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紅ノ戦記 神殺しの物語  作者: 榎木 岳
第一章 残された灯火
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第一章十一話 『闇を飲み込む闇』

 タケルが天井画で見たものを竜吾に伝えると、彼の中で何か結論が出たらしく、黒い影の正体は『乳母』であると見抜いた。するとその瞬間、黒い影の動きは止まった。その後、竜吾と話をしていたのだが、実はタケルには、黒い影の正体も、黒い影が話している声は全く聞こえていなかった。だが、赤ん坊がいない、その瞬間の叫びだけは、声としてではなく、聞くに耐えない悲痛な悲鳴としてタケルの耳に入っていた。それ故彼には、突然叫んだ黒い影が自分に向かってきたようにしか見えなかった。

 社の中にいれば安全なはずでは、と瞬時に考えたが、目線を下ろすと片足が敷居を跨いでしまっていることに気づき、血の気が引いた。目に涙が浮かぶ。こんなところで何も出来ずに、しかも自分の油断で神に殺されてしまうのか。やっぱり自分は、母さん諸共神に愛されていないのだろうな。そう思って、瞼を閉じた。目に溜まった涙が一つ、零れ落ちた。


「情けないのぅ、おぬしも男なら泣かんで少しはどう抵抗すれば良いか考えんか」


 聞き慣れない声にタケルは目を開けた。自分を殺しにかかってきたはずの、黒い影は目の前に見えない壁が現れたように、何をする訳でもなく固まっていた。そして、その黒い影とタケルの間には、一人の少女がいた。


「ま、あんまり責めても仕方ないかのぅ、儂が教えた天井画に気付いて彼奴(あやつ)に伝えられたことは褒めてやろうぞ」


 その少女は現代では聞き慣れぬ、古風の話し方でタケルに話しかけているようだった。彼女がふっという気合いの声を出すと、黒い影は鳥居の近くまで簡単に飛ばされてしまった。

 その少女は、いかにもお姫様らしい長い黒髪に、桜の花があしらわれた着物、そして同じく桜が散りばめられた羽織を肩から掛けていた。その着物が、蝋燭と月の光に照らされている様は、月光を受ける満開の桜の木のようだった。

 タケルと竜吾は呆気にとられていた。タケルよりは歳下であろう女の子が、黒い影の襲撃を防ぎ、あろう事か鞠でも放るかの如くはじき飛ばしてしまったのだ。それはわかっているのだが、何が起こっているのかがまるで理解できず、ただただ少女を見つめるだけのことしか出来なかった。


「何をボーッとしておるんじゃ、今彼奴は気絶しておるだけじゃぞ、今のうちに無力化せんでどうするんじゃ」


 タケルは我に返った。一瞬、それは竜吾の仕事では、と思ったのだが、どうやら彼女はタケルに向けて言っているようだった。


「俺…ですか…?俺何も出来ませんけど…」


「そんなことは分かっておるわ、おぬし、名前はなんというんじゃ?」


 タケルは首を捻る。なぜこのような状況の中で、この少女は名前を聞いてこようとするのだろうか。答えるべきか悩んだが、早く教えろと言わんばかりに睨みつけられてしまったので、渋々答えることにした。


「タケル、錦小路タケルです」


「ほう、錦小路か。それにタケルとはいい名じゃのぅ!」


 少女は名字を聞いて、何故か一瞬喜んだようだった。それを疑問に感じたが、すぐに忘れてしまった。名前を聞いて、欲しいものを買ってもらった幼子の様に嬉しそうに笑っていた。しかし、その瞬間、飛ばされた黒い影が再び動きだした。

 タケルと少女のやり取りを呆気にとられつつも、微笑ましく、だが謎の少女に警戒を怠らず見守っていた竜吾は、槍を構え社の前に立ちはだかった。


「おい、そこの槍使い、そんなに構えずとも、儂が来たからにはもう大丈夫じゃぞ」


 竜吾は驚いて振り向いた。驚いたのはタケルも同じで、横に立つ、自分よりもずっと小さな少女を見つめた。彼女は得意げに笑うと、両手を合わせ、よっという掛け声と共に、両腕を左右に広げた。何をしているのだろうと二人は思ったのだが、そこに現れたものを見て衝撃が走った。左右に広げた手のひらのあいだに、一本の弓が現れたのだ。手品のように見えたのだが、どこにもタネや仕掛けがあるようには見えなかった。

 タケルが呆気にとられていると、少女はその弓を目の前に差し出してきた。


「ほれ、これを使わんか」


「えっ…?」


「なにがえっ、じゃお前がやらんでどうするんじゃ。まさか儂のような幼子に弓を引かせるきか?」


 今にも噛み付いてきそうな少女の剣幕に押され、タケルは弓を受け取ってしまった。弓、とはいうが、弦の部分が何かの植物の蔓で出来ているようだった。これでまともに射ることが出来るのかと不安になった。だが、それ以前に肝心なものがついていなかった。


