うちのお家
扉をくぐった先には、カーペットの敷かれた廊下があって、そこはシャンデリアで明るく照らされている。ただ、地下なので窓はなく、やはりどこか薄暗い空気を漂わせている。とはいえ、ここへ来るまでと比べれば、だいぶ明るく見えるだろう。
それを証明するかのように、魔術師のへっぴり腰が直り、普通に歩き始めている。ただ、勇者の袖を引っ張って、それでもまだ怖いようだがな。
「こ、ここが、地下牢?なんか、ちょっと豪華で、そんな感じに見えないんだけど……」
「何を言う。ここは、我が魔王軍が誇る、最新の牢屋だ。今までこの牢から逃げ出す事に成功した者は、誰もいない」
「……」
我の返答に、魔術師は小さく喉をならした。ただでさえ、怖がった様子の魔術師を、更に怖がらせてしまったようで、胸が痛くなる。
しかし、それは事実だ。この恐ろしい地下牢を、そう見えないなどといった魔術師が悪い。そう割り切っておくことにしよう。
「この中に、貴女達に拷問していただく、人間がいます」
そう言って、リリは廊下の左右に立ち並ぶ扉の中から、1つの扉を選び、その前で立ち止まった。扉は、この地下牢の入り口のように、頑丈な物ではない。ごく普通の、ホテルの一室の扉のような形だ。
それがいくつも並んでいて、それぞれに1人ずつ、捕らえた間者を閉じ込めておく事ができる。中には2人部屋に4人部屋もあるが、基本は1人ずつだ。ただ、今は全体を通しても、1人しかいないのだがな。
「ルールは、3人で中に入っていただき、まずは、魔術師様から。次に、勇者様で、魔王様には最後に拷問していただきます。聞き出す話の内容ですが、この紙に書いてある物を聞き出していただきます。三枚あるので、それぞれ一枚ずつ選んでお引きください。それはまだ、開けないでくださいね」
我らは、リリに言われるまま、リリが差し出した紙をそれぞれ引いて、それを懐にしまった。内容は気になるが、今見ても、後で見ても、やる事は変わらぬ。
我は、魔族VS宇宙人を手にする。ただ、それだけである。
「では、少々お待ちください」
リリは、そう言って扉の横のインターホンのボタンを押した。呼び出し音が鳴り響くと、しばらくして相手が応答する。
『はいはーい!待ってたっスよ。今開けるっスねー』
明るい声で、女の人の声が聞こえてきて、魔術師はその声にすら、ビクッと身体を震わせて驚き、緊張した様子を隠せない。そんな魔術師を、さりげなく勇者が肩を抱き、庇う姿はちょっと感心したぞ。
相手は、インターホンについたカメラにより、こちらの状況が分かっている。なので、話はスムーズに進み、遠隔で扉のロックが解除される音がした。
「い、今のは、誰なのよ」
「この部屋の、主です」
「主……看守とか、そういう感じの人っていう事?」
「何を言っておるのだ。この部屋の、主だと言っているだろう」
我は、訳の分からん事をいう魔術師に、首を傾げながら言った。すると、魔術師も、勇者も我に向かって首を傾げてくる。なんだか、話がかみ合っていないようだ。
「さ。入りますよ。覚悟は、よろしいですね」
そんな、かみ合わない我らをよそに、リリは我らにそう尋ねて来た。
「うむ」
「……勿論」
「い、いつでもいわよ……!」
テストを受ける3人の意思を聞いてから、リリはロックの解除された扉の取っ手を掴み、そして開いた。
開いたその先に、間者が囚われている牢屋がある。そこには広い空間が広がっていて、いきなり大きなリビングに、出迎えられる事になる。広々とした空間の床は、玄関の石の床を除けば、フローリングとなっている。部屋の奥には白の寝心地の良いカーペットが敷かれ、その傍にはソファが置かれている。そのソファが向かう先には、大きな壁かけのテレビがあって、そのテレビには多くのゲーム機が繋がれている。更には、ランニングマシンや、ウェイトトレーニングで使う道具が置かれているが、使用されているスペースはその一角だけだ。他にはカウンターを挟んでその奥にキッチンがあるだけで、広すぎて持て余しているのか、他には物が一切置かれておらず、ちと寂しいな。だが、エアコンや空調設備も完備されていて、24時間新鮮な空気が外から取り入れられているので、空気が淀む心配もない。過ごしやすいはずである。ちなみに奥にはまだ、寝室やバスルームがあるのだが、そこはプライベート空間なので、勝手に見るのはなしだ。
「ようこそ、うちのお家へ!あ、今のはダジャレじゃないっスよ」
元気の良い声で、我らを出迎えたのは、この部屋の主である、人間のウィンダリア・ノースだ。
ニカっと笑い、我らを出迎えた彼女の口からは、八重歯がでている。背は、ハイヒールを履いたリリと同じくらいで、この中では一番高いかもしれん。体形は、普通だな。胸もしっかりとあるし、腕や足は太すぎず、細すぎない。風呂上りなのか、ガウンを身に纏った上に、身体は火照り、シャンプーの良い匂いがするぞ。髪の毛は先端がくるくるのショートカットで、どこか蛇の髪の毛を生やすメデューサを思わせるような髪型だが、正真正銘人間である。
人懐っこそうな笑みを浮かべる彼女は、間者としてこの城に侵入し、それを我らが捕獲して、現在監禁中の身である。監禁してから、はや半年ほどが経とうとしているが、未だに脱出も叶わず、ここにいるのだ。
