優しい工場長
チカーダックスではなく、別の喫茶店でお茶をして、時間を潰した我とリリは、再び工場へと戻って来た。
丁度、2人の仕事が終わる、定時の時間である。
我は両手に、喫茶店で買って来たカプチーノを、持っているぞ。ちと冷めてしまったが、これを渡せば2人とも、きっと喜ぶはずである。
「魔王様。走ったらダメですよ。こぼさないように、慎重になってください」
「わ、分かっておる。走らないぞ」
工場内の廊下を歩いていたが、我は思わず、足早になってしまっていた。早く2人に届けたくて、思わずそうなってしまったのだ。リリとの距離が広がる度に、しっかりと歩いているリリが、そう釘をさしてきて、その度に我は、リリと歩調を合わせる。
周囲は、他の仕事終わりの魔族が帰路につこうとしていて、ぶつかったら危ないからな。挨拶を交わしながら、我はリリの言う事を聞いて、慎重に2人の下へと向かうぞ。
「困るんだよなぁ、新人が勝手な事をしちゃあ!」
突然、廊下に怒鳴り声が響いた。
その声を聞き、我は思わず足を止めた。声は、角を曲がった先から聞こえて来たので、我は慎重に顔を覗かせ、そこから様子を伺った。
すると、そこにいたのは、勇者と魔術師だった。その2人と相対して、ダウェンボードが立っている。2人に対して、胸をふんぞり返し、とても偉そうな態度である。
「お前たちは、言われた通りの事をしておけばいいんだよ!勝手な事をして、独りよがりに業績を伸ばそうなどと考えるな!お前は、石を削りすぎだ!石は、鮮度が命なんだよ!必要な分を、必要な分だけその日の内に紋章魔法により加工する!その紋章は、間違いのないよう、省略もせずに、一本残らず完璧な線を描いて初めて、製品テストを受けられる!無駄な線なんて、どこにもないんだよぉ!何故、勝手な事をする!何故、言われた通りにやらない!ああ!?言ってみろ、ベルクルス・エッジボルト!」
「……そこに、石があったから」
「ふざけてんのか!?それとも、オレをバカにしてんのか!?」
「す、すみません、工場長……!クルスは、この通りバカなんです。今後は、削る石をしっかりと調整し、無駄の出ないように致します」
相手をバカにしたような答えを出したクルスを庇うように、魔術師は平謝りをした。ただ、表面上は謝っているように見えるのだが、内心で謝っていないのは明白だ。我は、魔術師の溢れる殺気を感知し、戦々恐々である。
「お前は、他人の事を謝る前に、自分の事を謝ったらどうかね、ロゼット君!お前が刻んだ紋章魔法は、線が足りてない!どうして勝手に線を減らした!」
「意味をなさない、無駄な線がありましたので、それを削りました。発揮する力は、線を減らした物と、減らしていない物。変わりはないはずです」
「だから、何故勝手にそんな事をする!そもそも無駄な線なんて、ないんだよ!お前が今日刻んだ魔鉱石は、全てゴミ箱いきだ!ゴミを出して、会社に迷惑をかけたんだよ、それも、故意に!意味、分かるか!?この役立たずめ!」
「まぁ落ち着つけよ、工場長。二人はまだ、新人だ。しかし、腕はいい。即戦力として使える、貴重な人材だ」
怒られる魔術師を庇ったのは、現場に勇者と一緒にいた、目つきの悪いおじさんだ。顔には傷があり、シワの目立つその顔は、まるで極道映画の親分のようだ。オマケに、声まで渋くてそれっぽい。
総じて、怖い人だ。
「二人の面倒見係として、お前の責任もあるぞ、マキシマ君!」
「新人の面倒見で、責任も何もないだろう。それを言ったら、新人の面倒を見るようにオレに言った、あんたの責任もあるんじゃなねぇのか」
「そ、それは……!と、とにかく、新人とは言え、工場に損害を与えた責任はとってもらう!ベルクルス君が余計に削った石を、今日中に、紋章魔法を刻んでおくように!今度は、完全に、線一本たりとも減らさずに、だ!」
「そんなの──」
「──残業しろってことか?だとしたら勿論、残業代は出るんだろうなぁ?」
反論しようとした魔術師を遮り、目つきのわるいおじさんが、尋ねた。それに対して、工場長は背を向け、立ち去りながら言う。
「仕事に対する、責任をとってもらうだけだ」
つまり、残業代は出さないと言う事だな。我はあまり詳しくないが、それはよくない事だったはずだ。
工場長は、そのまま歩いて行ってしまった。
「ゆ、勇者!魔術師!」
工場長が見えなくなったところで、我は角から飛び出し、2人に駆け寄った。怒られて、凹んでいるかもしれない。そう思うと、声を掛けずにはいられなかった。
「お、おう。魔王様じゃねぇか。どうして、こんな所に……」
我の姿を見て、目つきの悪いおじさんが驚いている。だが、我は構わず、勇者と魔術師の顔をうかがった。
「魔王」
勇者は、大丈夫そうだ。いつも通り、無表情である。むしろ、我を見ると、手をわきわきとさせて、嬉しそうに何かしたげだ。
もしかしたら、また抱き着こうとしているのかもしれない。だが、我が両手に持っている、カプチーノのせいか、手を出すのを我慢しているようだ。カプチーノ効果のおかげで、助かったぞ。
「魔術師……」
