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紅ノ戦記 神殺しの物語  作者: 榎木 岳
第二章 白夜に舞う雪
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第二章五話 『訓練開始』

 

「その言葉、本当ですね」


 ミコトの言葉に、静は力強く頷いた。


「ええ勿論、女に二言はないわ」


 その瞬間、ミコトは静に飛びかかった。タケルには一瞬何が起こったのかわからなかった。

 だが、すぐに状況を把握した。ミコトは静に向かって殴りかかっていたのだ。それにすぐさま反応した静は、腕を使って拳を止めていた。

 その顔には一切の焦りはなく、余裕の笑みすら浮かべていた。

 後ろに飛んで距離を置いた静が短剣を、ミコト向かって暗器のように投げつけた。タケルは焦った。ミコトは素手に対し、向こうは自分の思うがままに、氷で武器を生み出せる。どう考えてもミコトの方が圧倒的に不利だからだ。

 投げられた短剣がミコトに刺さる、そう思った瞬間、氷の短剣は粉々に砕け散ってしまった。


「えっ」


 タケルが思わず呟いたその瞬間にも、静は再び短剣を投げていた。その短剣は、武術使いのような構えをしているミコトの体に突き刺さる前に砕け、砕け、そして最後の一本を拳で叩き割った、ように見えたが、ミコトの拳は少しも短剣に触っていなかった。


「さすがミコトちゃん、鍛え上げられてる『音』は全然違うわね」


 その時初めて、タケルはミコトの"始祖の血"の力を知った。

『音』それは、タケルの『闇』以上に、目に見える存在がないもの。それを使って戦っているので、視覚でその情報を得ることは出来なかった。

 かと言って、聴覚でも捉えることは出来なかった。氷を砕くため、ミコトが体から発していたのは超音波のようなものだったからだ。


(だから体に触れる前に短剣が砕けているのか)


 タケルは一人で納得した。


「でも残念ながら、まだまだね」


 静がそう言った瞬間、妖しく笑うと、いくつもの氷の礫を生み出し、一瞬にして全てを砕いた。細かく砕けた氷は霰のようになり、小さくはあるが、一気にそれが体に降り注ぐと全身をおもちゃの鉄砲で撃たれているような感覚がした。

 思わず巻き添えを食らってしまったタケルはが、霰の範囲から出ようとした時、全身の痛みに気を取られて、静がいつの間にか消えていたことに二人は気づけなかった。


「しまったっ…!」


 ミコトが叫んだ、その次の瞬間、タケルの首筋に冷たいものが当てられている感覚がした。

 タケルは背中に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。

 顔を動かさず、恐る恐る目だけを後ろに向けると、そこには氷の短剣を首筋にピタリと当て、楽しげに笑う静が立っていた。


「ダメだよタケルくん、いくらミコトちゃんが戦っていたとしても、油断したら自分が死ぬ事になるわよ」


 そう言った静は、首筋に当てていた短剣を離し、指先でくるくると回しながら消失させて、一歩後ろへと下がった。

 その瞬間全身から力が抜けたタケルは、地面へ座り込んでしまった。今になって殺されると思った恐怖感が襲ってきて、震えが止まらず、立ち上がる事が出来なかった。

 ミコトも呆然としていたが、すぐに自分の失点に気づき、苦虫を噛み潰したような顔になった。今まで一人で戦ってきたから、もう一人の味方にまで意識が及んでいなかったと反省していた。

 もう二度と、目の前で大切な人が奪われるのは、もう嫌だった。その為には、もっと周りにも気を配らねばならないというのに。


「まぁでも今日は初日だし、そんなに落ち込まないで欲しいわ」


 黙りこくってしまった二人に対して、困ったような顔で微笑んだ静は言った。そして、地面に座り込んだタケルの手を取って、引いて立たせた。

 タケルはお礼を言ったが、その後に続けてなんの言葉も出なかった。

 先日の戦いでもそうだった、竜吾の戦いを見守るだけで自分は何も出来ず、結果的には夜桜の力を借りて神を鎮めただけであって、自分一人では何も出来なかった。

 そんな自分に何が出来るのか、考えた。辿り着ける答えは、たったひとつだった。

 今の無力な自分にできること、戦い方を覚える、そして神と対峙するのだ。


「すみませんでした。静さん、俺に(私に)戦い方を教えてください」


 タケルとミコトが同時に言った。

 それに一瞬だけ驚いたように静が目を見開いたが、すぐに真剣な、それでも優しさの残る顔で二人に応えた。



 ※※※※※※※※※


「随分と遅くまでやってしまったわ」


 すっかり日も暮れ、街には街灯が点され、家々からは美味しそうなご飯の匂いが漂ってくる時間だった。

 あれから随分と長い間、昼食を摂るのも忘れ、特訓に没頭しすぎてしまった。

 本当ならば静が早めに切り上げてしまうべきだったのだが、二人の真剣な眼差しに、終わりにしようとは言えず、結局一日中特訓を行うことになってしまったのだ。

 静は運転席でハンドルを握り、バックミラーを覗き込んだ。

 その車の後部座席には、昼間の特訓で疲れ果てたタケルとミコトが、頭を寄せあわせるようにして眠っていた。

 その様子を見た静は微笑むと、再び正面を向いた。

 そしてそのまま、車に取り付けられたパネルを操作して電話をかけ始めた。

 数回の呼出音の後、相手は電話を手に取った。


『もしもし』


「もしもし、私よ。今あの子たちを送っているのだけど、すっかり眠ってしまってるようだから、布団の用意とかよろしくね」


『ああ、わかった。だろうなとは思ってたよ』


 電話の相手は龍太郎だった。

 そのまま、静は二人を起こしてしまわないよう気をつけながら龍太郎と会話を続けた。


「ミコトちゃん、は確か数回仕事には出ていたわよね。筋がいいわ。それに、タケルくんも、鍛え方次第ではいい『神殺し』になるわよ」


『…そうか』


 龍太郎は電話越しでもわかるぐらいに、寂しそうに呟いた。恐らく、電話の先でも、複雑な心境で、なんとも言えぬ顔をしているのだろう。

 これが、子供の成長を微笑ましく思うが、寂しくもある親の気持ちなのだろうか、と静は考えた。


「…それと龍太郎、そこに竜吾はいる?」


『え?ああ、ここは居間だからな、代わって欲しいのか?』


「いや…いいの、今度竜吾がいない時に話したいことがあるから」


 静はそれだけを告げると、再びパネルを操作して電話を切ってしまった。

 このまま話し続けると龍太郎の意地の悪い返答が、堰を切ったように流れてくるのがわかっていたからだった。龍太郎も龍太郎で、そうやって切られた場合に、かけ直してまで言うつもりはなかった。

 静は一つ、ため息をついた。タケルの住む家まではもう少し時間があった。

 ちらりと一瞬だけ夜空を見上げる。今日は満天の星空だった。それを見ると、自分も疲れていたがもう少し頑張ろう、と元気になれるのだ。

 よし、と気合いを入れ直して、しっかり前を見据えた。

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