仕事現場
リリがタブレット端末を操りながら歩き、我はそれに続いて、工場内を歩いていく。
この工場は、魔鉱石の加工と、修理を請け負っている。魔鉱石は、文字通り魔力が籠められた石の事で、天然で取れる物もあれば、人工的に作られる物もある。ただ、人工的に作られた物は、天然と比べるとかなり質が落ちるのだ。
なので、天然の物は、強い魔力と、複雑な紋章を必要とする、インフラ施設に回されている。人工的な物は、一般家庭の電気やガスや水道等に使用され、消耗品として使われているのだ。
魔鉱石がなければ、家の電気はつかないし、ガスや水道も、同じだ。町全体に流れるエネルギーを、自分の家に運び入れる力の役目を果たしているのが魔鉱石であり、これがなければ、全ての属性の魔法が使える稀な者でない限り、まともな生活は遅れない。生活の必需品と言える代物だな。
「おー……!」
我は、そんな魔鉱石を加工する者達の邪魔にならぬよう、加工所の上を通る通路から、皆を見守るぞ。作業台にて、大きな魔鉱石に複雑な紋章を刻む者や、小さな魔鉱石に刻む者、更に、魔鉱石の形を整える者や、品質のチェックをする者など、様々な作業が、流動的に行われている。
「皆、頑張っているな……」
我は、働く男や女たちを見て、思わず感心してしまう。無駄のない動きや、細かい作業をする者の真剣な顔つきなどを見ると、いつも感心させられるのだ。
我も、いつかこういう所で働きたいなという、憧れすら抱くぞ。だが実際、細かい紋章を刻むの苦手だし、そもそも魔力の回路の構造がよく分からん。加工は出来るかもしれんが、図形とか書くのが苦手だから、無理だ。
うん。やっぱり、こんな所で働きたくない。我は、魔王を頑張ろう。
「あ。魔王様、勇者様がいました」
「ん?ホントだ!」
リリが指さした先に、リリの言う通り、勇者がいた。灰色の作業着姿の上に、ヘルメットを被っていて分かりにくかったが、その真っ赤に燃えるような髪は、まさしく勇者だ。髪は、低めの位置でポニーテールにしてまとめられていて、凛々しい姿となっている。
が、何やら様子が変だ。勇者は、先輩と思われる、同じく灰色の作業着姿の男に、何か言われている。
ここからでは、声までは聞こえない。周囲は、様々な作業をする者達の音で、溢れているからな。だが、それがあまり良い事を言われている訳ではない事は、分かる。勇者と話す男は、眉間にシワを寄せ、とても厳しい表情をしているからな。
「何か、怒られているようですね」
「そのようだな……」
「新人ですし、仕方ありません。私も、魔王軍に入りたての頃は、失敗して、先輩に怒られながら、その先輩よりも先に出世しました」
「そ、そういうものなのか」
リリはそう言うが、ちと心配だ。あの男、目つきが怖すぎる。あんなのに怒鳴られたら、さすがの勇者も怖気づいてしまうのではないだろうか。
ただでさえ、要領の分からぬ魔界生活を始めたばかりだと言うのに、いきなりあんな怖そうな先輩のいる職場に行かせてしまったのは、失敗だったのでないかとすら、思える。もっと配慮して、先ほど出会った、サキュバスのお姉さんたちと、楽しく会話をしながら働ける職場とかの方が、よかったのではないか。
「勇者様は、魔鉱石の加工現場に配属されています。運び入れられた魔鉱石を、用途に合った形に加工するお仕事ですね。人工の魔鉱石ならともかく、天然の魔鉱石は、ミスをすると取り返しがつかないので、正確さの求められる作業です」
「楽しそう!」
石を削る作業とか、楽しそうなイメージしかない。なので、我は思わずそう言った。
「……様子が、変ですね」
リリの言う通りで、勇者は何故か、勇者の剣を構えると、傍に置いてあった大きな魔鉱石に向かい、斬撃を繰り出した。そのあまりの切れ味に、魔鉱石はすぱっと切れて、キレイに何分割にもされていく。
石を加工すると言うから、我はてっきり、ノミを打って割ったりすると思っていたのだが、勇者はそんな事を、一切する事はなかった。剣で、あっという間に、細かく裁断された魔鉱石は、見事な物である。
