裏切り
2人の残業が終わるのを待つ間、スマホゲームのガチャを引いてみたが、見事に外れた。基本無課金勢の我にとって、ためにためたガチャ素材が一瞬でなくなってしまったのは、痛手である。ショックのあまり、呆然としてしまったぞ。
しかし、仕方ない。これくらい、無課金勢にとってはよくある事である。また、貯めよう……そう思いながら、我は今ある戦力で、デイリークエストの周回を済ますことにする。
「あ、SSR出ました。見てください、魔王様」
「コレは……!」
我と同じゲームをしているリリが見せたのは、今回のガチャの目玉である、ブレテ子ちゃんだ。
コラボ限定キャラであり、その強さはゲーム最強の一角を担う性能を持っている。今しか出ないので、是非欲しくて我もガチャを引いてみた訳だが、見事に外れてしまった所に、この仕打ちは酷い。
「あ、あれ?五体いる!」
よく見ると、ブレテ子ちゃんが、5体並んでいる。リリは、我と同じ無課金勢のはずである。こんな、課金勢でしかできないような光景が、ある訳がないのだ。コレは一体、どういう訳なのだ。
「ああ、それですか。最近、妙に運が良くて、出ちゃいました」
「……」
他にも、よく見ればSSRキャラが数多く並んでいて、我とは比べ物にならない量である。我の方が、圧倒的にランクが高いのに……我の方が、圧倒的にやりこんでいるのに、このガチャ運の差は、納得がいかないぞ。
今度、運営に文句を言ってやろう。アンケートがあったら、この事を必ず書いて送ろう。そして、詫びのガチャ素材を要求する。
「魔王。リリさん」
リリと2人で、ゲームに没頭している所に、魔術師がやってきた。その服装は、作業着から、昨日着ていた服に着替えている。
同じく一緒にやってきた勇者も、同じように元の服装なのだが、様子が変だ。目が虚ろで、ふらふらとしている。
我とリリは、外のベンチに座って2人を待ち構えていた。出口までの通り道にあるので、2人は絶対にここを通る場所だ。
我らを赤く照らす夕焼けを眺めながら、のんびりとした時間を過ごしていた所である。
「……アティ!」
「のわっ!?」
フラフラとしていた勇者が、突然ベンチに座っている我に、抱き着いて来た。膝をつき、我の胸に顔を埋めてくる。我は、手にしたスマホを慌てて上にあげてよけて、万歳するような形で、勇者を受け入れてしまった。
「アティ……すーはー」
そして、お馴染みの深呼吸である。
「勇者様、どうかしたのですか?ふらふらしていたようですが」
「あー……魔王がいなくて、先に帰っちゃったと思って、ショックを受けてたのよ。いてくれて、良かったわ。あの様子じゃ、今から魔王に会いに行くとか言い出しそうだったから」
確かに、残っていて良かった。家にまで来られたら、迷惑だからな。
「お仕事の方は?」
「終わったわよ。全員でやったから、あっという間だった。皆には、感謝しないとね……。それに、お土産も貰ったの。見て、リリさん。魔王。私が初めて刻んだ、紋章!」
魔術師がバッグから取り出したのは、掌サイズの魔鉱石だ。小さく加工され、円状になったそれには、立派な紋章が刻まれている。
だが、ちと普通の物よりもちと線が足りない気がする。通常、この水の魔法石には、描いた円の中に、円の一部を重ね合わせ、欠けた月をイメージした物を描く。更に、大小様々な縁を、重ならないように刻み、最後は月に向かって降り注ぐように、外からはみ出た直線を描くと言う物だ。その直線も、円も、ちと少なくて、違和感を覚えた。そういえば、さっき線が足りないとかと言われ、工場長に怒られていたな。もしかして、コレがそれなのかもしれん。
「よ、良かったな」
しかし、それを指摘するのも、野暮だ。魔術師は、嬉しそうで、笑顔だからな。
「ちょっと、拝見します」
一方で、リリは魔術師からその魔鉱石を受け取ると、まじまじと眺めだした。リリも、線が足りない事には気づいているのだろう。
「……コレで本当に、力は発揮できるのですか?」
「そのはずよ。工場長は、信じてくれなかったけどね。製品テストすら、受けさせてもらえなかったわ」
「私は、紋章魔法に関しては専門外です。しかし、紋章魔法において、従来の物よりも線を一本減らすだけでも、その機能全体を脅かす可能性のある物なのではないですか?」
「確かにそうだけど、ここの紋章に関しては、そもそも使用している魔術回路が古すぎる。恐らく、昔から全く変えていないんでしょうね。技術は常に、進歩してるのよ。昔の魔術回路は、最新の物と比べて、無駄が多いの。ここで使われてた魔術回路に関しても、同じ。せっかく描いた線が全く機能してなくて、むしろ邪魔している線すらある。これじゃあ、途中で能力を発揮しなくなって、すぐに壊れちゃうわ。その原因となる物を取り除き、円の配置や大きさを少しずつずらして、完成したのがコレ」
自慢げに、魔術師はそう教えてくれた。我も、紋章魔法に詳しいわけではない。むしろ、意味が分からない部類の物である。
誰かに解説を頼みたいが、頼みのリリも、専門外だ。となれば、お手上げである。
「──なるほど、確かにこの工場で使用されている魔術回路は、およそ三百年前に開発された物のようです。現在に至るまで、全く手を加えられることなく、使用され続けて来たようですね。どうやら紋章魔法については、人間側の技術が圧倒しているようです。今回の魔術師様のご指摘を受け、少し参考にさせてもらいましょう。関連する各部署に、それとなく指示を出しておきます」
