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勇者の友人Aの物語  作者: はこお
7/7

ラーメンと不思議な3人

「らっしゃい!」



店内に入ると,元気な店主に迎え入れられた.

麺の小麦の香りと,スープに使われる出汁の香りが鼻をくすぐり,否応なしに食欲を掻き立てられる.



僕は店内を眺めてみる.

店内はカウンターのみの作りで,広くはない.

席数にすると十数席程度だろうか.

お昼時から外したおかげもあってか,今は端の3席が空いているようだ.



よかった.

席が空くのを待つ必要はなさそうだ.



早速,僕は定番の飛魚出汁塩ラーメンの食券を買い,店主に渡す.



「あい,アゴ塩一丁!」



店主の元気のいい掛け声を耳にしながら,空いている3席の真ん中に座る.

まぁ,この後に二人連れのお客さんが来たならば席を変わればいいだろう.

ラーメン店では,身分の違いを気にしないのが暗黙のルールだ.

普通のお店だったら,貴族のやることに平民は口を挟むことなんてできない.

しかし,ラーメン店では,いくら偉い貴族が来ようが,先に平民が食べているならば待たなければならない.

店主が王であり,法なのである.

ある意味,魔法学園に似ているところがある.



僕はどちらかというと,貴族然としたふるまいは好きじゃないので,こちらの方が性に合っているなと思う.



そんなことを思いながら着丼を心待ちにしていると,



「らっしゃいませー!」



新たな客が来たようだ.

ちらっ,とそちらを伺ってみる.



「げっ…!」

思わず声が出てしまった.



なんでなんで!?



そこにいたのは勇者だった.

幸いこちらには気づいてないようだ.

食券を買ってこちらに来る.



…そりゃそうだ,空いている席は僕の隣だけなのだから.



「味玉の塩,頼む.」

「あいよー,アゴ味塩一丁!」



そう言って勇者は僕の隣の席に座った.



「…ん?…んん?」



めっちゃ見られてる!

しょうがないので,僕のほうから声をかけてみる.



「や…やぁ,アレクくん,だよね?」

「お前は…同じクラスのレオンだったか?」

「そうだよ…こんなところで奇遇だね….」



勇者が僕の名前を覚えていることが意外だった.

だって,僕のことなんか全然見てなかったような気がしたから.

それにしても,なんで彼はわざわざこんなところにいるのだろう?

このラーメン屋はラーメン好きには有名だが,普通の人がたまたま辿りつくような場所ではない.



そういえば僕の自己紹介のとき…あれはもしかして….



「もしかして…アレクくんもラーメンが好きだったり?」



こちらのほうを睨んでいたように見えたのは,もしかして自分もラーメンが好きだったからなのではないだろうか?



「あー…まぁ,嫌いではない,ぐらいだがな…?」



ん?そうか.

僕の勘違いだったみたいだ.



「たまたまここの前を通りかかったんだが,たまたま,塩ラーメンの看板が目に入ってな?まぁ普段はラーメンなんて食うこともないんだがな?ここのラーメンは全粒粉低加水の俺好みの麺みたいだし,塩もミネラル成分の多いルベール地方の海水に独自の配分で藻のエキスを混ぜた藻塩をスープに使っているみたいだし?チャーシューは王都の東で捕れたアグラ豚を熟練の魔導士がベストな火加減で低温加熱してるらしいぞ,これはポイント高いよな.しかも塩ラーメンというと細麺がメジャーになりがちだけどここの麺は太麺ってところも俺的にはポイント高――……というわけだ.そんなに好きというわけではない.」



…勘違いじゃなかった!



何言ってんのこの人!?

途中からめっちゃ語ってたんですけど!?

これ絶対好きなやつだ…!



「ああ…そうなんだ….」



思ったより怖い人ではないのだろうか?

なんか口調もいつもより尊大な感じではないし.



「お前は…たしかラーメン巡りがしゅ――」



「らっしゃーい!」



どうやらまた新たなお客さんが入ってきたようだ.



「げっ!」



違う.

今度は僕の声じゃない.

新たに入ってきたお客さんの方から聴こえた気がする.

そちらを振り返ってみると,



…怪しい.

どう見ても怪しい,カスケード帽を目深に被った女の子がこちらを見て立ち止まっている.

魔法学園の制服を着ており,リボンのカラーは彼女が1年生であることを示している.



なんとなく,見覚えがあるような…?

あのさらさらとしたアッシュカラーの髪は….

あれはもしや…!?



女の子はしばらくこちらを見て唖然としていたが,店主のどうしたの?という顔に背中を押されて,結局諦めて食券を買い始めた.

ここまで来て今更帰るつもりはないようだ.



当然だが,こちらに向かってくる.

…僕の隣しか,席空いてないもんね….



無言で彼女は店主に食券を渡した.