一方で、勇者よりも……というか、勇者を庇ったせいで、勇者の分まで叱られていた魔術師は、どうだろう。
結果は、良い笑顔であった。
「あ、魔王。もしかして、仕事が終わるのを待っててくれたの?」
「う、うむ……何故、そんなに嬉しそうなのだ……?」
「聞いてよ、魔王!うちの工場長、凄く優しいの!あんなに優しい上司、初めてだわ!」
「……」
魔術師は、満面の笑みを浮かべ、はしゃいだ様子でそう言った。あんなに叱られて、嫌味っぽい事を言われ、オマケに残業まで押し付けられて、何が優しいの分からん。
もしかして、頭がおかしくなってしまったのだろうか。心配だ。すぐに、病院に連れて行ってやった方が、良いのではないだろうか。
「アレが優しいっつーなら、世の中の大半のヤツが、優しい事になるな。その大半のヤツから溢れるのは、うちのカミさんくらいだぜ」
「何言ってるんですか、ゲンさん!あの人、本当に優しいですよ!だって、私たちを蹴ったり殴ったりしませんでしたし、お給料を減らすとも言いませんでした。ペナルティで腕立て千回もさせられませんでしたし、懲罰房にいれられる事もなかったんです。一晩中暗闇の中を走らされる事もなくて、それって、凄く優しいと思いませんか!?」
「お前の、優しいって言う基準が、オレとは違う事が分かった」
「我とも違うようだ……」
「私も、理解に苦しみます」
「ロゼは、苦労人だから」
勇者までもが我らに交じり、あの工場長を優しいと言う魔術師に対し、苦言を呈した。
「ふふ。でも、むかつくのはむかつくから、どうしようかな。殺しちゃおうかな。どうやって、殺そうかな」
やはり、魔術師は魔術師だった。優しいとか言っておきながら、あふれ出るその殺意を、隠そうともしない。黒く、暗く濁った目で、楽しそうに笑っている。きっとその頭の中では、工場長が大変な目に合っているに違いない。我も、奴の事は好かないが、そんな目に合うほどの事ではないぞ。
「ま、魔術師よ……コレを飲んで、落ち着くが良い!」
「え?くれるの?」
「う、うむ」
「……ありがとう。美味しいわ」
魔術師の放つ不穏な空気を取り払うため、我はお土産のカプチーノを差し出した。すると、魔術師は美味しそうに飲み、そして普通の笑顔に戻ってくれたぞ。
「勇者にも、あるぞ」
「ありがとう。できれば、アティの体液もブレンドして飲みたいな」
「体液ってなんだ!?そんな物が混ざっても、美味しくないぞ!?」
「きっと、美味しいよ!」
勇者は力説するが、そうは思えない。いいから黙って、飲んでほしい。
「……それを飲み終わったら、仕事に取り掛かるぞ。面倒だが、言われた事はしないといけねぇ」
「残業をするおつもりですか?」
「ああ。損失は、出ない方がいいのは確かだ」
「わ、私が言われた事だし、私がします」
「新人のお前が捌ける量じゃねぇよ。それにな。やるのはオレだけじゃねぇ。全員で、やるんだよ」
目つきの悪いおじさんが、そう言うのに合わせたかのように、廊下の向こうから他の作業員達が歩いて来た。
「早くやっちまおうぜ、ゲンさん!」
「全員でやれば、30分もかからない作業だ」
「皆さん……」
口々に言う彼らは、魔術師と同じ現場にいた者達だ。もしかして、こうなる事を見越して、残っていてくれたのか?だとしたら、凄く仲間想いの者達ではないか。我は、感動したぞ。
「と、いう訳だ。早く飲んじまえよ、新入り」
「……あ、ありがとうございます!よろしくお願いします!」
魔術師は、そんな皆に向かい、深々と頭を下げた。それに対して、皆が笑顔で魔術師を迎え入れる。工場長はアレだが、どうやらこの職場は、良い職場のようで安心したぞ。
「頑張ってね、ロゼ。応援してるよ」
勇者は、我の隣に立ち、ゆっくりとカプチーノを飲みながら、他人事のように言った。
しかし、よくよく考えれば、原因は勇者にもある。石を多く削ってしまった勇者のせいで、仕事が増えてしまったはずだ。削った石が多くなければ、魔術師が残業を命じられる事も、なかったはずである。
「勇者よ……」
「ダメだよ、アティ。アティにそんな蔑んだ目で見られると、嬉しくて漏れちゃいそうだよ」
我が目を向けると、勇者は何故か、嬉しそうに身をよじらせた。
「訳わかんねぇこと言ってねぇで、お前も来るんだよ」
「ゲンさん。残念ながら、私はロゼのように、ちまちまとした魔法は使えないよ」
「ちまちまで悪かったわね……」
「役に立たなくても良い。雑用とかならできるだろ。突っ立ってるだけでもいいから、一緒に来い」
「嫌だ」
「来いっつってんだよ!」
「黙って、来なさい!」
嫌だと言った勇者は、目つきの悪いおじさんと、魔術師によって両手を拘束され、強制的に連れていかれてしまった。こればかりは、仕方がないな。
そうして皆が去っていくと、我とリリは、その場に取り残されてしまった。
「……私たちの勤務は終わりましたし、スマホでゲームでもして、待ちましょうか」
「やた!やるぞ、やる!」
リリの提案に、我は喜んで賛同した。ゲームをしていれば、時間などあっという間である。それに、やりたくて、むずむずしていたのだ。