「本来なら弓かけとかないと怪我してしまうんじゃがのう、緊急事態じゃからな、許してたも」


「そうじゃなくて、()はどうするんですか!?」


 その問いに、少女は何を言っているのかがわからないといった表情を浮かべた。しかし、そうしている間にも黒い影は起き上がりつつあり、こちらに向かってくるのも時間の問題だった。

 少女はなぜわからんのじゃ!と一喝すると、タケルの後ろにまわり、無理矢理弦を引かせ、矢さえあればすぐに射られるところまでもってきた。その力は見た目からは想像できないほど強く、思わず肩越しに少女の顔を見た。


「儂の顔を見たってつまらんぞ、真っ直ぐ相手だけを見ておれ!」


 タケルは慌てて前を見る。黒い影は呻き声のようなものを上げながら起き上がった。


「よいな、試しを思い出せ。内なる力を今度は矢の形を想像するんじゃ。神に取り憑いた闇をも飲み込む更なる闇じゃ、それがおぬしの『闇』という力じゃ。」


 闇…深い漆黒の闇、それを矢として、神に取り憑く闇を祓う。


「今じゃ、放て!」


 タケルは弦を引いた手を離した。矢をつがっていないこの状況では、ただ弦を爪弾いただけのような気がしたのだが、弓からはしっかりと矢が放たれていた。その矢は深々と黒い影に突き刺さり、頭を抱え、のたうち回り、悶絶しているようだった。だがやがて、動きが止まると、黒い影は闇の矢に吸い込まれるようにして消え、矢諸共消え去り、後にはゆらゆら揺れる陽炎のようなものが残っただけだった。

 その様子を見て、タケルは呆然と立ち尽くしていた。ただでさえ、訳の分からないことに巻き込まれ、頭が破裂しそうだというのに、仕舞いには自らの手で神に取り憑くものを祓ってしまったのだから。

 そんなタケルの元に、竜吾が心配そうな表情を浮かべて近づいてきた。


「…大丈夫ですか、タケルくん」


「はい、一応…。何が起こったのか全然わかりませんが…」


 竜吾は石畳の上に倒れた神様に向き直った。タケルにこそ陽炎のように見えている神の姿だったが、竜吾には邪気が祓われ、美しい女性の姿に戻った神様の姿がしっかりと見えていた。


「…『神殺し』を行われた神様で、酷く傷ついている神様は高天原に呼ばれ、療養した後にこの地に戻ってくると言います。ですが、この神様は捧げ物をして、しっかり結界を張り直せば回復できるでしょう」


 そう言って竜吾は、件の少女に顔を向けた。


「助けて頂き、どうもありがとうございました。そして、あなたは一体…」


 しかし、その少女は竜吾の質問に答えず、社の中に入っていった。そして、天井を見上げた。それに続いて社の中に入った二人も天井画を見つめた。


「…この土地の近くにはな、小さなお城であったが、殿様が住んでおった。その殿様に子供が生まれ、乳母として一人の女性がその子の世話をした。しかし、生まれて一年も経たぬ頃に攻め入ってきた敵によって城は落城した。しかし乳母は、殿様の命により、子供を連れて燃えさかる城を抜けて逃げ出した。敵兵から身を隠すため岩の影に隠れておったが、抱えていた子供が泣き出してしまい、見つかってしまった。二人は斬り殺されてしまったが、乳母は『この身はこの地に果てても、全ての子の母となり、子の夜泣きを止め、二度とこのようなことがおこらぬようにいたしましょう』と言い残し、この地に神として祀られたと言われておる」


 少女は説明し終わると、天井画の最後の場面を指さした。先程タケルが目を背けてしまった絵である。そこには、見るに耐えられない無残な姿の女性と子供と、文字が書いてあるようだった。全ては判別できないが、恐らく最期に乳母が言った言葉であろう。

 その時、タケルの両目から涙が零れた。それを見た竜吾は抱きとめようとしたが、タケルは手を挙げてそれを止めた。泣くほどでもないだろうと、タケルは思ったのだったが、何故か涙が溢れ出し、止まらないのだった。

 すると少女がタケルに近づき、手を伸ばして頭を撫でた。


「それでよい、今泣いておるのはおぬしの中におる本当のおぬしじゃ。何か辛いことがあって、そのおぬしを鎧の中に閉じ込めておったのじゃろうな。今そうやって、彼女を思って泣くことで、ある意味では彼女は救われ、神としても思っていてくれる人がいるだけで、力を取り戻せるんじゃ」


 タケルは泣きながら、少女を見つめた。彼女はわかっていてこのことを言ったのだろうかと思ったのだが、そんなことはあるはずがないのだ。自分の母親の話は、身内の人間以外には話したことがなかった。しかし、そうやって声をかけてくれたことがただ心地よくて、今はそれを考える時ではないと感じ、されるがままに頭を撫でられていた。



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