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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

兄さんと呼べ!!

作者: 窖

 義弟が出来て一ヶ月が経った。


世話好きな母からの再婚の知らせは、既に実家を離れ一人暮らしをしていた自分にとって寝耳に水、青天の霹靂だった。が、前述した通り自分は既に実家を離れている。女手一つで育ててくれたたった一人の家族の新たな門出を祝いこそするが、自分にはあまり関係のない話だと思っていた。

しかし最たる衝撃だったのは再婚の知らせの後に付け加えられた言葉の方だった。


「ねえ恭介(きょうすけ)。お母さん再婚することにしたの!それでね、昔は出来なかった新婚旅行に行こうと思うのよ。でもヒロ君はあ、ヒロ君は恭介の新しい弟の事ね。ヒロ君は高校生だから学校があるの。それに未年一人で生活させる訳にはいかないじゃない?で、恭介の家は駅から近いし結構いいマンションだから部屋は余ってるでょ?

それに男同士だし新しく家族になるんだもの。一緒に暮らせばすぐに仲良くなれると思うのよ!それにね。お母さん、未だに貴方の生活が心配だから見張っててくれる人がいたらいいなと思ってたのよね~。恋人を紹介する気配も全然ないし……で、年下の可愛い弟の面倒を見るうちに生活力も培ってくれたらもっとモテると思うのよね!恭介は私に似て顔立ちは整ってるんだし塾講師で収入もまあまあ良いじゃない?家庭的な一面を見せたら普段のクールな印象とのギャップで絶対モテるわよ!お母さんが保証するわ!

そうそう。ヒロ君はあんまり勉強が得意じゃないらしいからついでに勉強も見てあげてくれると嬉しいわ。お母さん達は来週から半年間のステキなハネム~ンの予定だからヒロ君の事よろしくね!恭介の部屋の鍵は私の方からヒロ君に渡しておいたから、恭介の部屋に誰かいたらそれがヒロ君よ。」

 ……と、こちらが口をはさむ暇もなく身振り手振りを交えながら矢継ぎ早に語り、母はテーブルの端に置いてある伝票を持って颯爽とファミレスから出て行った。僕は唯々呆気にとられるばかりで、雑踏に消えていく母の背中を見つめる事しかできなかった。



 そんなこんなで顔も見た事なかった義弟との暮らしを始めることになったのだが、ヒロ君こと大斗(ひろと)との初対面も中々に衝撃的だった。

何せ母が『ヒロ君』と呼ぶのだから、小柄だったり大人しそうな爽やかな好青年(少年)をイメージしていたのに、僕の部屋にいたのは見るからに不良という風体の長身強面な男だったのだから……。

 色を抜いたのか染めたのかわからないが、薄く光を反射する髪はセットなのかくせっ毛なのか判別できないがうねり、それを無理矢理撫でつけたようなオールバック。所々額に落ちてきている髪と同色の短い眉毛は吊り上り、眉間に深い皺を刻んでいた。同年代では高い方に部類される身長の僕を射抜かんばかりの鋭い眼光で見下ろすように睨み、喧嘩慣れしているとでも言う様に頬には絆創膏が貼られている。分厚い胸板でボタンが閉められないのか、やや肌蹴たカッターシャツは下の派手な色が覗いて見える。肘まで捲り上げられた袖から伸びる腕も太く……インドア派でガリ勉と囁かれていた僕ではきっと瞬殺されてしまうのだろうなと、冷や汗を流していたことは一カ月程度では記憶の海に埋もれてはくれないらしい。

 そんな某不良映画の一員ですと言われても違和感なく納得してしまう見た目に内心怯えている僕を見下ろしながらの義弟、大斗は第一声は、


「なんなんだこの汚部屋は!!」

だった。


 お世辞にも生活力が高いとは言い難い僕の食事は大半がインスタント。掃除はしない訳じゃないが、基本的には円盤型の自動掃除機に頼りきりだ。でも洗濯物や新聞、コンビニの袋等々がそこかしこに散乱しているせいで限られた範囲しか掃除してくれていない。それでも虫が湧かないようにゴミ出しはちゃんとしている。

