テスト
「まだ、テスト用紙は裏のままにしてください」
という訳で、我の前には、裏返しになったテスト用紙が置かれている。机に座らされて、どういう訳か、テストを受ける事になってしまった。我、偉いんだぞ。魔王だぞ。なのに、どうしてこんなテストを受けなければいけないんだ……。
「分からない問題でも、できるだけ解答欄を埋めると言う、努力をお見せください。そういう姿勢も、魔王軍には大切なのです」
リリはそう言いながら、黒板を指示棒で叩き、黒板に書かれた文字を指した。黒板には、白のチョークで、大きく空白撲滅と書かれている。
他にも、テストの回答時間や、物を落としたら自分で拾わず、リリを呼ぶこと。カンニング厳禁。私語禁止などと書かれている。
「ただ、答えればいいという訳じゃないんだね。うん。頑張るよ」
我の隣に座る勇者は、そう言って、胸の前で拳を作り、リリに向かって気合をいれた。
「……ま、私にかかれば、大抵の問題は答えられるはずよ。なんと言っても、私は魔法学園を首席で卒業してるんだから」
勇者を挟んで、向こうに座っている魔術師は、クールにそう言い放ち、目を閉じて集中した様子を見せている。
その魔法学園が、どれほどの規模の物かは分からないが、首席なのは、凄い事だ。大勢いる中の、トップという事だからな。
「……では、テストを表にして、始めてください」
リリの合図とともに、テストを受ける3人は、用紙を表に返した。
同時に、リリは手に持ったストップウォッチのスイッチを押して、計測を開始する。制限時間は、50分。その間に、このテストの解答欄を埋めなければいけない。
ここで、正直に言っておこう。実は我、頭はあまり良くない。勉強は昔から嫌いだし、学校での成績も、下から数えた方が早い。それでも最近は頑張ってはいるが、しかし成績にはあまり反映されていない。根本的に、勉強のできる頭ではないのだ。
しかし、しかし、だ。ここで情けない成績を見せる訳には、いかない。まったく同じテストを、勇者と魔術師も受けているのだからな。勝負と言う訳ではないが、負けるにしても、情けない点数を見せるのは、魔王としてどうなのか、という話である。
「っ……!」
しかし、1問目から躓いた。最初は、苦手な数学のゾーンだ。数学は、よく分からん。公式を当てはめたとして、何をどうしたらそうなるのか、我の頭は理解に及ばない。
次だ、次。こういうのは、自分の得意な物から埋めて、苦手な物は後回しにすると良いと、リリが言っていた。
次は、国語のゾーンだ。国語は、苦手だ。漢字は読めるが、書くのが苦手なのだ。それもこれも現代の活字離れのせいで、PCやタブレットに、スマホが普及した今、書く機会も少ない。つまり我は、現代社会の被害者である。他にも、この時の作者の気持ちを答えなさいとか、分かるはずがない。我には、相手の気持ちが読める能力はない。お腹へったなぁかもしれないし、お風呂入るのめんどくせぇとか思いながら、書いているかもしれないのだ。そんな事、分かるはずがなかろう。
次に行こう。
次は、理科だ。理科は、さっぱり分からん。訳の分からん微生物を見せられて、コレは何かと聞かれても分かるはずがなかろう。我の目は、顕微鏡ではないのだ。普段目にする生物すらも名前が言えない物があるのに、目に見えない物にまで構ってられん。なんだ、コレは。ミジンコか?とりあえず、ミジンコと書いておこう。
さ、次だ。
次は、社会。歴史なんて、知らん。我はその時代を生きていないからな。あ、でもこの顔は知ってる。お金の人だ。名前は知らん。
次だ。
次は、常識問題だ。つい最近、世の中であった大きな事件や、地理や、建物の名前などが問題に出ている。これらは、わりと簡単だ。常識というくらいだから、我にも分かる。だから、適当に埋めてから、次へ行く。
次は、魔王軍に入ろうと思った動機をお書きください。他にも、ご要望や思ったことがあれば、自由にお書きください。なお、コレはテストの点数には反映されません。空白でも構いません、か。