素早くタブレット端末をいじるリリは、工場の紋章魔法について、調べたようだ。タブレットと、魔術師の紋章を交互に見ながら、何かを見比べている。
「それがいいわ。技術の進歩は、止めちゃダメよ」
「……ロゼ」
勇者が、我の胸に顔を埋めたまま、魔術師に目を向け、名を呼んだ。
「うん?」
「人間側の技術を、魔王軍に提供するなんて、ロゼも本格的に裏切り者だねっ」
「あ……ああああぁぁぁぁぁ!やっぱり今のなし!コレも、なし!見なかったことにして!」
勇者とは違い、魔術師は人間を裏切る事に、抵抗がある。本人は未だに、スパイとしてこの魔界で働いているという事で、自らを納得させているような状況にあるからな。技術を提供したりは、もってのほかであろう。
慌てて、リリに渡した魔鉱石を取り上げるが、後の祭りである。
「もう遅いです。写真を撮って、技術部門にメールで送信しておきました」
「あああぁぁぁぁ!」
さすがは、リリだ。仕事が早い。そして、それを聞いた魔術師は、取り返しのつかない事をしてしまい、頭を抱えて叫ぶ。
「すーはー、すーはー」
魔術師が叫んでいるかと思えば、勇者は我の胸の中で、再び深呼吸をし始める。
「二人とも、仕事初日、お疲れ様である。よく、頑張ったな」
我は、今日頑張ったご褒美に、そう言いいながら、我の胸に顔を埋める勇者の頭を、優しく撫でてやった。すると、勇者は我の胸に顔を埋めたまま、我を持ち上げて来た。
もう、驚きはせん。よくある体勢なので、すっかり慣れてしまったぞ。
「これで、私とアティは、相思相愛だね!今日から一緒に暮らそう。お風呂に一緒にはいって、ご飯はあーんをして食べさせ合い、寝る時も勿論一緒だよ」
「何故そうなる!?」
さすがに、勇者のその発想には、驚いたぞ。そして、身の危険を感じる。慌てて引きはがそうとするが、凄い力で我に抱き着いているので、軽く力をいれただけでは、ビクともせん。
「ま、魔術師ぃ……」
仕方がないので、我は魔術師に助けを求めた。このままでは、どこかへ連れていかれ、変な事をされそうでちょっと怖いからな。
「やめなさい」
魔術師は、我の願いを聞き入れ、勇者の頭を小突いてくれた。いや、小突くなんてレベルではない。後頭部に、その拳がめり込んだ気がした。その衝撃は我の胸にまで伝わり、胸が弾んだ気がしたぞ。
「……」
勇者は、黙って後頭部を押さえ、我から手を離した。解放された我は、急いで魔術師の背後に回り、勇者から距離を取った。
魔術師は、頼りになるな。凄く力強くて、まるでママのようだ。
ただ、殴られた勇者は凄く痛そうで、心配だ。勇者は今までにない反応を示していて、頭を押さえたままうずくまり、動く様子がない。
「ゆ、勇者よ。大丈夫か……?」
「……」
魔術師を盾にして、横から恐る恐る顔を出して我が尋ねると、勇者はすぐに立ち上がった。
「痛いよ、ロゼ」
そして、いつもの無表情で、魔術師に向かって訴えかける。本当に、頑丈な頭だなと、感心させられるぞ。
「痛いのが嫌だったら、魔王に変な事をしようとするのはよしなさいって、何回も言ってるでしょ。魔王はまだまだ子供なんだから、そういうのはナシよ」
「我はもう大人だ!子供じゃないぞ!?」
「こんなに小さいのに、何言ってるのよ。そういう台詞は、もうちょっと大きくなってから言いましょうね」
魔術師はそう言いながら、我の頭を撫でて来た。助けてもらっておいてなんだが、この子供扱いは、気に入らん。だが、心地が良いので、なでなでは受けておくぞ。
「盛り上がっている所、申し訳ないのですが、暗くなる前に帰りましょう。遅くなりますと、ラティ様が心配しますので」
「お、おお、そうだったな」
いつもは、仕事が終わったらリリと、真っすぐに家に帰る。それから友達と少しだけ遊んだりする事はあるが、基本的に一度は家に帰るのが、決まりだ。リリと遊んだりする時は、前もって連絡をしっかりといれて仕事終わりに遊びに出かける事もあるが、今日は連絡をいれていない。
なので、早く帰らなければママに心配をかけてしまう。
「ラティさん?」
「ラティ様は、魔王様のお母様の名前です」
首を傾げた勇者に、リリが答えてやった。正しくは、ラーティアという。
「お義母さん……!」
「気が早い。とにかく、これ以上だべって魔王が怒られるのは、可愛そうでしょ。早く帰りましょう。ね」
「う、うむ!その通りだな!」
我は自然と魔術師と手を繋ぐと、歩き出した。向かうのは、近場のていせつである。
「ああ、いいな、ロゼ。私もアティと手を繋ぎたいよ」
「う、うぅむ……」
なんか嫌だが、仕方がない。勇者も、今日一日頑張った訳だし、手を繋ぐくらいは、いいだろう。
我が手を差し出すと、勇者は飛びつくように、手を握って来たぞ。しかし、これではリリと手が繋げないな。仲間外れは、したくない。
「リリさん」
すると、勇者が余った方の手を、リリに向かって差し出した。リリと、手を繋ごうとしているようである。
「……はい」
一瞬戸惑う様子を見せたリリだが、最後には勇者の手を取り、手を繋いだ。これで、4人仲良く手を繋ぐことができ、安心だ。
あとは、夕暮れに照らされながら、家に帰るだけである。
ちなみに、家に着いた時は暗くなっていて、結局ママに怒られてしまった。