……いつも管理人さんに分別がなってないと怒られはするのだけれど。


 足の踏み場がない、とまではいかないし、男の一人暮らしという枠内から出ない程度には片付けているつもりだった。

しかし初対面の義弟からの評価は汚部屋。文句を言おうと口を開けばあの鋭い睨みを食らってしまい、委縮してすごすごと閉口するしかない。

「こんな汚部屋に住んでるのが義理とはいえ兄だなんて認めねぇ。っていうかこんな汚部屋に住むなんてムリ!」

 呆れて帰ろうとする不良、もとい義弟の太い腕を掴んで引き留める。いや、本当は引き留めたくなんかない。実家の方へ帰ってくれるのは大賛成。こんな怖い不良と顔を合わせなくていいし心の平穏が保たれるし万々歳だ。

だがしかし、彼が帰ろうとしている実家には僕の母親も、彼の父親もいない。高校生の、未成年の彼一人が家に残されることになる。

 それは社会人として、教鞭を振るう者として、見過ごせない。


「汚部屋で悪いが、君にはここで過ごしてもらう。……少なくとも、僕達の親が新婚旅行から帰ってくるまでは。」

睨んでくるその眼光に屈し、足が竦み震えているのが掴んでいる腕を通して伝わってしまうのではないかと気が気ではないが、負けじと彼の目を睨み上げる。

言外に『親に心配をかけるな』と言えば伝わったのか、眉間のしわをより濃くして盛大に顔を顰め掴んでいるのとは逆の手で顔を覆い大きなため息を吐いた。

ため息をつきたいのは僕の方だ。こんな顔合わせで、見るからに正反対でそりが合わなくても仕方ないどころか「それはそうでしょうね」と言われてしまいそうな対照的な義兄弟とすら思われなさそうな僕達。互いの第一印象は決して良いとは言えなかっただろうが、僕達は共に暮らさなくてはならないのだ。

……しばらくの間沈黙を守っていた義弟は、突如僕のズボンから財布を抜き取り姿を消した。と、思ったら一時間ほど経ってゴミ袋や洗剤、掃除道具に野菜や調味料などの食材を両手いっぱいに抱えて帰ってきた。

財布を抜き取られてからずっと呆然と玄関に立ち尽くしていた僕をやや邪魔そうに通り過ぎて、大量の荷物を軽々と部屋の中へ運び入れ振り返る。

「今から晩飯作ってやるから、その間に捨てられたら困るもんをまとめとけ!いいか、必要なもんだけ残しとけよ?分かったらさっさと動け!」

 その怒号に弾かれるようにして自室に駆け込む。なぜ急にこんなことを?なんて疑問を浮かべれば、ちゃんとやってるかなんて圧がかかるので、仕事関係の教材やメモ捨てられたら困るものを部屋の隅に避難させる。

 急な大掃除に戸惑いこそしたが、晩御飯の焼き飯と野菜炒めを食べながら、『汚部屋なんて住めない』と『義兄と住まなければいけない』を彼なりに妥協した結果『汚部屋でなければ住める』となったらしいことに思い当たった。

 すっかり汚部屋でなくなった部屋でベッドに倒れこむ。

防音性の高いマンションに住んでてよかった……。





そうして新たに出来た義弟と同居を始めて一ヶ月経った。

二十九にもなって弟が出来るというのも不思議で不安だったが、自分とはまるで正反対で一回りも下な義弟との同居は、思いの外快適で健康的だった。そして光陰矢の如し。振り返れば一ヶ月もの時間が恙無く過ぎていた。


大斗は長身強面で見た目通りの不良ではあるようだが、根は真面目なのか学校にはちゃんと行っているようだし、僕と違い生活力、というか主夫力が高く、たまに早めに帰れた日には商店街で奥様方や店員さんと野菜や魚などの調理法(であろう話題)について語っていたのを見かけた。   

外見や乱暴な言動から怖がられはしないのだろうかと不思議ではあったが、大斗は遠巻きに見る主婦の方々を気にするそぶりもなく、談笑している店主らしき中年男性や買い物客であろう初老の婦人達に、鋭い歯を見せながら楽しげに談笑していたのが印象的だった。


口や態度が悪いが家事全般を代わりに担ってくれる大斗に不満はそれほどない。まるで母のように飯を食え、ちゃんと分別しろ、靴下はまとめて洗濯機にいれろ等々小言を言われるし、でかくてごつくて厳ついので起き抜けに遭遇すると未だに反射的に後ずさってしまうが、それでも比較的平和に平穏にすごせていると言えるだろう。

