朝チュン
朝──。
外で、小鳥がさえずる音が聞こえて、我は目が覚めた。
「ふわ……」
軽くあくびをして、目をこすり、目を開いた我の目の前には、勇者がいる。我の顔を覗き込むようにして見ていて、本当に目の前に、いる。
我と勇者は抱き合って眠っていたようで、同じベッド。同じ布団に包まれながら、まるで恋人や夫婦のように、朝を迎えたのだ。
「おはよう、アティ」
「……うむ。おはよう、勇者」
寝ぼけながらも、目の前にいる勇者に、我は朝の挨拶を返した。
「ん……」
挨拶を返すと、勇者が我の胸に顔を埋め、強く抱き着いて来たぞ。
そういえば、我はどうして、お仕事中の服を着たまま眠っていたのだろう。ドレスのまま、眠ってしまったのか?だとしたら、ママに怒られてしまう。
ではなく、よくよく考えれば、どうして勇者と同じベッドの上で目覚めるのだ?
段々と頭がハッキリとしてきて、我はこの異常事態に、気づいた。
「ゆ、勇者!?何をしているのだ!?まさか、ついに我慢できなくなり、我を襲いにきたのか!?こういうことは、告白などの順序を経てから辿り着くべき場所だぞ!?それに我にはまだ、そういうのは早いと思うのだ!まずはママにも相談して、もっと色々と色々な人に認められてからだな!?」
「もう、遅いよ。私とアティは、既成事実を作ってしまったんだ。コレはいわゆる、朝チュン。全てが終わった後の、新しい日々の始まりだよ」
そう言われ、我は頭の中が真っ白になってしまった。
だが同時に、ようやく昨日の事を思い出してきて、そうではない事に気が付いたぞ。
「嘘を、堂々と言うでない!我は貴様に巻き込まれ、成り行きで一緒に眠ってしまっただけだ!既成事実も何もないからな!?」
「ちぇ」
いじけたように言い、勇者は我の胸から顔を離した。そして、再び起きた時と同じように、至近距離で見つめ合う体勢になる。
勇者の目の下からは、クマがなくなっていて、とてもいい顔色になっている。昨日の、酷い顔が嘘のように治り、健康的な様子だ。
「……あまり、心配をかけるでない。これからは、節度を守って遊ぼうぞ」
「うん。アティがそう言うなら、そうするよ。あと……ありがとう。とても、気持ちよく眠れた。アティは、最高の安眠グッズだよ」
「それは、褒めているつもりか……?」
我としては、そんな事を言われても嬉しくはないような、嬉しいような……複雑だ。
「ふあ……今、何時だ?」
我は再びあくびをしながら、勇者に尋ねた。この部屋には、時計と言う物が見当たらないからな。時間が把握できん。
そもそも、眠り始めたのは昨日の夕方頃のはずで、今窓から差し込む太陽の光を見る限り、夜が明けている。ちと、寝すぎだ。
ポケットの入っているはずのスマホを取ろうにも、勇者が抱き着いて邪魔をしていて、それを解いてくれない限りは、無理そうだ。
「分からないけど、いつもは起きるべき時間に、ロゼが起こしに来てくれる。だから、まだ六時半前だよ」
「魔術師は、勇者にとって、ママみたいなのだな……。あまり、心配をかけるでないぞ?魔術師は、本当に心配していたのだからな?」
「分かってるよ。今回、アティに言われて、目が覚めた。ロゼは、私にとっても大切な存在だし、これからは心配をかけないように、ちゃんとする」
何を考えているのか、あまりよく分からん奴ではあるが、きっと嘘はつかないだろう。何せ、選ばれし勇者だからな。
「お……?」
そこに、ガチャリと家の扉を開く音がした。
噂をすれば、魔術師が起こしにきてくれたのだろうか。しかし、足音を必死に殺し、静かに、忍び足で近づいてくるその人物の姿は、一向に見える事ができない。そして、ようやくたどり着いたかと思うと、この部屋の扉をそっと開き、遠慮がちに顔を覗かせて、姿を現わした。
「何をしているのだ、魔術師……」
扉から、顔を半分だけ出して顔を出す魔術師は、顔を赤くして我らの様子を伺っている。
「おはよう、クルス」
「……」
魔術師は、何も言わない。ただただ我と勇者を見つめて、離れた所で見守っている。何かを、警戒しているのか?
