拷問
包丁を手にした魔術師を見て、震えあがったのは我だけではない。魔術師に血走った目で睨まれたウィンは、腰を抜かしてその場に倒れこんでしまった。
そんなウィンに、ゆっくりと近づいていく魔術師に、ウィンは必死に床を這って逃げようとしたが、すぐに追いつかれてしまった。
「どこ、行こうって言うのよ。逃げたら、拷問できないじゃないの」
ウィンの足を踏みつけた魔術師により、ウィンはその場から動けなくなってしまった。
「ひぃ!?だ、だって、その包丁、なんなんスか!?拷問に、包丁なんていらないじゃないスか!そうでしょう!?」
「何言ってるのよ。使うわよ。今からこの包丁で、貴女の指を少しずつ切り落としてくんだから。指にはたっぷり神経が通ってるから、痛いのよね。そんな指を、少しずつ、貴女が情報を吐くまで切り落としていくの。最初は、爪の中を抉るのも悪くないわね」
「は、話が違うっス!他の魔族みたいに、もっと優しい拷問が待ってると思ってたのに、違うっス!断固、抗議するっス!人権侵害っス!中止っス!」
ウィンにそう訴えられるリリだが、同時に魔術師に睨まれて、その目を逸らした。そして、我の手を握って来る。もしかして、怯えているのか?我も怖いので、そんなリリの手を、両手で強く握り返すぞ。
「どうやら、続行していいみたいね。さ、楽しい拷問の時間よ。私は優しいから、どの指からがいいか、選ばせてあげる」
魔術師はそう言うと、うつ伏せに寝かせたウィンの背中に膝を乗せると、片手を掴んで床に固定させ、ウィンが動けないようにした。その手つきは、手慣れたものである。
「あ。話しますぅ」
そして、事そこにいたって、ウィンはとてもいい笑顔で、魔術師にそう言った。
「へぇ。何を?」
「なんでも、話しますぅ」
「だから、何を?」
「いや、だから、お題の事を……」
「私、別に魔王軍に興味ないのよ。だから、話さなくても別にいいわ。むしろ、ここまででちょっと目を覆いたくなるような訳の分からない事が続いてて、ストレス解消したい気分なの。この意味、分かる?」
魔術師は、まだお題の紙を見ていない。見ていないので、当然ウィンに対して、聞き出すべき情報についても、尋ねていない。
ウィンがいくら答えると訴えても、それを知らなければ、答えるべき事が分からず、拷問が終わる事はないのだ。
「あ、ああああぁ……あば、ばば」
魔術師に、耳元で囁かれたウィンは、全身を震わせ始める。そして、手を必死にグーにして、指を隠した。
「へぇ。それが、貴女の答え?手、開かないと、その甲に包丁ぶっさすわよ。私はあまり気が長くないから、今すぐ開いて」
「ひょ、ひょんなっ」
「はい、時間切れ」
「や、やめっ──」
我は、包丁を振り上げた魔術師を見て止めようとしたが、それを勇者が我の前に立ち、邪魔に入った。それにより、我がそれを邪魔する事はなく、振り下ろされた包丁がたてた、大きな音だけが聞こえて来る事になる。
「ど、どくのだっ!」
我は慌てて勇者をどかして現場を見ると、そこには床に突き刺さった包丁があり、ウィンの手は無事だった。
「……」
手が無事だったのは良いが、ウィンの顔からは魂が抜けだしたかのように、生気が失せている。真っ白になり、つい先ほど我らを笑顔で出迎えた時より、随分と歳をとった気がするぞ。
「えーと……貴女の年齢は?」
魔術師は、そんな事に一切構う様子はなく、片手で取り出した紙を開き、それを見ながらそう尋ねた。その紙は、先ほどリリから受け取った、お題の書かれている紙だ。
「……19っス」
「これでいい?」
「……魔じゅ、つ師様、合格です」
さすがのリリも、目の前で行われた魔術師の拷問に、大いに取り乱している。声が途切れ途切れで、おかしな様子だ。
我も、こんな残酷なアイディアを出す魔術師には恐れおののいている。この女、鬼だ。いや、悪魔だ。
今回は実際にやった訳ではないが、いつかやるぞ。むしろ、過去にはもしかしたらやっているのかもしれん。そんな確信があるので、我としては不合格だ。こんな怖い者に、近くにいられたくない。
「包丁、返してくるわね」
そう言ってキッチンに包丁を持っていく魔術師の足取りは、軽かった。どこか、スッキリした様子である。
一方、魔術師から解放されたウィンは、ゆっくりと、一人で立ち上がった。
「ウィン……大丈夫か……?」
「ふ。大丈夫っスよ、魔王ちゃん。心配してくれて、ありがとうっス!」
「そ、そうか……」
我が尋ねると、気丈にもいつもの明るい笑顔を見せてくれるウィンだが、その足がガクガクと震えている。まるで、生まれたての小鹿のようである。
「さぁ、お次は君っスね!言っておくけど、うちは中々口が堅いっスよ!」
まるで、今あった出来事を、なかった事にしようとしているようだ。しかし、顔は引きつっているし、足はガクガクだし、我らはしっかりと見てしまったぞ。魔術師に、情けなくも屈するその姿をな。だが、あれは仕方ない。我だって、あんな事を言われたら、恐ろしくてすぐに屈するだろう。だから、ウィンを責める事はできない。
だが、勇者はどうなのだろう。魔術師はあんな感じだったが、勇者は少しは優しそうだ。だから、魔術師のような事は、しないと思うのだが……どうなのだ?