この調子であれば、母達が帰ってくる半年という期限はそんなに長く感じないのかもしれない。などと楽観視してしまう程に問題はなく不満も少ない。

…………そう、不満は()()()()()()のだ。僕も三十路手前の大人だし、多少の事には目を瞑るつもりだ。

ただ一つ、気になっているが何度言っても直してくれないものがある。


「キョースケ。皿出して。」


この呼び方だ。

一回りも下の不良な見た目の義弟に呼び捨てにされるのはなんというか……違和感が、すごい。

『ガリ勉と呼ばれてきた』と言えば察してもらえるだろうが、元々不良だギャルだのの、こう……オラついてる?人達とは関わり合う事がなかったこともあり苦手意識が拭えてない。

だというのにこちらの義弟さんは僕の名前を聞くと

『きょうすけ、キョースケな!俺のことはヒロでいいぜ』と、凶悪な笑顔を向けてきたのだ。

……見た目はともかく悪い子ではない。……はず、なんだが……いまいち礼儀がなっていない気が……いや、もしかしたら彼なりに親に心配をかけないよう義兄弟の距離を縮めようと頑張ってくれているのか?

舐められているような馴れ馴れしく感じるのも苦手意識のせいで、彼なりにフランクに接しようとしているのかもしれない。

だが例えそうだったとしても、だ。

「……ヒロ君。兄さんとか兄貴って呼び難いのは解るが、せめてさん付けにしてくれと、何度も言っているだろう。」

塾講師として教鞭を振るっているのもあって、生徒と同年代の彼から呼び捨てにされるのは慣れない。し、教師と認められてないようで、やや不快だ。

「…………ぜってー兄扱いなんてしねぇ。」

これもいつも通りの返答。強面な顔がさらに凶暴さを増している。

どうも最初の汚部屋の原因であるせいか、僕の事は頑なに兄として扱ってくれない。確かに現在進行形で世話を焼かれる側ではあるのだけれど……だったらせめてさん付けを、と思うのだが、

「俺等の仲なんだから敬語もいらねぇよなあ?」

この調子である。

確かに義理であったとしても兄弟なので敬語で話す必要はないというのはわかる。解りはするが、それでも兄弟であれば兄さんとか僕なら恭兄とかと呼ぶものじゃないのか……?如何せん今までが一人っ子だったせいで兄弟の感覚がわからない。……もっとも、僕が頭を捻ったところで、ヒロ君は頑なに兄と呼ぶ気はないらしい。だからといって僕の旧姓にあたる福乃井(ふくのい)と呼んだり、おいとかお前とかと呼ばない辺りが、彼の性根は腐ってはいないと思う由縁なのだけれども。

 まあしかし、このまま放置しては将来社会に出た時に目上の方々に失礼を働くであろうし、出来るなら軌道修正してあげたい。塾講師ではあっても、自分は教師なのだから。

 ……ああ、そうか!兄さんでも名前にさん付けでもなく、尚且つ年上の相手を呼ぶ際に失礼にならない呼び方があるじゃないか!


考え込んだ僕をそのままに、背を向けて鍋の中身をぐるぐると混ぜるヒロ君のエプロンを、作業の邪魔にならないよう軽く引っ張る。

「確かに兄弟にはなったけれど、僕達はまだそこまで親密になってはいないだろう?だから……というわけではないが、僕としてはもう少し時間をかけて仲良くなっていきたいんだ。……その、ヒロ君が距離を縮めようと頑張ってくれるのは正直助かっているし嬉しいとも思う。でも君も察しているとは思うけど、僕は……えっと、ヒロ君のような……タイプとは、あまり関わったことがなくて…………いや違うな……そうじゃない。えっとつまり、僕が言いたいのは……うーんと、そう!兄さんが無理でさん付けも嫌なら、先生と呼んでくれないかい?」