向こうからこちらには喋りかけてこないつもりのようだ.

僕は,どうしたもんか…と思う.

どう見てもアリスさんだ.



知らないフリをしてもいいんだけど…彼女もさっきからこちらをチラチラと横目で伺ってくるし….

これでバレてないつもりなんだろうか….

せめてバレたくないのなら,もっと上手くやってほしいものである.



ちなみに勇者は,完全に見えていないていで押し切るつもりのようだ.

さっきまで喋ってたじゃん….

意外にも,アリスさんは苦手なのだろうか?



それにしても,普段学園にいる時の彼女はなんていうか,すごくお淑やかでお嬢様を絵に描いたような人だが,さっき聴こえた「げっ!」というのは本当に彼女が発した言葉なのだろうか?

そんな言葉が彼女から出てくるとは思えない.

勘違いかもしれないな.うん.



そう思うと,彼女が気まずそうに見えるのも勘違いなのかもしれない.

僕は思い切って彼女に声をかけることにした.



「あの……同じクラスのアリスさん…だよね?」



アリスさんはビクッとしながらも,こちらを振り向き答える.



「あ…あら,レオンさんでしたわね?ごきげんよう.こんなところで奇遇ですわね.おほほ.」



さすがだ.

ラーメン屋にありながら,なおかつどう見ても焦っているのに,その挨拶には気品すら滲み出ている.

まるで大輪の花が彼女の背後に浮かんでいるような華々しさだ.



「アリスさんもここのラーメンを食べに…?」

「え,ええ…ラーメンというものはあまり食べたことがないのですが,たまたまこちらの前を通りかかって気になりましたの.」



…?

なんだろう.違和感を覚える.

このラーメン屋は人通りの少ない奥まった路地にある.

たまたまこんなところを通りかかるものだろうか…?

そもそも,食券の買い方とか,迷いがなかったような?

初めてだったらもう少し戸惑わないだろうか?



でも,こんなもんかもしれないな.

なにより,アリスさんがそれ以上追及してくるなという雰囲気をビシバシ出してるし.



「ところで…そちらにいるのはアレクさんでは…?」



と,アリスさんが聞いてくる.

ちょっと声のトーンが下がっている気がした.



「う,うん.アレクくんともこのお店でたまたま会ってね.」



「あら…勇者様でもこんなところに来るのですわね.てっきりお独りで部屋に籠ってトレーニングでもしているのかと.それとも勇者様はお強いからトレーニングなんて必要ないのかしら?」



いきなり喧嘩腰全開だ.

自己紹介の時でわかったけど,アレクくんの態度が気に食わないんだろうなぁ….



「ふん,名前は知らんが俺の席の近くにいた娘だったか?そのセリフ,そっくりそのまま返してやる.」

「あなたねぇ――!」

「へい,アゴ塩2丁とアゴ味塩1丁お待ちー!」



店主さんナイスタイミング!

今にも喧嘩が起こりそうなところだった.

正直,僕が真ん中なのでやめてほしい.

突っかかりそうだったアリスさんも,ラーメンが来たことで出鼻をくじかれてヒートダウンしたようだ.



あらためてラーメンを見る.

素晴らしい!

透き通った小金色のスープに粉感の残る麺,ピンクのチャーシュー.

これは期待以上だ.

僕ら3人とも,先程の諍い(2人がしてただけだが)なんて忘れてラーメンを見つめる.



誰からともなく,

「「「いただきます.」」」



ズル.ズズッ.

…!

これは!



「なにこれうまっ!?ちょっと!あたしが食べた中で1番の塩ラーメンかもしれないわ…!」



うん?

誰の声だ?

アリスさんのようだったけど.



「まじでやっべーなこれ!スープを飲んだ瞬間に広がる,磯の香りの中にも深いコクを感じる!」

「ええ…!きっとこれは魚介と塩だけじゃなく豚の旨味ね…!」

「なるほど!チャーシューと合わせて僅かだが豚骨からも出汁をとっているのか!」

「そして何より…」

「ああ,この麺だ!絶妙なコシと喉越しだが…ただの全粒粉だけではない気がするな….」

「あたしが思うに…麺にモチっとする食材を練りこんでるんじゃないかしら…?こんにゃく…コメ…」

「タピオカ…とか…?」

「それよ!きっとそう――」



うわぁ….

この人たちなんなんだろう?

本当は仲が良いんだろうか?



どうやら途中でお互いに熱く語り合っていたことに気づいて,今は気まずそうにしている.

っていうか,二人ともキャラが違くなかった?

もしかしたら,こっちが素なのかなぁ.

それなら.

それならば仲良くできるのでは!?



「いやぁ,美味しいね!やっぱり二人ともラーメンが好きなのかい?」



「黙れ凡人ぶっとばすぞ.」

「口を慎みなさい.」



えぇ….

もうヤダこの人たち.

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