「……」
我が心配げに勇者を見ると、勇者の手には、勇者の剣が握られていて、それを構えていた。
「あ、話しますぅ」
それを見て、ウィンはあっけなく、そう言った。まだ何もしていないのに、腰を抜かして床に倒れこみ、そして全身で震えだしている。
「貴女の、名前は?」
勇者は、取り出した紙に書かれた質問に目を通しながら、ウィンにそう尋ねた。
「うぃ、ウィンダリア・ノースっス!」
そして、ウィンは素直に、答えた。なんともあっけないが、これで勇者も、合格だ。
「勇者様、合格です」
「やった。コレで、魔王軍に入ってもいいんだよね!」
「いえ、それはまだ、最終判断を経てから、決めさせていただきます」
残念な事に、魔術師も勇者も、拷問で武器を取り出すなどという恐ろしい行動に出て、我は震えが止まらない。こんな者達が傍にいたら、いつか我も拷問されてしまうかもしれない。そう思うと、怖くてリリの傍から離れる事ができぬ。
「お次は、魔王様の番ですね」
「ふぇ!?あ、ああ、そうだな。我も、するんだったな……」
これから拷問に取り掛かろうとする我を、涙目のウィンが、身体を震わせてみている。可愛そうに……2人に脅され、さぞかし怖かったであろうな。
恐怖は時に、その者の人格を変えてしまう。トラウマになると、一生心に傷が残り、それが彼女を苦しめ続けてしまうのだ。我は、いつも元気で、明るいウィンが好きなのだ。だから、怯える彼女は見たくはない。
我は、勇気を振り絞り、リリから離れ、そして腰を抜かしているウィンに近づいた。
「ス、っス……!」
我が近づいただけで、ウィンは怖がり、顔を伏せて目を閉じてしまう。
「……」
「っ……!」
そんなウィンの頭を、我は胸に抱きしめた。そして、頭を撫でる。
「よしよし。怖かったな。だが、もう大丈夫だ。拷問はとりあえず休みにして、落ち着いて、存分に甘えるが良い」
「ま、魔王ぢゃん、こ、恐かったっスよぉ!」
「そうだな」
「魔王ぢゃん!魔王ぢゃーん!」
そして、ウィンは我に抱き着いて、泣いた。我の胸に顔を押し付け、19歳にもなって、なんとも情けない泣き姿である。だが、それだけ怖かったという事だな。気持ちは分かる。気持ちは分かるぞ、ウィンよ。今は、好きなだけ泣くが良い。そして、泣いた後はまた笑顔を見せてくれれば、我はそれで良い。
「魔王。チャンスだよ。相手は弱ってるから、今のうちに聞き出す内容を見て、それを聞くんだ」
「クルスの言う通りよ。今がチャンスだから、やっちゃいなさい。なんだったら、包丁持ってきてあげるわよ。包丁で、指を切り落としなさい。すぱっと」
「私も。勇者の剣を貸すよ」
「ひぃ!?」
勇者と魔術師の申し出は、ありがたいが恐い。我は、拷問にそんな物を使うつもりはない。
拷問と言ったら、相手の身体を気遣い、健康でいてもらいつつ、傷つけない程度の嫌がらせをして、聞き出す物だと我は思う。でないと、相手が可愛そうだからな。
「そ、そんな物はいらん。我は、弱っている相手に対して……いや、弱ってなくても、そういう事はしたくないぞ。我は、我のやり方でウィンから情報を聞き出すがゆえに、お前たちの助けはいらん」
「魔王ちゃん……うち、なんでも話すっス」
「ふぇ?我、まだ何もしてないぞ……?」
「十分、してくれたっスよ。だから、そのお礼に、魔王ちゃんの役に立ちたいんっス。なんでも、遠慮なく聞いてほしいっス」
「む……むぅ」
我は、戸惑いつつも、紙を取り出して、質問の内容に目を通した。
「で、では、聞くぞ。本当にいいのだな?」
「はいっス!」
「では……ウィンの、好みのタイプ。それを、答えてくれ」
「クールな、女の子っスね!うち、実をいうと男より女の子の方が興味あって、特にリリさんとかめちゃくちゃタイプなんス。ああ、勿論魔王ちゃんも大好きっスよ!このおっぱいとか、こんなに小さいのに母性的で優しくて、襲っちゃいたいくらいっス!」
「──離れて、魔王!」
ウィンの答えを聞き、我をウィンから引き離したのは、勇者であった。片手で我を抱き、ウィンを突き放し、自らの背中に置いた。
しかし、我はウィンの好みなど知っていたので、特には驚かない。いつも、はぁはぁしながらリリや我を見てたからな。そういう意味では、勇者とよく似ていると思うぞ。
「魔王。彼女は、変態だよ。近寄ったら、ダメ。さっきみたいに、おっぱいに抱くのとか、特にダメ。変態は怖いんだからね。いつか、我慢できなくなって、襲われて、酷い目に合わされちゃうよ」
「……どの口が言うのよ」
「うちは変態じゃないっスよ!」
そう言って勇者に抗議するウィンは、いつも通りの様子に戻っていた。変態かどうかは置いておき、とりあえずは安心したぞ。
「魔王様、合格です。よくできました」
「ふにゅ」
リリがそう言うと、我の頭を撫でてくれた。褒められて、我はついつい笑顔になってしまう。合格という事は、魔族VS宇宙人も、買ってもらえるという事になるからな。笑顔にならずはいられないぞ。
こうして、魔王軍の採用テストは終わった。あとは、最終結果だけである。果たして、勇者と魔術師は、無事に魔王軍に入る事ができるのか、それはリリの判断次第といった所だ。




