完璧な魔王像
一度、冷静になろうではないか。我が、魔王であるという事は、揺るがぬ事実なのだ。この、隠しきれない威厳とか何かで、それを伝える事が可能である。
「いや、本当に我が、魔王だ。分からぬか?こう……なんか、それっぽいであろう?」
「嘘をつくなぁ!」
「本当だってぇ!」
いくら弁明しても、彼女は信じてくれない。知的そうな女だと思ったが、どうやら我の見込み違いのようだ。彼女はただの、がっちがちに堅い頭の持ち主で、魔族不信の審美眼ゼロで、付き合っている男が浮気していると思い込んだら、してもいないのに徹底的に追及して、愛想をつかされて結局破滅する。そういうタイプの女に違いない。
「恐れながら、こちらにおられる方は、正真正銘、本物の魔王様でございます」
壇上前の横に逸れていたリリが出てきて、失礼な事を言う魔術師に対し、そう言ってくれた。
「信じられません」
だが、頭が堅いので、魔術師はそれでも信じてくれない。
「一体何故、そこまで頑なに信じてくれないのですか。理由を、お聞かせください」
困り果てたリリが、ため息交じりにそう尋ねると、魔術師は顔を伏せ、手に持った杖を、床に勢いよく立てて、大きな音を出した。かと思えば、顔をあげて、我を睨みつけてくる。
彼女は、何をそんなに怒っているのだ。我、ちょっと怖くなってきたぞ。
「何故、ですって……?ええ、教えてあげますよ。何故私が、貴女が魔王であると、信じないかを!」
「私も、知りたい」
「クルス!?貴女は、アレが魔王だと信じているの!?」
「本人が言っているし、そうなんじゃないかな」
どうやら勇者の方は、信じてくれているようだ。魔術師とは違い、純粋な心の持ち主のようで、我の好感度はアップだぞ。
「くっ……クルスに聞いた、私がバカだった……!とにかく、貴女が魔王のはずがない!なんなのよ、ここに来るまでに遭遇した、あの緩い罠は!私たちを、舐めてるの!?バカにしてるの!?そうなんでしょう!?バカにして、楽しんでるんでしょう!?」
確かに、ここに来るまでに、防衛隊は退避させているが、罠は発動させてある。侵入者が、ここに辿り着くまでの時間稼ぎに張り巡らされている罠だが、この2人は見事にそれらをかいくぐり、ここまでたどり着いたと言う訳だ。
しかし、緩い罠とはよく言う物だ。この城の罠は、単純な物ではない。それこそ、罠に嵌まった者を、長時間に渡ってその場に釘付けにする、恐ろしい物ばかり……。それを、緩い罠だと言い切る魔術師は、やはり他の者とは格が違う。
「ほう!あの恐ろしい罠の数々を、緩いと言い切るか!」
「どこが恐ろしいのよ、バカー!」
「ばっ……!?」
今、バカって言った。魔術師が、我の事をバカって言った!
「意味が分からない……ご丁寧に、魔王の下へと続く順路を指し示す看板。その看板に従い進みだす、バカ勇者。罠だと思いきや、順路の先に待っていたのは、温泉に、サウナに水風呂に、湯上りに飲むと最高に美味しい、コーヒー牛乳……!その温泉を抜けると、テレビゲームを楽しみながら使用できる、全自動マッサージチェア!更には最新刊から旧作まで揃えられた、漫画の数々!しかも、お店でしか見た事のないドリンクバーがあって、ジュースにコーヒーが飲み放題と来たもんだ!毒が入ってるとかじゃなくて、普通に美味しかったです、ごちそうさまでした!そして更に奥へ進んだら、リラックス効果のあるアロマの香りが充満したお部屋!ふっかふかのベッドに、テレビにエアコンも完備で、高級ホテルか!そこも通り抜けたらお次は、可愛い生き物のお出ましよ!凄く可愛かったわ!アレはなんていう生き物なの!?」
「メガトンゾーラ……」
「メガトンゾーラ!めが、とん、ぞーら!四足歩行で、二つの玉がくっついただけのような身体に、胴体から伸びた、短い足!つぶらで大きな瞳に、もふもふで、羊のような黒の巻き毛!頭にちょこんと生えた、一角の角と、柔らかーい肉球!人懐っこくて、頭を撫でてあげると、自ら頭を擦り寄らせてきて、気持ちよさそうに目を細める!歩く姿は、短い足を忙しそうに動かして、愛らしすぎよ……!」
