魔王の朝の風景
勇者と、魔術師と、我と、それと、リリとで撮った写真が、我の部屋の掲示板に、新しく飾られた。我を中心として、背後から勇者が抱き着き、遠慮がちに魔術師も我に抱き着いて、リリは勇者の腕に抱き着いている写真だ。
撮影場所は、勇者の家だ。この間、皆で仕事をサボったときの物である。
あれ以来、勇者はしっかりと、節度を守ってゲームを楽しんでいる。勇者はただ、初めてのハマったものに、抑えがきかなくて、どうしたらいいのか分かっていなかっただけのようだ。しっかりと話をして、すぐに理解してくれたぞ。根は素直で、良いヤツなのだ。
「くっくっく」
しかし、人間とはなんと愚か者なのだろうな。ゲームに嵌まって眠るのを忘れるとか、まるで素人である。そんな事では、我を倒す事など、できるはずがあるまい。
「アティちゃーん。起きてますかぁ?」
「う、うむ!起きているぞ、ママ!」
部屋の扉の向こうから聞こえた声に、我は慌てて返事をした。
時は、朝である。今日は、平日なので、休みではない。だが、我が向かうは城ではなく、学校だ。今日は、学校の日であり、魔王はお休みの日なのだ。
だから我は、いつものドレスではなく、学校の制服に着替えた所だぞ。膝上までの長さの、紺色のスカートに、白のシャツを着て、その上に、袖のない肌色のニットベストを羽織る。胸元には、緑と茶色の、チェック柄のリボンを携えて、コレが我の学校の制服である。
「二度寝しちゃ、ダメですよぉ」
「分かっておる。今、もう着替え終わって、降りる所だったのだ」
我はそう答えると、部屋の扉を開け放つ。扉をあけ放った我の頭を、ママは抱き寄せて、自らの豊満な胸の中へと、我を誘った。
柔らかな、ママの感触と、良い匂いに包まれる。朝の日課ではあるが、未だにこんな事をしていると、クラスメイト達に知られたら、笑われてしまうかもしれんな。
「おはよう、アティちゃん。今日も一日、頑張ってくださいね」
「……」
しかし、満足して、顔を上げると、ママの満面の笑顔がそこにあり、全てが許せてしまう。
ママは、我とよく似た容姿をしている。髪は白いし、胸はデカイし、左右不揃いの角の形も、ママ譲りの物だ。ママの角は、我より小さいがな。しかし、髪はさらさらのストレートヘアで、背も大きいし、誰もが認める、美人さんである。我が成長して、背が大きくなり、髪がサラサラになったバージョンが、このママだ。
我と違い、何故か背が大きいし、しかも髪の毛までサラサラとか、どういう事なのだろうか。パパも背が大きかったので、何故我だけ小さいのかと、自分の細胞に訴えかけたい。
いや、落ち着くのだ。我はまだ、成長期。まだまだ伸びしろは、ある。諦めるのは、まだ早いと言う物だ。
「なんですか、アティちゃん?」
「な、なんでもないぞ。それより、朝食にしよう。我は、お腹が減ったぞ」
我は、憧れのあまり、ママを凝視してしまっていた事に気づいて、慌てて頭を切り替えた。ママをその場に残して、我はさっさと廊下を歩き、階段を降りてリビングへと向かう。
そこには、四人が座れる机と、背もたれ付きのイスが置かれており、机の上には既に、朝食が用意されていた。ご飯に、納豆と、みそ汁に、お魚である。ご飯とみそ汁をいれる食器は空だが、コレが置かれているという事は、そういう事だ。
朝から、コレだけの物を用意してくれるママには、いつも感謝しているぞ。
「お味噌汁、温めたら持っていくので、座っていてくださいね。ご飯だけ、いれちゃっていいですよね」
「うむ」
我は返事をしてイスに座り、後からやってきたママは、我のお茶碗を手に持つと、台所へと行って、すぐに戻ってきた。手に持ったお茶碗には、ほかほかの白いご飯が乗せられている。
「はい、どうぞー」
「うむ!ありがとう、ママ!」
我は、元気に返事をして、それを受け取った。そして、食べる前に手を合わせて、きちんと挨拶をする。
「いただきます」
「はい、めしあがれ」
我は、ご飯をまず一口、口に運ぶ。それから、ご飯を咀嚼しながら、焼きたての魚をほぐし、柔らかな白身魚の身を、口に運ぶぞ。ほんのりと広がる、魚独特の生臭さと、それと混じる塩気が非常に美味である。焼き具合も完璧で、やわらかく、丁度良い。
