第1話 Q.ここは何処? A.異世界です。
「なんだこの森は・・・・・・」
視界が安定し、俺はその場に立ってあたりを見回した。
見た感じだとそこは豊かな緑が生い茂る森としか言いようがなかった。
でもまぁそんなことはさほど気にならなかった。
それよりも気になったのは、
「何で俺生きてるんだろ」
覚えている限りだと、俺は猛スピードで突っ込んできたトラックに轢かれて死んだはず。
あんなスピードでトラックに接触したっていうなら間違いなく死んでると思うんだけどなぁ。
でも実際息もしているし、全身の痛みも無く視界も良好。
おまけに死ぬ直前に着ていたジャージも血のつく前の綺麗な状態で着ているし。
「・・・・・・」
俺は五秒ほど考えた結果。
「なるほどこれは夢か」
とポンッと手を打った。
だってあまりにも現実味がないんだもんな。
きっと俺は生きてて、最寄りの病院の救急治療室とかにいて、うん、なんかそれっぽいことされてるんだろう。
「そうと分かったら意識が戻るまで暇をつぶすか!」
俺は鼻歌を歌いながらその場を歩き出し――――――――――――すぐに止まって、空に向かって
「夢なワケあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
思い切り叫んでやった。
いくらなんでも馬鹿だった。
全然五感作動してるし、今思い切り自分の顔面殴ってみたけどしっかり痛いんだよぉぉぉぉぉ!
いくらなんでもこんなしっかりした夢はありません。断言できます。
なら夢じゃないというのであればアレしかないでしょう。
「異世界転生ってやつなのかよ・・・・・・」
確か大学の友人から借りたライトノベルの内容にこういう感じに死んだ後にどこか全く別の世界に来てしまうファンタジー世界独特の設定だ。
もしそれが今俺の身に起こっているというのであれば相当なものだ。
「空想の現実化、これは夢・・・・・・ではないなさっき確認したしなぁ・・・・・・」
不思議な現象を目の前にして俺は頭を抱えた。
ただ、考えているだけでは何もわからない。
だから俺はまず最初に色々と調べることにした。
調べることその① 『俺が本当に死んだかどうか』
今の状況を見て、俺は死んでいるか、生きているかさえもわからない。
最初の方に考えたように、俺は今昏睡状態かもしれないがどこかの病院で生きているという仮説。
ここまでリアルな夢というのもレム睡眠時の明晰夢の中だからということもありえるかも知れない。
だが、レム睡眠は浅い睡眠時に起きる現象だし、昏睡状態の俺には見ることができない可能性が高い。
そのことから、俺は死んでいて異世界に転生しているという考えが今のところ有力だろう。
調べることその② 『俺は死んで転生して、異世界に来ているのかどうか』
まず今俺がいるこの森自体が異世界かどうかすら怪しい。
この点に関してはこの森の中を探索するしか確かめようがないため、後で考えよう。
調べることその③ 『異世界転生していたとしたら、一体どうやって転生したのか。そして転生した理由は?』
ライトノベルの中では大抵が神様とかの力で異世界へと転生しているはずなのだが、俺にはそんなことをされた記憶はない。
勝手に転生したなんてことはまずありえない。
つまり俺は誰かの手によって転生した可能性が高いのだが、もしその誰かが俺を転生させていたら何で俺を転生させたんだろうか。
これもライトノベル通りだと、『世界を救うための勇者として呼び出された』ということもありえるだろう。
これに関しては転生したかどうかが解決してから考える事にしよう。
「という感じに考えをまとめたわけだが、①と③は現状ではわからないから・・・・・・迷わず②の異世界に転生しているかどうかの確認だけしよう」
もしここが本当に異世界ならば、スライムやらゴブリンやらのモンスターとかいるだろうしな。
ひとまず俺は、この森を歩き回ってみてみることにした。
そう決めて歩き出そうとした直後、
ガサガサッ
「ん?」
すぐ近くの草が揺れる音がした。
俺はその方向に目を向けると、
ぷよよんっ
草陰から水色のなんとも柔らかそうなあのお馴染みのモンスターが現れた。
「す、スライムだぁぁぁぁぁぁ!」
思わず叫んでしまった。
生まれて初めて見る本物のスライム。
しかもこのことからいきなり、『調べることその②』のこの世界が異世界かどうかの結論が出たのだ。
間違いありません。この世界は異世界です。
この短時間で大きな収穫を得て嬉しいのだが、
「スゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・・・・」
何故かわからないがスライムが唸っている。
しかもジリジリと俺の方に近づいてきている。
「――――――!!」
そしてなんかさっきの水色がどんどん赤色に変わっていく。
―――――――あれ? これ怒ってんじゃね?
