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帰り道

 いわれのない偏見や、誹謗中傷に心を痛めている。そんな人にぜひ最後まで読んでほしい。

 こんな話を読んだところで、心が楽になんてならないかもしれない。

 でも、もしかしたら、自分で自分の心を守るための心作りをするきっかけになるかもしれない――。

 そう思いながら書きました。

 

 人は、本当の意味で、人から傷つけられることはないんだよ――。

 それがこの作品で伝えたい、私が見つけた真実です。連載の最後に、いちばん伝えたいメッセージを書くので、そこまでお付き合いいただければと思います。


      〇   〇  〇



 言葉って、人の心をいやしたり、あたためたり、救ったりすることもあるけれど。

 人の心を傷つけて、ズタボロにしてしまうこともある。


 言葉の何に、傷つくんだろう?

 人から自分がどう見られるか。どう思われるか。何を言われるか。

 自分はどういう人間で、どう思ってほしいのか。

 人と、自分と、同じように。思って感じて考えて、生きていけたらいいのかな?

 だけど、そんなことは無理だよね?

 だったら、どうしたらいいのかな?


 もしも高感度のレーダーで『これから傷つくことを言われるぞ』っていう電波をキャッチすることができたなら、傷つくことを言われる前に、心を避難させることができるかな?

 心をそっと取り出して、頑丈(がんじょう)な金庫の中に預けておくとか。

 自分の心を、他の人の心と取り換えてしまうとか。

 そんなことができるとしたら、心を守ることができるかな?


 人からひどいこと言われたら――。

 キツい態度とられたら――。

 どうやってそのことに耐えればいいんだろう?


 なんでこんなこと言われなくちゃいけないのか。

 なんでこんな思いをしなくちゃいけないのか。

 そんなんじゃない。そんな人間じゃないよ。そんなこと思ってないよ!

 どれだけ訴えても、どうして聞いてもらえないのか。

 わからなくてわからなくて苦しくてたまらない。

 そんなとき――。


 そんなときは、僕が聞いた、仕分け人と針の番人の出番かも?

 人は傷つく。

 傷つくけれど。

 どれくらい、どう傷つくか、その痛みをどう受け止めるか。

 自分の傷は、自分で選べる。

 仕分け人と針の番人は、心を傷つけるけど、心を守る。そんな存在――。



      〇   〇   〇




 この日も僕は、ミヤくんから宝物になる話を聞いた。


 ミヤくんとは八角堂の図書カウンターで一緒になった。

 八角堂は児童書を多くとりそろえた私立図書館。上から見ると八角形の形になっている、歴史のある洋館で、その地下には、僕と僕の仲間しか知らない秘密の部屋がある。

 いつもはその部屋にみんなで集まって、秘密の会議をしているんだけど。

 この日はそれぞれ用事があって、早めに解散することになったから、僕は一階で図書の本を借りて帰ることにした。

 借りたい本を選んで、カウンターで借りる手続きをし終えたときに、ミヤくんがやって来た。

「お? クラト。まだ帰ってなかったんだ」

「うん。本を借りて帰ろうと思って」

 そう言って、借りた本をミヤくんに見せる。今日は()太郎(たろう)のおススメの本を三冊も借りてしまった。返却期限までにちゃんと読めるかな?

 威太郎は僕たちの仲間で、僕の親友――って僕は思ってるし、威太郎もそう言ってる――で、小春ちゃんっていう双子の妹がいるんだ。双子って言っても、威太郎と小春ちゃんって、見た目も性格もあんまり似てないんだけど。