途中話が逸れかけてしどろもどろになりながらではあったが、言いたかった提案を言えて一息つく。

『先生』ならば彼も言い慣れているだろうし僕も呼ばれ馴れている。

「センセー……ねえ?」

シチューを温めていた火を消して、ヒロ君がこちらにふり返る。

そのまま頭一つ分高い位置から視線が降ってくる。

……無言のままじっと見られるのはあまり居心地の良いものではないな。

「僕が塾講師をしているのは知っているだろう?一応、教鞭を振るう者ではあるし、先生でも間違いではないんだけど……。」

 そりゃあ確かに学校の先生のように胸を張って教師を名乗れないかもしれないけれど……教師たろうと邁進しているつもりなので先生と呼ばれる資格はある、と思いたい。

 沈黙に耐えかねてそんな弁明を付け足せば鼻で軽く笑われる。

「センセーってことは俺にも色々教えてくれんの?」

 胸の前で腕を組み挑発するように顎を上げでこちらを見下ろしてくる。

相変わらず眉間のしわがすごい。そして怖い。

「あ、ああ。僕で教えられる範囲なら、何でも聞いてくれ!」

……それにしても意外だ。こう言っては失礼だが、彼は見た目通りの不良で授業もサボっているか真面目に聞いていなくて……お世辞にも頭が良くなくて学ぶ意思などないものだと思っていたから……。こうして学ぼうとする姿勢を見せてくるのは嬉しい誤算だった。そういえば母さんからも勉強を見てあげるように頼まれていたと、いまさらながらに思い出した。

「じゃあさ、」

組んでいた腕を腰に当てて、見上げたままの僕に目線を合わせるようにゆっくりと上半身を倒すヒロ君。

鼻先が触れそうなほど近づいて、いつも以上に凶暴で獰猛な瞳が細まる。

「キョースケの攻略方教えてよ。」


蛇に睨まれた蛙。

恐怖で身が竦んで動けない様子。


まさに今の僕の状況だ。

ただし、僕の場合は恐怖以外にも混乱が大半を占めている。ヒロ君は今なんて言った?僕の攻略方?確かに僕は何でも聞いてくれてとは言ったけれど……まさかこんなことを聞かれるとは……。攻略法、倒し方を聞いてくるなんて……。せっかく仲良くなれていると思っていたのに……。

自分でも血の気が引いていくのがわかる。きっと顔も青ざめているのだろう。楽しげに細められていた肉食獣の瞳が、訝しげに開く。

「……何でも聞いてくれといったのは、僕の方だからね。」

後ずさりそうになるのを、踏ん張ることで耐える。せっかく学ぶ意思を見せてくれたのだから、どれほど恐ろしくともきちんと答えてあげなければ。


僕は、先生なのだから。


「僕の、攻略法、だね。」


 震えが止まらない。怖い。口に出せば実行されるかもしれない。

……それでも、応えなければ。


「僕は、見ての通り、貧弱な方だから……大概の人体の急所は通じるよ。」

両腕を広げて反撃の意思はなく受け入れる体勢であることを示す。

「君はけ、喧嘩慣れしてそうだから、人体の急所は……大体わかってる、と思うけど…………で、でも痛いのは得意じゃないから、できれば、その……倒す、にしても一撃で終わらせてほしいなー……なんて。」

 少しだけ離れたけれど、未だすぐそばにある獰猛な瞳を見れずに視線を逸らす。

 まさかここまで嫌われていたなんて……。

いつも家事を任せてしまっていたのが気に食わなかったのか、それとも好き嫌いでちゃんと食べなかったせいか、いややはり最初の汚部屋のせいか、それとも僕が教職なせいか……嫌われる理由は倒される動機は思い当たるものがいくつもあって、いや本当に嫌われる理由しかないな?


「―――――っ、はーーーーーー。」


盛大なため息が聞こえて俯き逸らしていた視線を戻せば、義弟は上体を起こしていた。

「や、まじか……。何でそうなんだよ……。」

天井を見上げていた凶暴な顔がこちらを向く。

反射的に肩が跳ねて身を引いてしまう。そんな僕の反応に一瞬だけ動きを止めて、眼光が鋭さを増し再び距離が縮まる。

「あのな、キョースケ。」


唇に、何かが触れた。


「攻略したいって、こーいう意味な。」

少し赤みを帯びた頬を持ち上げて凶悪な歯を見せつけながら眉尻を下げて笑って見せる彼に、僕の思考は止まった。


僕は、何をされたんだ?

僕は、キスをされたのか?

何故、キスをされたんだ?

何故、突然キスをしてきたんだ?

一体、どこにキスをする要素があったんだ?

彼が、キスしてきたんだよな?

僕達、出会って一ヶ月しかたってないよな?

僕達、一応家族なんだよな?

僕達、義理だけど兄弟だよな?

彼は、僕よりも一回りも下の年齢だよな?

彼は、学生で未成年だよな?

僕は、アラサーでどちらかといえばおっさんの部類だよな?

