ー第5話説得
ー第5話 説得
ゲージの中には、5匹づつ子犬が身動きできずに入っていた。出してあげたいが、逃げてる最中だ。頑張ってもらうしかない。つまり10匹と夫と私と娘に、小谷佐恵子師範…車のなかは満杯になった。車が走り出すと、私は横山さんの携帯をコールした。
「…横山さんの携帯ですか?。…長沼です。」
ー長沼さん。黙って聞いて下さい。中国特務の車をミスで、長沼さんの車の後ろに入れてしまいました。岐阜環状線をアクセルベタ踏みで、南に逃げて下さい。頭を低くして。撃たれますから。信号はすべて青になります。柳津のカラフルタウンに逃げて下さい。そのショッピングモールの駐車場にトラップを仕掛けましたから、そこに突っ込んで下さい。それでなんとかなるはずです。ー
「あの?事情は全部…。」
ーわかってます。申し訳ありませんが、すべてモニターさせて頂いてます。ご主人に、カラフルタウンにアクセルベタ踏みと伝えて下さい。ー
「…はい。おとうさん。柳津のカラフルタウンにアクセルベタ踏みでって横山さんが…。」
「了解した。信号は青だ。」
「全部青になるんだって。」
「…やるな2部は。しっかりつかまってろよ。」
タイヤを鳴らしながら、車は右折して岐阜環状線に入った。
私は後ろを見た。
オープンカーのロードスターに、シルベスタ スタローンが持ってたような機関銃を持って、中国人が立ち上がった。
「みんな伏せて!。来るよ!。」
パッパッバッパッ バッパッパッ。
花火のような音がして、リアガラスが割れた。さらに、それが弾かれた。
「なんであんなもの持ってるの!。日本でしょ?ここは…。」
夫は寝そべるようにして運転している。
「…少なくとも映画館じゃない。」
その声を遮るように、ルームミラーの根元が砕かれ、後ろにルームミラーが飛んでいった。
それを小谷師範が左手でキャッチした。
「このような暴力は、断じて許しません。」
小谷師範は、上半身だけをひねって後ろを睨むと、左手のルームミラーをブーメランのように投げた。恐るべし小谷師範の気合いで、それがフロントグリルを突き破り、エンジンルームに消えた。
「ちょっと効果ないかも…。」
「よく見ていなさい。」
現実にはラジエターまでも突き破り、冷却水を流出させた。エンジンが高温になり、流れ出た冷却水が蒸気の白煙となった。中国人の視界が無くなった。
私の携帯がポニョポニョ歌いだした。
「…はい長沼です。」
ー横山です。お見事です。もう一台フェラーリがいますから、引き続き頑張って下さい。ー
「はぁ。もう車バラバラですよ?。」
ーもうちょっとで、カラフルタウンです!。長沼さんファイトです!。ー
「わかりました。おとうさん、フェラーリがもう一台くるって!。」
「勘弁してくれよ!。カラフルタウンに突っ込むぞ!。」
リアをドリフトさせながら、ショッピングモールカラフルタウンに入った。
ここは、かなり広い駐車場を持ちながら、出入り口は北側の一箇所しかない。私達の車が入り、中国人のフェラーリが入ると、一箇所しかない出入り口はパトカーで塞がれた。
駐車場は中庭のようになっていて、8割方一般の買い物客で埋まっていた。その中で、車は急にスローダウンして…ついに止まった。
「クソッ…車は終わった。よく聞け!。降りてショッピングカートを全員押して、エレベーターで屋上の駐車場に行くぞ!。質問は無しだ。ゴー!。」
何の事やら分からないまま、入り口に向かった。
そこは食品売り場になっていて、ショッピングカートが置いてある。
「その機関車トーマスのヤツを…。」
カゴの下に子供を乗せられるようになっていて、カートの車高も低くてトーマスの部分も結構頑丈だった。夫と私のカートにそれぞれゲージを載せて、小谷師範も直も空のトーマスを押して走り出す。
「こっちだ!。」
エレベーターに向かう。2基あるエレベーターが運良く両方共開いた。振り返ると窓の向こうで、中国人のフェラーリがパトカーに前後からぶつけられてサンドイッチになっていた。
「ユウ!。乗るぞ!。」
言われて、2人づつに分かれエレベーターに乗った。
夫は小谷師範と。私は直と。その直が質問してくる。
「このトーマスを持ってく理由は?。」
「ゲージを運ぶ為でしょ?。」
「私はいらないんじゃない?。」
「予備が要るのよ。多分…。」
「あ〜なる程ね。」
ショッピングモールは二階建てで、すぐに屋上に着いた。
ドアが開いて出た所に、横山さんがスーツケースを持って待っていた。
