プロローグ〜少女は追放される〜
開拓期240年、春の季節。
新大陸北部の開拓に向けて冒険を繰り広げる冒険者一党【竜の顎】は、とあるクエストを前に決断を迫られていた。
▽ ▽ ▽
夕暮れが夜に染まる頃。
長い白髪に頭頂部にアホ毛を生やした少女──ユキナは赤い瞳で目前に広がる篝火をぼんやりと見つめては、空を見上げる。
夜の星空に浮かぶ月。そして昼夜問わず浮かぶ砕けた天体が映り込む。
夜空を見つめる彼女の背後から三人の足音が響く。
話し合いが有ると言ってテントに向かった仲間の三人が戻って来た。
ユキナが立ち上がり振り向くと。
三人の内一人、冒険者一党【竜の顎】リーダーでユキナの実兄──アスベル・テュラリアが白髪とアホ毛を鬱陶しいげに掻き分け、赤い瞳でユキナを睨む。
いつもと様子が違う兄と仲間達の視線にユキナは小首を傾げた。
何も分からない。
そんな様子を見せるユキナにアスベルは忌々しげな視線を向け、ゆっくりと口を開く。
「お前はクビだ」
唐突の解雇通達にユキナは困惑と胸の痛みを隠せず、
「どう、して?」
自分でも動揺を隠せなかったのか、震えた声に驚きつつもアスベルたちから眼を逸らさない。
彼らの瞳はどれも冷淡で、ユキナは動揺と心の痛みからスカートの裾を握り締めた。
「いい加減うんざりなんだよ。魔法が、いや魔力そのものを操作できない欠陥品を抱えるのは!」
欠陥品。
魔力操作欠落症を患う者に与えられる蔑称だ。
ユキナは生まれ付き魔力操作ができなかった。しかし魔力が操作できない事実事態に彼女自身興味がなかった。
魔力が使えずとも魔物は剣でも殺せる。
だから今まで兄達と冒険者としてやって来れたとユキナは自負していた。
何事にも関心が薄い自分に良くしてくれたリィテアとリド、そして兄。兄に誘われ冒険者となって四年に渡る記憶が駆け巡る。
色濃く鮮明に呼び起こされる大切な記憶。大好きな仲間達と離れたく無い。
同時に無関心で前に出て剣を振るうしか脳が無く、ここ最近足を引っ張りている自身の行動が浮かぶ。
欠陥品と呼ばれても否定できない紛れもない事実、自分は遂に兄達から愛想を尽かされたのだ。
兄が不要と言うなら自分はもう不要な存在だ。だからユキナは、
「……分かった。……さよなら」
彼女の決断と行動は迅速だった。
僧侶のリィテアが何か言い出すよりも、魔剣士のリドが口を開くよりもユキナは行動に移す。
三人が何か告げる前に、ユキナはテントの自分の荷物を手早く纏め、夜の闇に向けて歩き出していた。
「……待て」
アスベルの声にユキナは足を止める。
「なに?」
向けられる赤い瞳。されども涼やかな眼差しにアスベルは若干狼狽えるも金袋を投げ渡した。
「一党を追放する。その上でお前が野垂れ死んだら僕達の名声に関わるからな。
ソイツは今回請けたクエストの前金、お前の取り分だ。……それとリィテア」
「はい。……今からお前を南に在る港町アスガルに飛ばす。そこで冒険者として一からやり直すも……」
リィテアは間を開け、何か言いかけた言葉を飲み込んだ。
「……いえ、別れるお前にとっては不要な助言でしたね」
懐から魔力の詰まった結晶を取り出し、リィテアは転移魔法を唱え始めた。
長く淡々と告げられる詠唱。そして徐々にユキナの足元に広がる魔法陣。
リィテアが詠唱を終えると同時、ユキナの視界は白く染まり──【竜の顎】の野営地からユキナはその姿を消した。
海のさざ波にユキナは眼を覚ます。
周囲を見渡すと、星明かりに照らされる海と港町アスガルを囲う魔障壁の外壁。そして港に停泊する船だった。
周囲には誰も居ない。代わりに春の風が潮の香りと魔物の遠吠えを乗せ吹く。
「これからどうしよう?」
何もやりたい事が無い。
自分には故郷も無く血の繋がった家族も兄以外に居ない。帰るべき場所は一党の仲間達の所だったがそれも失った。
他に帰るべき場所は有るのか?
もう一つだけ有る。
遠く離れた地にもう一つ帰るべき場所は有るが、いま帰ったらきっと二人を酷く落胆させ期待を裏切ってしまう。
一人になったユキナは、帰る選択肢を除き一先ず町に向けて歩き出した。