彼は、男だよな?

僕は、男だよな?

僕達、男同士だよな?

何故、男同士なのにキスをしたんだ?

僕は、これが初めてのキスだよな?

彼は、僕の初めてのキスの相手という事だよな?

僕は、初めてのキスを奪われたのか?

僕は、初めてのキスを男に奪われたのか?

僕は、初めてのキスを一回り下の男に奪われたのか?

僕は、初めてのキスを一回り下の義弟に奪われたのか?

彼は、どういうつもりでキスをしたんだ?

彼は、僕のことが嫌いなんじゃないのか?

彼は、嫌がらせでキスをしてきたのか?

彼は、もしかして僕のことが好きなのか?


これ、本当にキスなのか?


「恭介。」

名前を呼ばれてハッとする。

「……なんか感想とかねーの?」

何に対しての、というのは聞かなくても解る。それは、わかる。

けれど感想といわれても……まず何が起こったのかをまだ処理できていない。いや何が起こったかはわかる。分かるけれど、感情が追い付いていない。

「……わから、ない。」

 キスをされた、というのは解った。でも何故キスをされたのかという事で頭がいっぱいで、わからない……。

「ふーん?……じゃあわからせてやるよ。」

にやりと歪んだ唇が、鋭い牙の並んだ口が、その逞しい体躯に見合う大きさにぱかりと開く。

 あ。喰われるな、これ。

捕食者を眼前にした被食者は恐怖に震え硬直するのではない。

ただ喰われるという事実を受け入れることしか出来ないのか。


 太い腕が、角ばった指が、僕の頬に、腰に、体中にまとわりついて自由を奪う。先ほどよりも長く、角度を変え、唇を押し付けながら、啄み、舐めとり、呼吸までも奪っていく。

息苦しさに小さく開けた隙間にぬるりとしたものが滑り込んで、こじ開けて口内を這いずり回る。体の内側から蹂躙され貪られ支配されていく感覚は未体験で、理解が追い付かないままに体が反射的に反応する。

まるで口内中がスイッチであるみたいに、我が物顔で這いずり回るそれに合わせて体が跳ね、力を奪っていく。

 魂とか生気とか、そういう見えないけど体内にある大切なものを吸い出されたみたいに立っている事さえ難しくなってしまい、僕の自由を奪う腕に支えられる形になっていく。只々息苦しさだけははっきり理解できて、力の入らない腕で必死に抵抗をしてどうにか呼吸をしようともがく。

そのことに気付いたのか、彼は僕からナニカを吸い出すのをやめて、口を離した。僕を支えていた腕からも力が抜け自由になったはずの僕の体はずるずると床に溶けて行った。

あまり酸素を吸えなかったせいで、心臓の脈動が妙に早い。そのせいで顔が体が火照る。

なんだ、これは。

捕食者は牙をちらつかせながら舌なめずりをして、ごちそーさんと笑った。……あれが、先程まで僕の口内を蹂躙していたモノ。

「気持ちよかったみてぇだな。」

呆然と座り込む僕に目線を合わせてしゃがみ、喉を鳴らすように笑う捕食者に向かって首をかしげる。

「わ、からない……。なに、今の。」

理解の範疇を超えた行為に混乱していた。

だからそれを行った捕食者に対してその疑問をぶつけてしまったことに一拍おいてから気づいた。

「ん~?キスぐらいしたことあんだろ。」

小さな子の疑問に答えるかのようにわざとらしく、それでいてどこか優しさを感じる声と視線がゆっくりと僕の中に入ってくる。

固い指が、僕の唇をなぞった。


その瞬間にすべてを理解する。

今まで義弟にされるがままに受け入れてしまっていたその行為。

……経験はなくとも()()()()()()()はある。あれは、今のは、

「でぃーぷき、きす……。」

 普通のキスでさえまだしたことがなかったのに、いやさっきされたといえばされたのだけれど、でもそれは今は置いておいて、そもそも恋人がいたこともないのに、いきなりきすのその次の段階を、しかも相手が男で、義弟で、一回りも、下なのに、出会ってまだ一か月しか経ってないのに、でも力が……腰が抜けるくらい、あれが、気持ちいいって感覚で、体が火照って、立っている事さえままならなくなって、僕は、僕は!

