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紅ノ戦記 神殺しの物語  作者: 榎木 岳
第一章 残された灯火
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第一章十話 『社の神様』

 迫り来る黒い影を、竜吾が槍で受け止め、はじき飛ばした。呆気に取られていたタケルだったが、間髪入れず再び黒い影は竜吾へと迫ってきた。その度に槍で受け止めて応戦していたのだが、攻勢へと向かう機会を中々掴めずにいるようだった。

 竜吾は目の端でタケルの無事を確認する。タケルは燭台を手にしたまま、社の中で立ち尽くしているようだった。それを見て少し安心した。社の中にいさえすれば、基本的に危害を加えられることはない。逃げ出そうとしているわけでもないので、竜吾も心置き無く影と対峙することが出来ていた。しかし、未だに影の正体がつかめず、どう対策をとるべきかと考えながら攻撃を受け流していたのだった。

 この黒い影が、内側から爆発したようになっていた箱の中から何らかの原因で飛び出した神様であることは間違いないのだ。だが、地方の神様というだけの情報しか持っていない以上、何をして鎮めたらいいのかが未だによくわからない。せめて、この神様の名前と民話などを知ることができたら…と竜吾は考えていた。有名な神様であれば、自ずとその神様に纏わる話が出てくるので、その話に則って弱点を見出しそれをもって鎮ればいい。立場が違うのだが、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)で言えば、お酒を捧げて退治する、といったようなものだ。なるべく時間はかけたくないが、見極めながら戦わなくてはな…と溜息をつきながら、また影をはじき飛ばした。

 一方のタケルは、自分は何をしたらいいのだろうと思いながら叔父の戦いを見つめていた。今日が初仕事だから君は様子見だけで大丈夫ですよ、と来る途中の車の中で言われたのだったが、タケルの中には自分も『神守衆』の一員として何かを成さねばと、責任を感じていた。だが、防戦一方の叔父の後ろ姿を見つめることしか出来なくて、悔しさに拳を握りしめた。その時だった。


 ー名のわからぬ地方の神と対峙する時は、情報を集めることが何より重要だ。紙としての媒体として何も記録がなくとも、人々に忘れ去られた神でも、辺りを見渡せば、案外近くに答えがあるかもしれない。


 それは、出かける直前に話しかけてきた龍太郎の言葉だった。初仕事であるタケルに向けて、戦えずとも竜吾の手助けをしてやれといった励ましの言葉をかけたのだった。それを思い出したタケルは、再び祭壇の前に向き直った。

 手に持った燭台の灯りを祭壇に向けて照らすが、他の祭壇と変わったところはなく、手掛かりになりそうなものも見当たらなかった。焦る気持ちを抑えつつ、今度は壁を照らした。しかし、そこにも捧げ物と思わしき鶴や人形、御札といった類のものと木の板が打ち付けられた壁があるだけだった。一瞬ためらったが、仕方ないとそれらを触って、裏に何か書かれていないか、隠されているものがないかも確認した。だが、ついぞ見つけることは出来なかった。

 このままだと何も出来ない、そう思いながら未だ外で戦い続ける竜吾へと目を向ける。防戦一方だが、余裕のない防戦ではなく、余裕を持った防御をして、相手の様子を探っているといったような動きをしていた。だが、いつまでもそれが続く訳では無いだろう。向こうは神、こちらは人間である。体力的に持久戦に持ち込まれると人間が圧倒的に不利である。タケルは焦り始めた。このまま自分が何も見つけられなかったら…と最悪な想像をしてしまった。その瞬間


「バキッ」


 社の中で何かが折れるような音がした。それは天井から聞こえた。驚いたタケルは天井を見上げた。折れるような音だったのだが、何かが折れたような形跡は見当たらなかった。諦めて、上に持ち上げた燭台を下ろそうとした時、目の隅で天井の何かが、キラリと煌めいたのが見えた。慌てて再び灯りを天井に向けると、煌めきを放ったのは天井に貼られている金箔だとわかった。この建物は金箔で装飾されていたのか?と思って周りも照らしてみて初めて気づいた。違う、これは金箔で天井を装飾しているのではない、天井に描かれている絵を金箔が装飾しているのだ。

 今手に持っている燭台の光ではいくらそんなに大きくない建物とはいえ、天井全体を照らすことは出来ない、そう思った瞬間体が動いた。壁を照らして探していた時に、灯りとり用の燭台がいくつか壁に備え付けられていることに気付いていたので、それら全てに灯りをともし、再び天井を見上げた。そこには、いくつもの蝋燭の光に照らされ、筆舌に尽くし難い美しさを持つ天井画が浮かび上がっていた。先程見えた金箔は、川の流れを表現していたようで、社の隅から一つの流れが対角まで続いていた。タケルは美術には疎かったのだが、この川の流れが時の経過を表しているのだろうかと考えた。

