第十話
【2023/09/30】第七章の内容に合わせてちょっとだけ修正。
その直後、他の怪物たちが突如としてもがき始め、暴れ出した。
『HHHSYAAA!!』
『VRRRAA!!』
『YEEEGH!』
形容しがたい不気味な絶叫を上げ、怪物たちは次々と地上に落下し、肉体がぐずぐずと崩れ消滅していく。
アニィが消滅させた大型個体の存在が、どうやらこの場の怪物たち全ての生命活動を維持していたらしい。
物の5ブリス(約10秒ほど)で怪物の肉体は崩壊し、その場には地上のパルとドラゴン達、そして空中のアニィとプリスのみが残された。
一転して村は静寂に包まれる。
疲労にアニィは額から大量の汗が流し、息を荒げながら村を見渡した。
「やった…ん、だよね」
《ええ。アニィ、あなたが仕留めました》
「そっ……か…」
《実感湧きません?》
プリスはゆっくりと降下し、地上に降り立った。そこにパルとパッフが駆け寄る。プリスの背から降り、ふらつく足でアニィは地面に立った。
同時に学校に籠っていたセンティと子供達も状況に気付き、顔を出した。フータを抱えたチャムが飛び出してくる。
「アニィ!」
「アニィちゃん!!」
「フニ~」
ネイヴァ姉妹に飛びつかれ、アニィは地面に倒れた。
仰向けの状態で、楽しそうに笑うパッフと偉そうにほほ笑むプリスを見上げ、自分がドラゴンを駆り、怪物を殲滅したことをやっと実感した。
「クルルっ!」
「わたし…が、怪物を、やっつけた」
アニィは改めて自分の手を見た。狩りも村での仕事も殆どせず、しかし栄養状態が良くない、やや骨ばった細い手だ。
それが未知の魔術を行使し、怯えもせずに怪物に立ち向かい、倒したのである。
アニィの頭を撫でまわしていた姉妹、そしてフータはわがことの如く喜んでいた。
「そうだよアニィ! やっぱりあたし達の目に狂いはなかった! ね、チャム!」
「うん! ずっとね、ねーちゃんと一緒に、アニィちゃんはすごいドラゴンに乗るんだって、話してたもんね!」
「そうそう! あんたはついに出会ったんだよ、運命のドラゴンに!」
「フニ~」
きゃっきゃっと喜んで、姉妹とフータがアニィに抱き着く。パッフも体格が同程度なら抱き着いたであろう程に喜んでいた。
そこに子供達を連れ、センティがやってきた。彼は呆然とプリスを見上げてつぶやいた。
「『葬星の竜』様…」
そして足元で戯れる3人と1匹を見下ろし、彼もやっと状況を理解した。
「アニィ君が、あの怪物を倒したのですね」
「は、はい…あの…そういうこと、らしいです」
アニィは力の抜けた返事をするだけだった。その口調はまるで他人事だ。
無理もあるまい、とセンティは納得している。彼女はドラゴンに乗れず、魔術も使えぬことが判明してから、村のために何かが出来たことが無い。
自分には何もできないと、彼女はずっと思っていた。怪物の殲滅も、自分が行ったなどとは素直に言えないのである。
が、卑屈な程に縮こまるアニィの頭を、葬星の竜ことプリスが小突いた。
《らしい、じゃないんですよ。あなたがやったんです》
「うお、ドラゴンが喋った!」
「おはなしできるの!?」
「フニ~」
ネイヴァ姉妹とフータが驚きの声を上げる。センティと子供達、そしてパッフも彼女の声を聴き、目を丸くしていた。しかも結構口が悪い。
一方のプリスは偉そうにふんぞり返っている。
《ええ、思考を伝える魔術でね。その思考だってドラゴンが人類の言語を理解しなければ、こうも伝わらないんですよ。
私の知能の高さ、ありがたく思うことです》
「へぇー…こいつぁびっくりだ」
《私はプリス。呼び捨てで構いません、以後お見知りおきを》
プリスを見上げ、ネイヴァ姉妹も深く感心した。
何気ない会話を聞きながら、アニィはやっと落ち着き、立ち上がってセンティの前に歩み出た。
「あの、先生。…このブレス、有難うございます」
礼を言うとともに、アニィは左腕に嵌めたブレスレットを見せた。
敵の攻撃を跳ね返す、光の盾を発生させたブレスだ。
怪物を蹴散らすのに大いに役立った。アニィはそのことを感謝しようとしたのだが、センティはそれを制する。
「いえ…むしろ、僕は君に謝らなければなりません。
君が幼いころから、君の魔力と魔術には気づいていたのに…」
「先生…」
「今の君がいる状況を作ったのは、僕です……すみませんでした、アニィ君」
座り込み、頭を下げるセンティ。だが、アニィはその謝罪を断った。
「…子供の頃に先生が教えてくれたこと、憶えてます。
『いつかドラゴンに乗って、魔術が使える日が来るはずだ』って」
「そんな、昔のことを…」
アニィはうなずき、だから謝らなくていい、と言外に伝えた。センティの両目から涙がこぼれた。
彼もまた、アニィの事で苦しんできた一人であった。子供達がセンティを慰め、座り込んだ彼の頭を撫でる。
子供達に笑いかけた彼の表情は、いつしか晴れ晴れとしていた。まさにこの瞬間、彼は救われたのであった。
そしてパルとチャムも立ち上がり、アニィの隣に歩み寄る。
「よし。じゃ怪物もやっつけたし、そろそろ行こうか」