「そうであろう。メガトンゾーラは、お前たちのような侵入者を足止めするための、罠だ。その様子では、まんまとその可愛さにやられたようだな。ちなみにお前たちが去った後、担当の者がすぐに回収して、お部屋に戻してあるから安心するが良い!」
「安心した!良かった!」
魔術師はそう言って、心底安心した笑顔になった。
どうやら、心行くまで、メトンゾーラを堪能したようで、我は満足だ。
メガトンゾーラは、魔界一可愛いと評判の魔物だ。大人になると、全長3メートルほどにまで成長し、今よりもほっそりとして手足も伸び、毛も短くなってしまい、子供の時の愛らしい姿の面影はなくなる。だが、性格はおとなしくて、大人になってもそれは変わらない。しかも、翼まで生えて、背中に乗って空を飛ぶこともできるのだ。カッコ良くて、凄いんだぞ。
「私たちがその場を去る時も、一生懸命ついて来ようとして、心配してたのよ」
「うん。アレは、辛かった。ところで、さっき私の事をバカ勇者って言った?」
「て、ちがあああぁぁぁぁう!」
叫んで地団太を踏む魔術師に、我は驚いた。どうしたのだ、この魔術師は。情緒不安定にもほどがあるだろう。
「なんっ、なのよ、あの緩すぎる罠は!こんな緩い罠を乗り越えた先に、魔王がいる訳ないでしょうがっ!」
「緩いとか言って、しっかり堪能していたのではないのか……?」
「私たちが堪能したのは、温泉と、メガトンゾーラだけ!他はスルーして、ここまで来たのよ!」
温泉と、メガトンゾーラは堪能したのだな。逆を言えば、2時間たっぷり、その2つに限定して堪能したとも言える。
というか、何故怒っているのかが、分からない。しっかり堪能して、楽しんでもらったはずなのに、どうして怒っているのだ。
もしかして、何か不備があったのか?そのせいで、完璧だと思っていた罠に満足できず、怒っているのか?だとしたら、悪い事をした。すぐに改善して、完璧に喜んでもらえるようにしておかねばいけない。
「──でも何よりも信じられないのは、貴女のその、容姿よ!」
魔術師はそう言って、我を勢いよく指さして来た。
「我の、容姿……?」
確かに、我はあまり、背が大きくない。むしろ、小さいと言える。だが、魔族の血族に見られる特徴である、白銀の髪色に、金色の瞳を受け継いでいる。誰もが、立派な魔王だねと褒めて、頭を撫でてくれるのだぞ。
身に着けた衣服だって、黒き薔薇をモチーフにしたワンピース型のドレスで、高級品だ。大人らしくて、セクシーでカッコイイと、皆が褒めてくれる。
完璧な魔王像ではないか。
「魔王様を愚弄するのは、およしください!」
そう言って、魔術師に啖呵を切ったのは、リリだ。
いいぞ、言ってやれ。我の凄さを、魔術師に教えてやるが良い。
「確かに魔王様は、小さいです!身長は、御年14歳にして、145センチ!小さくて、お目目はクリっとしていて、口から飛び出した牙は、キュートで愛らしい!お鼻も小さく、ぷにっとした頬は触り心地が抜群です!しかし、驚くべきはそこではありません!何より魅力的なのは、そのお胸!身長の代わりに栄養が全ていっているかの如く育った、そのたわわなお胸は、巨大なメロン!柔らかく、程よく張りがあり、ありとあらゆる形と柔らかさを計算しつくして一番美しく大きなおっぱいを導きだし、それを体現したかのような、この世の物とは思えない、完璧なおっぱいなのです!」
「お前は、我のおっぱいをそんな風に見ていたのか!?」
我は思わず、自分の胸を両腕で隠して、身構えてしまったぞ。褒められるのは嬉しいが、我はこの胸に、悩まされているのだ。もっと背が大きくなりたいのに、大きくなるのは胸ばかり。オマケに、右角ばかり大きくなって、左角は小さく不揃いだ。魔王の証である、どす黒い王冠は、そんな大きな右角に嵌めてある。髪は、リリのようにサラサラとしておらず、先端だけ癖っ毛になっていて、カール掛かっている。本当は、リリのように黒くてサラサラの髪の毛に憧れているし、背だって、リリのようにスラっと伸びて、大きくなりたい。かろうじてリリのようになれたのは、腰元まで伸びた、髪の長さくらいである。
「……ね、勇者。コレで、アレが魔王じゃないって、わかった──」
「……!」
勇者は、魔術師が話しかけたその場には、もういない。勇者だけが手に持つ事を許された聖剣を構え、我に向かって一直線に飛んできた。