 目を合わせてなどいられなくて俯けば、義弟の言った『気持ちよかった』の意味が思い切り主張していて、それを見ないようにギュッと目を瞑って手で抑え込む。

体の反応で混乱が快楽を含んでいると理解してしまい羞恥に蝕まれる。

「やっぱかぁいいな。」

 かぁいい……かわいい……!?何が???

僕が顔を上げるのと同時に顎を掬い上げられる。そして目前に迫っていた凶悪な顔面を押し返す。

「なっ、何しようとしてるんだ!?」

咄嗟に手を出したが、幸いにも口を塞ぐことに成功していて唇が再び合わさることはなかった。


「……………。」

僕が手で塞いでいるせいで話すことができない……のだが、押し返したにもかかわらず未だに軽く力を入れて顔を近づけようとしているので、口を塞ぎつつ距離をとっているこの手を離せないでいる。

見るからにムキムキの義弟に押されながらも距離を保てているのは彼が本気でなく手加減をしているからで、やはりからかっているのだろうか?

不服そうな視線で睨んでくる義弟に、ムッとしながら睨み返せば手の平をくすぐられる感覚。

反射的に手をひっこめれば、手の平には濡れた後。義弟の方に視線を戻せば、指で唇を拭いながらにやりと笑われる。……文字通り、()()()()()()()

「何でこんなことをするんだ!僕が君に、一体、何をしたというんだ!」

 カッとなって立ち上がり、義弟を見下ろしたまま叱りつける。

「何でって、好きだからに決まってんだろ。」


 は?


「何をしたって、恭介は俺に何もしてねぇよ?俺に何もしてねぇから、こうやってちょっかいかけて、俺のこと意識させようとしてんじゃん。」

 ヤンキー座りと呼ばれる体勢のまま、楽しそうに僕を見上げて回答を述べていく。

「初めて会った時からキレイで好みな顔だとは思ってたけど、震えるほど怯えちゃってんのに、俺に立ち向かおうとする健気さが、ほんっとかわいくてなぁ~……。ま、早い話が一目ボレってやつだな。俺、元々男の方が好きだし。あと俺がいてやんなきゃって思わせる生活力のなさも好きだぜ?」

 見上げる体勢なはずなのに、見下ろされているような感覚に陥る。

 なんだこれは。僕は今、告白をされているのか……?

初めての経験と相手に頭が真っ白になりそうになるが、にやりと吊り上る唇の隙間に見える牙に先程までのことを思い出し、放棄しそうになる思考をどうにか引き止める。

「時間かけてもよかったけど……キョースケは鈍いからなあ……。」

 義弟は僕の手を取り、指を絡ませる。

「こういうことがしたくて、俺がそういう目で見てるってこと……もぉっと自覚してくれよ?」。

指を絡ませたままの手を引かれ、そのまま指に唇を押し当てられた。そのまま腕を引かれてその男にしては豊満な胸に飛び込みそうになるが、肩に手を置いて距離を縮めまいと悪足掻きをする。

「僕達、は、兄弟だろ!」

「義理の、だろ?血縁じゃねぇんだから関係あるかよ。」

「それに君は、」

「大斗。」


言葉をさえぎられて、勢いが弱まる。


「……ヒロ君、は、まだ学生で未成年だ。」

「んなのばれなきゃへーきへーき。」

「駄目だ!」

 僕の声に驚いたのか、抑えていた肩が少し跳ねた。

「僕は教師で、君達未成年を守る義務があるんだ。軽い気持ちの不純異性交遊が犯罪につながることだってあるんだ!」

「……不純じゃねぇし、異性でもないけど?」

ああ言えばこう言う……!

「~~~とにかく!ヒロ君は未成年で僕は教師!!そして兄弟なんだから、ちゃんと兄さんの言うことを聞きなさい!」


 自分でもやや理不尽だと思う説教を言い終えて恐る恐る瞼を開けば、めちゃめちゃ不機嫌ですと顔に書いてあるヒロ君がいて、怖い。

 背中に冷や汗が流れてそうだなと思いながら身を引こうとすれば、繋がれたままだった手を支え代わりにされて立ち上がった。その一連の動きを目で追って、ヒロ君の背後にある鍋に気付く。

