欲に忠実に
テストを終え、我とリリは、ウィンの家……じゃなかった。牢屋の奥の部屋を借り、そこで2人きりで話し合いをすることになった。話し合いの内容は、勿論勇者と魔術師を、魔王軍として雇うかどうかである。
ウィンが寝室として使っているこの部屋は、ベッドと机とイスが置かれただけの、簡素な部屋だ。シーツは担当の者が、毎日キレイに洗い、取り換えられているので、乱れもなくきっちりとしている。
「勇者様も、魔術師様も、それぞれある分野で能力が突出しており、とても優秀な人材です。過去、このような優秀な人材は、私が記憶する限りではいませんでした。勇者様は、筆記試験でこそ落第点でしたが、その熱意と秘めたる力は、それを補っています。魔術師様は、筆記、実技共にトップレベルの物を持っています。難しい性格をお持ちのようですが、それも気にならないくらい、優秀なお方です。間違いなく、お二人とも合格ラインを超えています。というのが、額面だけでみた、お二人の評価です」
我とリリは、机を挟み、向かい合ってイスに座っている。さほど大きくはない机の上には、リリが勇者と魔術師の資料を並べ、それでいっぱいになっている。
「額面だけで見た評価は、我も分かっている。では、リリ個人としては、どうなのだ?あの二人を、雇うべきか、否か。どう思う?」
「……私には、判断いたしかねます」
「何故だ?」
「勇者様と、その仲間である魔術師様を、魔王軍として受け入れる事が正しい事なのかどうか、私には判断できません。私はあくまで、テストをし、そしてお二人の実力を認めて雇っても良いレベルに達していると、判断しただけです。それを踏まえ、お二人を雇うかどうかを決めるのは、魔王様のお役目だと思っています」
ここまで、女教師の格好までしてのりのりだったのに、こういう所では我に判断を任せるのだから、ずるいヤツである。しかし、それが魔王の役目でもある。全ての決定権を持つ存在。それが魔族のトップにして、魔王の役目なのだから、その判断を任されるのは当然だ。
しかし、てっきりリリが決めてくれるのだとばかり思っていたので、我は意表を突かれた形となった。何も考えておらず、リリに任せるつもりだったので、これは予想外である。
「……こほん。確かに、二人の実力は、底が知れぬ。一緒にテストを受けて、そう感じた。それは、認めよう。しかし、同時にいくつかの問題もあると感じたのも、事実。まず勇者だが、我を見る目がちょっと怖い。初めて会った時に、相撲をするとかいって、我と押し合ったあ奴だが、どさくさに紛れてお尻を触ったり、スカートの中に手をいれたりしてきて、勝負に集中できなかった。それに、あの目。あの目は、我を物にしようと考える、狩人の目だ」
「魔王様は、勇者様がお嫌いで?」
「そ、そのような事はない!我を可愛いとか、守るべき存在だなどと言われて、嫌いになどなるものか。ただ、身の危険を感じるのだ。いつか、何かこう……汚されそうな予感がする」
その予感の正体は、よく分からん。ただそんな気がするだけなのだが、どこか確信に近い物を感じる。
だが、一緒にゲームをしたりして楽しかったし、我と手を繋ぐ勇者のイラストは、可愛くてとても良い絵であった。あんな絵を描ける者が、悪い者のはずがないとは思う。
「では、魔術師様はどうですか?」
「……怖い。の一言に尽きる」
彼女に関しては、ただそれだけだ。可愛らしい面もあるが、とにかく怖い。すぐに怒るし、特に拷問の時の手腕は、恐ろしい物がある。
「……魔術師様に関しては、私も同感です。まさか、拷問にあのような手法を取るとは思いませんでした。本当に、恐ろしい思考の持ち主だと思います」
「うむ……」
リリと2人で思い出し、震えあがる。あの時の魔術師は、本当に怖かったからな。
「では、魔術師様は、ダメですか?」
