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紅ノ戦記 神殺しの物語  作者: 榎木 岳
第一章 残された灯火
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第一章二話 『非日常』

 

「おお、美味しそうなミートパイです、タケルくん、いい感じに出来ましたね」


 竜吾がオーブンから出したばかりのミートパイを覗き込みながら言った。その後にタケルの顔を覗き込んでニコニコしていた。

 タケルはあまり食べることは好きではないのだが、ミートパイだけは別であった。他の食べ物はあまり味がせず、食べることが楽しくなくて、多くの量を食べることは出来ないのだが、不思議と幼い頃竜吾が作ってくれたこのミートパイは食べることが出来たのだ。そのせいもあって、タケルがこれが食べたいと言うと、すぐにミートパイを作ってくれた。

 そして高校に上がっても尚、学校に行きたがらないタケルを心配してせめて料理だけでも作れるように、ということで竜吾と料理を作ることが習慣になっていた。その際に、ミートパイの作り方も教えて貰い、段々と彼の味に近いミートパイを作ることができるようになっていった。

 一方で竜吾は、副菜や汁物を料理していた。タケルは、匂いを嗅ぎながら、ほうれん草のおひたしと味噌汁だな、と想像しながら、ミートパイを皿に移し替えていた。


「もうそろそろ龍太郎が帰ってくるはずなんですけどねぇ、遅いです」


 二人は時計を見上げた。時刻は六時半を指していた。

 龍太郎というのは、竜吾の弟である。龍太郎はいつも六時ぐらいには帰ってくるのだが、今日は少し遅いようだった。

 この三人がこの家に住んでいる全ての人間である。何故この三人が、本家の家のような大きな日本家屋に住んでいるのかというと、勿論錦小路家の本家の家なのだが、当主であった先祖の人々が亡くなったり、当主として家にいることを拒否する親族もいたりするようで、その他様々な理由があって現在この家を竜吾と龍太郎の二人で守っているとタケルは二人からきいていた。そして、この家に置かれている先祖代々の祭壇を守っているのもこの二人である。

 タケルには両親はいないのだが、叔父にあたる二人が彼を引き取ってこの家で暮らしていた。

 そうこうしているうちに、晩御飯の準備は終わり、中々龍太郎も帰ってこないので先に食べ始めてしまおうか、と竜吾は言った。


 晩御飯を食べながら、二人は今日の出来事を話した。竜吾は近所の会社に勤務しているらしいのだが、そこの社員から聞いた世間話、タケルはというと学校に呼び出され、進路をどうするのかなどの話を聞かされたと話した。


「進路ねぇ、タケルくんは進学するのですか?進学しなくとも、私でも龍太郎にでも相談してくれたら就職口ぐらいは作れますけどね」


 この話を聞く度に、タケルは眉間にシワを寄せる。将来の話など微塵も考えたくないのだ。というか、未来のことを思うと吐き気がしてくる。

 のんびりでもいいので、夏までには決めてくださいね、とだけ竜吾は言うと味噌汁を啜った。

 その時だった。


「おい!竜吾!いるか!!」


 玄関の戸が勢いよく開く音がして、何事だとタケルは驚いて箸を落とした。廊下をドタドタ歩く音の後に居間の扉が勢いよく開かれて、力を入れすぎたのか引き戸がガタンと外れる音がした。突然の情報量の多さにタケルは混乱した。

 慌ただしく部屋に入ってきたのは、竜吾と全く同じ髪色目の色を持っていて、違うところは彼より一回り小さい背丈と肩まで伸びた髪の毛を首のところで一つ結びにしているところだった。竜吾と同じでジャケットだけ脱いだスーツ姿だったのだが、そのワイシャツの右肩から右の脇腹にかけて真っ赤に染まっていた。そして何故か小脇に人間を抱えていた。


「龍太郎!?どうしたんですか!?人攫ってきたらだめですよ!!」


 竜吾が呆れた顔で席から立ち上がった。状況が理解出来ず、頭がパンクしそうなタケルには、頭の中で(いや、さすがにそれは違うだろう)とつっこむのが精一杯だった!


「馬鹿竜吾!そんなこと言ってる場合か!」


 そう言って龍太郎は脇に抱えてた人間をゆっくりと床に仰向けに寝かせた。龍太郎が抱えていたのは、タケルと同じくらいの年齢の女の子だった。長い黒髪で見えづらかったが、どうやら頭から血を流しているようで、意識も失っているようだった。


「やっぱり人攫いじゃないですか!オマケに怪我までさせて!」


 再び竜吾が吠えた。しかし、龍太郎は眉間にシワを寄せて


「ちげーよばーか!!()()で怪我したんだよ!」


 と強めの口調で言い返した。それを聞いた瞬間に、竜吾は我に返った表情を見せ、床に寝かせれた女の子を抱えて早足で奥の部屋へと行ってしまった。

 何一つついていけなくて、置いてけぼりをくらっていたタケルだったが、龍太郎についていた血の跡を思い出して、困ったように頭を搔く龍太郎に駆け寄った。


「龍太郎さんも怪我してるんじゃないですか…!?」


「んあ?ちげーよ、これはあいつの血がついただけだよ」


 そう言って、顎で竜吾が入っていった部屋を顎で指した。でも…とまごつくタケルをよそ目に、おっ美味そうなミートパイじゃんと言いながら、テーブルに盛られたミートパイを手で摘んで食べてしまった。龍太郎はうまいうまいと舌鼓を打った。


「あっ、せめて手を洗ってくださいよ!」


 とタケルは言ったが、へーきへーきと言いながらそのまま食卓に座って食事を始めてしまった。

 いつもと違うことが起こっているのに、普段通りに振る舞う龍太郎に、タケルは違和感を感じていた。そもそも龍太郎がなんの仕事をしているのかは詳細には知らないのだが、以前にも時々怪我をして帰ってくることがあったので、そういう肉体労働系の仕事なのだろうと勝手に解釈していたが、怪我をした女の子を連れて帰ってくるのはさすがに何をしているのかと疑わざるを得ない。というか、怪我をしているのなら家に連れてくるべきではないし、そもそも女の子を男だらけの家に連れ込む時点でかなり不味いような気がしてならなかった。

 生まれてからこの方、ずっとこの家族とは暮らしてきて、家族がどのような人間であるかは理解していたのだが、こればっかりは行動の真意はいくら考えても、正解と思えるような答えに辿り着けなかった。


「龍太郎さん…どうしてあの子を家に連れてきたんですか…?」


 またどうせはぐらかされるんだろうなぁと思ったが、この状況を目の当たりにしてしまった以上、何かしら教えてくれるのではないかと、淡い期待を抱いてタケルは龍太郎に問いかけた。昔から龍太郎は仕事の話をしたがらない。というよりも、龍太郎はいつも何かしら大きな嘘をついていることも、何となく見透かしていた。

 すると、先程のようになんでもないというように振る舞う訳ではなく、腕を組み、うーんと唸り声を漏らした。どうやら、なにか悩んでいるようだった。

 予想外の反応にタケルは少し驚いたのだが、何かを言うか言うまいか悩んでいる様子であったので、龍太郎が答えを出すまで待つことにした。


 そしてかれこれ五分ほど悩んだだろうか、意を決したように「よし」というと、椅子から腰を浮かせて、座り直した。どうやら腹を括ったようだった。


「もうさすがに隠しきれないだろうしな、竜吾が戻って来次第、俺たちがなんの仕事をしているのか話してやろう」


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