『消える灯火』
口を大きく開いて息を吸った。酸素が体の隅々まで行き届かず、指先が全く持って言うことを聞かない。いや、言うことを聞かないのは指先だけではない、もうとっくに腕も足も、瞼ですら動かすのが重かった。
こんなところで立ちすくんだままではいけないのだ、自分の命尽きるまで、この灯火が消えるまで戦い続けるのだ。人知を超えるこの力を前に、俺にとってできることはたかが知れてる、けれど戦わねばならない、未来へとつなぐために。
「まだ抗うか人間よ…もうとっくに限界など来ているはずだろう…諦めて膝をつけ、楽になるぞ」
地の底から響いてくるような声で“それ”は俺に向かって話しかけた。霞む視界で“それ”を捉える。しかし、もう見えるのは底の知れない闇のような影のみだった。
うっすらと見える影を睨みつけ、両手で構えた刀を握りしめた。彼女はもう、目的の場所まで辿り着けただろうか。
「貴様の狙いなぞ、とっくに儂にはわかっておるのだぞ、あの人間を逃がすためだな、なんとも無駄なことを」
「なに…?どういうことだ…?」
神の前である以上、自分の考えは筒抜けであるだろうとは理解はしていたが、それを無駄なことだと言われてしまった。口は開くまいと思っていたが、思わず尋ねてしまった。
「貴様ら人間どもは、創造神が儂一柱だけだと思っておったのか?」
膝から力が抜けたような気がした。ザリッという砂の音と共に視点の高さが低くなる、もう感覚などないのでその情報だけで自分が絶望し、地面に膝をつけたことを理解した。
完全に忘れていた、不意打ちを食らった、子供の頃にどこかで聞いた話、この世界に初めて生まれた神は、三神を生み出し、この世界を創った話。いや、まさかこの闇に染まり、狂ったものが創造神だとは到底思えなかったのだ。
「貴様が先程逃がした人間、とっくに兄上が始末したぞ」
頼む、嘘であって欲しい、そう願うが、その願いは叶わないような気がする。その願いを願う相手である神は、目の前にいる狂い果てているものなのだから。
もう意識が保てない、唯一の生命線だった彼女が別の創造神にやられてしまったのだ。ああ、俺はもう駄目だ。この神を倒せなかった。この世界に未来はない。
一度意識を保つことを諦めると、泥沼に沈むようにずぶずぶとどこまでも落ちていくような気がした。
あぁ、この世のもの全てに祝福を…