魔族になっていただきます
「なんで!?どうして!?4点で合格!?ありえないから不合格だと言いなさい!お願いだから、言って!」
すぐに起き上がった魔術師は、勢いよくリリに迫り、文句を言う。
どうでもいいが、合格だと言われて怒るという光景は、あまり見られない物だと思う。
「勇者様の熱意に免じて、合格です」
「やったー。ロゼ、これで魔王の配下に一歩、近づいたね!」
「近づかなくていいのよ!あんたは4点なんだから、特に近づく資格もないのよ!」
「元々筆記テストなんて、ただの飾りですから。結局は、審査の独断と偏見で合否は決まります」
「それじゃあやる必要ない──」
「──それでは次のテスト!実技テストに移ります!」
やる必要ない。魔術師はそう言いかけたが、それを遮って、リリは無理矢理、話を進めた。
正直言って、そうだな。全くやる必要がなかったと、我もそう思う。だって、4点で合格なのだぞ。あり得ない。こればかりは、魔術師が正しいと思う。
そう思いながら、我は勇者の答案用紙の、最後の自由欄に目をやった。我が、欲しいゲームの事について書いた所だ。そこには、リリのいう所の、勇者の熱意が書かれていた。
「ふ」
我は、それを見て小さく笑った。そこに書かれていたのは、我だ。我の容姿の特徴を持った、可愛いキャラクターが、同じく勇者を模したと思われるキャラクターと、仲良く手を繋いでいる。2人とも、良い笑顔だ。
なるほど確かにコレは、合格にしたくなってしまうな。
場所は移り変わり、我らはリリに続いて歩き、城の地下へとやってきた。そこは、先ほどまでとは雰囲気がまったく違う。無骨な石畳の廊下は、じめじめとしていて薄暗く、どこからかともなく冷たい風が吹いてきて、今にも何かが出そうだ。
「ね、ねぇ、ちょっと……どこに、連れて行く気なのよ」
ごちゃごちゃ言いながらも、結局ついてきた魔術師だが、その様子がおかしい。勇者の背にくっついて、腰を引きながら歩いてついてきている。
「……言いましたよね。実技テストだと」
リリは、ついてくる魔術師の方を見ることなく、小さな声で呟くように言った。その足は止まる事なく不気味な廊下を進み、ハイヒールのコツコツという足音を、リズムよく響かせ続ける。相変わらず女教師スタイルのリリは、今度は場違いのように見えるぞ。
そんな場違いな服装のリリの返答を聞き、魔術師は、息を飲み込んだ。更にへっぴり腰になりながら、足を震わせ、勇者にだきついて馬乗りの守り側のような体勢になりながら、ついてくる。
確かに道中は薄暗く、不気味な雰囲気だ。この手の物が苦手な者にとって、この廊下は怖がるに値する物だろうと思う。
だが、仕方がないのだ。この先に待つのは、我が魔王城に愚かにも侵入し、宝や情報を盗み出そうとした、間者が囚われる場所……有体に言えば、牢屋がある。更には、そんな間者を拷問するための、部屋もあるのだ。
「くっくっく」
この先の光景は、ちと勇者や魔術師には、刺激が強すぎるかもしれんな。そう思うと、何故か自然と、笑いがこみあげて来た。
「ひゃあ!?ちょっと、魔王急に笑わないで!驚きはしないけど、ビックリするから!笑うなら、笑うって言ってから笑ってというか笑わないで!代わりに、歌を歌って!楽しくて、明るい気分になる奴を!」
「う、歌!?きゅ、急に言われても思いつかん……というか、笑うと言ってから笑うって、凄くおかしくないか!?」
「なんでもいいから、空気を明るくして!あと、大きな声を出さないで、バカー!」
そういう魔術師が、一番大きな声を出している。あと、またバカって言われてしまった。我、魔王で偉いのに……。
「ロゼは、暗くてオバケが出そうな場所が、苦手なんだ」
「だって、怖いじゃないオバケ!」
「オバケが苦手、ですか。いくらテストでいい点が取れても、それでは魔王軍として、務まりませんね。これは、減点ですよ」
「減点でもなんでも、すればいいじゃない!怖いものは怖いんだから、仕方ないのよ!」
「怖いから仕方ないと言っていたら、この先に待ち受ける試練を超える事は、不可能です」
リリがそう言って、歩みを止めた。歩みを止めたリリの前には、重厚な鉄の扉がそびえたっている。魔法で封印された、その扉の奥が、牢屋となっている区域だ。
「実技テストを始める前に、お二人には魔族になっていただきます」
「魔族……?」
リリの突然の宣告に、勇者と魔術師は戸惑いを隠さない。警戒するように後ずさりをした勇者は、腰にまとわりつく魔術師を庇うように立ち、リリの動向を見定めている。
ちなみに我は、リリが何を言っているのかよく分からないので、黙っておくぞ。
「どういう、意味かな?魔族って、そんなに簡単になれるものなの?」
「はい。勇者様と魔術師様には、こちらを装着していただきます」