そういえばシチューが出来たと言っていたっけ。

「いーこにしてたら、もちろんご褒美もらえるんだろ?」

再び顔を近づけてこようとしたので、今度は自分の腕で自分の口元を隠す。

「い、いかがわしいご褒美なんてありません!」

そう返せば眉間のしわが増える。

「そんじゃあいい子ちゃんする必要ねぇな。」

左手は繋がれたまま、右腕も掴まれていよいよピンチになってしまったので、僕は脳天をヒロ君の胸板に押し付けて回避を試みた。

「……おい、顔上げろ。」

「シチュー食べるんだろ!ヒロ君こそ手を放しなさい!」

「あ?シチューは一晩寝かせてもうめぇからいーんだよ。分かったらキスくらいさせろよ恭介。」


不毛な攻防戦は続く。

これまでの一ヶ月は恙なく過ごせていたというのに、まさかまさか。こんなことになるなんて……。


僕達、いや僕は……あと残りの五ヶ月を無事に過ごせるのだろうか?


「ああもう!ヒロ!!だから僕のことは―――」








おわり……?

あとがき

弟×兄(兄が社会人)。受けが美人イケメンだとなお良し。

というリクエスト?で書き始めた短編小説です。

友人とお互いの好みのBL小説を書こう!という話だったのですけれども……とても好き勝手に書いてしまって申し訳ない。友人の好みに描けているかはわかりませんが、とても楽しく書かせていただきました!

社会人の兄と学生の弟、というのだけでも接点がなかなか持てずに難しいと思ったんですけどさらに義兄弟となると、もう二人暮らししてもらうしかなくて……かなり強引に同居生活始めてもらいました。

話の都合上、二人とも片親かつ子供たちを置いて新婚旅行に行くというやや非常識な両親になってしまいましたが、おそらく再婚したてでテンションが高かったのでしょう。


恭介と大斗ですが、カプ名表記した時に「きょうだい」と読めるようにしたかった名残の名前です。表紙を先に描いたら、こいつは絶対『ヒロ』だ!となってしまってそれ以外の名前が思い浮かばなくなる呪いにかかってしまったのです……。


個人的には塾に恭介狙いの猫かぶりな真面目君がいて二人の仲をひっかきまわして最終的には三人でくんずほぐれずほしいなと思ってます♡

なのでやる気があればそんなスピンオフをいつかかきたいです。


こちら【https://sonar-s.com/novels/25ed544d-9a8c-4701-8c63-b0a72255f3df】でも公開してますので感想やいいね等いただけると励みになります。


最後に簡単に人物紹介して終わります。ありがとうございました!


福乃井ふくのい 恭介きょうすけ二十九歳

 塾講師。学生時代はガリ勉と呼ばれてぼっちしてた。アニメや漫画に理解はあるけど浅く広く有名どころは知っているという感じでいうほどヲタクではない……はず。パズルゲーにハマりがち。色んなパズルアプリを入れてる。課金は有償石ガチャで確定の時にしかしない。微課金勢。生活力はない。

母親が世話焼きなので甘えてたら生活力死んでた。一応ご飯は炊けるしレトルトインスタント作れるからと生活力死んでる自覚はない。仲は良好。

塾では中高生を教えている。文系で担当は現代文が主だが国語全般。

生徒達からの評価は悪くはない。質問すればわかりやすく教えてくれるが、授業内容はくそ真面目で面白味はない。授業態度が良ければ多少のミスや忘れ物などは見逃すタイプ。見た目はいい方だが地味なメガネや服装のせいであまり気づかれない。童貞である。推しやエロ本は巨乳系が多い。

 義弟からの好意がマジで意味不明で怖い。何で僕なんかに発情すんの!?


櫻山さくらやま 大斗ひろと十七歳

 不良な高校生。少々頭が悪いのと見た目が派手なだけで割と真面目。授業はちゃんと出る方だけど怖がられるのであまり教室に居着かないし近寄らない。派手な見た目にしているのは舐められないため。と面倒事回避のため。

父親がややちゃらんぽらんなので俺がしっかりせねば!とがんばっている。家族仲は良好な方。でももうちょっとしっかりしてほしいと思ってる。

物心ついた時から恋愛対象が男だったが周りにはバイで通ってる。いろいろでかいし強いのでモテる。男女共に経験はある。恋愛と友情は分けるタイプなので不良仲間には手を出さないし関係持ったら仲間から外してきた。

割と面食いで世話好きなので駄メンズが好き。義兄が好みドンピシャでどうしようかと思った。好きすぎて劣情しか抱けねぇ。ぶち犯したいけど我慢。


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