「「「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」」」
「うおわっ!!」
スライム急に跳躍し、俺の右腕にまとわりついた。
「なんだこんにゃろっ!!」
俺はどうにかスライムを離れさせようと必死にスライムを空いている左腕で殴り続けた。
しかし、スライムの体は液状のため、まったく手応えが無い。
それよりも―――――
「――――っ! 腕が熱い・・・・・・」
ジワジワと俺の右腕が熱くなっていき、それに伴い痛みも出てきた。
「このっ! 早く離れろよっ・・・・・・」
次第に右腕の感覚が無くなっていく中、俺はあることに気づく。
「こいつ――――――俺の腕を溶かしているのか!?」
よく見てみれば指の先が徐々に溶けていっているのが分かった。
もし、このままスライムを追い払えなかった場合、俺の右腕は完全に溶かされてしまう!
「ちくしょうっ! どうにかしないと・・・・・・」
腕を振っても、殴ってもスライムは俺の右腕をどんどん溶かしてく。
コイツを追い払うにはどうすればいいんだ・・・・・
そう考えていた時だった。
ゴォォォォォォォォォォォッ!!
「くっ・・・・・・なんだこの風は!」
俺とスライムを襲うように、強烈な風が吹き荒れる。
風の勢いが強すぎて、俺は立っているのがやっとの状態だった。
「この状況じゃ目も開けられねぇ――――――」
そう感じた途端、何事もなかったように風がおさまった。
俺がその事を感じ、ゆっくりと目を開けると、
「スゥゥゥゥ・・・・・・」
なんと俺の腕にまとわりついていたスライムが離れていたのだった。
きっとさっきの暴風で俺の腕から剥がれ落ちたのだろう。
だがこれは俺にとって絶好の機会だ。
「悪いが相性が悪いから逃げさせてもらうぜスライムさんよぉ!」
俺は隙を突いてその場から森の奥へと逃げ込んだ。
早く―――――早く――――――安全な場所へ―――――
奥に、奥に、感覚のない右腕を抑えながら、俺は止まることなく森の中を走り続けた。
―――――やがて走り疲れた俺は、膝をついてうずくまってしまった。
「ハアッ・・・・・・ハァッ・・・・・・」
体力なども鍛えているとはいえ、全力疾走をこれだけ続けていればさすがに辛い。
とりあえず今は、命の危機から免れることができたことに感謝しないとな。
「・・・・・・とりあえず水が飲みたいな・・・・・・」
全力疾走のおかげで喉がカラカラだ。
今すぐに水分を補給しないと倒れそうだ。
どこか近くに水辺はないかと顔を上げると、
「―――――ここは一体」
顔を上げた先には、エメラルド色に輝き、美しく透き通った水が溢れ出ている湖があった。
俺は放心状態でその湖の元へ足を運んだ。
湖の岸辺に着き、俺は唯一動く左手で水をすくい上げた。
「なんて綺麗なんだ・・・・・・」
思わず声に出してしまうような美しさ。
自然の中というのも相まって、その湖が神秘的に見えた。
地下からの湧水なのかそれは定かではない。
だが、今はとりあえず喉を潤したい。
その一心に俺はひとすくいの水を飲み干した。
すると――――――
「――――――っ!! 右腕が!!」
さっきまでまるで何も感じなかった右腕に感覚が戻っていき、溶けかけていた指先も回復している。
さらにはさっきまであった疲労感もスッとどこかへ抜けていくように消えていった。
「この湖は一体・・・・・・」
そう考えていた時だった。
「その湖は『精霊の住処』と呼ばれる特殊な湖だよ」
「っ!! 誰だっ!!」
咄嗟に声が聞こえた方に身構えた矢先、俺は拳を下ろした。
何故なら、そこに立っていたのは――――――1人の少女だったからだ。
「私は大樹を司る精霊『ユークリッド』よろしくね」
少女は手を組みながらにこやかに笑った。