おやすみなさい
城を出て、30分程が経過した。我らは、勇者と魔術師が住むアパートに辿り着くと、既に帰宅していると思われる、勇者の家のインターホンを鳴らした。
しかし、勇者は出てこない。仕方ないので連打するが、やはり出てこない。
「帰っていないのか?」
「……いえ。いますね。家の魔力電気メーターが、動いています」
玄関横にあるメーターを見て、そう冷静に分析をしたのは、リリだ。我には見てもよく分からないが、メーターが動いているのは、分かる。という事は、家の中の家電を、誰かが使っているという事だな。
実際、どれくらい動いていたら、中に誰かいると判断すればいいのだろう。そんな疑問はあるが、今は後回しにしておこう。
「クルスー!出て来なさい!いるのは分かってるわよ!」
魔術師が、ちょっとだけ乱暴に、玄関を叩いて叫ぶが、応答はない。
「あんのバカ、何してんのよ……!」
スマホを取り出した魔術師は、勇者に電話をかけているようだ。しかし、出る様子はなく、中から着信音も聞こえてこない。
「魔術師様。ここは、魔王様にお願いしましょう。魔王様が電話をかければ、出るはずです」
「そ、そうね……魔王、お願いできる?」
「ま、任せておけ」
我は、スマホを取り出して、勇者に電話をかけてみる。すると、一回目のコール音が鳴りやむ間もなく、繋がった。
『もしもし』
「わ。ゆ、勇者か!?貴様一体、どこにいるのだ?」
『今、家だよ。アティは?はやく、ゲームしようよ』
「我は今、勇者の家の前だ」
我がそう答えると、家の中からどたばたと音が聞こえてきて、そして家の鍵が解かれると、扉が開け放たれた。
扉を開けて、姿を現わしたのは、勇者だ。ただ、魔術師から話を聞いていた通り、酷い顔である。目の下にはクマができているし、食べていると言う割には、少しやつれている気がする。それに、肌もあれていて、髪の毛はくしゃくしゃだ。
「アティー……」
我を見て嬉しそうにした勇者が、我に抱き着いてくるが、抱き着きにも元気がない。我の前に跪き、我の胸に顔を埋めてくるだけの抱擁である。いつものように、胸に顔を埋めて抱き上げる元気もないようだ。
「確かに、酷い顔ですね……勇者様、しっかり眠っていますか?」
「眠る……?うーん……かれこれ三日くらい、寝てないかな。いや、ほら……この間皆で買いに行ったゲームが、面白くて。つい」
「三日……!」
当然のように答え、我の胸に、気持ちよさそうに顔を擦りつける勇者に、我らは絶句したぞ。3日も寝ないとか、そんな事できるものなのか?我だったら、1日で限界だ。それ以上は、健康に害がでる勢いで、気分が悪くなる。というか、勇者もなっているのではないだろうか。
「どこまでバカなのよ、あんたは!今すぐ家に戻って、寝なさい!」
「えー……でも、アティがせっかく会いに来てくれたし……それに、ゲームをもっとしないと……面白いんだよ、あのゲーム」
「面白いんだよじゃなくて、寝なさい!じゃないと、あんた本当に死んじゃうわよ!?」
魔術師は、勇者を我から引きはがすと、勇者の抵抗は弱かった。呆気なく我から離れた勇者を、魔術師は乱暴に家の中へと連れ込んでいく。
「ま、待て、魔術師よ。勇者は、弱っている。丁重に、扱ってやろう」
「このバカ、丈夫だから平気よ」
魔術師はそう言うと、本当に乱暴に、勇者を家の中へと引きずり込んでいく。頭をぶつけようが、何をしようが、お構いなしだ。一方で勇者は、それに抵抗する事無く、連れていかれる。抵抗する元気もないようだな。
しかしこの状態で、よく仕事に行けていたものだと、感心するぞ。そこは素直に、偉いと思う。
「……」
勇者の家にあがった我らは、ベッドに横になる勇者を、3人で覗き込んで監視を始める。しかし、勇者は目を瞑ろうとはしない。見開いた状態で我を見つめて、その視線を離そうとしないのだ。ちょっと怖い。
見つめられながら部屋を見渡すが、部屋の中は、カーテンが閉めっぱなしで暗かったが、割とキレイだった。ゴミはないし、きちんと掃除されていて、ホコリもない。物が少なく寂しげではあるが、まだ生活を始めたばかりなので、これから増えていく事だろう。
「どうすれば、眠れるかしら……」
「子守歌でも、歌ってみたらどうでしょう」
「そうね。良いアイディアだわ」
「いや、そもそも、こんな状況では我でも眠れんぞ……」
3人に顔を覗き込まれていたら、眠れるものも、眠れないというものである。子守歌以前の問題だ。
「それより、ゲームがしたいよ」
「だから、ダメだって……あんた、どんだけハマってるのよ」