「魔王ちゃん、お久しぶりっスね!と言っても、三日ぶりくらいっスか!元気してたっスか?」
「無論だ。我は魔王である故に、健康には多大なる気を使い、食事はバランスよくとっているからな」
半年もこの牢屋に住んでいれば、自然と仲良くなるというものである。彼女とは顔見知りとなり、こうして会えば、ハイタッチを交わすような仲である。身長差があるので、バランスが悪いのだがな……。
「リリさんも、相変わらず美人さんっスね!今日の服装もバッチリ決まってて、エロかっこ可愛いっス!」
「ありがとうございます」
「さぁさぁ、皆さん靴を脱いでくださいっスね。家は土足厳禁なので、このスリッパに履き替えてくださいっス」
ウィンダリア……我は、彼女の事を、ウィンと呼んでいる。
ウィンは、人数分のスリッパを用意すると、玄関で全員に靴を脱ぐように促した。我らはおとなしくそれに従い、靴を脱いでスリッパに履き替えてから、家に上がる。
床は、掃除が行き届いているのか、塵一つ落ちていない。キレイで、床に傷もなく、ピカピカだ。掃除好きのウィンの事だから、今日もしっかり掃除をしたようで、感心である。
「それで、今日の拷問テストは、この二人っスか?」
ウィンは、家にあがった勇者と魔術師を、品定めするかのように、見た。
「……ふぅん。良い面構えっスね。数々の修羅場をくぐってきた、猛者の目っス。それに、どことなく、王国の天才魔術師と謳われたロゼット様と、天才剣士のベルクルス様に似てるっスね。まぁこの子たちは魔族だし、他人の空似ってヤツっスね」
そう指摘され、居心地が悪そうにウィンから顔を背ける魔術師だが、もう遅いぞ。そもそも、ローブで若干顔が見えにくい魔術師と比べ、勇者は顔を何も隠していない。丸見えだが、それでも分からんのだな。それもこれも、頭についた、角のおかげだろうか。凄いな、角。
「今からこのお二人には、この部屋の主であるウィンダリア様に対して拷問を行い、私が先ほどお渡しした紙に書かれた内容の物を、聞き出していただきます。加えて、今回は魔王様にもしていただくので、よろしくお願いします」
「了解、了解っスー。さぁ、誰からやるっスか?うちは手ごわいっスよー?簡単には口を割らないっスからねー」
ウィンはそう言って、手をわきわきとさせ、怪しい笑みを浮かべて我ら3人を見てくる。
「……色々と、突っ込みたい所がありすぎて、ついていけない。けど、順番で言えば、私からよ」
魔術師は、頭を抱えながら一歩前に出て、そう言った。
その様子からは、先ほどまでのビクビクとした様子は、見受けられない。堂々とした魔術師に、戻っているではないか。いつの間に、元に戻ったのだ。
「この、高級ホテルの一室みたいな部屋は、何。随分居心地の良さそうな部屋だけど、貴女は本当に、ここに監禁されている間者なの?」
「そ、そうっスよ!うちは正真正銘、この城に侵入した悪い人間っス!色々と情報を盗み出そうとしたけど、失敗して捕まって、この様っスよ」
「何が、この様よ!こっちは、もっと酷い環境で、酷い事をされていると思って緊張しながら来たのに、なんっなのよ、この快適空間は!ゲームはいっぱいあるし、トレーニング器具までそろってて、しかも牢屋に囚われた人間がお風呂上りにガウン姿とか、あり得ないから!」
また、魔術師のヒステリックが始まった。一旦おとなしくなったかと思えば、次の瞬間にはコレで、落差の激しいヤツである。しかし、恐がる魔術師は見ていて、存外悪くなかったな。
今は、そんな面影もないわけだが……。
「あ、あり得ないって言っても、こっちは半年間もこんな場所に閉じ込められて、外出は三日に一度しかできないんスからね!」
「出てるんじゃないの!というか、三日に一度も出てるの!?だったらその時に逃げればいいじゃない、何でおとなしく戻ってくるのよ、バカなの!?」
「それには理由があるんスよ!だって、戻ってこないとゲームのセーブデータ消されちゃうんスからね!?しかも、ペナルティで次の日のおやつが抜きになる可能性だってあるんスから、必死に戻って当然っスよ!」
「なーにが当然よ!もう、本当に、なんなの、この城!この城にいたら、人間までこんな風になっちゃうの!?」
「……!」
頭を両手で抱え、地団太を踏んでからウィンを睨んだ魔術師に対し、ウィンはビクリと身体を震わせ、黙り込んだ。ウィンは、魔術師の狂気を感じ取り、反論する事をやめたのだ。
それが、正しい。魔術師は、反論すれば反論するほど狂気にそまり、どんどん怖くなっていくからな。
「ふぅ、ふぅ……拷問、すればいいのよね?」
興奮した様子の魔術師は、息を荒くし、目を血走らせながら、ウィンに尋ねた。
「そ、そうっスよ……?」
「キッチン、借りるわよ」
「はい。どうぞ」
この部屋の主でもないリリの許可を得て、魔術師は遠慮なしにずかずかとそちらに歩いて行き、キッチンに姿を消した。そして、すぐに戻って姿を現したかと思うと、その手には銀色に光る、包丁が握られている。
我は、血走った目で包丁を手にする魔術師を見て、命の危険を感じ、身体が震えあがったぞ。