そして、そんな細かく裁断された魔鉱石を、目つきの悪い先輩と思われる男が拾って鑑定し、ややあって勇者に向かって親指を立てた。勇者も、それに親指を立てて応えている。
どうやら、男はただ目つきが悪いだけで、怒られているように見えてしまっただけのようだ。心配して、損したぞ。
「……ふ」
だが、上手くやっていれているのなら、良かった。
「……魔王様。あちらに、魔術師様がいます」
「おお、どこだ?」
続いてリリが発見したのは、魔術師だ。リリが指さす方向には、フードを被り、その上からヘルメットを装着している魔術師の姿がある。意地でも、フードを脱ごうとしないヤツだな。
「魔術師様は、加工された魔鉱石に、紋章魔法の紋章を刻む作業をする部署に配属されています。こちらも、重要な作業です。紋章魔法は、描く線に、少しでも集中力を欠いて、魔力を籠めるのを忘れると、能力を発揮しなかったり、線が想定よりも早く切れたりして、不良品となってしまいますから」
魔術師は、同じ作業をする者達に混じり、それぞれに与えられ、仕切り板で軽く仕切られた机の作業スペースで、集中して石と向き合っている。その表情は、真剣そのものだ。少しも集中力を欠くこともなく、細かい線を描いている。
絵が苦手な魔術師だが、紋章は平気なのだろうか。そんな疑問が見ていて湧いてくるが、どうやら平気そうである。ここからでは線を見る事はできないが、魔術師の、真剣そうなその表情を見れば、大丈夫だと分かるぞ。
2人共、しっかりやっているようで、何よりである。
「お二人とも、初日ながらあのような作業を任されるようになっているとは……さすがですね」
「うむ!さすがは、勇者とその仲間である。この分なら、早く馴染めそうだな!」
「はい。この様子だと、案外すぐに、魔王様の側近に選ばれてしまうかもしれませんね」
そう言うリリは、少し寂しげに見えた。
リリは何かを勘違いしているようだが、勇者が側近になったからと言って、リリが側近を止めさせられる訳ではない。通常はどうか知らんが、我はそのような事を望まないからな。
だから我は、リリの手を握った。
「そうなったら、勇者とリリと、二人で我を支えてもらう事になるな!もし、そうなってからも、これまでのように我を支えてくれ。我は、リリがおらんと何もできんからな!というか、何もしなくなる自信があるぞ!」
「……偉そうに、情けのない事を言わないでください。……ですが、そうですか。私がいないと、何もしなくなってしまうと言うのなら、仕方がないですね。これからも、全力で支えさせていただきます」
「うむ!」
リリが、我に向かって微笑みながら、力強く我の手を握り返した時だった。突然、我に襲い掛かる人物がいた。
それは、先ほどまで、下で石を切り刻んでいた、勇者だ。勇者が、下から飛び上がり、通路に飛び乗って来たのだ。
「のわぁぁ!?」
飛び乗って来た勇者は、我に抱き着くと、我の胸に顔を埋めて持ち上げてくると言う、昨日もあった体勢になってしまった。
我は足がつかなくなってしまい、空中に浮かぶ事になる。
「アティの匂い。アティの声。アティの温もり。アティの足音。アティの気配。アティの魔力。アティの胸がはずむ音。感じ取ったから、近くにいるとは思っていたよ。すーはー」
「匂いとか、胸がはずむとか、なんだ!?我はそんな音出してないし、臭くないぞ!?あと、深呼吸をするな、くすぐったい!」
「すーはーすーはー」
「無視をするでない!」
勇者の頭を包む、ヘルメットを軽くたたきながら訴えるが、勇者は我を離してはくれない。我に構わず深呼吸をし続けている。
「よろしいのですか、勇者様。お仕事中に、勝手に抜け出して……」
「アティを前にしたら、どうでもいい。この温もりが、私は欲しかったんだ。アティ……最高だよ」