「荷物はウチでまとめてるから、とりにいこ!」
二人はアニィの手を取り、自分たちの家…の跡に連れて行こうとした。が、プリスがそれを止めた。
3人とフータ、そしてパッフは振り向いてプリスを見上げる。ちなみにパッフはプリスより一回りほど小さいため、必然的に見上げる姿勢になる。
プリスは先ほどと異なる真剣な顔で、3人と1匹と1頭を見ていた。
何事かとアニィが首をかしげると、重々しい口調でプリスが答えた。
《残念ですが、そっちのちびっ子と毛玉は連れて行けません》
突然の発言に面食らうアニィ達。発言の意味を理解すると、チャムが自分とフータの事と知って、抗議した。
「なんで、どーして? アタイが子供で弱いから!?」
《そうです。これから先、闘うには力が不足しているからです。私達にそれを護れるほどの余裕も無いでしょうからね》
いたって真剣に返され、チャムは愕然としてアニィとパルを見た。その一方、フータはどこか納得したような顔をしている。
それを見て取ったアニィが、チャムの代わりに尋ねた。
「どういうこと、プリス? 闘うって、いったい誰と…?」
《先ほどの怪物どもの親玉です》
「親玉? アニィがやっつけたんじゃ…」
パルに問い返され、プリスは首を振る。そして告げられたのは、聞いたことの無い名前であった。
《『邪星皇』が活動を開始しました。さっきの怪物はそいつの手下です》
3人と1頭は、初めて聞く名前に顔を見合わせた。
センティの方を見るが、彼も知らないと首を振る。ドラゴンのみが知る名前ということだろうか。
アニィが疑問に思っていると、周囲に他のドラゴンが集まっていた。
彼らは一様にアニィとプリスを見ている。
《そして私はそっちのダンディが言いました通り、『葬星の竜』。邪星皇を葬る宿命を持ったドラゴンです。
邪星皇やドラゴンのことについては道中で話しますが、この星を丸ごと食らうような化物だと聞いています》
「じゃあ、プリスはこれから邪星皇というのを倒しに?」
アニィが尋ねると、プリスはうなずいた。だが、ドラゴンの一頭だけで倒せる存在なのか…疑念を抱いたアニィに、プリスは尋ねる。
《ええ。アニィ、どうします? 私と一緒に来ますか?
もし来ないのであれば、私は新たに『ドラゴンラヴァー』を探しますが》
討伐の旅。当然、危険なものとなるだろう。アニィはパルとパッフを、そしてチャムとフータを交互に見た。
危険な旅である以上に、アニィが気にしていることがあった―――自分などが名乗りを挙げていいのか?
この村にいる間、アニィの行動は大半の大人に否定されていた。アニィ自身も鬱屈した気持ちで10ネブリス(10年)近く過ごしていた。
ドラゴンに乗れない、魔術が使えない、それが理由であった。親友姉妹や教師くらいしか、彼女の行動を認めた者はいない。
それゆえ、どうしても彼女は自分の行動を肯定できないでいる。
自信を持てないどころではない。無駄だ、間違っている…と、何かしようとするたびに己の考えを否定していた。
だが、今はプリスの背に乗れる。魔術も使える。それも恐らく、この世界で初めて行使された種類の魔術だ。
そして邪星皇を討つ宿命を持ったプリスの相棒、『ドラゴンラヴァー』でもある…
何より、村から出たかった。自身を苦しめるこの村から、アニィは脱出することを望んでいた。
美しく輝くプリスの背に乗り、どこまでも飛んでいきたかった。
恐ろしく危険な旅になるだろうことは、容易に予測できる…だが、プリスと出会った時の胸の高鳴りが、この時初めて自身の意志を肯定させた。
「行く。プリス、一緒に行こう」
《有難うございます。では行きましょうか》
「ちょい待ち! あたしたちも行くよ、アニィが行くってんなら!」
「クルっ!」
すぐにでもアニィを背に乗せようとしたプリスに対し、そこで名乗りを挙げたのはパルとパッフであった。
どうでも良さそうにパル達を見たプリスだが、両者の顔を交互に見比べると、何かに気付いてナルホドとうなずいた。
《いや、構いませんよ。むしろ助かります。あなた達なら充分闘えるでしょう》
「ありがとう、パル、パッフ…」
アニィは感激し、パルとパッフの手を握った。友のために危険を承知で名乗り出たふたりは、アニィの心強い味方となるだろう。
一方で連れていけぬと言われたチャムは不満そうだが、それをパルがなだめる。
「…ねーちゃん。アタイ…」
「ごめんね、チャム。ちゃんと帰って来るから、引っ越しはそれからにしよう。
それまでフータと、先生たちと一緒に待ってて。姉ちゃんからのお願い」
姉に抱きしめられ、お願いとまで言われては断れないようだ。チャムは不満顔はそのままにうなずき、了承の意を示した。
センティも苦笑しつつ、彼女を他の子供達と共に引き受けることを了承した。
「………… じゃ、ちゃんと帰ってきてね。約束。ぜったいの約束」
「フニ~」
「わかった。じゃあアニィ、プリス、行こうか。荷物持ってく―――」
だがパルが荷物を取りに行こうとしたその時。醜い声が突然聞こえた。
「おい、待てやァ!」