リリは、そういって懐から取り出した被り物を、勇者と魔術師。それぞれに手渡した。
「……角?」
勇者がそれを受け取り、呟いた通り。それは、角だった。カチューシャに、魔族の証である角がついていて、被ると魔族に変装できるアイテムである。お土産コーナーとかで、よく見かけるぞ。
「……どう?」
それを頭に付けた勇者の頭に、紛い物の角が生えた。2本の角が、天に向かって生えているように見えて、これで勇者も立派な魔族だ。
「お似合いですよ、勇者様」
「ありがとう。ほら、ロゼも」
「う、うん……」
怖がりつつも、勇者に手伝ってもらい、魔術師も頭に角をつけた。こちらは、遠慮がちな巻き角で、ちと可愛めの角だ。いやそれよりも、フードの上からかぶったそれは、違和感しかない。
「はい、結構です」
「良いのか……」
勇者はともかく、魔術師は一発で、偽物とバレると思うぞ。だって、フードから角が生えてるし、カチューシャの部分も丸見えだからな。
「この先に待つのは、このお城の牢屋。お二人には魔族として、愚かにもこのお城に侵入し、情報を盗み出そうとした人間側の間者を拷問して、逆に人間側の情報を引き出していただきます。それが、実技テストとなり、結果次第で魔王軍として採用する事とします」
「に、人間を拷問……!?そんな事、出来る訳ないでしょう!」
「出来ないのであれば、不合格。ただ、それだけの事です」
「っ……!」
リリが冷たくそう言い放ち、魔術師は相変わらずのへっぴり腰で、リリを睨みつけた。この場でなければ、震えあがる程のキツイ目つきだ。しかし、その格好を見たら、そんな気はおきない。むしろ、滑稽である。
「魔術師よ。無理なのであれば、地上へと帰るが良い。この先はちと、お前には刺激が強すぎるであろう。そのような生半可な覚悟では、きっと耐えられぬ。勇者は、どうする?」
「私は当然、受ける」
「クルス!」
「私の目標は、魔王の側近になる事だから。こんな所で、止まっていられない。人間の一匹や二匹、どうでもいいよ!」
目を輝かせて、人間を匹と数える勇者は、狂気すら感じさせる。どうして、こんなのが勇者に……我は、人間側の人選能力のなさに、不安を感じ始めたぞ。
「勇者様はやるようなので、魔術師様にはお一人で帰っていただきましょう」
「え」
「テストを受けないのであれば、用はありませんので。どうぞ、お一人でお戻りください。お家に帰ってもいいですが、結果をお聞きになるのであれば、先ほどの教室で待機していただければ、後でお迎えに向かいます。では、行きましょう」
「ちょ、ちょっと……!」
リリはそう言って、扉に手をかざした。すると、扉に赤い魔法陣が浮かび上がり、それが青色の陣に変化して封印が解かれ、自動的に開き始める。重厚な扉は重く、石畳の床を引き摺ると、足元が少し揺れて、振動が伝わってくる。
「じゃあ、行ってくるね、ロゼ」
「ではな、魔術師よ」
「……」
扉の中へと歩みだしたリリに、勇者と我はついていく。魔術師はその場に残され、呆然としているが、すぐに追いかけてきて、勇者に背後から抱き着いた。
「しょ、しょうがないから!本当にしょうがないから、受けてあげるから!だから、帰らない!私も拷問します!拷問させてください!」
「ロゼがやる気になってくれたみたいで、私は嬉しい」
やる気になったのはいいが、果たして本当に、この先に待つ試練を、魔術師は突破できるのかという懸念がある。先程も言ったが、拷問は生半可な覚悟を持つ者がなせるものではない。非情で、冷酷な者だけがなせるものである。
それでいて、この先に待ち受ける人間は、手ごわいヤツだ。果たしてこの試練、勇者と魔術師はどう切り抜けるか……まったくもって、見ものである。
「──ちなみに、今回も魔王様には、一緒にテストを受けていただきます」
「何故だ!?筆記テストを受けたから、もう良いではないか!」
「筆記テストの結果が悪かったので、せめて実技で挽回してください。……頑張ったら、テストに書いてあった、魔族VS宇宙人を買ってあげますから」
「本当か!?」
「はい」
「やったぁ!リリ大好きだぞ!」
我は嬉しくて、思わずリリに抱き着いてしまった。だって、本当に嬉しいのだ。欲しかったけど、手に入らないなと諦めていたゲームが、手に入るのだから、はしゃがずにはいられん。
「い、いいな、リリさん。魔王に抱き着かれて、羨ましい。でも、はしゃぐ魔王も可愛くて、ずっと見ていられるよ」
「まだ、買ってあげるとは決まっていません。魔王様の、頑張り次第です。だから、気合を入れて拷問してください」
「任せておけ!」
「……とてもじゃないけど、これから拷問するって感じの空気じゃないわね」
魔術師が、呆れて何か言っているが、見ているが良い。欲しいゲームのため、我は頑張る。ただ、それだけだ。