目に入れても痛くない
我は、勇者に捕まった。
勇者が我の胸に顔を埋め、抱き上げられて、逃げ出す事は出来なくなる。
「アティ……!こんな所で、何をしてるの?私に、会いに来たの?それとも、偶然?だとしたら私たちは、運命の糸で結ばれているに違いないよ。ロゼの家にある漫画に、そう書いてあったからね」
「漫画……?」
「うん。とても面白くて、一気読みしちゃったよ」
似たような内容の漫画を、我もつい最近読んだばかりだ。少女漫画の、恋愛を題材にした漫画である。男女複数人を巻き込んだ、どろどろの恋愛模様が、怖くもありながら、とても面白い作品だ。タイトルを、『ときめき☆デクテット』。略して、ときでくと言う。
女友達が急に付き合いが悪くなるのは、男ができたからだと描いてあったのも、その漫画である。また、運命の糸がどうのこうのも、その漫画に出てくる。魔術師の家に、その漫画があったという事は、魔術師もこの作品を読んでいる事になるだろう。
「なぁ勇者。その漫画って──」
「な、なんだっていいしょう、そんなの!それより、何でリリさんの待ち合わせ場所に、クルスが来るのよ!」
「それは私が、リリさんと待ち合わせをしたからだよ。遅刻して、怒られたけど」
さっき、叩かれていたアレだな。
いや、それよりも、やはりリリの待ち合わせ相手は、勇者だった。我を誘う事もなく、黙って2人でデートをしようとしていたという事は、やはり2人は、そういう関係だという事になる。
「……離せ、勇者」
「アティ?」
「……離してあげて、クルス」
魔術師にも促されて、勇者は我を、地面に降ろした。地面に降ろされた我は、勇者に背を向ける。
「二人の仲を、邪魔するつもりはない。だが、我ではなく、リリが好きだと言うならそう言えば良かったであろう……!我はクルスに好きだと言われ、嬉しかった。リリも、大切な存在で、我の大好きな人だ。どちらかを選べと言われたら、選べない程に、二人とも大好きだ。だが……そんな大好きな二人が密かに付き合っていただなんて、我はどうしたらいいのだ……!?」
「……アティ。私は──」
「私がいるわ」
そう名乗り出たのは、魔術師だ。魔術師は、我の手を握り、我の目を真っすぐに見据えてそう言って来た。
ここまで、我と一緒に来てくれたのは、魔術師だ。ずっと傍にいて、行動を共にしてきた。そうだ。我の本当に大切な存在は、魔術師だったのだ。
「私……ようやく本当の気持ちに気づいたの。貴女と共に行動している内に、段々と貴女に惹かれて行った。貴女と言葉を交わす度に、私の中の貴女が、どんどん大きくなっていく。貴女は私にとって、なくてはならない存在だと、ようやく気付けた……。貴女と行動するキッカケを作ったのは、リリさんとクルス。でもその先で、貴女の大切な二人が貴女を裏切ったのは、全部私と繋がるためだった。私たちは、運命の糸によって引かれあい、最後には繋がって一つになる運命だったのよ!」
「魔術師……!」
「魔王……!」
我と魔術師は、互いの目を見つめ合い、そして抱き合った。
「……そんなの、認めないよ。アティは、私の物。アティ……秘密をバラされたくなかったら、私の物になると誓うんだ」
「なっ……!や、やめるのだ、勇者!そんな事をしたって、我は我を裏切った貴様の物になどならん!」
「秘密って……?」
「気になるよね、ロゼ。それじゃあ、教えてあげる。ロゼ……貴女とアティは、本当は血の繋がった姉妹なんだよ!」
「やめろおおぉぉ!」
「一体何をしているのですか」
そこへ、リリが勇者を追いかけて、やってきた。少し前から覗いてはいたが、様子を見守り、ようやくつっこんでくれたぞ。
「うむ。とある漫画と似たシチュエーションだったので、ついな」
「ときでくですね。魔王様がよく読ませてくるので、分かります」
別に、無理矢理読ませている訳ではない。お勧めだと言って、渡しただけだ。
しかし、しっかりと読んでくれているようで、嬉しく思う。
「しかし、魔術師がときでくファンとは思わなかったぞ」
「た、たまたまよ!たまたま読んで、知ってただけ」
恥ずかしそうに誤魔化そうとするのは、イメージにないからだろうか。我も、まさか魔術師が、少女漫画を読むようなタイプだとは、思わなかったからな。