どうやら、我の言葉にはまったく耳を傾けてくれていないようである。勇者は我から、離れようとしない。むしろ、胸に頬ずりをしたり、再び深呼吸をしたりと、やりたい放題である。
「はいはい、そこまでにしなさい、クルス。魔王が、困ってるでしょ」
そう言って、勇者の背後から、ヘルメットで覆った勇者のその頭を杖で殴りつけたのは、魔術師である。ヘルメットが変形せんばかりの勢いで殴られた勇者は、たまらずに頭を押さえ、我から手を離したぞ。
「た、助かったぞ、魔術師よ。勇者、我の訴えを聞いてくれないんだ。怖かった」
痛がる勇者をよそに、我はリリの背後に隠れ、助けてくれた魔術師にそう訴えた。
「今のは、さすがに痛すぎるよ。いくらヘルメットをしてるからって、凄い衝撃だった。私じゃなかったら、死んでるかもしれない」
何事もなかったかのように立ち上がる勇者は、相変わらず痛がっているようには見えない。だが、絶対に痛かったと思う。
「嫌だったら、やめてあげなさい。それに、あんた仕事はどうしたの。今日は大切な初日なんだから、迷惑をかけないよう、最善をつくすって約束したわよね?」
「迷惑をかけているつもりは、ないよ。実際、私は今日、誰よりも多くの石を斬って、形にしている。同じ部署のゲンさんには、良い腕前だと褒められたしね。もしかしたら、私は天職を見つけてしまったのかもしれない」
「勇者が、魔鉱石を削る仕事が天職とか、冗談にもならないからやめて」
「……どうやらお二人とも、上手く馴染めているようで、何よりです」
「そうね。中々楽しくやっていけそうだわ。心配して、見に来てくれたの?」
「はい。特に、魔王様が」
心配していたのは事実だが、あっけなくバラしてしまうリリに、我は売られた気分だ。
だって、もっとごまかしようがあるであろう。視察のついでだとか、たまたま近くを通りかかったとか。
「ありがとう、魔王。でも、私たちは大丈夫よ。あと少しで仕事も終わりだし、もうひと頑張りしないとね。ほら、クルス。仕事に戻るわよ」
「ああ……魔王と、もっとお喋りしたいよ……」
魔術師に首根っこをつかまれ、連行されていく勇者は、ちと哀れだった。
「まずは、自らに課せられた仕事を、しっかりとこなす事だ。その後、喋る時間は作ってやろう」
「うん。それなら、頑張る。ついでに、ご褒美でまた、抱きしめさせて」
「……か、考えておこう」
「なら、話は別だよ。戻るよ、ロゼ」
「え?ひゃ!?」
ここで否定してしまったら、勇者のやる気が失せてしまうかもしれないので、我は答えを濁した。
だが、そんな濁したその答えに満足した勇者は、魔術師を腕に抱き、下に飛び降りて行った。それが、一番の近道だからな。危ないが、勇者の身体能力なら、何てことない事だろう。
事実、下でしっかりと着地して、我に向かって大きく手を振りながら、何事もなかったかのように、それぞれの仕事場に歩いて行った。
「勝手に、そんな約束をして……この後の魔王様の業務は、どうするおつもりですか」
「す、すまん。つい……な、何かあったか?」
「いえ、何もありません。帰ったら、お勉強の続きをと思っていました」
「……」
我は、内心助かったと思ったぞ。今日はもう、ノルマの3時間以上の勉強はこなしている。これ以上の勉強は、勘弁してほしい。
「まぁいいでしょう。では、お二人のお仕事が終わるまで、近くでお茶でもして待ちましょうか。終わったら、皆で帰りましょう」
「やった!丁度、チカーダックスの、イチゴバナナオレンジフラペチーノお味噌のせが飲みたいと思っていたのだ!」
我は、リリの提案に、思わずリリに抱き着いて喜んだ。
CMで見て、飲みたいと思っていたのだ。しかし、お金がないので我慢していた。だが今は公務中なので、お金の心配もない。経費で落ちるからな。
「……いえ。この辺りにチカーダックスはありませんので、別のお店にしましょう」
「そ、そうか……残念だが、仕方ない」
テンションは下がったが、ないのなら仕方がない。我は、魔王だ。それくらい、我慢しよう。