「……してないわよね?」
「する?」
我は、魔術師の問いかけに、首を傾げた。するとは、一体何の事だろうか。
そんな時に、頼りになる資料を思い出す。倒れた女を、看病する主人公の女。倒れた女は、密かに主人公に恋心を抱いていた。そしてその日、ついに我慢できなくなった倒れた女は、一緒に寝て欲しいと、主人公にせがむ。最初は戸惑っていた主人公だが、弱った女に頼みこまれ、断る事ができなかった。そして、始まる情事。朝チュン。
ときでくの、物議を醸した、過激なワンシーンである。
「す、すす、する訳がなかろうが!我と勇者は、ただ一緒に寝ていただけだ!」
必死に否定して、勇者から離れようとするが、勇者は我を離してはくれない。
「私とアティは、もう一夜を過ごした、濃密な関係だよ。この胸に顔を埋めながら寝て、それはもう、した事と変わらない。だから、恋人同士という事で」
「そ、そんな訳あるか!無理矢理布団に引きずり込まれ、抱きしめたまま貴様が寝てしまったから、仕方なくおとなしくしていただけだ!そんな事言うと……逆に嫌いになるからな!?」
「ごめん。言い過ぎた。だから、嫌いにならないで」
「あ、いや……」
我が、勇者の事を嫌いになるのを引き合いに出すと、勇者は一瞬にして、テンションを下げて我から手を離してくれた。
別に、これくらいで嫌いになんてなったりはしない。ただ、言ってしまっただけの言葉を、勇者は真に受けて、元気がなくなってしまった。それを見て、ちょっと罪悪感が出てくる。
「や、やり過ぎなければ、別に良い。そんなに、気を落とすほどの事では、ない。だから……まぁなんだ。ちょっとくらいなら、良い」
「アティ……」
「冗談は、それくらいにしておいて。とにかく、クルスが元気になったみたいで、良かったわ」
「冗談……」
我は、嵌められた気分である。実際、嵌められて、恥ずかしい事を言ってしまった気がするぞ。
魔術師はそう言うと、カーテンを勢いよく開き、太陽の光を部屋の中へと入れた。外からの強烈な日差しに、我は思わず、目を細める。勇者も、同じだ。
「仕事の、時間?」
勇者は、上半身を起こすと、目をこすりながら、魔術師に尋ねた。髪はぼさぼさで、寝巻きに着替えずに寝ていたためか、服はシワだらけだ。
「ふあ……。我も、仕事に行かなければならんな」
我もそう言って起き上がると、身体を伸ばして、気合を入れるぞ。
昨日はお風呂に入らずに眠ってしまったから、まずはお風呂に入ろう。それから、下着を変えて、服を着替えて……一旦家に帰らなければいけなそうだが、それでは仕事に間に合わんな。
それにしても、ママにはリリが連絡をしてくれると言っていたが、果たしてママが、急な外泊を認めてくれるだろうか。帰った瞬間に、物凄い剣幕で怒られたりしないだろうな……?
よし。仕方がない。全てを諦め、このまま仕事に向かうとしよう。
「それなら、心配ないわ。二人とも、今日はお仕事お休みよ」
「お休み?どういう事だ?今日は、平日だぞ?」
「リリさんが、手配してくれたの。魔王は有給休暇。私とクルスは、技術研修の名目で、一日休ませてもらう事になったのよ」
「そ、それは、ずる休みではないのか……?」
「堅い事言わない。リリさんの厚意を、受け止めておきましょう。それから、クルス。リリさんが、スマホに元気が出る物を送ったとか言ってたわよ。何かは知らないけど」
首を傾げながらも、勇者は自分の服をあさり、スマホを探し始める。が、どこにもないようで、中々出てこない。
やや手間取りながらも、結局はズボンの中に手を入れて、そこからスマホを引っ張り出した。いきなり股間をまさぐりだしたときは、どうしたかと思ったが、そんな所にスマホをいれているのはどうかと思うぞ。しかし、何も言わないでおいた。
「……!」
そして、スマホを操作してからややあって、勇者は画面をみたまま目を見張り、固まった。
「なんだったの?」
「我にも見せるがよい」
我と魔術師は、それぞれ勇者の肩越しにスマホ画面を覗くと、そこにいたのは我だった。我が、何者かにだきついて、上目遣いになって猫なで声で、こう言っている。
『大好きッ』
昨日、罰ゲームでリリにやらされた行為である。その行為を動画に撮っていたリリが、勇者にコレを送信したのだ。
「ぬがあああぁぁぁぁぁ!」
我は、自分の行為を見せられて、頭を抱えて悶えた。恥ずかしすぎるぞ、何なのだコレは。いや、それはまだいい。どうしてコレを、よりによって勇者に送り付けるのだ。
「……コレは確かに、クルスにとって、何よりも効く薬になるかもしれないわね」
「……うん」
その動画を見たまま、勇者が笑った。我は、恥ずかしくて死にそうなのに、何を笑っておるのだ。
「削除だ!削除せよ!」
「絶対に、嫌だよ。私の家宝にして、代々受け継ぐよ」
「そんな物を家宝にするな!」
スマホを取り上げようとするが、勇者は頑なに、それを我に渡す事はなかった。
まぁ減る訳ではないので、良いだろう……。ただ、この動画を送ったリリは許さん。とっちめてやる。
我は心に、そう誓った。