「ゲームがこんなに面白いだなんて、知らなかったよ。寝るのも惜しいと思うくらい、本当に面白い。特に、アティとゲームをするのが、とても楽しいんだ。好きでやっている事だから、関わらないでほしい」
「このバカ──!」
我は、勇者に殴り掛かろうとする魔術師を、手で制して止めさせた。
「魔王……」
勇者の言う事は、とてもよく分かる。ゲームは、夢中になってずっと出来てしまう魅力を秘めている。それを、ずっとやりたいと思うのは、我も同じだ。我だって、勇者と一緒にゲームが出来て、楽しい。勇者だけではなく、リリやウィンに、知らない人とも一緒にゲームをして、本当に楽しい世界が、そこにはある。
だかそれは、健康で健全な、普段の生活があってこそ、楽しめる物である。今の勇者は、とてもではないが、健康で健全とは言い難い。遭遇したばかりの、楽しいゲームの世界に、理性が追いついてきていないのだ。
「……勇者よ。我も、貴様とのゲームは、とても楽しく思う。一緒にゲームをしたいと言ってくれて、う、嬉しかった。だが、今の貴様とは、ゲームをしたいとは思わん。何故か分かるか」
「……」
我の言葉に、勇者は顔を真っ青にして、ショックを受けた様子を見せている。
「私、アティに嫌われたの……?」
「お、おお、落ち着け!嫌っている訳ではない!ゲームをしたくないだけだ!その理由が、分かるかと尋ねている!答えるがいい!」
「……分からない」
勇者は、横になったまま、首を横に振って答えた。いつになく、気弱な様子である。
本当に、子供ののような奴であるな。我より、ずっと背が高く、大人っぽいのに。
「……それはな、貴様の身体が、心配だからだ。このまま起き続けていたら、本当に倒れてしまう。そうなった時、一緒にゲームをしていた我は、自分を責めずにはいられない。もちろん、勇者自身の身も心配になり、少なくとも我や、魔術師に、リリも、凄く心配してしまう。今も、勇者の身を案じた魔術師が、我とリリに相談しにきて、この事態が発覚したのだ。それなのに、関わらないでとか、そういう事をいうものではない。そんな事を言う勇者は、嫌いだ」
「魔王様の言う通りですよ、勇者様。夢中になるのは良いですが、その身の健康を、第一に考えてください」
「そうよ、クルス!あんまり、心配させないで!」
「……」
勇者は、口々に説得する我らに言葉で返す代わりに、ゆっくりと目を閉じた。
「……ごめんね。ありがとう」
それから、小さな声でそう呟き、眠りにつこうとする。我らの想いを理解してくれたようで、安心したぞ。
ゆっくりと、眠るがいい。我はそう思いながら、勇者の頭を撫でる。
「ふぇ。んぎゃああぁ!?」
その手を、勇者が掴んできた。すると、我を布団の中に引きずり込んできて、我は抵抗むなしく、勇者に捕らえられてしまった。我の胸に顔を埋めて来た勇者は、我に強く抱き着いたまま目を閉じて、眠ろうとしているぞ。
「離せ、勇者!我は抱き枕ではないぞ!?」
「……アティの、良い匂い……気持ちいい……ぐぅ……」
「寝るな!寝るなら、離してから眠らぬか!ま、魔術師よ、助けてくれ……!」
我は、魔術師に助けを求めたが、その魔術師は泣いていた。
「良がっだよー!グルズ、ごれでへいぎよね……!」
オマケに、鼻水まで垂らして泣いている。余程、勇者の事が心配だったのだな。本当に、仲の良い奴らである。
「はい、大丈夫ですよ。鼻、チーンてしましょうね。はい、どうぞ」
「ちーん!」
鼻水を垂らす魔術師の鼻に、リリがティッシュをあて、かむように促した。魔術師は言われた通りに、鼻をかんだぞ。しかし、鼻水も涙も収まる様子はない。
「では、魔王様。私たちは、出ていきます。勇者様の事、お願いしますね」
「え」
「カーテンは閉めておきます。じき、日が暮れるので。それから、ラティ様には私から連絡をいれておくので、ご心配はいりません。では」
「ええ」
戸惑う我に、有無を言わせずに、リリは魔術師と共に家を出て行ってしまった。
「じょ、冗談であると、言ってくれ……」
カーテンが閉められ、暗くなった部屋で、我は呟いた。静まり返った部屋の中で聞こえるのは、勇者の寝息と、時計の音くらいである。胸の中で寝息をたてられているので、くすぐったいな……。
しかし、可愛い寝顔だ。魔王の胸の中で眠る勇者なんて、聞いたことがないぞ。
そんな寝顔を見ていると、我も段々と眠くなってきてしまった。この体勢では、どのみちできる事はない。仕方ないので、我も勇者の頭を抱き返して、眠る事にした。