「オレも借りてこうと思ったけど、読みたかったヤツ、借りられてた」

 ミヤくんがぶすっと口をとがらせる。

 僕たちは建物の外へ出ると、自転車置き場へ向かい、そのまま一緒に帰り始めた。自転車を押しながら並んで歩く。

「一緒に帰ろう」と言い出さなくても、自然な流れで一緒に帰っている。そういうのって『仲間』ってカンジがして、ちょっとこそばゆい。僕の好きな帰り道。


「ミヤくんの読みたかったのって、なんの本?」

 僕が聞くと、ミヤくんは機嫌よく「和菓子の本!」とにっこり笑った。

 ミヤくんの家は『もりみ屋』っていう和菓子屋さんなんだ。おじいちゃんが和菓子職人で、とびきりおいしい和菓子を作ってる。僕ももりみ屋の和菓子が大好き。

 ミヤくんはおじいちゃんの後を継いで、もりみ屋の二代目になるって決めてるんだよ。だから、まだ子供なのに、和菓子の勉強に熱心なんだ。

 ミヤくんのおじいちゃんは和菓子屋さんだけど、ミヤくんのお父さんは福岡の天神(てんじん)でケーキ屋さんをやってるらしい。とても有名なお店で、ミヤくんは、お父さんのケーキは世界で一番おいしいケーキだって話してた。

 天神から僕たちの住む小牟田市までは、電車でだいたい一時間。ミヤくんのお父さんとお母さんと三歳下の弟のレオンくんは、お父さんのお店の近くで暮らしてるんだって。

 ミヤくんだけが小牟田でおじいちゃんとおばあちゃんとおばさんと一緒に暮らしてる。おばさんっていうのは、ミヤくんのお父さんの年の離れた妹で、ミヤくんとは姉弟みたいに仲がいい。ちなみに、ミヤくんはおばさんのこと、「姉ちゃん」と呼ばされている。ミヤくんのおばさんは、「おばちゃん」と呼ばれたくないんだって。

 ミヤくんは、おじいちゃんやおばあちゃんとも仲がいい。ミヤくんの話には、よくおばさんやおじいちゃんやおばあちゃんの話が出てくる。だけど――。

「ミヤくん、ちょっと聞いていい?」

 僕は気になっていたことをミヤくんに聞こうと思った。

「なに?」

 ミヤくんが軽く首をかしげる。

「あのね、ミヤくん、お父さんたちと離れて暮らすのって、さみしくない?」

 僕は思い切って聞いた。

 僕もおばあちゃんと暮らしているから、ミヤくんがおじいちゃんやおばあちゃんと暮らしていても、そのことをおかしいとは思わない。だけど、お父さんやお母さんがいるのに、親と離れて暮らしているってなると、どうしてかな? って気になってしまう。

 おじいちゃんに弟子入りして和菓子修行をするためってことではなさそうだし……。

 それに――。

 ミヤくんは、レオンくんの話をたまにする。ミヤくん、レオンくんのことがかわいいみたいで、聞いていると、僕もこんなお兄ちゃんになりたいな、って思う ( 威太郎もお兄ちゃんだけど、威太郎は小春ちゃんとは双子だからか、あまりお兄さんっぽくないんだ)。

 だけど、ミヤくんは、お父さんやお母さんの話をめったにしない。特にお母さんの話は……聞いたことあったかな?

 ミヤくんの反応をうかがうと、ミヤくんは思いもよらないことを聞いたみたいな、きょとんとした顔をしていた。

「ミヤくん、おじいちゃんたちと一緒だからさみしくはないかもしれないけど、えっと、なんていうか……」

 僕はうまく言えなくて口ごもる。

 ミヤくんはハッと我に返った顔をして、次にくしゃーっと微妙な顔になった。気まずいような、むしろ、僕を気の毒がるような顔に見えた。

「わかったわかった。そっか、クラト、よく知らんのやっけ、うちの事情」

 ミヤくんはそう言って、右手で自転車を押しながら、器用に左手で頭をかく。

 どこから話したものか思案をめぐらせている様子を少し見せてから、ミヤくんが口を開く。

「オレがじいちゃんちで暮らすことになったのって、オレのためなの」

「ミヤくんのため……?」

 今度は僕がきょとんとする。

「なんていうかさ、うちの母さん、オレの健康さを憎んでるんだ」

 ミヤくんが言い難そうに言う。

「え? 憎んでる? ミヤくんのことを?」

 僕はぎょっとして聞き返した。「憎む」なんて強い言葉がなんで出て来る?

