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紅ノ戦記 神殺しの物語  作者: 榎木 岳
第一章 残された灯火
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第一章一話 『日常』

 

「…最悪な一日だったな」


 赤々と染まった空を背に、スーパーの買い物袋を下げた少年は小石を蹴りながら呟く。小石はコロコロと転がり、側溝の穴へと落ちてしまったのを見て、少年はため息をついた。

 少年の名前は、錦小路(にしきこうじ)タケル。短髪と呼ぶには少し長めの黒髪に、学ラン。どこにでもいるような一人の学生に見えるのだが、唯一ほかの一般の人間と違うところといえば赤い瞳を持っていることであった。見るものを魅了するほど鮮やかな赤色なのだが、当の本人の瞳は無気力な色で濁っていた。

 それもそのはず、タケルは学校というものを嫌っていたのだが、今日ばかりは来いと先生に脅され、渋々学校に行ってきたばかりで、気分が晴れずにいたのだ。

 学校が嫌いな事には色々と理由があるのだが、例えばそう、この赤い瞳のせいというのもあるのだ。

 とはいうものの、別にクラスメイトにからかわれたという訳でもないのだが、その他様々な理由で綺麗な赤いこの瞳を彼はあまり好きではなかった。



 気だるそうに歩いていたタケルだったが、周りの家々と比べて格段に違う、一軒の大きな日本家屋の前で立ち止まった。数秒眺めて、ため息をついたあと、門を開けて敷地の中に入って行った。

 門から飛び石を伝い、広い庭を抜けたところに玄関があり、彼は鍵を開ける仕草などはせず、ガラガラという大きな音をたてて扉を開けた。


「ただいま」


 しかし家の中から返事はなかった。

 返事は聞こえなかったのだが、タケルはこの家で一人暮らしというわけではない。この家には、自分以外に二人の家族が住んでいるはずなのだが、玄関は開いているのに家の中に人の気配が全くしなかった。


「はぁ、また開けたまま出ていったな、不用心だな…」


 タケルはまたため息をついた。先程からタケルはため息をついてばかりなのだが、彼にとっては特に意味は無いのだが、何をするにも無気力な以上、一息一息つきながらやっていかないとすぐに息切れしてしまうのだ。



 取り敢えず先程買ってきたスーパーの買い物袋の中身を冷蔵庫に仕舞った後、先祖を祀っている祭壇へと向かった。

 タケルは、神だとか幽霊だとかそういった超常現象的な類のものは全く信じていない。神頼みと言う言葉はあるが、神様に頼んだところで何もやってはくれない、信じられるものは自分の力だけなのだ、というのがタケルの持論なので、正直この祭壇に向かって手祈りを捧げる行為も、あまり意味のあるものとは思えなかった。

 ただ、まぁそう思うかもしれんが取り敢えず祈っておいてくれんか?と、家族から言われていたので、形式的に供物を捧げ、祈りを捧げている。

 ただ、この祭壇には個人の写真はない。本来ならば、この祭壇に祀られている先祖、それこそ写真の技術が発展する以前の先祖の写真を撮ることは不可能だが、現代まで生きていた先祖はいたはずなので、写真はあるはずなのだが、家族曰く、写真は全てなくしてしまったといわれていたので、タケルも特に気に留めることはなかった。


「さて、晩飯でも作るか…」


 祈りを捧げた後、祭壇の前から立ち上がりながらタケルは呟いた。そしてついでに、祭壇に備えられたお茶も取り替えようと湯呑みを取り上げた、その瞬間、タケルの手にビリッと電流のようなものが走った。


「痛っ…」


 それに驚いたタケルは、湯呑みを畳の上に落としてしまった。中身はそれなりの量が入っていたので、お茶が畳の上に広がり、湖を作った。


「あっ、しまった…」


 タケルは慌てて雑巾を取りに走り、零したお茶を拭き取った。それでも、結構な量が畳に染み込んでしまった。タケルは少し泣きそうになった。というのも彼は昔から思い通りに行かなかったり、少し失敗してしまったりして、感情の波が揺れてしまうと、どうしても泣きたくなってしまうのだ。もう18歳にもなるので治したい癖ではあるのだが、生まれ持ってしまった以上どうすることも出来なくて、困っていた。