「い、いや。魔術師も、たまに優しい感じはするから……嫌いではない」
「では、どうしますか?」
「……分からん。我も、どうすればいいのか全く分からんのだ。ただ……気持ちとしては、合格にしてやりたい。特に勇者の熱意は、我にもよく伝わっている。な、なぁリリよ。お前が、決めてはくれぬか?やっぱり我には、決められん」
「ダメです。魔王様が決めてください。私だって、こんな事初めてで戸惑っているんですから」
「うむぅ……」
我は、机の上に置かれた資料の中にあった、勇者と魔術師の絵を見て思い出す。たったの半日、一緒に過ごしただけだが、楽しかった。怖い所もある2人だが、衝撃的な出会いから、ここまで、本当にあっという間で、もっと一緒に過ごしてみたいという欲求がある。
……そうだ。何を迷う必要がある。我は、魔王。欲に忠実で、人間に恐れられる存在であるぞ。その事を思い出せば、あとは自分の欲が示すままにするだけである。
「くっくっく。決めたぞ、リリ。二人の下へと参ろうか」
「……はい」
我は、決めた。そして、リリを伴い、扉を開いて寝室を後にした。廊下を堂々と歩き、向かった先は、先ほどの拷問の舞台となった、リビングだ。
「待たせたな!」
勢いよくリビングの扉を開くと、勇者と魔術師は、ソファに座ってお茶を飲んでいた。ウィンは、そんな2人を部屋の隅っこで、震えながら見守っている。部屋の主が、ソファにも座らずに床に座っているその姿は、なんとも哀れである。
「魔王ちゃん、お疲れさまっス!」
そして、我を見て安心した笑顔を見せて駆け寄ってくるウィンは、可愛かった。
「うむ。今から合否の発表を行う。二人とも心して聞くが良い!」
我がそう言うと、勇者と魔術師はお茶を飲むのを中断した。そして立ち上がった勇者に続き、魔術師も気だるそうに立ち上がると、我の方を向いた。
「両名の実力は、魔王である我自ら、この目に焼き付けた。また、同時に、魔王軍に入りたいと言う意思の強さも感じた。合否発表の前に、二人にはご苦労であったと言っておく。そして、合格だ!二人とも、魔王軍の一員として働くことを、許可する!」
「……やった!」
「むぅ!?」
合格と聞いて、勇者は小さく呟くように喜び、そして我を抱きしめて来た。余程嬉しいのか、勇者は目を瞑り、我を力強く抱きしめたまま離そうとしない。
我も、そんな勇者を労うように、抱きしめ返してやった。
「よく、頑張ったな!」
我は、勇者の顔を見上げながら言うと、勇者は笑顔で返してくれた。いつもの無表情を吹き飛ばすような、とても明るく、眩しい笑顔である。
「うん。頑張った。これから、よしくね。魔王……いや、アーティア……様?」
「アティで良い。我は、友人からそう呼ばれている。特別に、お前にもそう呼ぶことを許可してやろう。それから、様もいらん」
「……うん。よろしくね、アティ」
「うむ。よろしく頼むぞ!これからは我のため、存分に働くが良い!」
「──悪いけど、私は止めておくわ」
そう言ったのは、魔術師だ。我らに背を向け、唐突にそう言い放った。
「ロゼ」
「私はやっぱり、魔族が信用できない。信用できない魔族の下で働くなんて、絶対に無理。出直して、次会った時は、やっぱり魔王を倒す。それが私の決断よ。……さて、どうする?次に会ったら、私は貴女の敵だし、その上この城の事について、色々と分かった事がある。ただじゃあ逃がしてくれないわよね?」
魔術師はそう言って、頭につけた角を取り払い、そしてどこからともなく現れた、魔法の杖を構えた。
「あっ。ああ!ろ、ロゼット様!魔術師、ロゼット様じゃないっスか!変装してたんスか!?」
ウィンは、正体を現した魔術師の姿に、驚いた。本当に、今まで魔族だと思っていたのだな。あんなに不自然だったのに……もしかして、我の審美眼が鋭いだけなのだろうか。