 ミヤくんはゆるく首を振り、なんでもないことのように僕に答える。

「オレを憎んでるっていうのじゃなくて、オレが健康なことがイヤ、ってカンジ、なんだよなあ……」

 どう説明したものだか、うまく言えないという風に、ミヤくんは言葉を選ぶ。

 僕は混乱する。

 ミヤくんを憎んでいるわけじゃないけど、ミヤくんが健康なのがイヤ……?

「え? どうして? 健康なのはいいことでしょ? なんでイヤなの?」

 全然わからない。

 病気を憎むっていうのならまだわかる。だけど、健康なことをイヤがるなんてこと、あるんだろうか?

「オレがなんの病気もせずにいるのが母さんの気に(さわ)るみたいでさ? 『怜音(れおん)は果物を食べ過ぎるとすぐにお腹をこわすのに、どうして()(れん)は平気なの?』とか、オレが夜遅くまで本読んでて翌朝あくびしてたら『朱怜、あなた夜遅くまで起きてたでしょ。そんなことしてたら怜音なら風邪ひいててもおかしくないわ。なのにあなたはどこも悪くないの? どうしてあなたは風邪ひとつ引かないの?』とか言われんの」

「ええ⁈ ミヤくんのお母さん、そんなことミヤくんに言うの?」

 僕は信じられない思いでミヤくんを見つめた。

 ミヤくんは僕の驚き方に苦笑した。それから、少し間をおいて口を開く。

「怜音がさ、身体が弱いから――」

 ミヤくんに言われ、ハッとする。

 レオンくんが、生まれつき身体が弱いという話は聞いていた。何か大きな病気を抱えているというのではないようで、ただ、身体のすべてがまんべんなくちょっとちょっと弱いカンジ、と前にミヤくんが言っていたのを思い出す。

「母さんはいつだって怜音の身体のことが頭にあって。インフルエンザが流行る時期とか、ノロウィルスが流行ってますとか、腸炎(ちょうえん)が、風疹(ふうしん)が、麻疹(はしか)が流行ってますって、病気の情報が出回るとすぐピリピリするし、イライラするんだ。怜音に感染(うつ)ったらどうしようって、そればっかりになる」

 ミヤくんは、少しもどかしそうに言った。

「母さん、オレが外から帰ってきてちゃんと手を洗ってうがいしてから怜音と一緒に遊ぼうとしても、インフルエンザが流行ってる時期だったりすると怜音に近づくだけで『朱怜! 何してるの!』ってオレのこと追い立てるんだ。怜音に近づけさせない、触らせないぞって、オレと怜音の間に割って入って、背中に怜音かばうみたいにオレのこと恐い顔で見下ろしてくる。そんなことされると『オレはバイキンかよっ』って思う。そんで、なんなんだ、どうすればいいんだ、どうすれば母さんの気に(さわ)らないんだ、って、こっちも頭がわーってなるワケでさ」

 ミヤくんの声に少しだけいらだちが混じる。

 思っていた以上に、ミヤくんとお母さんの関係はキツそうだ。

「『朱怜は熱が出たって一日で下がるからいいわね』とか、『怜音はあなたとは違うのよ』とか言われてもさ。そりゃそうだろ、別の人間なんだから違うに決まっとるやん?」

 うんざりしたようにミヤくんが吐き出す。

「母さん、オレにはそんな風でさ。なんでこんなこと言われなきゃなんないんだ⁈ って、わけわからんくなること何度もあって。だってさ、病気にならないオレが悪いのか?」

「え? ううん! そんなことないよっ!」

 僕は力いっぱい否定した。

「けどさー、母さんからしたら、オレが健康なのに、弟の怜音が身体よわいっていうのがさ、受け入れられないみたいでさ? 怜音が病気になるなら、オレも病気にならなきゃヘン、みたいに思われてるっぽいっつーか?」

ミヤくんはそう言って首をかしげる。少し遠い目をしていて、僕の心はさみしくなる。

「母さんがピリピリすると、それが自分のせいだっていうの怜音にもわかるから、それがまたしんどそうだったりするし。オレは怜音かわいそうに思うけど、母さんが怜音を守ってるのも確かだったりするからさ。だからオレが母さんのやり方をどうこう言えないって思うけど、母さんのピリピリをオレに向けられるとしんどいんだ。『もう、そんなに心配なら、怜音のこと無菌室にでも入れとけよ』とか、怜音にひどいこと考えちゃったりすることもあった」