しばらくそうして、ご飯とお魚で食べると、納豆が恋しくなってきた。我は、納豆がいれられ、ネギやだしと、既に軽く混ぜられているそれを、箸で混ぜ始める。十回ほどかき混ぜた所で、ご飯にかけたぞ。そして、ご飯と混じった納豆を箸で拾い上げ、同時に口の中へと放り入れる。
「んー!」
文句なしに、美味い。
腐った豆なのに、どうしてこんなに美味いのだろう。それに、どうしてご飯とこんなに合うのだろう。永遠の謎である。
「はい、お待たせしましたぁ」
とそこへ、あつあつのお味噌汁が、ママによって運ばれてきた。湯気の量から、本当に熱そうである。でも、美味そうだ。
大根に、ニンジンに、お豆腐のお味噌汁は、シンプルながら、身にしみる美味さで、中毒性を持っている。我は舌を火傷しないよう、慎重に、ふーふーをしてから一口啜ると、口の中は、幸せの大爆発である。
「ぷはぁ。美味しい!」
「ふふ。良かったです」
我の感想を聞いたママも、ようやく席へとついた。自分の分のご飯と、お味噌汁も持ってきて、コレで一緒に食べる事ができる。
「最近アティちゃん、凄く楽しそうですよね。魔王のお仕事も、学校に行くのも、毎日本当に、元気よく出かけて行ってくれて、ママは嬉しいですぅ」
「そ、そんな事は……」
ないとは、言えない。勇者や、魔術師がこの魔界へとやってきて、早くも一月ほどが経とうとしている。その間の生活は、紆余曲折ありながらも、本当に楽しい物になったと思う。
「例の、人間さんのお友達のおかげですね」
「……う、うむ」
ママには、何度か勇者や魔術師の話を、した事がある。話の話題に、あの2人はもってこいであるからな。ママも、2人の話を好んで聞くようになっていて、我とママの食卓では、いつもその話題で持ち切りだ。
「今度、お家に連れてきてください。私も、是非お知り合いになりたいです」
「えー……」
それは、なんか嫌だ。だって勇者、我の下着とか平気で漁りそうだからな。魔術師なら、全然良い。だが、勇者を招くのは、危険だ。我の勘が、そう囁いている。
「あ、あれ?お友達、なんですよね?」
「そうだが……ママよ。我にも色々とあるのだ。そこは、そっとしておいてくれ」
「なんですか、気になりますぅ」
可愛く訴えてくるママだが、こればかりは、伝えようがない。勇者の危険性は、暴力的な物ではなく、心情的な物だ。ママだって、我の友達が我の下着を漁るところなど、見たくはなかろう。
「ごちそうさまでした」
それからややあって、我はご飯を食べ終わった。ママより先に食べ終わった我は、食器を台所へと持っていくと、洗い始めようとするが、ママがそれを制した。
「今日は、少し時間に余裕があるので、食器はママが洗うから良いですよ」
ママは、近所のスーパーで、パートのお仕事をしている。いつもは、自分で使った食器は、自分で洗うのがルールなのだが、時間に余裕がある時は、ママが洗ってくれて、たまにサボれるのだ。
「分かった。では、よろしく頼む」
「はい。お弁当、台所に置いてあるから、持って行ってくださいね」
「……ふふ」
見ると、確かに我のお弁当箱が、そこに置かれていた。我はそれを見て、幸せな気持ちになり、思わず笑ってしまった。そのお弁当箱を手に持つと、イスにかけてあった学校のカバンの中に、しまい込んだぞ。
それから、歯を磨いて、髪を軽く整え、出掛ける準備ができた。
「では、行ってくるぞ、ママ!」
カバンを肩にかけ、我は玄関からママに向かい、声を掛ける。すると、ママは食事中だったであろうに、わざわざ我を見送りに、玄関へとやってきてくれた。それから、靴を履き終わって立ち上がった我を、朝と同じように、その胸の中に抱きしめてきた。
「いってらっしゃい。気を付けてくださいね」
「うむ。ママもな」
「はい」
ママとの挨拶もそこそこに、我は家を出た。向かうは、我が学び舎。第五魔界女学院高等部である。
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