だが、打ち合わせなしでそのシーンが思い浮かび、乗ってくるのは、相当読み込んでいないと、できない事だと思う。勇者もだが、かなりハマっている様子が伺える。
身近に同じ漫画にハマっている仲間を発見できて、我は本当に嬉しいぞ。
「ときでくは、良いです。それで、どうして魔王様と魔術師様が、私と勇者様の待ち合わせ場所にいるのですか」
「あ」
我と魔術師は、同時に声を上げた。見つかってはいけないのに、見つかってしまい、言い逃れができない状況にある。
こうなったらもう、誤魔化しようがないだろう。仕方がないので、我は素直に話す事にした。
「じ、実は……リリに、男が出来たのではないかと思って、後をつけた。す、すまなかった」
「……私も。魔王からリリさんの話を聞いて、興味がわいて……ごめんなさい」
「……もういいですよ。実は、魔王様から待ち合わせ場所を尋ねるメッセージが届き、なんとなく後をつけようとしているのは、分かっていました」
「ま、待ち合わせ場所を聞いたって……まさか、後をつける相手に、居場所を直接聞いてたの!?」
「う、うむ……何か、悪いのか?」
驚く魔術師に、我は驚いた。何も、変な事をしたつもりはないのだが……。
「それに、いつもより素っ気なくお別れをして、出て来てしまいましたからね。待ち合わせに遅刻しそうだったので、少し急いでいたんです。なのに、勇者様はいつまで経ってもやって来ませんでした。待っている間に、ナンパはされるし、いかがわしい撮影のモデルにしつこくスカウトされるし、ご老人にセクハラをされそうになるし、子供たちにはオバサンとからかわれました。あまりにもストレスがたまり、勇者様の顔を見て殴らずにはいられませんでした。頭、痛くないですか?」
「痛いよ」
「そうですか」
痛いと訴える勇者に、リリは素っ気ない態度をとる。どうでも良いようだな。
しかし、まだ疑問が残っている。どうしてリリは、我に内緒にして、勇者と会おうとしていたのだろうか。やはり2人は、そういう関係なのか?いや、例えそういう関係だったとしても、我を除け者にするなんて、そんなのあんまりではないか。
「じゃあ、どうして私たちに内緒にして、二人で会ってたのよ。私と魔王だけ除け者なんて、そんなのずるいわ。私だって一緒に、遊びたいのに!」
我と同じ状況におかれていた魔術師が、リリと勇者に向かってそう訴えかけた。
「そ、そうだ!我だって、一緒に遊びたかった!内緒にするなんて、ずるい!」
「……私が、リリさんにお願いしたんだ」
口を閉ざすリリを庇うように、勇者がそう言った。
「アティには内緒で、ある物を買いに、買い物に付き合ってもおうとしてたんだ。二人を、除け者にしたつもりはないよ。でも、そう感じたのなら、ごめんね。でもこれだけは、分かってほしい。私はアティも、勿論ロゼも大好きだし、除け者になんてしない」
「勇者……」
「クルス……」
「特に、アティは愛してる。目にいれても、痛くないくらいに」
「お、おう……」
勇者は、我の手を握り、我の眼前にまで顔を近づけて、そう告白をして来る。
我の姿を映す、その目がコワイ。正気を失っているような、深い闇を感じるぞ。本当に、我を目の中に入れようとしてきそうな勢いである。
「勇者様は、魔王様と一緒にゲームをしたくて、ゲームを買おうとしていたんです。ですが、勇者様はあまり詳しくないと言う相談を受け、そこで私が買い物に付き合う事にした、という訳です」
「げ、ゲーム?我と?」
「……うん。アティが、よく話してくれるゲームの事を聞いていたら、私もやってみたくなったんだ。ゲームがあれば、アティと家にいても、ゲームを通じて遊べるかなと思って……内緒にしておいて、驚かせようと思ったんだけど、この際だからもう言っちゃうね」
「そ、そうだったのか……」
つまり、勇者とリリは、別にそんな関係ではなかったし、リリに男がいる訳でもないという事か。全ての疑いが晴れ、我の心の中は、スッキリとした気分となった。
その時であった。我の、ポケットの中に入っているスマホが震え、我に着信を知らせている事に気が付いた。リリの後をつけるにあたって、マナーモードにしていたので、音は出ていない。取り出して、画面を確認してみると、そこに表示された相手の名前は、ママであった。
そういえば、ママに遅くなると連絡をするのを、忘れていた。
この日は、いつもよりもこっぴどく叱られて、我は泣きました。