 畳をそのままにしてしまうとカビてしまうので、干さなくてはならないのだが、もう日没後、今から干すのは不可能である。仕方ない、ドライヤーで乾かすか…と思いながら、零れそうな涙を拭い、タケルは湯呑みを手に取った。


「あっ、タケルくんどうしたんです?」


 ちょうどその時、部屋に一人の男が入ってきた。

 薄い茶髪に、少し赤みがかった瞳をしている高身長の男。眼鏡をかけていて、スーツを着ているのだが、ジャケットは脱いでいて、ワイシャツの腕をまくりながら部屋に入ってきた。

 男はタケルの持っている空の湯呑みと、床に置かれた雑巾を見た。


「あら、こぼしちゃいましたか、けがはないですか?」


 彼はタケルに歩み寄って、座っている横にしゃがみ込み、持っていた湯呑みを取り上げ、心配そうに顔を覗き込んだ。おずおずと頷いたタケルを見ると、安心したように微笑んだ。そして雑巾を捲り、どれぐらい濡れているのか確認した。


「うん、これくらいなら大丈夫ですね、少しドライヤーをかけたら乾きますね」


 男は立ち上がり、廊下へ出るとタケルを手招きした。それを見たタケルもゆっくりと立ち上がり、廊下へ出て居間へと向かった。


竜吾(りゅうご)さん、ごめんなさい、お茶こぼしてしまいました…後で乾かしますので…」


「いいんですよ、君にも怪我はないようだし、乾かすのも龍太郎(りゅうたろう)に任せるので、私の手伝いをしてくれますか?」


 居間についたら、竜吾と呼ばれた男は真っ直ぐ流し場に向かい、湯呑みを洗い始めた。


「でも珍しいですね、君が湯呑みをひっくり返すなんて」


 竜吾はそう言った。というのも、タケルは小さい時から大人しい子供であり、慎重深い性格であったため、何事にも細心の注意を払っていたので、何かを故意に倒したり落としたりすることは殆どなかったのである。


「ええと、こんな時期におかしいんですけど静電気みたいなのが触った瞬間に…」


 ソファーに座っているタケルが泣きそうなのをこらえ答えた。その瞬間、何故か竜吾の瞳が陰ったように見えたが、すぐ笑顔に戻り、そんなこともあるんですねぇとだけ応えた。


「タケルくん、テレビ、つけて貰えますか?」


 竜吾がそう言うと、タケルはテレビをつけた。夕方のこの時間はどこの番組をつけてもニュース番組が放送されている。正直なところ、タケルにとっては自分の身に降り掛かってくることではないし、世間になど微塵も興味が無いので、ニュースなどどうでもよかったのだが、この時間ばかりはこれを見る他に暇つぶしはないので、仕方なく竜吾に倣ってテレビを見ていた。

 当のテレビはというと、最近連続して起こっている怪奇事件について特集していた。


 連続しているこの怪奇事件とは、この国で信仰されている宗教、正確には宗教と呼んでいいのかわからないのだが、神道の神様を祀る神社に入った人物が次々と行方不明になっている事件である。

 一部のオカルト好きの人間からは神隠しだ、なんて騒がれているが、科学の発展した現代にそんなことが起こり得るわけがない、と言いたいところなのだが、実は監視カメラの映像を見ると、行方不明になっている人物は煙のように消えてしまっているのだ。

 そんな証拠の出てきている事件な以上、警察も手の施しようがなく、施設内に誰もいない時には敷地内及び建物内には立ち入ることを禁止するといった対策しか、現在はとられていない。


「物騒ですねぇ、君に限ってはないとは思いますが、人のいない時に神社に行ってはダメですよ」


 竜吾がそう注意を促した。前述の通り、タケルは神様の類を全く信じていない。そのため、そう行った施設に立ち入ることは殆どないのだ。

 人間の仕業だろう、監視カメラの映像に関しても、そういった技術の持ち主が加工したのでは?というのがタケルの意見だった。


「さて、晩御飯を作りますよ、タケルくん手伝ってください」


 流し場から声がかかる。タケルは返事をして、ソファーから立ち上がった。

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