 口にするのがつらいのか、ミヤくんの声の調子が重くなる。

「オレと母さん、そんなだったから。怜音が体調崩して母さんが怜音にかかりっきりになったときに、大人たちで話し合って、オレはじいちゃんちで暮らすことになったってワケ」

 と、ミヤくんは語った。

「そういう事情があって、ミヤくんだけおじいちゃんとこで暮らしてるんだ……」

 聞いただけでもつらい話。だけど、ミヤくんにとっては現実なんだ。

 僕はなんと言っていいかわからず、沈黙する。

 そんな僕に、(けわ)しい顔でミヤくんが言う。

「母さんたちといるより、こっちでの暮らしはずーっとずっと快適で。……母さんと違ってさ、オレは自分が楽しいことしてると、怜音の身体が弱いこととか忘れちゃう。怜音そっちのけで毎日まいにち楽しく暮らしてる。それって怜音に申し訳ないって思うけど、オレは母さんから離れて、ほっとした」

 自分で言っているようにほっとしたのだろう、ミヤくんは穏やかな顔に変わって、ふっと息をついた。

「……うん」

 僕はただ、うなずいた。

 お父さんやお母さんや弟と離れることでほっとできるなんて、そんなのさみしいと思うけれど、ミヤくんの話を聞いていると、きっといろいろあってそうなったんだろうなと思う。

 ミヤくんは、おじいちゃんのこともおばあちゃんのこともおばさんのことも大好きで、ときどき文句を言ったり、 ケンカすることもあったりするみたいだけど、いつも楽しそう。

 僕たちのリーダーの天平(たかひら)くんは、いろんなカタチの家族があっていいって言ってた。

 天平くんは母子家庭で、お父さんがどんな人か知らないって言ってた。

 副リーダーのユーリくんもおじいちゃんとおばあちゃんと暮らしてる。お母さんが病気で病院に長く入院してて、お父さんは東京で仕事をしているって聞いた。

 僕のところは、僕と新しいお母さんに血の繋がりはない。だけど、僕たちは家族なんだ。 

 家族ってそれぞれの家で、それぞれの家族で、それぞれのカタチで家族でいい。

 だけど、それにしたって――。

「ミヤくん、つらかったよね、お母さんにそんなこと言われてたら……」

 僕は軽くくちびるを噛む。僕がつらがったってしょうがないことだけど、それはわかっているんだけど、言わずにはいられなくて。

 ミヤくんは二、三度まばたきし、あっ、と何かに気づいたように立ち止まった。

 ミヤくんに合わせて、僕も立ち止まる。

「クラト、もしかして、針の番人の話、聞いてないとか? 『心の仕分け人と針の番人』の話」

 ミヤくんはまじまじと僕の顔を見つめてくる。

 僕は聞き覚えがなくて首をかしげる。

 するとミヤくんは、にっ! と、どこか自慢げな顔で笑うと、

「だったら教えてやるよ!」

 と言って、また自転車を押しながら歩き始めた。僕はあわててついていく。

                                                つづく



 読んでいただいてありがとうございます。短く区切って公開していくので、全体的な文字数としてはそれほど多い作品ではありません。

 この作品は、私が連載している『秘密組織に入りませんか?』というシリーズの番外編になっています。本編を知らなくても、この作品だけ読んでも意味が分かるようになっていますが、もし、興味を持っていただけるなら、ぜひ、本編、および、特別編をお読みいただければと思います。

 特別編では、新型コロナウィルスに関して、いろいろ書いています。2月くらいから書いていたので、いま読むと、ちょっと時機を外しているところもあるかもしれませんが、防疫軍が必要なんじゃないか、とかとか、今からでもみんなで考えていけたらいいな、と思うことを書いていますので、ぜひ読んでほしいです。そちらもよろしくおねがいします。


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