我は別に、魔王軍に入ろうとしている訳ではないので、ここは答えようがない。しかし、リリは空白をなるべく埋めるようにと言っていた事を思い出す。
……コレは、罠だ。空白でも構わないと言いつつ、ここが空白だと、余裕がないとか、意欲がないとか、そう思われるに違いない。
「……」
隣にさりげなく目をやると、勇者の手は、止まることなく動いている。その向こうの魔術師も、次々と問題を解いているではないか。
我も、それを見て慌てて鉛筆を握る手に、力をいれる。次は、最後のこの、動機と要望とか思った所の欄を、埋めてしまおう。さて、何と書こうか。鉛筆の先端を、一行目の最初に当てて構えたはいいが、特に浮かぶ物がない。自由に……要望……思った事……。そうか。何も、動機に拘る事はない。思った事や、要望を、そのまま書けばいいと、書いてあるではないか。
”来月発売する『大乱闘!!ま族VSうちゅう人』の、発売日が迫って来た。われはそのゲームが欲しくて、おこづかいをためている。しかし、もくひょうのお金が足りず、どうやら発売日にプレイする事が、むずかしそうだ。だから、予約もしていない。おこづかいの前借りも、ママに断られた。そこで、ま王軍の経費で、買えぬかな?買えたら、われはすごくうれしいです。”
最後に、宇宙人側の主要キャラクターである、ブレテ子ちゃんのイラストもそえておく。ブレテ子ちゃんは、見た目こそ顔面は爬虫類みたいだし、口からは涎が垂れてるし、長い触覚が2本が生えてるし、目は複眼だし、全身筋肉質で腕が4本ある。凄く、気味の悪い人型のキャラクターだ。しかし、戦士として戦う運命を強いられながらも、心優しい面も持っていて、声も可愛い。とても、愛せるキャラクターなのだ。
「──残り、20分です」
「はっ!」
気づけば、リリの言う通り、30分もの時間が経っていた。ブレテ子ちゃんのイラストにこだわりすぎたせいで、時間がかかりすぎてしまったのだ。
我は慌てて、問題に戻る。結局、得意な科目などない事を思い出した我は、仕方がないので数学から解いていくことにした。
しかし、残り時間は少ない。結局、我は全ての問題を埋める事ができずに、その時を迎える事になった。
「時間です。鉛筆を置いて、書くのをやめてください」
「ふがっ」
リリの合図とともに、我は机に突っ伏した。結局、半分くらいしか解けなかったぞ。隣を見ると、自信満々な様子の勇者と、とっくに問題を解き終わり、鉛筆を置いていた魔術師がいる。
もしかして、もしかしなくとも、我がビリなのではないか。そんな不安に駆られ、とても帰りたくなってきた。
「では、テストを回収します。採点をしてきますので、各自それまで、休憩していてください」
各机の上に置かれた解答用紙を回収したリリは、そう言って、ハイヒールの音をたてながら、教室を出て行った。
「な、なぁなぁ、勇者。勇者は、テストどんな感じだったのだ?」
「私?私は、いつも通りかな。あまり難しい問題でもなかったし、それなりに解けたと思う」
「そ、そうか……。まじゅちゅ……魔術師は、どうだ?」
取り乱しているのか、噛んでしまい、恥ずかしい。だが、2人はスルーしてくれて、そこに触れる事はなかった。
「私は当然、完璧よ。常識問題ばかりだし、問題のレベルも高くない。数学の計算も暗算で済む物ばかりだったし、10分で終わって、残りは暇だったわ」
「じゅ……」
我とはレベルの違う、領域だ。聞かなかった事にしよう。
「あ、魔王。将棋盤が置いてあるよ。はさみ将棋をしよう。もし私が勝ったら、罰ゲームで私にハグをして。その小さな手で、私をぎゅっと抱きしめるんだ」
教壇の収納スペースから、薄い折り畳み式の将棋盤と駒を引っ張り出して来た勇者が、そう言って我の机の上に、それを置いた。そして、我の机の前にもう1つイスを持ってきて、そこに座って向かい合う形となる。
「はさみ将棋か……。くっくっく。良いだろう、受けて立つ」
実は、割と自信がある。ママやリリと、しょっちゅうやっているからな。我は魔王として、テレビゲームばかりではなく、こういったテーブルゲームにも通じているのだ。