1話
なんの手掛かりも無し。
今日も時間と腱鞘炎ゲージをドブに捨ててしまった。
恐らく、明日にはビリビリとした痛みが手を襲っている。
「今日も煮詰まっちゃってますねえ。」
転がした鈴のような声が聞こえてくる。
「あぁ。俺も煮詰まりたくて煮詰まってるわけじゃねぇがな」
淹れてくれたお茶を、底の見えぬキッタねえ机に置き、零し、なぜかどら焼きをそこに置く。
「まぁこんな徹底的に証拠が消されてちゃあ、犯人像すら掴めませんし。自殺ってことで処理しちゃえばいいのに」
「何言ってんだバカ、こんだけ同様の被害が出てて「自殺です」「はいそうですか」とはいかねぇっつの。」
今年の7月から現在の12月にかけて、猟奇殺人が毎週起こっている。
場所が違いすぎるので、同一犯だと断定は出来ないが、攫われる時間・場所全て共通しているので
おそらく同一犯であろうと本部から全て丸投げされているのだ。
おかげで毎日本当にいるかもわからない『凶悪殺人鬼』を追い続けるハメになっていた。
「ははぁん、それで大真面目に捜査続けてるんですか。いくら現場写真漁ってもDNA鑑定しても何も成果なんて無いのに。
気の毒ですねえ。」
いやそれが理由ってわけじゃねぇけど。
そうだったとしても刑事が言ったら大問題だわ。
「本当に、猫の手でも借りたいくらいだ」
「そんな状況を打破するカードがあるんですけど、聞きたいです?」
ドンドンドンドンドンと無限にノックが聞こえてくる。
もしかして、この音の主が……。
いやまさか。そんな唐突に。
「えぇ。まぁ説明するよりも、見ていただいた方がわかりやすいかと」
入っていいですよー、と軽やかな声で、無礼な獣に縄張りに侵入することを許可する。
何だかとても、嫌な予感が。
ガチャリ。
ドアが開く。
隙間から吐息が聞こえてくる。
妙に丸く黒い目がこちらを見据える。
しばらくこちらを伺っていたが、数十秒経過した。
困惑の色を隠せぬままでいると、グァバッ、と仕切りが一気に開いた。
なぜだ。今すぐここから離れたい。帰りたい。
嫌な感じだ。
ズカズカズカとこちらに踏み込んでくる。
頭が状況を理解できずにいると、隣の女は何食わぬ表情で言葉を投げた。
「では、自己紹介をお願いします。」
謎の女は、スゥーっと息を吸い、吐き、吸って、一息で名乗りを上げた。
「私は北露 瀉絽瑠!北に結露の露!
そんでもって吐瀉の瀉に……
長い!以下略称!
私が一体何者か、私は一体なんなのか!
私にももうその実態はわからない!
ただひとつ判るのは!
私は、北露瀉絽瑠は!!
現実に顕現せしシャーロック・ホームズその人……っぽい人という事だけである!!北海道出身!!」
ドヤ、という擬音が聞こえてきそうなほど自信満々の表情で眼鏡を光らせ、
それでいてチラチラと横目で、こちらの返答を待っている。
俺は、思ったことを正直に、思いっきり声を張り上げた。
「もう情報過多でわけわかんねぇよ!!」