「お疲れ様です!。ケガは有りませんか?。」
「なんとか…車は潰れましたけど。」
結婚前からの思い出の詰まった車だった。場所があれば展示して残しておきたいくらいだ。ちょっと涙が出た。
「2部で新車を用意できるかもしれません。部長に掛け合います。」
横山さんは気を使ってくれた。夫の言葉が、現実に私を引き戻した。
「この子犬についてですが。子犬の命が保証されなければ、お渡しするつもりは…私達には有りません。」
初めて、横山さんが即答しなかった。
直と小谷師範が半身になって構えた。それを横山さんはチラッと見て、首を左右に振った。
「2部としては…この子犬のDNAに刻まれている情報は、アメリカ合衆国の所有物です。遅滞する事なく返還しなければなりません。アメリカ合衆国が、この子犬をどうするかを我々が強制する事はできません。恐らく、処分されるでしょう…。ならば、これを取って下さい。」
横山さんは持っていたスーツケースを平行にして開いた。
刑事モノや、石原軍団がよく持っている物が4丁…スポンジの中に埋まっていた。
「これを早く取って!。私に突きつけて下さい。急いで!。」
せかされて、全員が拳銃を取って横山さんに向けた。
「安全装置が掛かってますから、引き金に指を入れても大丈夫です。」
…って事は本物?。
「横山さん…これ実弾ですか?。」
「そうです。ヘリが来てパイロットが確認するまで、そのままで居て下さい。」
どう見ても、おばあさんと親子が、強盗をやってるギャグ映画にしか見えない。警察ヘリが近くまで舞い降りて来た。強いローターの風を受けながら、横山さんがハンズフリーのマイクに向かって叫ぶ。
「離れて!。とりあえず!ここは逃がすしかない!。」
警察ヘリは離れていった。横山さんは、マイクのプラグを両手で引き抜いて言った。
「南側に、出口専用のスロープが有ります。ハジメさんは、そこから逃げるつもりなんでしょ?…。」
夫はうなずいた。
「…下に竹山さんを呼んでおきましたから、行って下さい。ここはすぐに、警官で一杯になります。」
夫はもう一度うなずいて、カートをゴロゴロ言わせて南側に走り出した。
「こっちだ!。」
夫が先導する。
角を曲がると、一車線の急なスロープが現れた。夫の背中をつかんで引き留めた。このジェットコースターのような出口は、用水路に架かる橋になっていて、その先に…草が生え放題の空き地が見える。制服の警官2名が、私達に背を向けて立っている。
「このトーマスは、ここを降りるためなの?。」
私は指差して言った。
「理論的に破綻はないと思うが?。」
「…教授?。ブレーキは?。どうやって止まるの!。」
「草むらが見えるだろ?。真っすぐに突っ込めば…5m程度で速度は0mになる。空き地は10m程度だ。実測はしてないが…誤差は1mの範囲内に収まると計算した。」
「転ばすに、真っすぐに突っ込める確率は?。」
「行き先を真っすぐ見れば100パーセントだ。少しでも横を見たら0パーセントだな。」
冗談じゃない…と言おうとした私のカートを、小谷師範がさらった。
「長沼さん。見てなさい。こうやるのです!。」
小谷師範はーどきなさい!ーと叫んで警官を蹴散らし、真っすぐに橋を渡り、草むらに突っ込んだ。
直も続く。夫も間を置かずに行った。
「こんなの有り?。」
私もスロープにトーマスを押し込んだ。ありとあらゆるジェットコースターが怖くもなんとも無い事を知った。このトーマスには、レールも安全装置もない!。死んだら保障もない!。
直の横に夫が突っ込み、小谷師範が信じられない動きで、私の進路からカートをどけた。そこに私は突っ込んだ。
死ぬかと思った。
「大丈夫か?。」
夫がキアヌ リーブスに見えた。かなり太目だが、私には問題ない。返事をする前に、一度もしてもらった事のない、お姫様抱っこで持ち上げられた!。ありえない!。
…のは、私が幸せだった事だ。この熟年夫婦の間に、これはありえない。そのまま、横付けされたトヨタハイエースに運ばれた。
すでにゲージは積まれ、ドアが閉まると同時に車は唸りを上げた。
「お前ら。いつからそんなにラブラブになったんだ?。」
透くんが、ルームミラーを覗きながら言うのが見えた。
「幼稚園の入園式の後からよ。」
「ユウ。それはありえない。」
ー私もさっきまではね。
…と心の中でつぶやいた。
次話!
ー第6話ベリー ペット グット レストラン21号店
につづく!