで、すぐには対処できないでいた。彼らを紫のドラゴンが庇おうとする。
パルとヒナはパッフとクロガネの背から跳び、蟲型の群れを蹴散らした。
パルは手甲と渦巻く風を纏った拳の連打、ヒナは超高熱を帯びた刀での唐竹割で、邪星獣を斃した。
「あんたたち、大丈夫!? ―――あ」
「助かりまし…あなた達でしたか!」
パル達の前にいたのは、学園訪問の時に出会った生徒達…ザヴェスト、ドゥリオ、シュティエ。
そして紫のドラゴン、ウィスティだった。
フリーダの共同研究者というだけあり、一般生徒の中でも彼女に追いつける技量はあるらしい。
「無事でよかった。フリーダ殿が知れば喜ぶ」
「ハイライズさんと会えたんですね! 元気でした、あの人!?」
詰め寄るドゥリオ。ザヴェストもシュティエも相当気にしているらしく、続いてパル達に詰め寄った。
3人を落ち着かせ、パルとヒナが答えた。
「無事だよ、アニィが助けてくれた。細かいことは後で本人に聞いて」
「本人ってことは、あの図書館から出てきたの!?」
「うむ。今はアニィ殿と一緒に上にいる」
ヒナが指した空を、ザヴェスト達は見上げた。3人の目が揃って開かれた。
「みぎゃ! みぎゃ!」
「あの青いドラゴン―――クラウちゃんだ!」
真っ先に気付いたのはウィスティとシュティエで、続いてドゥリオ、ザヴェストも気づいた。
かつて共に学んだ友の姿に、彼らは一瞬呆気にとられた。
そしてザヴェストはパル達の方に向き直り尋ねる。
「もしかして、今しがた邪星獣を斃したのは…」
「うん、フリーダの『魔法合成魔法』。図書館にいるうちに完成させたんだって」
鉱石が緑色に光るペンダントを見せ、パルが答えた。
3人とウィスティが食い入るように見つめる。まさにそれこそ、彼らが熱心に研究し、断念してしまった物だ。