 金箔の川の始まりには、屋敷のような建物が描かれ、刀を帯刀した武士と思わしき人物が立っていたり、馬に乗っていたりの風景が描かれていた。その次の絵には、同じような屋敷の前で赤ん坊を抱き抱えている女の人が描かれていた。その人の横にも女の人がいたのだが、こちらは身分の高そうな服装、十二単ではないのだが、着物を複数枚着ているように見え、赤ん坊を抱いている方は、その人物よりは少し貧相な服装だったが、それなりの家の出だろうかと思われるような服装だった。

 しかし、そんな日常の絵はそこで終わっていた。その次にあったのは燃え盛る屋敷だった。その屋敷から飛び出してきたのか、例の赤ん坊を抱えた女の人が走っている様子が描かれていた。その次には女の人は岩陰に隠れているようだった。その岩の後ろに、武装した武士たちが歩いている様子が描かれていたのだった。何かに追われて、逃げている最中なのかと推察した。少し恐怖を感じながら次の絵に移る。そこには体を仰け反らせる赤ん坊、抱いた赤ん坊に手を伸ばす女の人、そしてそれに目線を向けている武士の図があった。おそらく、赤ん坊が泣き出してしまい、隠れていた二人は見つかってしまったのだ。タケルは目に涙が浮かぶのを感じながら最後の絵を見た。だが、そこには想像した通りの、凄惨たる光景が描かれていた。一瞬それを見ただけで思わず目を背けてしまった。

 目を背けてしまったが、タケルの頭は考えることをやめてはいなかった。この社の天井画は、この社の由来であり、おそらくここに祀られているものの正体だ。それはわかったのだが、この情報だけで果たして神に対抗する術が見つかるのか。だが、ゆっくり考えている時間はない。タケルは外にいる竜吾に向けて叫んだ。


「竜吾さん!」


 戦いながら、竜吾はタケルが見つけたという天井画の話を聞いていた。赤ん坊を抱いて逃げ出し、見つかって殺されてしまった二人、屋敷の中に身分の高い女性がいた。その隣にいたというもう一人の女性、この人は乳母ではないのか、そして天井画は、おそらくこの女性を主人公として描いている、つまり


「ここに祀られていたのはその乳母ですね!」


 その瞬間、黒い影の動きが止まる。だが、止まったのは黒い影ではなかった。救いを求めるよう右手を前に伸ばし、血塗れになった着物で立ち尽くす一人の女の人だった。表情は穏やかと言うには程遠いが、悲しみに溢れる中にも、落ち着いているような様子が見られた。その醸し出す雰囲気は、天井画に描かれていた女性と似ていた。しかし、決定的に違うのは、ここにいる女性の腕には赤ん坊は抱かれていなかった。


「私にはまだわかりませんが、あなたは天井画に描かれていた中の、何らかの事情故にここで鎮められていたか、祀られていたのでしょう。ですが、あなたの気からは荒魂と化してはいますが、けして殺された怨みからなったとは考えられません。教えてくれませんか、私はあなたを救いたいのです」


 竜吾は、警戒は解かなかったが、穂先を下に向け、ゆっくりと女性に近づいた。その様子をタケルは固唾を飲んで見守っていた。


「……の」


「え?」


 女性が声を発した。しかし、竜吾には聞き取れなかった。


「……ないの」


「…何がないのでしょう」


「…いないの……が…いないの……赤ん坊がッ!!!」


 その刹那、女性の表情が悲しみ一色から怒りに満ち溢れた表情に変化した。まるで般若のようだった。

 女性が飛びかかろうとしてきたのを、竜吾は反射で飛び退いた、が、女性は竜吾に飛びついたわけではなかった。


「しまった…っ!」


 女性の狙いはタケルへの一直線だった。社の中にいれば安全、とはいったがこの時タケルは、竜吾に天井画の事を伝えた瞬間、社の外に足を踏み出してしまっていた。

 竜吾は咄嗟に槍を投げた、しかし、これは投げるための槍ではないので重すぎた。届くか、届かないかそんな瀬戸際だった。投げると同時に社に向けて走り出す。それでも、人間の足では神様の速さには到底追いつけない。間に合わない、その瞬間を見たくなくて、思わず目をつぶってしまった。


「情けないのぅ、おぬしも男なら泣かんで少しはどう抵抗すれば良いか考えんか」


 見知らぬ少女の声が聞こえた。目を開いて、社を見る。そこには、壊れた社と傷ついたタケルが倒れている、と想像したものとは全く違い、無傷の社と、かすり傷一つ負っていないタケルと、飛びかかった女性の前に立ちはだかる、一人の少女がいた。

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